思索の森と空の群青

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2014年 12月 29日

彼に必要なのは言葉なのよ。あるいは、言葉を媒介にした、なんていうかな——奥泉光『その言葉を』

c0131823_1852579.jpg奥泉光『その言葉を』集英社(集英社文庫)、1993年。48(871)


 版元 
 単行本は1990年に『滝』の書題で同社


 「その言葉」と「滝」の2篇が収録されています。引用は前者「その言葉」からのみ、その書き出しは「飛楽〔ひがき〕俊太郎と再会したのは、ぼくが二年間の浪人の後、東京の中堅私大に入学し、東北の田舎町から上京してアパート住まいを始めた年の暮れ、一九七六年のことであったと思う」(7)。


 まったく余計なお世話なのだが、ぼくは端的に言って、飛楽にテナーを吹いてほしくなかった。〔略〕飛楽の三年間、内容は分からぬがその重量に圧迫感を覚えるとともに、安全なところにいる人間が、自分ではないまさしく他人の、ラディカルで危険な生に憧れとロマンを抱くのと同じ気持ちで、何かしら期待するものがぼくにはあって、全く勝手な話ではあるが、すっかり裏切られたような気分だった。飛楽が不幸な境遇にあるにしても、その不幸そのものがきらきらと光り輝くような特権的なものでなければならない、飛楽は幸福とひきかえに何か大事なことをなし、大事なことを考えているのであって、その飛楽にテナーを吹いている暇などないのだ!(29-30)

テナーサックスはドラムとならんで、なによりもジャズのために発明された楽器、ジャズの精神を具現化した楽器であって、他人とのセッションのただなかでのみその機能を発揮し、そのただなかでこそ演奏技術の習得が図られるべき楽器なのだ。他者との交わりを離れたところでは、ドラムスがただの騒音製造器でしかないのと同様、テナーサックスは鈍重な吠え声を発する馬鹿な器械にすぎず、孤独の鍛錬に価値があるのは、それがひたすらセッションの「実戦」に向けられるからで、またセッションでのより力強く、より素早く、より熱い演奏のためにこそ孤独の修練は必要なのである。セッションのなかに解放されるあてのない技術は、マウンドにあがることのない投手の投球技術がそうであるように、決して習得されえない。(33-4)

「つまり頭の病気、彼にはね、他人が必要なのよ、誰でもいいから、彼の世界のなかに登場してくる他人が必要なの
 誰でもいいからという句〔フレーズ〕が相手の気分を害する可能性にビリーさんは思い至らなかったようで、同じ言葉がすぐにまた続けられた。
何でもいいから、彼が他人に向けて、誰でもよい誰かにむかって、言葉を発する必要があるの
「でも、ビリーさんには何か言ってるわけでしょう?」
「そう、でも、私じゃ駄目なのよ、女じゃ駄目。よく言うでしょう、男にとって女は母親か娼婦でしかないって。あれはかなりの真実を含んでいるのよ、とくにこの国ではね。母親や娼婦との関係に言葉はいらないでしょう? 彼に必要なのは言葉なのよ。あるいは、言葉を媒介にした、なんていうかな、間接的な人間関係、これが必要なの。どんなに詰まらなくて下らない言葉でも、それには何かしらの意味があるし、存在意義があるんだってことを彼は学習する必要があるのよ、分かるでしょ?」
 分からなかったぼくは、それでも何とか体裁を整えるべく、
「つまり、詰まらなくて下らない言葉を語る他人として、ぼくは彼の部屋へ行くト」
といい加減なことを言うと、ビリーさんは、
「まさしくその通りなの」
と真顔で返答を寄越した。
(43)

愛してるっていう言葉だって同じなのよ、私が誰かに愛してるって言っても、それが私の伝えたい意味として伝わる保証はどこにもない
「そりゃそうですよ」
「それであなたは平気なの?」
「え?」
自分の言葉の意味が正しく人に伝わらないかもしれないってこと、不安じゃない?
「でも、だからこそ、何度も何度も言う必要があるんじゃないかト」
「どういうこと?」
「つまり、何度も何度も言ってるうちに、言葉の本当の意味は伝わらないまでも、熱意だけはどうにか伝わるんじゃないかト」
「なるほどね」ビリーさんはまた強く腕を締めつけ、笑い出した。「あなたがのべつまくなしに喋り続けている理由がようやく分かったわ」
(72-3)

 七〇年代的な関係の不(非)可能性。それがこの文庫に収められた二編をはじめ、最新作の「ノヴァーリスの引用」に至るまでの著者の一貫したテーマになっているのだと僕は理解している。〔略〕ほんとうのことを言えば、小説(散文)が書かれる契機は、いつも七〇年代的な不(非)可能性にこそあるのだ。〔略〕つまりお互いが理解可能なら最初から言葉を費やす必要もないのだ。そもそも理解不可能なことを説明しようとするからこそ、小説という手続きが必要なのではなかったか。
 共感だとか、共生だとか薄気味悪い言葉がはびこる時代だ。だからこそ、小説はもっともっと七〇年代的であるべきだと僕は思う。
(清水アリカ「解説」210)


@研究室
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by no828 | 2014-12-29 18:58 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 12月 27日

いろんな意見の間を、あっちへフラフラ、こっちへウロウロしているうちに——永江朗『不良のための読書術』

c0131823_19231361.jpg永江朗『不良のための読書術』筑摩書房、1997年。47(870)

 版元 

 読書のすすめ、読書の仕方のすすめ。

 研究に直接応用可能かというとそうではありませんが、研究のための勉強には活用できそうな事柄が書かれていました。研究に使えるかどうか、の判断を下す水準での応用です。

 支持できること、(まだ)できないこと、ありました。たとえば本棚2列回避策は(実現できていないけれども/からこそ)支持、本棚の新陳代謝は不支持。そこにあることの重要性。不良になりきれていないわたし。辞書引き、拾い読み、飛ばし読み——これで内容を理解したと言える自信、というか、背景知識が持てるようになりたい。これはあれのことだ、あれのことはわかっているからここは速めに、といったように、背景知識が理解を助けてくれる。背景知識を持つためには、地道に読むしかない(あれ)。


 マジメなよい子にならない方法、つまり不マジメでいいかげんな不良になるには、本をたくさん読むことだ。
 本には毒がある。〔略〕いろんな意見の間を、あっちへフラフラ、こっちへウロウロしているうちに、人はだんだん不良になっていく。肝心なのは、常にフラフラ、ウロウロしていることだ。〔略〕
 しかし、ただ本を読めばいいというものではない。世の中の本の八割はクズとゴミだと思って間違いない。
(4)

 本の最大の特徴は、物体であるということではないだろうか。〔略〕紙の酸化の問題はあるけど、保存さえしておけば何十年、何百年と持つ〔ママ.保つ〕。書いた人も、それを読んだ人も死んでしまって、それでも本だけはずっと残って、見ず知らずの人に読まれるかもしれないというのは、これまたやっぱり、相当すごいことだ。(19-20)

 本は一冊丸ごと読まなくてもいい。〔略〕辞書や事典を最初の一ページから最後の奥付まで順に読んでいく人は滅多にいない。辞書や事典は引くものであって、読むものじゃないんだから〔略〕。あらゆる本はある意味では辞書や事典のようなものではないか。(26-7. 強調省略)

 そしてテクニックその三は一つの行の上のほうの一〇文字だけとか、まんなかへんの一〇文字だけを読んでいくもの。これはどんな本にも応用可能だ。そんなんで文章の意味がわかるのかと疑問に思う人もいるかもしれないが、意外やこれで一〇ページも読み飛ばすと、なんとなくわかったような気がしてしまうのである。(31. 強調省略)

 ぼくは売れ行きランキングなんていらないと思う。どんな本が売れているかなんて、読者にどんな意味があるというのだ。ぼくらが求めているのは、売れている本ではなくて、読んでおもしろい本なのだから。〔略〕不良のモットーは、みんなが読んでいる本は、死んでも読むもんか! なのである。(42. 強調省略)

 池田浩士は、教養小説に描かれるのは単にひとりの個人の自己形成過程だけではないと言う。その個人の歩みを支える社会の現実に対する目もそこにある。社会的現実への視線抜きに、個人の自己形成などありえないのだから。〔略〕抽象的なことをあくまで抽象的に厳密に語ろうとする啓蒙書や哲学書、思想書よりも、具体的現実の中でそれを語ろうとする教養小説や大衆小説のほうが、読者にとって現実味のある思想や哲学が、あるいは知恵が語られているということではないだろうか。(47)

みんなが読んでいるものを、オレまで一緒になって読むことはないぜ」と思う。〔略〕世の中の人々の熱狂がほかの本に移り、街の書店の新刊台から消えたころに、ゆっくりと読むのである。〔略〕古本市場でも飽きられて、もう少しで一冊一〇〇円の均一本箱に入れられるというくらいの時期に買うのがよろしい。(66-7)

 本が高くなれば、本はもっと売れなくなるという人もいる。そうかもしれない。でも、たとえば本が今の倍の値段になれば、本を買うほうはもっと慎重に選ぶようになるだろうし、そうなると出版社のほうもかなり吟味して本を作るようになるだろう。中身がスカスカの粗製濫造本や柳の下のドジョウ狙いのサル真似本も出しにくくなるだろう。クズみたいな本ばかり作っていた出版社は潰れ、ゴミみたいな原稿を書いていたライターは失業するだろう。それでいいのだ。
 出版される点数が減れば、取次も書店もいくらか労働が軽減されるだろうし、一冊の本が書店の棚に並ぶ時間も長くなる。クズ本が減れば書店の棚も活気づく。本が高くなることはたいへんよいことだ。断固として、本の値段を今の倍にすべし!
(93. 強調省略)

