思索の森と空の群青

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2016年 03月 31日

「あなたは神を信じますか?」「夜には」——ヘミングウェイ『武器よさらば』

c0131823_1793036.jpgアーネスト・ヘミングウェイ『武器よさらば』大久保康雄訳、新潮社(新潮文庫)、1955年。57(979)


 版元 ただし、新訳
 原著:Ernest Hemingway, 1929, A Farewell to Arms

 2015年に残してきた本


 あらすじは知っていたものの、そしてずいぶん昔に買っていたものの、きちんと——というのは「読む」ということにおいてどういうことなのかよくわかりませんが——読もうと思ってようやく手に取りました。年譜を読むと、本書がヘミングウェイ自身の履歴と重なっていることがよくわかります。アメリカ国民の著者自身、第一次大戦中、赤十字要員としてイタリアで従軍しています。


思索する人間は、みんな無神論者だよ(11)

ぼくは酔いにまかせて、どうしてぼくらはしたいことをしないのか、人間というものは、ほんとうにしたいと思うことを、けっしてしないものだ、と力説した。(18)

だれもかれも攻撃をいやがったら、それで戦争なんかおしまいになるんだがな(70)

「おれたちは、とことんまで、この戦争を戦いぬかなければならないんだ」とぼくは言った。「一方だけが戦うのをやめたところで、この戦争は終りにはならない。おれたちが戦うのをやめたら、形勢はいっそう悪化するだけだろう
これ以上悪くなろうたって、なりようがありませんよ」とパッシーニが、おとなしい調子で言った。「戦争以上に悪いことなんてあるはずがねえ
敗戦はもっと悪いさ
「そんなことありませんよ」あいかわらずパッシーニは、おとなしい口調だった。「敗戦って、どういうことですか。故郷へ帰れることじゃありませんか
(71-2)

戦争がひどいものであることは、おれにもわかっている。だが、おれたちは戦争を終らせなきゃならんのだ
「終るもんですか。戦争に終りなんてないですよ」
「いや、ある」
 パッシーニは首を振った。
戦闘に勝ったからって、戦争に勝ったことにゃなりませんよ
(73)

「どうしたんです、牧師さん? ひどく疲れてるようですね」
「疲れてます。疲れるはずがないんですがね」
「暑さのためでしょう」
「いや、まだ春ですよ。どうも気が沈むんです」
戦争嫌悪症ですね
「いや。もっとも戦争はきらいですがね」
(102)

あなたが、夜、私に話されたこと、あれは愛ではありません。あれは情熱であり、みだらな欲望にすぎません。愛するときは、そのために何かをしたくなるものです。犠牲を払いたくなるものです。奉仕したくなるものです
「ぼくは愛するということがないんだ」
「愛するようになりますよ。かならず愛するようになります。そうなれば幸福になります」
(106)

「どんなにひどかったか、あなたには信じられないでしょう。その場にいて、どんなふうになりうるものかを知った人間以外はわかりませんよ。多くの人が、この夏は、戦争というものを認識しました。とても認識できまいと思っていた将校たちまでが、いまでは戦争を認識しています(250)

私は長いあいだ勝利を望んでいました
ぼくもです
でも、いまはわからなくなりました
「敗北か勝利か、どちらかしかないんです」
「私はもう勝利を信じません」
「ぼくもそうだ。しかし、ぼくは敗北も信じない。敗北のほうがまだましかもしれないが」
(253)

