思索の森と空の群青

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2015年 05月 28日

みんなにいい顔はできない、というのが僕の人生の大原則だ——村上春樹・大橋歩『村上ラヂオ2』

c0131823_18474679.jpg村上春樹・大橋歩『村上ラヂオ2——おおきなかぶ、むずかしいアボカド』新潮社(新潮文庫)、2013年。86(909)


 単行本は2011年に『おおきなかぶ、むずかしいアボカド——村上ラヂオ2』としてマガジンハウスより刊行
 版元

 アボカドはむずかしくないしかぶもおおきくはないのだけれど早く終えるのがむずかしい → 


 文=村上春樹、画=大橋歩のエッセイ集。タイトルで惹かれたのは、「夢を見る必要がない」。

 わたしにもあてはまることが書いてありました。


「すみませんが、とてもお腹が減って、ハンバーガーが食べたいので、一ドルくれませんか?」と彼は静かな声で言った。
 これにはちょっと驚いた。〔略〕もちろん僕はその人に一ドルをあげました。〔略〕「ハンバーガーと一緒にミルク・シェイクでも飲んで下さい」と言って、三ドルくらいあげるべきだったかなとあとでふと思ったけど、そのときはもう遅かった。僕はちょっとした考えが頭に浮かぶのに、ひとより時間がかかる性格なのだ。考えが浮かんだときには、だいたいいつも手遅れになる。
(16-8)

 そのおかげで義理を欠くような場合も時にはあったけど、静かな場所で静かに作品を書くのが小説家のそもそもの仕事で、それ以外の機能や行為はあくまでおまけに過ぎない。みんなにいい顔はできない、というのが僕の人生の大原則だ。小説家にとっていちばん大事なのは読者であって、読者に自分のベストな顔を向けようと心を決めたら、それ以外のところは「すみません」と切り捨てていくしかない。(24-6)

だから先にタイトルだけを作り、そのタイトルに合った話をどこかから引きずり込んできた。つまり「言葉遊び」から小説を書き出したようなところがある。
 そんなのは文学的に不謹慎だと言う人がいるかもしれない。でもそうやっているとにかく書いているうちに自然に、「自分が本当に書きたいこと」がだんだんくっきりと見えてきた。書くという作業を通して、これまで形をとらなかったものが徐々にまとまった形をとっていった。「最初からこれを書かなくては」という『蟹工船』的な使命感ももちろん大事だけど、そういう自然さもまた、使命感と同じくらい文学にとって大事なんじゃないかと、えーと、それとなく考えております。
(39)

 よほど必要がない限り、自分の書いた本を読み返さない。手にも取らない。(80)

コレクション(心を注ぐ対象)にとって問題は数じゃないんだということです。大事なのはあなたがどれくらいそれらを理解し愛しているかであり、それらの記憶がどれくらいあなたの中に鮮やかに留まっているかだ。それがコミュニケーションというものの本来の意味だろう、そう愚考します。(123)

 それは歓迎すべき状況なのかもしれない。ただ正直なところを言えば、システムが頑丈だったときの方が、けんかはしやすかった。つまり、カラスがきちんと高い枝にとまっていたときの方が、構図は見えやすかった。今は何が挑むべき相手なのか、何に腹を立てればいいのか、もうひとつつかみにくいですよね。まあなんとか目をこらしてやっていくしかないんだけど。(207)


@研究室
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by no828 | 2015-05-28 18:54 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 05月 22日

生徒たちはわたしを先生と呼んだ。何が先生なものか!——三浦綾子『生きること思うこと』

c0131823_1852261.jpg三浦綾子『生きること思うこと——わたしの信仰雑話』新潮社(新潮文庫)、1983年。85(908)


 単行本は1972年に主婦の友社
 版元 なし

 続くこと終わらないこと → 


 副題からわかるとおり、エッセイ集。教育に関する言及があるのではないか、という期待から読みました。ありました。読んだのはもちろん、「信仰」とは何なのか、という点への関心からでもあります。「自由」の意味も考えさせられました。選択肢がないことが自由なのかもしれません(前にもそんなことを書いたことがあるような気もします)。