 ぼくらがつい犯してしまう誤りのひとつは、本の前後二列置きである。これだけは勇気をふるってぜひやめたい。〔略〕
 後列には背の高い本を置き、前列には背の低い本、たとえば文庫本などを並べるという妥協案もある。これもあまりおすすめできない。ぼくのようなズボラな人間は、前列の文庫本をどかしてまで、後列の本を調べるのは面倒だと、ついつい思ってしまうのである。
(209)

 ぼくの妻がどこかから仕入れてきたアイデアは、本棚と天上との隙間にぎっしりと本を詰め込むというものだ。実際にやってみると、これがなかなかよろしい。押しても引いてもびくともしない。突っ張り棒で固定するよりも安定感がある。本のタイトルがちゃんと見えるように横積みにしておけば、必要があれば、引っ張り出して読むこともできる。ただし、このアイデア、鉄筋・鉄骨の建物にしか使えない。(210)

 こうしてたえず本棚の中を新陳代謝していくのが不良の読書である。一〇年前に一度読んだきり、それから一度も触れていないような本を、ただ溜め込んでおくのはかっこ悪い。本棚は常にあなたの「現在」を表したものでなければならない。(212. 強調省略)

 読書は「剽窃」「盗用」でいい。本を読んでいて「なんだこれは」「そうか、こういうのもあったか」なんて思ったら、その部分をこっそりいただき、さも自分で考えついたことであるかのような顔をしていればいい。本を読むものではなく「引く」ものと思ってしまえばいい。〔略〕
 サンプリングとリミックスを繰り返しているうちに、どれがオリジナルかわからなくなってくるだろう。そうなればしめたものだ。「自分らしさ」だの「本当の自分」だのという幻想は、リミックスされたアイデアの中にまぎれて見えなくなってしまう。それでいいのだ。
(226. 強調省略)

 これをこのまま論文執筆に適用することはできないとは思います。ただ、この感覚が大事だとも思います。そして、この辺りの感覚が身に付いていないという自覚があります。すべては借り物、誰かがすでに言っている、という感覚。すべてが先行研究。だから自分で文章が書けなくなる。

@研究室
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by no828 | 2014-12-27 19:39 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 12月 26日

二人でやるものということが前提になっているのは変な話だよね——斎藤綾子・伏見憲明『対話 快楽の技術』

c0131823_19555799.jpg斎藤綾子・伏見憲明『対話 快楽の技術』河出書房新社(河出文庫)、1997年。46(869)


 版元
 ただし、品切・重版未定
 単行本は1993年に学陽書房


 バイセクシュアル(斎藤)とゲイ(伏見)の性についての対話。斎藤の本は未読ですが、伏見のものは『さびしさの授業』(→  )を読んだことがあります。性というのは何なのか、よくわからない。かといって、全部性のせいにしてしまう方向にも行きたくない。

 「*4」のような印のあるものは脚注で、文末「N」は伏見の記述であることを意味します。


斎藤さんの手料理(うまい!)をほおばりながら、これでもかこれでもかというようにお互いの心のパンツを脱がせ合うのは、一回や二回のセックスではけっして得られない濃厚なコミュニケーションだったと思います。(伏見.10)

綾子 やっぱりさ、セックスがギンギンのときって、ふたりの間に力関係が漲っていると思うのよ。〔略〕もうそういうことじゃなくって、お互いがそこにいるっていうことが気持ちよくて、当たり前になっていて、それを良しとしちゃっているとさ、ただ、丈夫でいてくれていたらいいって感じになる(笑)。
憲明 関係の心地よさって、無防備だっていうことだと思うのね。無防備だっていうことと性的にギラギラしていることって、かなり違うよね。
(12-3)

*4 人と人の関係を、「夫婦」とか「恋人」とか「友達」といった既成のカテゴリーに囲い込むのは、関係の可能性を狭めてしまうことにならないか。(N)(15)

*3 ある晩ぼくがゲイバーで飲んでいると、隣でいちゃついている中年男と少年のカップルが「パパ」と「○○君」などと呼び合っていた。ようやるよとウンザリしていたのだが、後で店のマスターに聞いたところ、彼らは本物の親子(!)で、本当にできている(!!)というのだ。なんとシュールな世界だ。その話を後日、宴会で披露して皆を驚かせていると、友人のH子がポツリとつぶやいた。「あたし、お祖父ちゃんとある」。あたりは水を打ったように静まり返った。(N)(41)

憲明 じゃ、恋愛関係、継続的かつ排他的な関係を作っていくとして、やっぱりペニスというのは重要?
綾子 重要だよ。その人を形成している核だと思うときがあるもん。ペニスとその人の人格のバランスみたいなものがあるのよ。たとえば、巨根であることにあぐらをかいて生きていた男なんて、想像するだけで不気味だもん。ペニスに偏り過ぎた自意識というのは御免こうむりたい。大きくて芸がないよりは、小さいけど芸がある方が、まだ会話ができそうじゃない。
(140)

憲明 たとえば、ミスコンの問題でもよく考えるんだけど、ひとつの価値基準でしか人を判断しないということは、これはひどいことだと思うのね。だけど、いろんな価値基準のなかで、たとえばプロポーションがいいとか、目鼻立ちが整っているとかっていう身体の美――といっても美は普遍的な価値ではなく、時代の流行にすぎないけど――を比べるのは別に悪いことだと思わない。〔略〕ぼくは、部分的に人を比べる、そういう差異化ゲームというのは楽しんでしまったほうが得だという気がするのね。だって、音楽の才能がある、走るのが速いっていうのも、あれは部分でしょ、人間の。でも、そっちはちゃんと認められて、人間の身体とか、容姿とかを競うことだけが人格を無視してるといういい方はちょっと違うと思うのね。
綾子 たしかに、何を物差しに美を決めるのかって、問題になってるね。〔略〕
憲明 だから、差別も、ひとつの差別だったら問題だけども、たくさんの差別があって、みんなで差別しあうんだったらいいと思う
綾子 そして個々になるということか。
(154-6)

憲明 今までいちばん性的によかったのは、自意識がすべて抜けていって、単なる粘膜になってる、粘膜としてそこに存在しているという瞬間ね。体験したのはほんの数回だけど。(220)

憲明 でも感染を恐れるあまり、そこに純潔とか貞淑とかっていう考え方が出てきちゃうと、それは違うと思うんだ。「純潔こそがエイズから身を守る方法」みたいな考え方がすでに出てきている*6けど、快楽か死かとか、純潔か感染かといった「究極の選択」を迫られても困る。性愛っていうのは人生のすべてではないけど、かなり大きな喜びのひとつだから、その自由はやはり尊重されないとね。
 もっとも、エイズが人と人の関係性を考え直すいいきっかけになっているという面もある。〔略〕感染を恐れるあまり、肉体的な充実も図れず、不信で他人と関係が持てないなんて、それでは生命は維持できても、人が生きているということにはならないんじゃない?
(276-7)

*6「~どんなに性的欲求や衝動にかられても、性交を行うことは絶対に避けなければなりません。感染しないような性交の仕方を学ぶより先に、性的欲求を抑える理性を学んでください」『学校保健ニュース』(日本写真新聞社発行)より。(N)(276)

憲明 考えてみたら、生殖行為としてならともかく、セックスは二人でやるものということが前提になっているのは変な話だよね。別に二人でなくてもいいわけでしょ。
綾子 ほんとはね。
憲明 なんで二人ということに、みんなこだわっているのかなあ、自分も含めてね。
綾子 うーん、やっぱりセックスって、その気がなくても妊娠しちゃう可能性があるからな。〔略〕
憲明 うん。でも、妊娠の問題は別にしても、どうして複数が悪いことっていうイメージになるんだろうな。楽しいこと、気持ちいいことだったら、みんなで分かち合ったほうがいいって考え方も一方にあってもいいはずでしょ。〔略〕ぼくね、なんで複数がいいかというと、そのほうが早く個人の顔が消えるような気がするわけ。数が多いほうが個人からカテゴリーへ翔びやすい。ぼくにとって、セックスにおける個人の顔はカテゴリーの象徴でしかないから、早くその顔から個人性が抜け落ちて、そして、自分も伏見憲明という個人から単なる雄になりたいという欲求がある。男というカテゴリーとカテゴリー、いい換えれば[男制]のジェンダー・イメージで向かい合いたいんだよね、セックスにおいては。
(223-5)

 個人であるよりもカテゴリーであるほうがよい……むむむ、思考の契機。

@研究室
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by no828 | 2014-12-26 20:10 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 12月 23日

それは、わたしはきみに会えて本当にうれしい、ということだった——川上未映子『きみは赤ちゃん』

c0131823_20103866.jpg川上未映子『きみは赤ちゃん』文藝春秋、2014年。45(868)


 版元 


 新刊で購入。良書。

 川上本人の妊娠・出産体験の記録。川上の思考――が反映された文章――は、「哲学」という言葉の本来の意味において哲学的で、永井均の本とともに、刺激を受けてきました。そんな川上が妊娠・出産について何を感じ、何を考えたのかが気になって入手しました。とくに気になったのは、出生前診断についてです。35歳の川上は出生前診断とどう向き合ったのか。出生前診断を受ける/受けないという結論よりも、その結論に至る思考の過程、その結論の根拠に関心がありました。