 ぼくは何も言わなかった。神聖とか、栄光とか、犠牲とかいう言葉や、むなしいといった表現には、いつもぼくは当惑した。ときどき、呼んでもきこえないような雨のなかに立って、ただ叫び声だけしかきこえないときに、そうした言葉を耳にしたこともあるし、また、ずいぶん前のことだが、ビラはりが、ほかの布告の上にはっていった布告で、そういう言葉を読んだこともあった。しかし、ぼくは神聖なものは何も見たことがなかった。栄光に輝くはずのものに、なんら栄光はなく、犠牲というものは、その肉を埋葬する以外の処置をとらないだけのちがいで、シカゴの屠畜場のようなものだった。たくさんの言葉が聞くに耐えないものになり、結局は地名しか威厳をもたなくなった。番号なども同様だった。ある日付や、場所の名前といっしょに書かれたものだけが、口に出せるものであり、何らかの意味をもっていた。栄光、名誉、勇気、神聖などという抽象的な言葉は、村の名前、道路の番号、河の名前、連隊の番号、日付などという具体的なものとならべると、何か不潔だった。(260)

ぼくらは、二人がいっしょにいるときこそ孤独を、ほかの人々に対しての孤独を感じることができた。ぼくは以前にそんな気持を味わったことがあった。大勢の女たちといっしょにいるあいだ、いつも孤独を感じた。人間が、最も孤独になりうるのは、そういう場合なのだ。(346)

わたしがいないときは、わたしのことを考えてはいけないわ(357)

あなたは神を信じますか?
夜には
(364)

「年をとったのは肉体です。ときおり、わしは、白墨がポキンと折れるように指が折れるんじゃないかと思うことがあります。精神は、そう年をとっていません。たいして賢くもなっていませんがね」
「あなたは賢明ですよ」
いや、老人の知恵なんて、あれは大きな誤りですよ。年をとったからって賢くはなりません。用心深くなるだけです
たぶんそれが知恵というものでしょう
「それにしても、まことに魅力のない知恵です。あなたがいちばん貴重だと思っているものは何ですか?
愛する人です
わしも同様です。それは知恵じゃありません
(365)

何を考えてらっしゃるの?
ウイスキーのことさ
ウイスキーのどんなことを?
じつにいいもんだってことをさ
(431)

 アメリカの新しい文学は、だいたい一九一〇年代にはじまり、二〇年代から三〇年代にかけて開花期を迎えたのであるが、この開花期のアメリカ文学をリードしたのは、いずれも第一次世界大戦による思想的幻滅の試練をくぐりぬけてきた、いわゆる「ロスト・ジェネレーション」の作家たちである。「ロスト・ジェネレーション」とは、戦争の体験によって宗教も道徳も人間的精神もおしつぶされ、絶望と虚無に落ちこんだアメリカの若い作家たちにあたえられた呼称であり、これに属するのは、だいたい一八九〇年代にうまれた人たちで、それがちょうど兵隊の適齢期に達したころにアメリカが世界大戦に参加して彼らもヨーロッパ戦線へ出て行き、そうして戦後の幻滅の雰囲気のなかで作家活動をはじめ、やがてアメリカ文学を背負う年齢になったのが二〇年代から三〇年代にかけてなのだ。
 この「ロスト・ジェネレーション」の代表的な作家といわれているのが、アーネスト・ヘミングウェイ(Ernest Hemingway)である。
(大久保康雄「解説」465)

 この〔アーネストの勤めた「キャンザス・シティ・スター」という〕新聞社では、記事を書くための「心得」をいくつか設けて、新人記者にきびしくこれを守らせた。たとえば、文章については、つぎのような注意が記されていた。「簡潔な文章を使え。書き出しの一節は、とくに短くせよ。力強い言葉を使え。積極的に書け。消極的になるな」〔略〕
 これらの「心得」は、いずれも後年のヘミングウェイの文体を特徴づけるものばかりである。〔略〕「これは私がものを書くという仕事のために学んだ最上の心得だった。これを私は決して忘れなかった。〔略〕」と後年彼は語っている。
(大久保康雄「解説」470-1)


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by no828 | 2016-03-31 17:26 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 30日

他人がどう思おうと、自分は確かに生きたと自覚出来ることだけが、人の——隆慶一郎『影武者徳川家康』

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隆慶一郎『影武者徳川家康』(上・中・下)、新潮社(新潮文庫)、1993年。56(978)