 わたしは満十七にならぬうちに、小学校の教師になった。検定試験を受けたのだから、教授法も、児童心理学も一通り知っているはずであった。だが女学校四年を出ただけで、教生もしたことがなかったのだから、子供の扱い方など、皆目見当もつかない。授業の仕方もわからない。受け持たれた生徒こそ、とんだ迷惑である。〔略〕
 ところで、わたしは女学校時代、音楽は乙だった。今でもわたしは、自分を音痴だと思っている。音痴の教師が、オルガンを弾かずに生徒たちに歌をうたわせた。これはゆゆしき罪である。むしろ音楽など教えないほうがよかった。それでもわたしは、月給三十五円なりをもらっており、生徒たちはわたしを先生と呼んだ。何が先生なものか!
(111)

こわしたら弁償すればいいものではない。こわされたガラスと、弁償したガラスは決して同じものではない。そのガラスは君がこわさなければ、今後百年たっても、こわれずに済んだかも知れない。物といえども、その一つ一つに命があるのだ
 といった。そして、明日までに粘土で花びん〔ママ〕をつくるようにと宿題を出した。少年は一心こめて花びんをつくり、それを教育者のもとに持って行った。教育者はいった。
「君、この花瓶〔ママ〕をこわせるかね」
 少年は、
「いいえ」
 と答えた。
「では、わたしがこわしてもいいかね
いやです
どうして。これより立派な花瓶を弁償して上げるよ
(259)

-----

 しかしわたしは、これら一連の愚かしい取り越し苦労の中に、人間のすべての苦労が、結局は、これに似たものではないかという一つの教訓を感ずるのである。
いまより後のことは神の領分だ
 と言った人がいる。しかし人間はなんと神を無視していることだろう。神を信じていると言いながら、わたし自身、けっこう自分の知恵に依り頼んでいる。
(15)

 宗教を持たないわたしにとっては、神もまた、宗教もまた、人間がよりよく生きるための人間の知恵、「自分の知恵」なのではないかと思われます。

「いいえ、いいんです。わたしさえじっとがまんをしていれば」
 と、いうべきことも率直にいわず、いつも悲しげに生きるタイプ、これもまた一つの加害者タイプといえるのではないだろうか。
(28)

 わたしは、天性、無頓着なので、人に着る物をあげることも、平気だったが、これは、言って見れば、石ころをあげるのと同じ気持ちである。三浦も着る物を人にあげるが、彼の場合は大事にしている物をあげるのである。彼のほうが、真の意味で、着る物に対して、自由と言えるような気がする。
 着る物を大事にしながらも、それに執着しないということは、その人の全生活にかかわる問題であろう。〔略〕衣、食、住の現実的な目に見える生活の中で、勤勉に注意深く生きながらも、それらにけっして執着することなく、神のためには「すぐ網を捨ててイエスに従った」キリストの弟子のごとく、全生活を神にささげ得るという、自由な従順な生き方こそ、真にたいせつなのである。
(37-8)

 もしほんとうにすべての人の恩を覚えているとしたら、わたしは三百六十五日、一日二十四時間を使って、お礼回りに歩いても回りきれないはずなのだ。そんな、ごく当然なことにも気づかずに、自分がさも恩を知っているようなつもりで暮らしてきたのだ。
恩返しをしたと思うことが恩を忘れたことである
 というようなことを、パスカルは言っている。
(84)

〔略〕家を持っていない修道女がうらやましかった。この人たちは、与えられた仕事だけをしていればいい。うらやましいとさえ、わたしは思ったのだ。それは、修道女の生活は「この世からの逃避である」という誤解にもとづいたためであった。
 ある時わたしは婦長に、はなはだぶしつけな、そして幼稚な質問をした。
「婦長さんは、この病院から月給をいただいているのですか」
 彼女はさわやかに笑って、月給は出ているが、全部修道院にそっくりそのまま納められるのだと言った。
「じゃ、お小遣いは持っていないんですか」
 わたしは驚いて聞いた。彼女は、金の必要はないと言った。〔略〕
スーツを着たいと思いませんか
持っていたら、さぞ不自由でしょう
 この答えにわたしは驚嘆し、己れを恥じた。
男性に心ひかれませんか
神が一番すばらしいと知ったら、人間はやはり最もすばらしいものに心ひかれるのが、自然ではないですか
(92-3)