 本書は看護学校の講義でも紹介しました。

 はじめはそのように、理性からこの本に入ったわけでありますが、それだけで終わったわけではありませんでした。わたしは自分で赤ちゃんを生むことはないし、誰かと生むこと/誰かに生んでもらうことも果たして来るのかどうか、その辺り具体化していませんが、それでも、この本を読んでわたしの内面に到来したのは、非常に温かな気持ちでありました。

 ちなみに、文中では息子のことが「オニ」と呼ばれていますが、これはその顔が「おにぎり」みたいだから、です。


 というわけで、ぶじに産院も決まって、つわりはあるけどなんとか妊娠も10週をこえたこの時期、わたしたちがどうしようかと悩んでいたのは、「出生前検査」についてだった。
 これは、おなかの赤ちゃんに、先天的な異常があるかどうかを調べる検査のこと。〔略〕
 母体に負担がほとんどなくて比較的かんたんに受けられる検査には、「クアトロテスト」というのがある。これは母親の腕からちょっとだけ血を採って、赤ちゃんや胎盤や卵巣で産生されているタンパク質やホルモンの濃度を調べて、ダウン症候群(21トリソミー)と、開放性神経管奇形(18トリソミー)などの先天的な異常があるかどうか、その「確率」を調べるもの。〔略〕この「確率」というのが、考えれば考えるほど、わからなくなってくるのだった。
 や、考えなくてもわかるのだけれど、どんな倍率がでたってそれはやっぱり確率でしか、ないのだよね。だから「ものすごく確率低いよ」といわれても、また「すんごく高いよ」って言われても、けっきょくは生んでみるまではわからない、つまりはまえもって、なんにもわかったことにはならないのだよね
 というか、出生前検査を受ける動機って、なんなのだろう。
 これは出生前検査を考える人のほとんどが自問自答することかもしれないけれど、「安心して、出産に臨みたい」というのが、本音にして大きな動機のひとつなのだろうと思う。みんな、安心したいのだよね。〔略〕
 そして、つぎに重くのしかかってくる自分への疑問は、
検査してさ、もし異常があったとして、じゃあ、それを知ってどうするの
 ということ。
 わたしたち夫婦は長い時間をかけて、このことについて話しあった。

 そもそも検査する必要があるのか、どうか。
 もし異常がありますということがわかったら(確定したら)、どうするのか。
 そのときにもし堕胎という選択をするのなら、わたしたちはいま、いったい誰のための、なんのための出産に臨もうとしているのか。

 以前、ある友人と出生前検査について話していたときに教えられたことがある。
おなかの赤んぼうは100%こちらの都合でつくられた命で、100%こちらの都合で生まれてくるのだから、それならば、われわれはその『生』を100%の無条件で、全力で受け止めるのが当然じゃないのだろうか。それが筋、ってもんじゃないのだろうか
 出産というものが、この生きやすいとは到底いえない世界にいきなり登場させる、ある意味でとても暴力的なもののように思えてしかたのなかったわたしは、友人のこの意見をきいたとき、本当に深いため息をつきながら、「そうだな」と思えたことをよく覚えている。
 それは「生むための言いわけを手にしただけ」の安堵のため息だったかもしれなかったけれど、でも、その考えには深く胸を打たれる、まっとうさのようなものが確かにあった。
 どんな状態のどんな子どもが生まれてきても、ありのまま引きうける覚悟で臨むこと。
 その気持ちさえあれば、こちらの都合で生んだことをその子に恥じないですむというか、後ろめたさを感じないですむかもしれないという、ひとつの「答え」をもらったように思えたのだった。逆にいえば、そうできないなら子どもを生んではいけないのではないか――こちらの都合で子どもを生むということにもし資格というものがあるとしたら(そんなものはないのだけど)、その一点なのじゃないかと、それくらい、友人のその考えは、わたしの心と頭に深くつきささったのだった。〔略〕「きみよ、安心して生まれてこい。わたしが全力で受けとめる」ってことが、赤ちゃんをこの世界に無相談で参加させるこちらがわの、最初にして最大の誠意というか覚悟というか、唯一の態度であるような、そんなような気がしてならなかった。〔略〕
 悩み考えた末に、けっきょく、わたしは出生前検査を受けることにしたのだった。

 気がつくと、最初にあった「安心したい」っていう動機は、「知りたい」という目的に、完全に変化してしまっていた。
 この問題について考えすぎると、なぜか「異常がある」のが前提みたいになってしまって、「それをいつ知るのか」という判断を日々、迫られているような感じになるのだった。
 とにかく、少しでも早く問題を把握して、そして、心の準備や現実的な対処をしなければ。気づけば、そんな気持ちがいちばんになってしまっていた。〔略〕
 そして、その「知りたい」という気持ちがじぶんのなかで正当化されてゆくにつれ、「異常が認められたとき、堕胎するか、しないか」の現実的な選択については、あまり考えなくなっていった。や、考えられなくなっていった、というのが正確かもしれない。でもそれは「命の尊さに気がついて、生むという選択しかなくなった」なんていう立派なもんじゃぜんぜんなくて、単純に、
「いやなことは後回しにする」
 っていうのに似たような、そんな感覚だった。
 とにかく知る。知ってから、考える。
(23-8)

 けれども、頭のどこかに、友人のあの話にたいして「そうだよね」と、わたしが本当に思ったその感覚というのはやっぱり残っていて、それがいまでもちょっとだけ暗い気持ちにさせるのだった。
 もしも、「異常がある可能性が高いです」といわれて、確定診断を受けて、それが決定していたとしたら、わたしはいったいどういう選択をしたのだろう?〔略〕
 でも、少なくともわたしは出生前検査をした時点で、「きみよ、生まれてこい、わたしがありのままで受けとめる」という態度はとらなかったんだな、ということは事実だった。後悔とか、後ろめたさとか、そういうのじゃないけれど、でもたしかに、それは点のような空白として、わたしのなかに残っている。
(34)

人間が無限に編みだしてゆくすべての関係は、なにがどこに作用したけっか、そうなるのかわからない。誰にもわからない。〔略〕これから自分が生もうとしている人間の、可能性としての加害と被害について考えると、ほんとうにこれ、無限にゆううつになってくるんである。
 ああ。つまり、人があらたに人をつくるということは、なんというか、基本的に無茶苦茶なことというか、ある部分での人間の能力を超えたことでもあるというか。でも能力の範囲内だからこのようにできてしまうことでもあって、いったいなんなんだろうこれ。
(49)

「野田聖子の人生は、野田聖子の人生だよな」というようなものだった。
「子どもがかわいそうだよ」っていう意見がとても多かったけれど、でも、ある人が、「50歳で子どもがほしいと思って、実現できる状況があったのでそうした」ことと、「たくさん障害をもって生まれてきて手術で痛い思いをする子どもがかわいそう」という共感と現状のふたつには、やはりなんの関係もないと思うからだった。ある人がそう生きたい、と思うことに、思ったその時点で、どうして他人がそのことに口を出すことができるだろう。動機とけっかのこのふたつは混同されがちなんだけど、はっきり、べつのものだと思う。〔略〕
 基本的に「年齢もこんなになってから生むなんて、この出産、野田聖子さんのエゴすぎる」っていう先入観というか意見とかが、とにかく多いみたいだった。
 でも、そんな批判はまったく成り立たないと思う。
 だってすべての出産は、親のエゴだから。〔略〕
 もちろん、出産は命がけの非常事態で、それじたいはすさまじいものなんだけど、でもそれは親になる人が勝手に望んでやっていることなのだ。その文脈で、個人的に胸をうたれたのは、野田さん自身が「丈夫に生んでやれなくってごめんね」とか「わたしのせいで」みたいなことを、一度も口にしなかったことだった。
(75)

 わたしの意志で、わたしの都合で、生まれてくる誰かが、いるんだな。(104)

 わたしがいま胸に抱いているこの子は誰だろう。どこから来た、いったいこの子はなんなのだろう。わたしとあべちゃんが作ろうと決めた彼は赤ちゃんで、わたしのおなかのなかで育ち、そしてわたしのおなかからでてきた赤ちゃんなのだけど、でも、肝心なところ、彼がいったいなんなのか、どれだけみつめても、それはわからなかった。そして、やっぱり彼は、わたしとあべちゃんが作ったわけでは、もちろんなかった。〔略〕わたしはいま自分の都合と自分の決心だけで生んだ息子を抱いてみつめながら、いろいろなことはまだわからないし、これからさきもわからないだろうし、もしかしたらわたしはものすごくまちがったこと、とりかえしのつかないことをしてしまったかもしれないけれど、でもたったひとつ、本当だといえることがあって、本当の気持ちがひとつあって、それは、わたしはきみに会えて本当にうれしい、ということだった。きみに会うことができて、本当にうれしい。(154-5)

 目のまえの、まだ記憶も言葉ももたない、目さえみえない生まれたばかりの息子。
 誰がしんどいって、この子がいちばんしんどいのだ。
 おなかのなかからまったく違う環境に連れてこられて、頼るもの、ほしいものはわたしのおっぱいしかないのだ。
 こんなふうに両手にすっぽりとそのからだのぜんぶを抱っこできる時間なんて、この子の一生からみてみればあっというまに違いない。
 深呼吸して、顔をみよう。生まれてきた赤ちゃん。手足。
(170)