 版元 
 単行本は1989年に新潮社
 
 2015年に残してきた本


 関ヶ原の戦いで家康は死んだ、という想定の時代小説です。関ヶ原で三成側が勝利するためには家康が死ぬ以外にない、という考えのもと、その暗殺が企てられ、それが成功します。以降の家康は影武者であった世良田二郎三郎元信が演じます。二郎三郎が影武者になるまで、そして関ヶ原では敵味方の関係にあった世良田と島左近、甲斐の六郎らが味方同士になったりもしながら、大坂の陣まで描かれていきます。上中下各巻500ページ超。時間的にも長大で壮大な物語です。自由のために書かれた物語だと思いました。


手傷を負ってなお戦える者をいくさ人という(上. 43)

 およそこの時期〔1563年の三河一向一揆以前〕から三十数年間にわたって、一向一揆は、天下を統一しようとする時の政権と執拗無残な戦いを繰りひろげることになるのだが、この戦いは、乱暴ないい方をすれば、『自由』の『統制』に対する抵抗の戦いであったということが出来る。
『道々の者』の特徴は『上ナシ』の心だったと先に書いたが、当時の農民もまた同じ心の傾斜をもっていた。
(上. 109)

 二郎三郎は本気だった。十一年間の戦いを通じて、二郎三郎は一向宗の教義ではなく、それを支える一揆衆の心情を深く理解し、心底共感するに至っている。人を人たらしめている条件の一つが、自由というものだということを識っている。その自由をかちとるための戦いが、人として当然参加すべき戦いであり、たとえそれが果てしない負けいくさに終ろうと、戦い続けてゆくことに意味のあることを識っている。(上. 160-1)

 この日、西軍の将小西行長が捕らえられた。関ヶ原の庄屋林蔵主が山中で一人の影武者に声をかけられた。それが行長だった。名を名乗り内府(家康)のもとへつれていって褒美を貰え、と云〔ママ〕ったという。そして、自害するべきところだが、われはキリシタンである。キリシタンの教えに自害は禁じられている、とい〔ママ〕った。イエズス会宣教師の書翰を集めた『日本西教史』では、この行長の行為を激讃し『真実の大勇を全ふする者と謂ふ可き歟』と書いている。(上. 199)

「義などといえば人は小馬鹿にしたような顔をする。大人げないことを云う、というような顔をな。だがそんな時代だからこそ余計、義について申すべきではないか。己れ一人だけでも、滑稽と見られることを恐れず、義を主張すべきではないか。後世、ああ、あの時代にもこんな男がいたか、と人が感じてくれれば、わしの思いは達する」(上. 252)

彼等〔=耶蘇会の宣教師〕は宣教の方便の一つとして科学を伝えた。科学の智識を追求しようとする人々は、いつか信仰の道にひきずりこまれる。そういう仕組だった。天文学、医学、航海術、更には砲術までが、信仰への導きに利用された。つまり布教の方便としての科学だった。(上. 314)

 ちなみに本多弥八郎正信はこの頃、僅か一万石の扶持しか受けていない。勿論、関ヶ原戦による加増もない。もっともこの点は正信の確乎たる信念によったもののようだ。政治の中心で働く者は、絶対に高禄をはんではいけない、といつも息子の正純に云っていたという。政治というものは多くの場合むごいものであり。人々の反感と時には憎悪まで呼ぶものである。その反感と憎悪の矢おもてに立つ人間が、殿様の恩寵を受け高禄をはみ、私の生活で贅をつくしては、政治の正当さを人々に疑わせることになる。担当者が何ひとつ報われることなく、清貧の中にあってこそ、厳しい政治も渋々ながら認められるものだ、と云うのである。史上、謀臣とよばれ佞臣といわれ、本多正信の評価は必ずしもよくないが、その清廉潔白と私心のなさについては、一点の曇りもない。そうした点から逆に見ると、正信は徳川家のために悪評を甘受し、これに耐えた無二の忠臣だったのではなかったか、とさえ思われる。(上. 348)