 いつか川谷牧師が、説教のなかでこういわれたことがある。
人と人との関わりは、弱い者が強い者に相談をする、頼む、依頼する、という形で出発することが多い
(153)

 わたしは自分が、何をこの人生において望んでいるか、もっときびしく自分に問いなおしてみる必要があると思った。もし自分の望んでいることが低ければ、人への親切も、低い次元でしか、なすことができない。〔略〕
 わたしたちは、しばしば与えるべき時にこれを惜しみ、与えてはならぬ時に、自分をよいと思われたくて与えてしまう。与えるにも、与えないにも、自己本位にしかあり得ないとは何と情けないことであろう。なぜそうなのであろう。それはやはり、自分自身のしてほしいと望むことの低さにあるにちがいない。
(158)

 K子は、級友のうちで一番成績が悪かった。字を一番憶えていなかった。しかし、どの級友よりも彼女は数多く、わたしに見舞状をくれた。自分の知っている限りの字を、かき集めるようにして書いた手紙をくれた。
 彼女は、字を沢山は知らなかった。だが、
人は何のために字を学ぶか
 ということだけは、知っていたと、わたしは思った。〔略〕
信者は何のために聖書を学ぶか
 という問に、全生活で答えられるものを、自分は本当に持っているかと、K子によって考えさせられるのである。
(272)


 大事にしながらもそれに執着しないとは、一体どういうことなのか、まだよくわかりません。これは、信仰がないとなしえないことなのでしょうか。その境地を想像してみたいです(まずは)。

@研究室
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by no828 | 2015-05-22 18:20 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 05月 21日

いつだって始めるまえがいちばん怖い。 始めたら、それ以上悪くならない——キング『書くことについて』

c0131823_20193883.jpgスティーヴン・キング『書くことについて』田村義進訳、小学館(小学館文庫)、2013年。84(907)


 版元 

 まだ終わらないことについて → 


 題名のとおり、書くことについて。とくに、小説を書くことについて。ただし、小説を書こうと思うわけではなく、書くこと一般に思い入れがある、あるいは書くことから離れられない、といった人にはよい本だと思います。論文を書くことにも通ずる諸点があります。わたしは読んでよかったです。


小説に関するかぎり、アイデアの集積所も、ストーリーの中央駅も、埋もれたベストセラーの島も存在しない。いいアイデアは、文字どおりどこからともなく湧いてくる。あるいは、虚空から落ちてくる。太陽の下で、ふたつの無関係なアイデアが合体して、まったく新しいものが生まれることもある。われわれがしなければならないのは、そういったものを見つけだすことではない。そういったものがふと目の前に現われたときに、それに気づくことである。(43)

何かを書くときには、自分にストーリーを語って聞かせればいい。手直しをするときにいちばん大事なのは、余計な言葉をすべて削ることだ
 このとき、グールドはほかにも含蓄のある言葉を口にした——ドアを閉めて書け。ドアをあけて書きなおせ。言いかえるなら、最初は自分ひとりのものだが、次の段階ではそうではなくなるということだ。原稿を書き、完成させたら、あとはそれを読んだり批判したりする者のものになる。運がよければ、批判するより読みたいと思う者のほうが多くなる。
(72)

 タビーとはうまくいっている。われわれの結婚生活は、カストロを除く世界のどの指導者の在任期間より長く続いている。(77)

だが、タビーはただの一度も懐疑的な言葉を口にせず、当然のことのようにひたすら私を励ましてくれた。新人作家が処女作を妻または夫に捧げているのを見ると、私の口もとはいつもほころぶ。“わかってくれているひとがいるのだな”と思うからだ。ものを書くというのは孤独な作業だ。信じてくれる者がいるといないとでは、ぜんぜんちがう。言葉に出す必要はない。たいていの場合は、信じてくれているだけで充分だ。(95)