 いまこの胸に抱いている息子の、わたしは何歳までをみることができるのだろう。
 そんなことを考えてしまうのだった。
 いずれにせよ、おじいちゃんになった顔はみることはできないのだな。〔略〕ああ、わたしはこの子と、長くてあと50年しか一緒にいられないのか。そうなのか。いつか、ぜったいこの子と別れる日が、これもう冗談でもたらればでもなんでもなくって、いつか確実にわたしたちをとらえてしまう、そんな日がくるのだな。まじで。〔略〕いつかやってきてしまう、別れの日を思ってはなにもかもがおそろしくなって悲しくなって、子守唄をうたいながら、泣いても泣いても、涙が、どこまでも流れてくるのだった。
(176-7)

 しかしあれやね。親というかわたしというかは勝手なもので、ふだんは「個性」とか「独特の意気ごみとか姿勢」とかを広く善しとしているのに、こういう基本的なこと〔=健診、身長や体重〕に限っては「標準」を強く求めているのだから、なんだかなあ。(199)

 小説とか書いて既存の価値観にゆさぶりをかける、とかふだんもっともらしいことを言ってるくせに、この体たらくだよ。自分にがっかりしつつ、さっちゃんに電話をかけて、甥っ子たちがいまのオニの月齢のときの体重をきいて、また心配に。(248)

 なにが、なぜ、どのように苦しかったり悲しかったり不安だったりするのかを、言葉にしてみることって大事なんだなーとあらためて思う。そうすることで、気づくことがたくさんあるのだよね。(227)

 だいたい、経済的にも自立していて、夫がいなければならない理由などわたしには1ミリも存在しないのだ。もともと入籍には反対だった(入籍制度、ひいては戸籍制度に疑問があるので)。それなのに、なんでこんな思いまでして男であるあべちゃんと一緒にいなければならないのだろう。大事なことはなにひとつわかりあえない男という生きものと、なぜ一緒にいなければならないのだろう。もう男のご飯など作りたくない。顔もみたくない。〔略〕この時期は、あべちゃんが、というより、男というものが本当にいやになっていたのだ。自分の体験や実感をこえて、世間一般の「男性性」にたいする嫌悪がみるみるふくらんで、それがあべちゃんという個人に逆輸入されるようなあんばいだった(232)

 オニがこっちをみている。小さな手をふっている。なにーといいながらオニのそばにいく。抱っこしようと手をのばすと、ウン、といいながらゆっくり立って、一生懸命、歩こうとしている。背をむけて、足を動かして、むこうに一歩を踏みだそうとしている。もう赤ちゃんじゃなくなった。もう赤ちゃんじゃなくなった、オニ。どうかゆっくり、大きくなって。きみに会えて、とてもうれしい。生まれてきてくれて、ありがとう。(288)


@研究室
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by no828 | 2014-12-23 20:27 | 人+本=体 | Comments(6)
2014年 12月 21日

「てしまい」に打ち消し線を引く

 今週は講義全5コマ。先週は、研究員仕事のための休講や出講先卒論提出週のための休講が含まれ、講義は1コマでした。時間の、とくに週末の使い方(使え方)がだいぶ違います。

 全5コマのうち4コマが今週で年内分を終了。年内の講義は明日の1コマで終了です。質問用紙に「先生1年間ありがとうございました」と書く学生が結構いたのですが、講義は年明けもまだ残っています。まだ終わってはいないのだよ、学生諸君。

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(T塚は何となく「Y野家」の「G鍋すき鍋膳」大盛730円。卵の黄身が壊れている(弁解なし)、テーブルが拭かれていないなど、店内全体的にがさつな印象を持ちました。)

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(ここは公募が出ていないようです。出講先へ移動中の駅の看板です。)

 研究員として所属する大学の学内を移動するときは、いわゆる「ペデ」ではなく「ループ」を通ります。以前も書いたとおり、ペデだと顔見知りの先生と擦れ違う可能性が高く、しかしそのうまい擦れ違い方がよくわからないために、擦れ違うこと自体を回避したい、というのがその理由です。運動のため、というのないではありません。ループはほとんど人が歩いていません(バス停には人がいます)。

 今週のある曜日、家賃の振り込んだり現金を引き出したり『UP』をもらいに行ったりするために大学会館付近のATMと書籍部へ歩いて行きました。そのときもループを通り、大学会館のなかを突っ切って書籍部のほうへ行こうとしました。が、まさにペデで、横切るには2メートルもないであろうそのペデのところで自転車に乗ったH田先生と遭遇してしまいました。「授業まで少し時間あるから歩いて行こう」と先手を打たれ、そのままお話をしながらペデを学系棟まで歩きました(あれ?)。先生はどうやら、わたしが学系棟方面に行くところだと思われたようです。「いま何してるの?」とか「アプライしてる?」とか、そういったお話をH田先生としました。「君のような人にこそ常勤で働いてもらわないといけない」といったことを言われたのがとても嬉しかったです。腐らずにがんばります。短い時間でしたが、お話ができてよかったです。

 先生と学系棟の前でお別れして、K棟へ歩いていく後ろ姿をH田先生にお見せしながらも、用事を済ませるために再び大学会館方面へ向かいました。家賃、現金、『UP』。ついでに、南直哉〔みなみ じきさい〕『善の根拠』と木畑洋一『二〇世紀の歴史』を購入しました。前者は、著者が『復興の精神』に寄せた文章を読んだことがあり、また、非常に共感する内容でもあり、名前を覚えていたため、平積みの本体に気付きました。後者は、帝国主義という視点/着眼点で20世紀を見通す内容のようであるため、研究上の関心から手に取りました。

 メールを1本書いたら帰りましょう。(急に現在の話)

@研究室
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by no828 | 2014-12-21 19:54 | 日日 | Comments(6)
2014年 12月 19日

セクシュアリティを定義するものが何かと訊かれたら、僕は——中村安希『リオとタケル』

c0131823_19224637.jpg中村安希『リオとタケル』集英社、2014年。44(867)


 版元


 新刊で購入。中村安希は『インパラの朝』に続いて2冊目。

『リオとタケル』はセクシュアリティが主題です。著者がカリフォルニアへ留学したときに出会った「リオ」と「タケル」(いずれも仮名)のゲイ・カップルからいろいろな話を聴き、そして自身のセクシュアリティ、そのセクシュアリティの背景(にあるかもしれない事柄)と向かい合っていく様子が描かれています。聴きっぱなしになっていないところがとてもよいと思いました。ちなみに、リオは大学教員で、タケルは衣装デザイナー。大学のあり方、大学教員としてのあり方に関する記述に学ぶところもありました。

 リオとタケルに関わりの深い人物へのインタビューも精力的に行なわれ、その内容も物語の要素として本書に埋め込まれています。

 研究員事務員仕事の一環で、今年度は「LGBT」という主題にも以前より深く触れる機会がありました。講義やセミナーなどで、です。「同性婚」の実現を課題とする向きもありますが、異性間の制度的結び付きであった近代の結婚というものを踏まえるとき、釈然としないところもあります。なにゆえに異性を前提としたその制度に即した結び付きを同性においても求めるのか、まったく別の結び付きのあり方を提案していくこともありなのではないか、ということです。もちろん、結婚制度との連関で他の制度、たとえば税制度などが組み立てられており、結婚によるメリットがあることはわかります。そのうえで、の話です。やはり求められているのは他者からの承認なのでしょうか。あるいは制度による安定? 考えが詰められていませんが、考えを進める契機はもらいました。もっと実質的に講義へ関われたのなら、この本を紹介したことでしょう。

 良書です。


-----セクシュアリティ、ゲイ
 外から見る「ゲイ」という世界には、常にある種の閉鎖性がある。その世界は特殊化され、考えようによっては特権化もされ、それによって孤立しているようにも見える。もちろん、彼らをそうさせた社会的圧力があったのは事実だ。〔略〕しかしいずれにせよその世界は、好むと好まざるとにかかわらず色を強め、交わることや開くことから遠ざかって(遠ざけられて)しまっていた。そのなかにあってリオやタケルさんの存在は、特定のカラーに染まることがなかった。彼らの世界は常に、誰に対しても、清々しいほど堂々と開かれている。(141-2)

 今、最も優先するべきこととは、『典型的でない家族』を異物扱いしない雰囲気を社会全体で作り上げていくことだ。欠けている点を突つき合うことではなく、形の違う家族のさまざまな幸福のあり方をみんなで祝福し合うことである。ゲイの親を持つ子どもは不幸な子どもではない。他の子どもたちと同じように、とても幸せになれるポテンシャルを持っている。社会が「おまえたち家族は間違っている」と勝手に決めつけ、子どもたちに不幸なセルフイメージを植え付けさえしなければ。(153)

リオやタケルのようなゲイのゴッドファーザーを持つ一番の魅力は、子どもたちにとってゲイの存在が人生の一部になるってことね。子どもたちはゲイを特別だとは思っていないし、ごく自然なこととして受け入れている。それは、養子であることも同じなの。あの子たちが赤ちゃんだった頃から、私たちは『養子』という言葉を隠さずに使ってきた。だって何にも悪いことじゃないんだもの。だから子どもたちは、養子という言葉に対して何の引け目も感じていない。私たち家族にとっては、ごく自然なことだから」(153)