 赤心ヲ推シテ人ノ腹中二置ク、という言葉がある。自分のまごころを相手の体内に置く、つまり深く信頼するという意味だ。
 今、二郎三郎がやっているのは、それだった。もっともこれは今初めてのことではない。二郎三郎はずっとこのやり方で生きて来た。本多弥八郎のような策の多い面倒な生き方は真っ平ごめんだったし、出来もしない。裏切られたところでたいしたことはない。せいぜいが死ぬだけではないか。
(上. 383)

貧しさを忍ぶのみの暮らしでは、一族の結びつきが弱くなりますから
 小太郎は当然のことのようにそう云って、左近を感心させた。まさにその通りなのである。ことは用兵術でも同じことだった。貧苦に強い者は、贅沢を味わうと忽ち弱くなる。贅る時は思う存分に贅り、耐え忍ぶ時は果てしなく耐える。それが出来る兵を養うことが最上の用兵術なのである。指揮官はその双方の場合に、共に贅り、共に耐えなければいけない。それで初めて指揮官は兵卒の身内になる。身内でもない指揮官のために、兵卒が進んで生命を投げだす筈がなかった。
(上. 447)

 民衆は何故それほどまでに踊りを愛したか。多くの史家はそれを社会的に抑圧され続けた民衆の欲求不満の爆発であり、解放だったと解釈している。つまりは時の権力者に対する一種のデモンストレーションだったというのである。その踊りが熱狂的であればあるほど、民衆の権力者への反感が強いということになる。
 そのためだろうか、死んだ徳川家康は、こういう民衆の熱狂的な踊りを好まなかったという。この手の昂奮がいつ反権力闘争に転化するかもしれないのを恐れたらしい。少なくとも、風流踊りの流行は不吉な兆候だ、と信じていた。
(中. 42-3)

 だが、徳川家のためには、そんな秀忠でも将軍として立ててゆかねばならない。二郎三郎は、決して徳川家のためとはいわない。天下万民のために、という。庶人は戦いに倦きている。泰平を心から望んでいる。だから今はどんな政治でもいい、戦いさえなければいいと思っている。だが為政者はそれにつけこんではならない、と云う。(中. 168)

 正純が口をきかないのは、事の重要さを認めている、という意味だ。重要なしかも驚くべき事実に、うかつに口をきくべきではない。二郎三郎が返事を求めるまで待つことが肝要だった。果して、
「どうだ?」
 二郎三郎が焦れたように身体をゆすって訊いた。
父の存念に従います
 正純は打てば響くように、きっぱりと答えた。
 この返事は重要である。
 正純は、
「大御所さまの仰せの通りに」
 とは云わなかった。父弥八郎正信の云う通りにすると答えた。自分にはまだあなたのことはよく判らない。だから盲滅法大御所さまに従うとは云えない。だが父が云うのなら間違いはない筈である。だから父を信じ父に従う。そう云ったのである。結果としては同じことだが、この返事には明確な正純の意志がある。判断がある。
断じて御都合主義の盲従ではないことを示したのである。
(中. 169)

「ととさまはいつか、自分は生れおちた時から術者として仕込まれたために、術を使う方が自然になってしまった、と云われたことがあります。術を使うという気持が少しもないゆえ、人の目にも立たず、格別くたびれることもないのだそうです(中. 196)

士は己れを知る者のために死す、とは有名な言葉だが、島左近こそ、正にその人のためなら死んでもいいと思わせるに足る武将だった。悪くいえば人たらしの名人である。だが人をたらすことが出来るのは、己れのない人間だけであることを、六郎は知っている。(中. 370)

平和の表面の裏には、戦時よりも熾烈な戦いがあるのが普通だ。平和とはそれほど維持することの難しい状態なのである。(中. 411)