 ものを書くときの動機は人さまざまで、それは焦燥でもいいし、興奮でも希望でもいい。あるいは、心のうちにあるもののすべてを表白することはできないという絶望的な思いであってもいい。拳を固め、目を細め、誰かをこてんぱんにやっつけるためでもいい。結婚したいからでもいいし、世界を変えたいからでもいい。動機は問わない。だが、いい加減な気持ちで書くことだけは許されない。繰りかえす。いい加減な気持ちで原稿用紙に向かってはならない。〔略〕ものを書くのは、車を洗ったり、アイラインを引いたりするのとはちがう。(142)

ここへ来てみなきゃ、ほかにどんなことをしなきゃいけないかわからない。だから、道具はいつも一式持っていたほうがいいんだよ。そうしたら、予想外のことに出くわしても、おたおたせずにすむ
 ものを書くとき、自分の力を最大限に発揮するためには、自分専用の道具箱をつくって、それを持ち運ぶための筋肉を鍛えることである。そうすれば、何があっても、あわてふためくことなく、いつでもしかるべき道具を手にとって、ただちに仕事にとりかかれる。
(149)

文章を書くときに避けなければならないのは、語彙の乏しさを恥じて、いたずらに言葉を飾ろうとすることである。〔略〕平明、簡潔を心がけるべしと言っているだけである。語彙に関しては、最初に頭に浮かんだものを使ったほうがいい〔略〕。(156)

 あなたは自分のことがよくわかっているはずだ。自信を持ち、能動態でどんどん書き進めていけばいい。それで何も問題はない。〔略〕
 いいものを書くためには、不安と気どりを捨てなければならない。気どりというのは、他人の目に自分の文章がどう映っているかを気にすることから始まる、それ自体が臆病者のふるまいである。もうひとつ、いいものを書くためには、これからとりかかろうとしている仕事にもっとも適した道具を選ぶことだ。
(171)

パラグラフの重要性は、それが内容だけでなく、外見にもかかわっているという点にあり、それは作者の意図を読み解くための重要な手がかりになる。(173)

 書くという作業の基本単位はセンテンスではなく、パラグラフだ。(181)

書くという行為は思考を研ぎすませる。(176)

 作家になりたいのなら、絶対にしなければならないことがふたつある。たくさん読み、たくさん書くことだ。私の知るかぎり、そのかわりになるものはないし、近道もない。(192)

 読書は作家の創作活動の中心にある。私はどこにでも本を持っていく。読む機会はいくらでもある。大事なのは、本は一気読みだけでなく、ちびちび読むのも悪くないということを学ぶことだ。〔略〕食事中に本を読むのはハイソサエティの礼儀作法に反するとされている。だが、作家として成功したいのなら、そんなことは気にしなくていい。礼儀作法は気にしなければならない事柄の下から二番目にある。ちなみに、いちばん下にあるのはハイソサエティそのものだ。〔略〕本を読むには時間がいる。テレビは時間をとりすぎる。(196-7)

 そういった他人の文体のブレンドは、自分の文体をつくりあげるために欠かせないものである。真空地帯からは何も生まれない。作家は多くの本を読み、それと並行して、たえず自分の作品に手を加え、純度をあげていかなければならない。(195)

できれば初稿はワン・シーズンつまり三カ月以内で仕上げたい。どんなに長いものでもそうだ。私の場合、それを越えると、作品がどこか疎遠に感じられるようになる。〔略〕私の場合、よほどの急用でもないかぎり、二千語書くまで仕事を切りあげないことにしている。
 毎日根気よく仕事を続けるには、何よりもまわりが平穏でなくてはならない。
(204-5)