ゲイって何なんですかねぇ……」と私は呟いた。「ただ同性として仲がいいだけの人もいるし……
 彼にもよく分からないようだったが、少し考えてから「自分がゲイだと公言した人じゃないですか?」と言い、「二人の関係はプラトニックだと聞きましたけどね」と付け加えた。
「あっ、そうなんですか?」と私は言ったが、では逆にプラトニックでない関係とは何なのだろうか、という疑問が湧いてきて、「性行為だけだったら、軍隊内でも宗教内でも、そういうのはいっぱいあるわけですよね」
「でもそういう人たちはゲイだからではなくて、単に行為を愉しんでいるだけですよね」
「そうですね。逆に、セックスをしなくても精神的に愛し合って、ゲイを公言している人もいるだろうし……」
(156)

「何をもって君は、ホモセクシュアリティを定義しているんだろう。例えば同性と肉体関係があった人は、みんなホモセクシュアルと言えるのだろうか。心の中で同性に好意を持つ人はどうだろう。どの程度の好意を持てばホモセクシュアルになるのかな」〔略〕
ホモセクシュアリティを定義するのは」と、リオは静かに沈黙を破った。
その人の欲求だ。行為ではなくて
「欲求……」
 私は、ノートに書き込んだ Desire (欲求)という文字を静かに見つめた。
(194-5)

彼自身は同性婚を必要としていない。でも同時に、彼は同性婚の合法化をとても強く支持している。その権利を必要としている人たちがたくさんいるんだからって
 ナンシーの話は、市民権運動の性質をよく言い表していた。公共の権利の獲得は、それを望む当事者たちの努力だけでは実現しない。その思いを共有する非当事者たちの強い支持がない限り、運動は前には進まない。
(215-6)

「私たちが、『ゲイ』と言うとき、そこには一括りにされたゲイのイメージがあります。ゲイとはいっても、人それぞれ個性があるはずなのに、それがたった一つの『ゲイ』というキャラクターに集約されてしまう。そして、あたかも『ゲイ』であることがその人のアイデンティティのすべてであるかのように語られます。しかもなぜか過剰なくらい、性行為ばかりが注目されるというか……、奇妙なことだと思いませんか? だって、ストレートのカップルに会うたびに『ふむ、この二人はベッドの中でどんなことをしているのかな?』なんて妄想する人はいないと思います。いや、もしかしたらいるのかもしれませんが」〔略〕
「実際、リオやタケルさんがゲイであってもなくても、私はどちらでも構いません。彼らは私の先生であり、尊敬できるアーティストです。私が二人に会いに行くのは、話が面白く料理がとても上手だからであって、ゲイだからではありません。そしてきっと他の人たちもみんな、私と同じような気持ちで二人との親交を続けていると思います」〔略〕
「〔略〕リオとタケルにとってゲイというのは、もちろん重要なアイデンティティの一部だとは思うけど、それはあくまでも一部でしかない。二人には、それ以外にも多くのものがあるし、決して自分たちの周りに境界線を引いたりしない。殻に閉じこもったりしない」
(217-8)

「知人は、名前をキースといった。〔略〕キースは自分がもう単なるHIV陽性ではなく、末期のエイズに移行しつつあると知ったときに、あるとても賢い行動に出たんだ。友人一同を集めて彼は叫んだ。
俺を一人にするな。死ぬまで手を貸すんだ!』って。
 そうやって彼は、サポートチームを作った。とてもいいアイデアだと思ったよ。〔略〕だから僕は、死に関連する書籍もいろいろ読んでいて、その中にこんな一節があるのを覚えていた。『時に人は、死ぬために許可を必要とする』と。人によっては『もう逝っていいんだよ』と誰かに言ってもらうことで、安らかに死を迎えることができるって書いてあった。だから、ある時点にきたとき僕は、」
 と言いかけて、「これは全然褒められた話じゃないんだけど」と、リオは一言断ってから「実は」と続けた。
「もし逝きたいなら、もう逝ってもいいんだよと伝えた。僕としては苦しむ彼を助けたくて言ったことだっただけど〔ママ〕、キースはこう言い返してきた。『急かすんじゃねえ!』って」
(231-4)

「結婚する誰もが、きっと同じ理由で式を挙げていると思うけれど、僕たちは友達や家族の前に立って誓いを立て、お互いにコミットし合っていくことを公に宣言したかった
 何の変哲もない、平凡な理由だった。その自然さ、あまりの純粋さの前ではむしろ、そうすべきでない理由を見つける方が難しかった。関係をあえて非公式にし続けたり、陰でコソコソすることの方が、よほど奇妙であるように思えてきたのだ。私はただ、深く頷くことしかできなかった。そして彼らは誓い通りの人生を、今まさに生きている。
「両親にカムアウトしてから5年待って挙げた式だったけれど、両親は来てくれなかった。結婚式の本質にある公然性が、母には耐えられなかったんだ」
(262)

 世間とは、均質化を要求する無形の圧力のことだ。それは人々の中に内面化された圧力でもある。私たちが現実に生きている『世界』と、内面化された『世間』は、似て非なるものとして存在する。
 現実の世界は多様性に満ち、多かれ少なかれ人は皆『違い』を抱えて生きている。目の不自由な人も、背が高い人も、絵が上手い人もいる。子どもをたくさん生む人も、養子縁組する人も、同性と生涯を添い遂げる人もいる。もちろん平均値は存在するが、程度の差こそあれ、結局はただの『違い』でしかない。
 しかし世間はそうではない。世間はそれらの違いに優劣をつけ、善悪を決め、平均値の周りに線を引く。その線の内側までの違いを『正常』と呼び、線を少しでもはみ出した違いのすべてに『異常』というレッテルを貼る。
私たちは、平均値と自分との距離はいつもビクビクしながら確かめ、自分たちの手で引いた線の周りで怯え続ける。次の瞬間にはどこかへ移動してしまうかもしれない、想像上の線の周りで。
(272-3)

「人それぞれだろうけど、僕〔ショーン〕にとってゲイというのは、自分のアイデンティティの順位の中では、極めて下の方の位置づけなんだ。まず、すべての上位にくることとして、僕はアーティストだ」(287)

「だから、どちらにも可能性を残すという意味でバイセクシュアルって答えている。要するによく分からないから」
「それでいいんだよ、きっと。人間のセクシュアリティの一番いい解釈というのは、オープンでいることだと思う。そもそもセクシュアリティというのは、男が好きか、女が好きかってことではなくて、誰が好きか、って話だから
(297. 傍点省略)

「それから数週間が経って、僕〔ショーン〕は実家に帰った。そしてキッチンテーブルに座って母を呼んだ。『2回目をやるから、キッチンに来て欲しい』って言ったんだ。僕たちはテーブルを挟んで向かい合った。『言っておかなくちゃいけないことがあるんだ』と僕は言った。『何でもいいわよ、教えてちょうだい』と母は言った。だから僕は打ち明けた。
僕はゲイだ
 そうしたら母は大げさに驚いて『ええ~~~!!! マジで? そんなことぜ~んぜん、思いもしなかったわ!』って」
 私たちの笑い声が、テーブルの周りに響いた。溢れ出てきそうな涙をこらえながら、私は笑った。
母と僕は笑った。それから、彼女はやさしい声で言ったよ。『話してくれてありがとう。こんなふうに知ることができて、本当に、本当に、よかったわ』って
(299-300)

セクシュアリティを定義するものが何かと訊かれたら、僕は『継続性のある正真正銘の欲求』と答えるだろうね」
セクシュアリティは自分の中に生まれ持ったものだから、選べるものではない」とタケルさんが言葉を挟んだ。
「つまりそれが『正真正銘の欲求』というものだと思う。単なる『好み』や『好奇心』とは、まったく別のものだ。たとえ僕がストレートになりたいと思ったとしても、僕はストレートにはなれない」〔略〕「だから僕にとって、ゲイは選択したことではない」とリオは言ったが、話にはさらに続きがあった。
実は、それが選択になりうるケースも存在するんだ。特に女性の場合は……
「どういう意味ですか?」
ある女性から聞いた話によると、レズビアンの女性の中には、過去に男性から受けたひどい虐待や暴力によって、自ら同性と結ばれることを選んだ人たちが数多く存在するということだった。僕が興味を持ったのは、この話の対象となっているのが女性であるという点だ。なぜなら多くの人が唱えている説によれば、女性の方が男性に比べて『性』というものをかなり流動的に捉える傾向があるみたいだから。男性の方が、『性』をきっちりしたものと捉えるらしい。だから、女性にとっての『性』の定義がより流動的であると考えて、その中で女性たちが、特定の経験(多くの場合、異性とのトラウマ的な経験)によって異性を避けるようになり、代わりに同性とのパートナーシップや深い結びつきを求め、そういった行動に心がついていくかたちでレズビアンになる(女性を求めるようになる)というのは、十分ありえると思う」
(305-6. 傍点省略)


-----演劇から世界へ
「『Willing Suspension of Disbelief(進んで不信を一時停止すること)
 どういう意味かというと、観客たちはシニカルな自分を捨てて、目の前の世界を信じるためにわざわざ劇場へ足を運んでいる。つまり劇場にいる僕〔リオ〕たちは、自分の中の『不信』を停止して、とりあえずどこかへ追いやっておく道を進んで選び取っている。不信が去れば、あとには『信じること』しか残されていない。その精神が劇場にマジックを生み出しているんだ。それからまたここで、僕の好きな理想主義が出てくる。なぜなら、もし僕たちが身の回りの物ごとを『自発的な不信の一時停止』の精神を通して眺めることができれば、おそらくもっともっとたくさんのことが可能になるから。だから劇場は、とても希望のある場所なんだ」
(321-2)