イエズス会は金や生糸などの貿易や新式の武器などを餌にして、大名を味方につけ、その領国の布教権を認めさせるという方式をとって来た。いかにも『戦う教会』らしく現世的利益によって布教を拡げて来たのである。
 これに反してフランシスコ会はその成立からして清貧を高く唱える教団である。彼等にとって現世的利益とは病院(特に癩病院)の設立ぐらいのことだ。金も生糸も扱わなければ、まして武器の持ち込みなど論外である。だから彼等は大名にとり入ることなく、直接貧しい民衆に医療と献身によって浸透していった
(中. 469-70)

〈やっと俺の手で平和をもぎとった〉
 一生を戦い続けて来た者でなくては、この思いは判らないだろうな、と思った。義直や頼宣・頼房を見ていて、つくづくそう思う。この子たちは戦いの何たるかを全く知らずに育った。猿楽を舞い、小鼓を打ち、時に鷹狩りをすることを、ごく当り前のことだと信じ切っている。彼等にとって平和とはたいしたことではないのである。自然で時に退屈なものにすぎない。彼等には決して平和の値打ちは判らないだろう。だがそれでいいのである。幼き者たちが、いわば贅沢に、平和を使い捨てる背景に、老いたる『いくさ人』たちの無形の努力がある。彼等がその事に全く気付かないことが、逆に老いた『いくさ人』の誇りになるのだ。誰にも知られることなく、何によっても酬いられることのない仕事のために、一命を賭けて来た男たちの誇りとは、それほどささやかなものなのだ。
(下. 119-20)

 本多正純は清廉潔白の能吏である。父弥八郎正信にそのことをくどいほど叩きこまれている。能吏は多くの人にとって苦い政策をとる必要がある。当然憎まれる筈だ。だからこそ己れ自身は絶対に肥ってはならぬ。禄高も低く抑え、生活は清貧に甘んじよ。そうでなくては万人に苦い施策をとることが出来ぬ。正信はそう云う。だから仲間の多くが十万石を越える大名になっても、断乎として三万二千石のままでいた。(130)

夢はいつかは果たされるようにと願うからこそ美しい。性急は禁物」(下. 185)

「フランシスコのコンフラリア(信心組)にござる」
 藤左が云う。高山右近はイエズス会だった。
フランシスコ会は俗世のすべての欲望を棄て去った者たちの集りの筈だが……
 さすがに右近はカトリックについて詳しい。フランシスコ会は過激なまでに現世の欲望を禁じ、一枚の法衣と縄の帯、一生裸足で、神への奉仕だけに身を捧げる教団だった。極めて現世的で、伝道のためには戦争も辞さない戦闘的な布教集団イエズス会とは対照的な存在である。
戦さの中で死にたいと願うのも現世の欲と云われるか
 藤左が屹となって云い返した。
当然ではないか。お主は主が合戦を望まれていると心底信じているのかね
 藤左がうなだれた。それほど厳しい右近の一言だった。
(下. 278)

 織田信雄常真は学芸の人だ。父信長から武以外の才能はすべて受け継いだような人物だった。歌を詠み、舞の名手であり、茶の上手だった。学芸の人とは世の中の傍観者だと云うことだ。世俗的な野心が薄いだけに、冷厳に世の成り行きを見る。(下. 302)

 他人がどう思おうと、自分は確かに生きたと自覚出来ることだけが、人の生きている意味ではないか。
 そう感じた瞬間に、六郎の心はすとんと坐りこんでしまった。世の中の動きが自分にとって都合がよかろうと悪かろうと、そんなことに関わりなく、ただ動いていると見えるようになった。さまざまのものがさまざまな色で虚空を彩りながら移ろってゆく。それだけのことだ。そんな移ろいゆく風景の中に、自分自身も見える。自分もまたある彩りをもって、他の彩りと共に移ろい流れてゆく存在にすぎない。
見るべきものは見つ
 という言葉がある。正にそんな感じだった。世の中をどうしようなどという気はない。もう沢山だった。いつ死んでも構わなかった。
 たかが彩りの一つが消えるだけのことだ。他人は気がつきもしないだろうし、それで充分ではないか。
(下. 348)