 読むのはどこでもできるが、書くとなるとそうはいかない。〔略〕必要なのはただひとつ。外部をシャットアウトするためのドアだ。ドアを閉めるということは、これから仕事をするという、世界と自分自身に対する決意表明でもある。ドアを閉めたら、書くことに真剣に向かいあい、やるべきことはかならずやりとげなければならない。
 仕事場に入るときには、その日の目標を決めておいたほうがいい。
〔略〕週に一日は休んでもいい。だが、それ以上は駄目だ。それ以上休むと、ストーリーが間のびしてしまう。目標を定めたら、それを達成するまで、ドアをあけないと自分に言い聞かせる。あとはひたすらタイプ用紙なりフロッピーディスクなりに言葉を埋めていく。〔略〕書くときに世界を排除したいという思いは、誰にだってあるはずだ。作家は書くことで自分の世界をつくりだしているのだから。〔略〕われわれがしなければならないのは、毎日朝の九時から正午まで、あるいは朝の七時から午後三時まで、自分がどこで何をしているかをミューズに伝えつづけることである。そうすれば、彼はいつかかならず姿を現わし、葉巻をくゆらせながら、あなたに魔法をかけてくれるだろう。
(206-9)

私は何杯もの紅茶を飲みながら(書いているときは、ガロン単位で紅茶を飲む。それ以外のときはビールだ)、ルーズリーフノートに十六ページ分書いた。手で書くのは嫌いではない。問題は、調子が出てくると、頭に浮かぶ文章に手が追いつかず、いらいらしてくることだ。(221)

一次稿の執筆中、あるいは執筆直後にすべき仕事が、自分が何について書こうとしているのかを決めることだとすれば、二次稿での仕事(少なくとも仕事のひとつ)は、それをより鮮明にすることだ。そのためには、ときとして大幅な加筆訂正が必要になる。〔略〕書きなおしが失敗に終わることはめったにない。(269)

 一次稿は誰の助けも借りず(あるいは誰の邪魔も受けず)、自分ひとりで書かなければならない。(280)

 原稿をどれだけ寝かせたらいいかはひとによってちがうが、私は六週間を最低の目安としている。その間、原稿は机の引きだしのなかで眠っている。(282-3)

 名前は思いだせないが、誰かが言ったように、すべての小説はひとりの人間に宛てた手紙である。言いえて妙だと思う。どんな作家にも、意中の読者がいる。執筆の全期間を通じて、“彼あるいは彼女はどんな感想を持つだろう”と考えている。(287)

 基本的なストーリーと味わいを損なうことなく十パーセントの削減ができないとしたら、努力が足りないということになる。思慮深い削減の効果はてきめんで、驚くほどと言っていい。(299)

おまえは金のために書いているのか?
 答えはノーだ。現在も過去も。たしかに私は小説で金を稼いでいる。だが、金のためにと思って文字を書いたことは一度もない。〔略〕私はものを書くのは自分が充たされるためである。〔略〕私が書くのは悦びのためだ。純粋に楽しいからだ。楽しみですることは、永遠に続けることができる。
 私にとって、書くという行為はときに信仰であり、絶望に対する抵抗である。
(333)

私はまた前へ進みはじめた。そこが肝腎なところだ。いつだって始めるまえがいちばん怖い。
 始めたら、それ以上悪くならない。
 実際、悪くはならなかった。
(357)

 ものを書くのは、〔略〕読む者の人生を豊かにし、同時に書く者の人生も豊かにするためだ。立ちあがり、力をつけ、乗り越えるためだ。幸せになるためだ。おわかりいただけるだろうか。幸せになるためなのだ。〔略〕あなたは書けるし、書くべきである。最初の一歩を踏みだす勇気があれば、書いていける。書くということは魔法であり、すべての創造的な芸術と同様、命の水である。その水に値札はついていない。飲み放題だ。
 腹いっぱい飲めばいい。
(358-9)


@研究室
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by no828 | 2015-05-21 20:39 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 05月 13日

教育ということが、どんなものであるかを知っていたならば、わたしは決して教師に——三浦綾子『道ありき』

c0131823_1830731.jpg三浦綾子『道ありき——青春編』新潮社(新潮文庫)、1980年。83(906)