-----大学のあり方、大学教員のあり方
「基本的に、どんな企画を持っていってもいいのですか?」
「私を説得できる企画ならね。学生にとって有益だと判断すれば、私はその企画を実現するためにあらゆる手を尽くす。それが私の、管理職にいる人間の使命だ。我々執行部は、ただ書類を右から左へと移動させるために存在しているのではない。我々の仕事は、職員の熱意を理解すること。学生のニーズと職員の想いを汲み取って、熱意の行き場所を見つけることだ。トッププロフェッショナルである職員たちが、こんなことを模索したい、試したいと言いだしたときに、『不可能』という言葉だけは最後まで吐いてはいけないんだよ
(96-7)

「彼ら〔リオとタケル〕は安易に人を批判したり、自分の規定を押し付けたりしない。頭ごなしに誰かを否定することが絶対にない。だから僕は安心して、あの二人に対してはどんなことでも打ち明けることができる。今でも覚えているのは、最初の講義のときに僕が二人から学んだ台詞だ。彼らは、『その答えは僕にも分からない。でも、あとで見つけておくよ』って言ったんだ。何か議論を持ちかけると、彼らはまず『分からない』って言うんだ。そしてあとになって必ず、答えを持って戻ってきてくれる。これってすごいことだよ。世に言う先生や芸術家のほとんどが、あたかも『すべてを知っている』かのように振る舞おうとしているときに、あんなふうでいられるなんてさ。彼らは芸術についても、デザインについても、作品の裏にある哲学についてもそうだけど、議論して余りあるほどの知識を持っている。でも、それを決してひけらかさないし、自慢しようともしない。いつも僕らのレベルにまで降りて来て、対等に話をしようとする。彼らはそれを自然とやってのけるけど、実際にはまねできるほど簡単なことじゃないんだ」(283-4)


-----増刷のさいはぜひ。

 誤「タケルさんが夕飯の準備しているところだった」(49)
 正「タケルさんが夕飯の準備をしているところだった」/「タケルさんが夕飯を準備しているところだった」など

 誤「彼を助けたくて言ったことだっただけど」(234)
 正「彼を助けたくて言ったことだったのだけど」など

 誤「当事者たちへ圧力のかかり方が」(272)
 正「当事者たちへの圧力のかかり方が」など

@研究室
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by no828 | 2014-12-19 19:50 | 人+本=体 | Comments(5)
2014年 12月 18日

その認識こそが、「民主」主義の本質であるのなら——赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』

c0131823_20264077.jpg赤坂真理『愛と暴力の戦後とその後』講談社(講談社新書)、2014年。43(866)


版元 → 


 新刊で購入。

 著者は1964年東京都生まれ。『東京プリズン』の著者でもあります。

 日本という国を国民自らが自らの事柄としたことがないのではないか、という問いかけ。自らの頭で考えよ、という訴えかけ。


 これは、研究者ではない一人のごく普通の日本人が、自国の近現代史を知ろうともがいた一つの記録である。〔略〕
 これは、一つの問いの書である。
 問い自体、新しく立てなければいけないのではと、思った一人の普通の日本人の、その過程の記録である。
(3)

 私は戦後の典型的なものたちが、風景を埋めていくときに育った。
 誰かが何かを忘れようとしていた。
 誰もが何かを忘れようとしていた。
 でも、それが何かを私も問おうとはしなかった。
 今思い出してみて驚くのは、本当は隠されてはいなかった、ということだ。
(11)

「じゃあ天皇に戦争責任はあると思う?」
「天皇陛下を裁いたら日本がめちゃくちゃになったわ!」
 どうして、ここだけ即答なのだろう? しかも論点がずれてる。
「なぜ?」
 私は問う。
「なぜってそうなのよ」〔略〕
『東京プリズン』を書く途上でわかったのは、しかしこの論点のずらし方こそが、東京裁判で勝者によって意図的に行われたことだということだった。
(37)

 そう、天皇制を温存したほうがアメリカにメリットがあったのである。
 ちなみに、アメリカ人の正義の旗印とされた「真珠湾だまし討ちしたんだから日本が悪い、『リメンバー・パールハーバー』」だけれど、当のGHQが主宰した極東国際軍事裁判(東京裁判)で、「だまし討ちではない」という判決が出ている。「だまし討ち」の論拠は、「宣戦布告から攻撃まで時間をおかなければならない」というハーグ条約の取り決めの中にある。だけれど、その条約に「どのくらい時間をおく」という記載がなく、「条約自体に構造欠陥がある」とみなされたため。
(38)

 繰り返すけれど、侵略〔英語だと invasion ではなく agression〕戦争が「あったかなかったか」ではない。
 私たちは、私たち自身が告発されたその言葉を、告発した側の言語に立ち、それを私たちの言語に照らし、じっくり精査したことが、一度だってあったのか、ということだ。
 ないとしたら(私の感覚では、そんなことは行われなかった)、私たちは、何を悪いと言われているのか、わかっているのだろうか? わからなかったら、何を謝ったり、何に反発したり、しているのだろうか?
 膨大に無駄な力を使っていないのだろうか?
(62)

 五一年の〔日米安全保障〕条約は、前文から、うめかされてしまう。〔略〕
 以下、動詞と構造がよくわかるように、英語の語順で訳す。

 Japan desires a Security Treaty with the United States of America
 日本国は欲する/アメリカ合衆国との間に安全条約を結ぶことを
(安全「保障」条約とは書いていない。)

 続いて条文の第一条。文の構造の部分だけを抜粋する。

 Japan grants, and the United States of America accepts to dispose United States land, air and sea forces in and about Japan.
 日本国は保証し、アメリカ合衆国はこれを受け容れる/陸、空、海の武力を日本国内と周辺に配置することを。

 日本が欲し、アメリカ合衆国にお願いする。
 日本が保証し、アメリカ合衆国は受け容れる。
 決して、逆では、なく。
 それをアメリカ合衆国が、書く。
 他人の手で、ありもしない欲望を、自分の欲望として書かれること。
(120-1)

 私はかねがね、不思議に思っていたことがあった。
 安保闘争や学生運動が、なぜ、共産主義と共産主義革命イデオロギーとすぐに結びついたのか? ということ。
 また、二十世紀に世界で起きた革命はなぜみな、共産主義革命なのか? ということ。
〔略〕
「もっと大枠でいうと二十世紀というのがロシア革命の衝撃からはじまったということだと思います」
(124-5)

 日本の若者だけの特殊事情とは、彼らはヴェトナム戦争に反対しながら、ヴェトナム戦争で漁父の利を得ている国の子供たちであるということである。(135)

 何かに対して動くこと。声を出すこと。それは、そのものずばりとしては実を結ばないかもしれない。
 けれど、何かは、変える。小さくても。
(231)

 国家、イデオロギー、すべてに先立って存在する権利が人にはある。その認識こそが、「民主」主義の本質であるのならば、民主主義の体感を日本人は持ったことがあるだろうか? 私は、ない。
 生まれてこのかた持ったことのない感覚を、「生得の権利」として行使できるという信念も、そのやり方も、私にはわかっていない。それを認めざるをえない。
(236)

「憲」法って?
 本当は「国家構成法」とでも言ったほうがよかったのではないだろうか?
(239)

 だから、憲法改革にしても、文字通りの保守派であるなら「もらいものであろうと長く続き、国民にも愛されたのにはそれなりの妥当性があるはずだ。軽々に変えていいものだろうか」と慎重になるはずであるのに、「日本的保守」になると、「憲法第九条の改革を主張するのが保守」のごとき転倒が起きている。(246)

その〔日米開戦時の〕頃、アメリカでは日本人や日系人への弾圧が強くなっていたが、ハーヴァード大学は、敵国人たる鶴見俊輔に、一切そういうことをしなかった。
 曰く「ハーヴァード大学の歴史は米国の歴史より古いのだから
 これこそ本当の草の根の民主主義、「民が主」であり、民は国家に先立つ、という態度ではないだろうか。民主主義とはこういうことだ、決して多数決のことではなく。
(263)

 なぜ正直に、
「〔日本国憲法は〕私たちがつくったものではないが、美しく、私たちの精神的支えとなってきた
 と言えないのだろうか。
(266)

「アメリカは占領期に、日本人に敵意がないことを確認すると、駐留する人員の入れ替えをした。日本と戦闘経験のない、つまり日本に対して恨みのない人員を送り、戦闘経験のある人員は本国に戻した」(274)

 「がんばろう東北」というスローガンは特に奇妙だ。〔略〕
 「がんばれ」じゃなく「がんばろう」なら「私もがんばるから」というニュアンスがあるからいいのか? 私ががんばるのと、あなたもがんばれる、の間には、順接逆接、いかなる関連もない。
 あえて言うなら、「嘆いていい、東北。あなたたちのために私たちはがんばる」と東北以外の人たちが言うのが、筋ではないだろうか。
(290-1)


@研究室
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by no828 | 2014-12-18 20:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 12月 14日

映画のあとは岩塩抱えてオフィスの先を進撃の素通り

 TX土日休日回数券が余っていて、その有効期限が目前に迫ってきたので、というのも祝日に講義が設定されているT塚出講のために購入しておいたものの台風のために休講になったため、講義も研究会もシンポジウムも何もないという状況ではかなり久しぶりに上京。

 A葉原
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 M世橋と「MaaCH」
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 K田川(たぶん)
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 M世橋付近の石畳
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 A葉原から徒歩でJ保町。このブログを部分否定された気分にならないでもありません。
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 古書店の店先の200円均一箱に、入手して読みたいとずっと思っていた谷川徹三『世界連邦の構想』を発見して即購入。ほかにも何冊か。ちなみに、谷川徹三は谷川俊太郎のお父さんです。

 J保町の主目的は、古書店街散策というよりも、Pーランド映画「幸せのありか」の鑑賞@I波ホール。たまたま初日初回の鑑賞に当たりました。意思の伝達、というより、意志の伝達が人間の尊厳——この言葉を使うにふさわしい——にとっていかに重要か、ということがよくわかる内容でした。観ながら、ALS(筋萎縮性側索硬化症)のなかでもTLS(完全な閉じ込め状態、Tottaly Locked-in State)になった人のことが頭に浮かんだりもしました。看護学校での講義は後期にはなく、この映画を紹介できないのが残念です。

 もちろんプログラムを購入。

 映画は初回(初日だけ?)整理番号50番までの人に特典あり、とのことで(知らなかった)、Pーランドの岩塩をもらいました。ずしりとします。使い道がわかりません。削るにはどうすればよいのでしょう。コーヒーのミルを代用するわけにはいかないでしょう。
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 U野へ移動(M田線 → O江戸線)。U野御徒町から徒歩でU野公園へ。
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 目当ては「オフィス美術館展」@T京都美術館(本日12/14までで時間的にももう終了したのでリンクなし)。イタリア語の「uffizi」は英語だと「office」に該当するようですが、英語のように「仕事場」のニュアンスがどの程度あるのかはわかりません。今回の展示を「オフィス美術館展」あるいは「仕事場美術館展」で宣伝していたらどうなっていたかと思わずにはいられません。
 
 この「オフィス」は誰のものであったかというと、それはメディチ家のものでした。メディチ家で思い出すのは、わたしの通った幼稚園に併設されていた英語学校の授業です。幼稚園の園長先生が小学校高学年から中学生までの英語も教えていて、わたしもそこに途中から通ったのですが、そこで「Medici(メディチ家)」と「Medicine(薬)」の話があったことを茫漠とではありますがいまだに覚えています。

 もちろん図録を購入。あとは一筆箋とマグネットとしおり。この4点セット、あるいは一筆箋を除いた3点セットが定石になってきたような気がします。図柄が気に入らないときは買わないこともあります。
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 U野公園内で「S撃の巨人」の何かも開催されていました。進撃の大行列でした。中に入るのに90分待ちとの案内がありました。わたしは「S撃の巨人」を読んだことも観たこともありません。大行列を横目に素通り。
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 そろそろ帰ってラジオで選挙速報を聴くことにしましょう。テレビがあってもいいかなと、こういうときに思います。(急に現在の話)

@研究室
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by no828 | 2014-12-14 20:42 | 日日 | Comments(2)
2014年 12月 12日

もし徳田が政界入りなどを目指さず、病院経営に専心しながら日本の医療改革を訴え——青木理 『トラオ』

c0131823_19163065.jpg青木理 『トラオ——徳田虎雄 不随の病院王』小学館(小学館文庫)、2013年。42(865)


版元 
単行本は2011年に同学館


 徳洲会グループのあれこれに関心はそれほどありません。わたしが本書を手に取ったのは、ジャーナリスト青木理の仕事に関心があったから、というのもあるのですが、主は徳田虎雄が、原因不明で不治の難病ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)、筋萎縮性側索硬化症になっていたからでした。本書でもその点に触れられているのです。ALSとなった母を介護し、それを『逝かない身体』にまとめた川口有美子との会話も本書には挿入されています。無論、ALS以外の事柄——医師ではなく政治家としての徳田虎雄とか沖縄基地移転問題とか——も、興味深く読みました。


徳洲会グループは2006年12月、東欧ブルガリアの首都・ソフィアに計1016床という大規模な「ソフィア徳田病院」を開設し、その経営を軌道に乗せている。現在もアフリカやアジア諸国へ人工透析の機器や技術を提供する傍ら、さらなる海外での病院建設計画も進行中だという。(16-7)

ALSは〕1年間に日本国内で新たに罹患するのは人口10万人あたり約1人。現在の国内患者総数は合計で約8500人といわれる。(20)

「私〔=亀井徹正医師〕もALSの患者さんを抱えるお宅を何軒も訪ねてお世話をうかがってみたことがあるのですが、中には家庭崩壊してしまうケースすら珍しくないんですね。〔略〕
 たとえばの話ですが、まだ小さなお子さんのおられる家庭で旦那さんが発病した場合、まずは収入面での問題が生じるでしょうし、幼子を抱えた奥さんだって一人で(夫の介護の)面倒をみられません。逆に奥さんがALSになって人工呼吸器をつけた場合、旦那さんが介護役になれば、仕事などとても続けられないでしょう。こうなると、本当に大問題なんです。だから一般の患者さんの場合、人工呼吸器をつけるか否かが極めて大きな決断になるんです。(患者)本人だけでは、とても判断できないんです」〔略〕
 人工呼吸器の装着によって分かれる「生」と「死」。本来なら、迷う余地などない。しかし、全身の筋肉を奪い去られたALS患者が人工呼吸器を装着した場合、その後の患者の介護には、途方もない根気と壮絶な努力を余儀なくされる。
(24)

「興味深いアンケートがありましてね、医療従事者と一般の方の双方に(ALSを発病した際に人工呼吸器をつけるか否か)質問をすると、一般の方々はよく分からないから人工呼吸器を『つける』と『つけない』の答えが半々くらいになるんですが、医療従事者は9割以上が『つけない』という反応なんですね。現実を知れば知るほど、その壮絶さがわかっていますから……」(24-5)

少し冷ややかに眺めてみるなら、ALS患者としての徳田は、一般のALS患者と比すれば、随分と恵まれた環境にある。「恵まれた」などと書けば語弊はあるが、一面でそれは事実だろう。何しろ徳田は自らが築き上げた巨大医療グループ・徳洲会の現職理事長であり、徳洲会グループが擁する選りすぐりの医師団と看護団に支えられ、24時間態勢で最善の医療と介護を受けられるのだから。(43-4)

ほとんどの患者さんは、やっぱり『生きて』って言って欲しいと思っているんです。患者本人が何て言って欲しいかを見抜くと、大抵の人は『(呼吸器を)つけて生きていてください』って言って欲しいのが伝わってくるんです。命を肯定して欲しいっていうのが、ビンビンと伝わってくるんです。
 だから私〔=川口有美子〕は、これはもうチャレンジだけど、(ALSの患者に会うと)『生きられるだけ生きてみたら』っていうんですよ。そうしたら、ニコッてするから、ああ、この人は絶対生きたいんだなって。それに私は、呼吸機能の不全っていうのは、(足腰が)弱ったら歩けないとか、目が不自由というような障害と同じように捉えているんです」〔略〕
 足腰が弱れば車椅子に乗るし、視力が弱れば眼鏡を使う。ならば人工呼吸器だって、それと違わないではないか——。
(51-2)

少なくとも、人工呼吸器の装着によって生を繋ぐことのできる患者が、介護にあたる家族の負担を慮って装着をためらい、結果として死を選び取ってしまうような社会環境は、断じて望ましいものではない
何かね、試されているような気がするんですよ。(ALSという病によって)人間とか人間性というものを。『お前たちはこれをどうするんだ』って、神様に試されているような……。これを生きられないようにしてしまったら、人類は滅びてしまうんじゃないかとすら思うんです」
(52)

「〔金沢公明——〕人工呼吸器をつけるのは、患者の3割強ぐらいです
——あとは装着しないで……。
「亡くなります」
——それは患者さん本人の意思で?
「表向きはそうですが、やっぱり家族に負担をかけたくないとか……〔略〕呼吸器をつけないで亡くなって、あれで良かったんだろうかっておっしゃるご遺族もいます」
——難しいですね……。
「難しいです。本当に難しい。だけど私たちからすれば、(人工呼吸器装着に関する)ハードルだけは低くしてあげたい」
——最終的には患者さん本人の選択だけれど、人工呼吸器を装着して生きたいと考える人が、ストレスなくその選択をできる体制をつくっていかねばならないということですね。
(60-1)

 鹿児島の人々に少し突っ込んで尋ねてみれば、奄美出身者への差別的な感情が残っていることに気づかされる。沖縄の人々にしても、奄美を一つ下に見る風潮がみてとれる。「内地」にあって南西諸島への侵略者でもあった鹿児島と、かつては琉球王朝を築き上げた沖縄。その狭間に落ち窪んだ奄美の島々は、双方から蔑みの眼で見られる存在でもあった。その構造は、今も微かな残滓として残されている。(106)

「〔徳田虎雄の妻 秀子——〕でもね、『生命だけは平等だ』って訴えて、田舎だろうと過疎地だろうと病院をつくって医療を提供できる社会をつくりあげるんだっていう主人の目標は、医師会と政治が一緒になって阻まれることが多かったんです。だから自分の目的を達成するために政治を動かす必要があるって。政治に手を出して頑張らないと自分の思いが完成できないって。そう言いましてね」(113)

 ただ、徳田に関する取材を続けていると、何度も思ってしまうのである。もし徳田が政界入りなどを目指さず、病院経営に専心しながら日本の医療改革を訴え、行動を続けたなら、果たしてどうなっていただろうか、と。〔略〕
 しかしこれは、やはり無意味な仮定というしかない。自らが理想と掲げる「医療改革」のためには、何としても政治を変える必要がある——そう思い込んでしまった徳田が、赤信号で止まれるはずがない。
(160-1)