 版元
 単行本は1969年に主婦の友社

 本ありき → 


 三浦綾子の日日。“教育+キリスト教”という加算というか“教育×キリスト教”という乗算というかに引き寄せられるところがあります。

 上4つの引用は、講義でも復唱したい文章です。


 わたしは生徒一人一人について、毎日日記を書いた。つまり、生徒の数だけ日記帳を持っていたことになる。生徒の帰ったガランとした教室で、山と積み重ねた日記帳の一冊一冊にわたしは日記を書きつづっていた。(8)

 自分は真剣なつもりで教育をしていたが、しかし、本当のところ、まだ教育とは何かということを、よくわかってはいなかったのではないかと思う。もし、教育ということが、どんなものであるかを知っていたならば、わたしは決して教師にはならなかったにちがいない。(13)

 昭和二十一年三月、すなわち敗戦の翌年、わたしはついに満七年の教員生活に別れを告げた。自分自身の教えることに確信を持てずに、教壇に立つことはできなかったからである。そしてまた、あるいは間違ったことを教えたかもしれないという思いは、絶えずわたしを苦しめたからであった。(20)

 そんなことを考えているうちに、わたしは、わたしの七年の年月よりも、わたしに教えられた生徒たちの年月を思った。その当時、受け持っていた生徒は四年間教えてきた生徒たちであった。人の一生のうちの四年間というのは、決して短い年月ではない。彼らにとって、それは、もはや取り返すことのできない貴重な四年間なのだ。その年月を、わたしは教壇の上から、大きな顔をして、間違ったことを教えて来たのではないか。(19)

 -----

 少なくとも人間である以上、理想というものを持っているべきではないか。理想を持てば、必然的に現実の自分の姿と照らし合わせて、悩むのが当然だとわたしは思っていた。わたしの悩みは、何とかして、信ずべきものを持ちたいということの反語ではなかったろうか。(27-8)

 わたしはその時、彼のわたしへのが、全身を刺しつらぬくのを感じた。そしてその愛が、単なる男と女の愛ではないのを感じた。彼が求めているのは、わたしが強く生きることであって、わたしが彼のものとなることではなかった。(80)

 その戦争が終って、キリスト教が盛んになった。戦争中は教会に集まる信者も疎らだったのに、敗戦になってキリスト教会に人が溢れたことに、わたしは軽薄なものを感じていた。
(戦争が終ってどれほどもたたないのに、そんなに簡単に再び何かを信ずることができるものだろうか)
(97)

伝道の書と言い、釈迦と言い、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通するひとつの姿を見た。(102)

 世の男女の交際は、こんな〔読書の感想を書き合うという〕「宿題」を出すようなことはしないだろうと思いながらも、わたし自身も楽しかった。リルケの言葉に、
学びたいと思っている少女と、教えたいと願っている青年の一対ほど美しい組合せはない
 とかいうのがあったような気がする。わたしたちは、ほんとうにそんな一対になりたいと思っていたのだ。
(128)

 わたしのしあわせは、前川正という人間が存在するということにあった。それならば、やがて彼に去り、あるいは死別するかもしれない時がきた時、今立っている幸福の基盤は、あっけなく失われてしまうことになるではないかと、わたしは思った。わたしがこの人生において、ほんとうにつかみたいと願っている幸福とは、そのような失われやすいものであってはならなかった。その点わたしは、極めてエゴイストであった。束の間のしあわせでは不安なのだ。ほんとうの、永遠につながる幸福が欲しいのだ。(143)

聖書にも、
「いっさい、誓ってはならない」
 と書いてある。彼は、人間の心の移ろいやすさを知っていた。そしてまた人間というものは、明日のわからないものであることを知っていた。だから普通の人なら、
「あしたお赤飯を持ってきてあげますからね」
 と言うはずのところを、彼は、
「約束はしませんよ」
 と、念を押して帰って行ったのだ。にもかかわらず彼は来た。吹き降りの激しい中を、友を待たせて、彼は往復五kmの道をやってきてくれたのだ。何という深く、真実な愛であろう。真に真実な人間は、約束を軽々しくしないことを、わたしはハッキリと知らされたのである。
(165)

しかも、この少女の、教師としての彼に対する信頼を、余りにも軽々しく受けとってしまったのだ。信頼されているということが、どんなに恐ろしいことかを、この教師は知らなかったのだ。(170)

「綾ちゃんは、もうぼくなどを頼りにして生きてはいけないという時にきているのですよ。人間は、人間を頼りにして生きている限り、ほんとうの生き方をできませんからね。神に頼ることに決心するのですね
 彼はそう言ったのである。
 親が子を愛することも、男が女を愛することも、相手を精神的に自立せしめるということが、ほんとうの愛なのかもしれない。「あなたなしでは生きることができない」などと言ううちは、まだ真の愛のきびしさを知らないということになるのだろうか。
(194)

罪の意識のないのが、最大の罪ではないだろうか
 と、思った。そしてその時、イエス・キリストの十字架の意義が、わたしなりにわかったような気がした。
(213)

信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである
 という聖書の言葉を、ある日彼は色紙に書いて持って来てくれた。そして自分で額に入れ、わたしを励ましてくれた。しかも会う度に、
「必ずなおりますよ」
 そう元気づけてくれるのだった。
(342-3)



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by no828 | 2015-05-13 18:44 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 05月 07日

何とか僕が室内にいたままで、その同じ僕がドアの外側から、鍵をかけることは——三島由紀夫『午後の曳航』

c0131823_21371425.jpg三島由紀夫『午後の曳航』新潮社(新潮文庫)、1968年。82(905)


 版元 
 単行本は1963年に講談社

 午後の永劫 → 


 少年 登は、母 房子と若い船乗り塚崎竜二の抱き合うところをたまたま盗み見、そして偏執的に盗み見ます。

 少年にあるいは特有の、前のめり気味の自己陶酔的な論理・修辞が展開されています。三島がそれをうまく掴んでいた、ということです。


「彼らは危険の定義がわかっていないんだ。危険とは、実体的な世界がちょっと傷つき、ちょっと血が流れ、新聞が大さわぎで書き立てることだと思っている。それが何だというんだ。本当の危険とは、生きているというそのことの他にはありゃしない。生きているということは存在の単なる混乱なんだけど、存在を一瞬毎にもともとの無秩序にまで解体し、その不安を餌にして、一瞬毎に存在を造り変えようという本当にイカれた仕事なんだからな。こんな危険な仕事はどこにもないよ。存在自体の不安というものはないのに、生きることがそれを作り出すんだ。社会はもともと無意味な、男女混浴のローマ風呂だしな。学校はその雛型だし……」(51)

 登は鍵のかからない部屋にいる不安のために、パジャマの衿元を合わせて慄えていた。あいつらが教育をはじめたのだ。怖ろしい破壊的な教育。すなわち彼に、このやがて十四歳になろうとする少年に、「成長」を迫ること。首領の言葉を借りれば、とりも直さず、「腐敗」を迫ること。登は熱ばんだ頭で、一つの不可能な考えを追っていた。何とか僕が室内にいたままで、その同じ僕がドアの外側から、鍵をかけることはできないだろうか?(137)

「みんなあなたのためなのよ。登、みんなあなたのためなの。塚崎さんくらい、強くてやさしくて、すばらしいパパになれる方は世界中にいないわ。……ね、今日から、塚崎さんをパパと呼ぶんですよ。お式は来月匆々にあげて、そのときは大ぜいのお客様を呼んでパーティーをするのよ」〔略〕
 登は自分がひどくいたわられると同時に怖れられているのを知った。このやさしい恫喝に登は酔った。冷たい心のありたけを振り向けるときに、彼の口もとには微笑が泛んだ。それは宿題をやって来なかった生徒が、絶壁の上から身を躍らす者の自負を以て、うっすらと泛べるあの微笑だった。
(139-40)


@研究室
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by no828 | 2015-05-07 21:42 | 人+本=体 | Comments(0)