ペシャワール会」を立ち上げてパキスタンやアフガニスタンで医療活動を続けていることで知られる医師・中村哲もかつて徳洲会病院に勤務しており、徳洲会はいまも中村の活動を支援している。(185-6)

——徳田虎雄さんの政治的立ち位置をどう思われていますか。
「〔川内博史——〕リベラルだと思います」
——リベラル、ですか。
リベラルです。ただ、少し特殊なリベラルなんです。自分がどこまでも強くなるんだと。強くなった結果として、弱い人たちを救う力を得るんだというのが彼(徳田)の発想だったと思います。〔略〕」
——だとするならば、「石原新党」なんて、どう考えたらいいんですかね。
「リベラルを実現するためには、真反対の人たちとも手を握っていくんだということでしょう。だって彼は、総理大臣になりたかったんですから」
(189-90)

 ただ、島〔=徳之島〕に絶対的な影響力を持つ徳田に対し、鳩山政権が早い段階から周到な根回しをし、もう少し長期的な視野に立って粘り強く交渉に臨む姿勢を取っていれば、局面は変わり得たのではないか。少なくとも、徳之島で「条件付き」ながら「移設受け入れ容認」を訴えた有力者たちは、そういって口を揃えた。(263)

 あらかじめ断っておかねばならないが、米軍普天間飛行場の徳之島移設案に対する私個人の意見を問われれば、これは明確に「ノー」というしかない。米軍基地の70%超を沖縄に押し付けている現状は異常に過ぎるにせよ、その一部を徳之島に移すのは、弱き辺境からさらに弱き辺境へと迷惑施設を押し付ける行為にほかならない。
 しかし、政権として「最低では県外」と吠え上げてしまった着地場所をどこかに求めるとするならば、行政区的には鹿児島県に属する徳之島は、一つの妥協点ではあったろう。そして、綱渡りの可能性ではあったかもしれないが、徳之島案はまったく可能性のない案ではなかった。
 だが、鳩山政権にはそうした周到さも、したたかさもなかった。
(265)

 徳之島の一町議——それも共産党の町議から寄せられた手紙に目を通し、抗議の意味を込めて送られたランプシェードに執務室で灯をともし、「心が安らぎます」などと返信の手紙を送ってくる宰相。これを一人の人間として見るならば、とても礼儀正しく、ひどく善良で、鳩山自身が言うところの「友愛の精神」に満ち満ちている。
 しかし、一国の宰相としてこれを捉えるなら、まったく違う姿が浮かび上がってはこないだろうか。鳩山は、米軍普天間飛行場問題に関し、自らの政治生命を賭して「最低でも県外」とぶち上げ、沖縄の負担軽減に全力を挙げると豪語した。
 にもかかわらず、腹を決めて臨むべき打開策を側近議員に丸投げし、ひょっとすれば展望が開けるかもしれぬ状況下でも最低限の根回しすらろくに行わぬまま、それを「腹案」「命綱」などと位置付けた。結果として無惨に破綻したのは至極当然だったが、破綻した直後、地元で反対運動を展開した共産党町議に「心が安らぎます」などという手紙を送るという、あまりの甘さ——。

 それは恐らく、鳩山の育ちの良さに由来するものなのだろうが、為政者としての資質が決定的に欠けていたのは明白と思える。
 再び私個人の見解を記すなら、普天間飛行場は日本国内での移設先など模索せずとも米国に引き揚げさせればいいと思う
(270-1)


@研究室
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by no828 | 2014-12-12 19:32 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 12月 09日

なぜ、分人なのか? それは、人を自殺させないためです——平野啓一郎『空白を満たしなさい』

c0131823_15211413.jpg平野啓一郎『空白を満たしなさい』講談社、2012年。41(864)


版元 → 


 死んだ人間が「複生者」としてよみがえる世界。土屋徹生36歳が妻子を残して自殺したのはなぜなのか。自殺には(端から見て)理解しやすい理由が存在するはずだ、という前提を排することが必要だと思いました。他者が死ぬとは一体どういうことなのか、そして自分が死ぬとは一体どういうことなのか、虚構を突き詰めることによって見えてくることがあります。あるいは、虚構を突き詰めることによってしか見えてこないことがあります。

 なお、本書にも著者提唱「分人」の考え方が開示されています。個人ではなく分人。相手によって見せる顔が自然と異なることを肯定する。異なる多数の分人はどれも偽物ではなく、どれも本物。


 単に生き返ったのではなかった。自分の死が壊してしまった世界に生き返ったのだと、彼は感じた。それを元に戻すことこそが、自分が生き返った意味なのではないだろうか?(55)

「なあ、土屋、——いいか? 人間一人死ねば、その一人分の穴が開く。大きい穴もあれば、小さい穴もある。けど、その穴をいつまでも放っておくわけにはいかんだろう。みんなで一生懸命埋める。じゃないと、一々その穴で躓くことになる。——な?」
「……。」
「仕事の穴、家族の穴、遺された人の心の中の穴。——お前は、それがちょうど、塞がったところに戻って来てる。無理に抉じ開けようとすると、破れてしまうぞ。」
(77)

「幸福。——ええ、あの土屋さんが拘っていた幸福ってものについて、私なりに考えたんですよ。人間の幸福というのは、つまり、自分の価値観と自分自身とが合致してる実感じゃないですか?(161. 傍点省略)

「私はあなたに幸福への抜け道を教えてあげたかったんです。わかりますか? ん? 価値観に現状を無理してあわせようなんてすべきじゃない。現状に価値観の方をあわせる。それで楽になれますよ。(162. 傍点省略)

「死者は無抵抗に、生前の印象的な出来事に象徴されます。それはなるほど、何をしたかというより、したことのうちで、何が目立ったかの問題です。……私はそもそも、死に方に拘る、とい考え方が好きではありませんでした。それは、危険な誘惑です。生きることへの拘りを断念させてしまいます。
「そうなのかもしれません。……わかる気がします。」
どんな人生でも、死に方さえ立派であれば、立派な人生だ。——それは、人を破滅させる思想です。戦争になると、政治家はこの考え方を徹底させます。たとえこれまでの人生が不遇であっても、最後に国家のために戦って死ねば、国家は立派な人間として、あなたの人生を全面的に肯定する、と。恐ろしい、卑劣な嗾〔そそのか〕しです。……私は、苦しみに満ちた人生を送ってきた人間が、死に方一つで、最後にすべてを逆転させられる——自分の一生を、鮮やかに染め直すことが出来ると夢見ることに同情します。その真剣な単純さを愛します。自分は表面的には違っていても、本質的に立派な人間だったのだと、最後に証明しようとすることを理解します。しかし、賛同はしません。
(304. 傍点省略)

「……確かに色んな人の影響を受けています。でもその上で、僕っていう一つの人格が出来てるんじゃないですか? 池端さんだったら、同性愛者であることは一貫してるわけだし、……本当の自分の考え方とか気分とかが揺れ動くっていうのを、分人とか何とか、区別して、切り離して考えないといけないんでしょうか?」〔略〕
それが従来の人間の捉え方です。土屋さんもそう考えている。それで万事うまくいくのであれば何も問題ありません。——しかし土屋さん、残念ながら、あなたは自殺しました。」〔略〕
なぜ、分人なのか?——それは、人を自殺させないためです。だから、この話をしてるんです
(330. 傍点省略)

愛する人が死ぬと悲しい。もちろん、その人がかわいそうだっていうのもあります。けど、それと同時に、その人と一緒にいる時の自分を、もう生きられないっていうのも大きいと思うんです(413)

 徹生は咄嗟に、ここに来る前に池端と考えた「語る資格の有無」の話を思い出した。母と妻には、それぞれに自分について語る資格があった。しかし、二人は自分の遺骨を別個の墓に納めているのだった。あの二ヵ所の墓は、「土屋徹生」という個人の墓ではなく、「徹生」と「てっちゃん」という、それぞれの分人の墓なのかもしれない。(415)

 死は、なるほど、「一回だけ起きる」ものでしょう。しかし、私には、それは、必ずしも切れ味が良いわけではない、ハサミのように感じられます。そして、私たちの人生は、一本のリボンです。何度か切りそこないながら、死は最後には、どこかでそのリボンを切るでしょう。その断面のみを見つけて、リボンの全体を描き出すことが出来るという人がいます。しかし、私には出来ません。どこで切られてしまうのか、切られたあとどんな姿なのか、生物としての人間はまったく無力です。
 それでも、土屋サン、私は考えました。もし、私の愛する人たちが、私の死後、あれこそがラデックだったと思い返すような一瞬があったとするなら、私はそれを幸いとしよう、と。私は、彼らがその一事を選んでくれたことを感謝します。私はそういう人間として、彼らの心の中に残っていくことを喜びます。それが私の死後の幸福となるでしょう。
(443)

子供の頃、途中まで進んだゲームのデータを、そう言えば、「セーブする」と言っていた。それが、頭の中で繰り返される「Save me! Save me!…」という歌詞に潜り込んだ。「僕を助けてほしい」ではなく、「僕を保存してほしい」と。無になりたくない。誰でもいいから、このままの状態で、この世界に保存してほしい。……(474)

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「日本の一番の問題は高齢化です。労働人口は恐ろしい勢いで減っています。だから、貯め込んで使わない年寄りたちの消費を促そうと、わたくしは〈無消費税〉の導入を訴えているのですが、……まあ、その話はしませんが今日は、とにかく、わたくしは、皆様方が複生されたのは、一種の“摂理”だと信じています」(235)


@研究室
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by no828 | 2014-12-09 15:26 | 人+本=体 | Comments(0)