 秀頼の生きて来た世界がいかに狭いものだったかを権右衛門は痛感した。生涯をほとんど大阪城から出ることなく、やり切れない、だが圧倒的な母親の愚かしさに支配されて来た聡明な少年にとって、天下国家は無意味なものだった。最終的に母親を打ち負かすことだけが望みだった。小さな小さな世界の中での最高の復讐。それは母にその愚かさの結果をつきつけることだったのである。
 権右衛門は漸く絶望した。
(下. 365)

『公界人』にとって、唯一絶対の主と云えば天皇しかいなかった。彼等はすべて天皇に何らかの奉仕をすることで、あらゆる関所、あらゆる港を自由に通り抜けることが出来るのであり、各地にアジール(隠れ場)としての寺を築くことが出来たのだ。たとえ地図の上では誰か大名の領国になっていようと『渺々の奥山』と呼ばれる山嶽地帯は、彼等の考えではすべてこれ古代以来、帝の御料地なのであり、だからこそ彼等は自由に小屋を作り、なりわいをすることを許された土地なのだ。(下. 428)


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by no828 | 2016-03-30 19:35 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 29日

西村先生は、言って見れば大根のような方でした。大根はどこを切っても大根です——三浦綾子『愛の鬼才』

c0131823_18263893.jpg三浦綾子『愛の鬼才——西村久蔵の歩んだ道』新潮社(新潮文庫)、1986年。55(977)


 版元 → 情報なし
 単行本は1983年
 ※ 2015年9月に小学館文庫からも出たようです → 版元

 2015年に残してきた本


 西村久蔵(1898-1953)はキリスト者で、北海道の人。私立札幌商業学校でも教鞭を取ったり(1923-1936)、道議会議員になったり、事業を興したり、キリスト村を作ったり、といった人です。ちなみに、札幌商業は現在の北海学園札幌高等学校。

 さらにちなみに、久蔵の父である伸夫は19歳のときに北海道へ渡り、南部与七——養父は源蔵——の四女カクと結婚しましたが、この源蔵の三男が忠平といって、1932年のロス五輪の陸上競技三段跳び15m72の世界新記録を樹立して優勝した、あの南部忠平です。

 西村が死んで20年後に開催された記念会では式典のあとに「語る会」が開催されました。集まった遺族、教え子、社員などが次々にスピーチをしたこの会では、「絶句する人、涙にむせぶ人が幾人もいて、あたかもついこの間死んだ人の思い出を語っているかのような錯覚を感じさせた」(9)と著者は書いています。著者のスピーチは最初の引用文のようなものでした。西村は、平野啓一郎の分人主義とは対極にある生き方をした人のようです。あるいはそれは、時代背景の違いというのはもちろんあるにしても、分人主義がキリスト者には到底受け入れられないものであることを示唆しているのかもしれない、とも思います。


「愛とは過去にならないものだと思います。妙な言い方ですけれど、私たちの西村先生は、言って見れば大根のような方でした。大根はどこを切っても大根です。ま、人参も牛蒡も同じことですけれど……とにかく先生の生涯のどこを切っても同じ顔が現われるのです。私たちはともすれば、時と所によって異なった顔を見せるのですけれど、先生はそういう方ではなかった(9-10)

「しかしね、堀田〔=著者の旧姓〕さん、あなたは太陽の光を受けるのに、こちらの角度から受けようか、あちらの角度から受けようかと、毎日しゃちこ張って生きているのですか
 と、〔西村は〕尋ねた。私はその笑顔を、この言葉に、自分の愚かさをはっきりと知った。受けるということがどんなことか、私はそれまで知らなかったのだ。生れてからその時まで、私は父母兄弟を始め、多くの人から数々の好意や親切を受けて来た。それはあたかも、太陽の光をふんだんに受けるのに似ていた。だが、療養生活が長びくにつれ、私は受ける一方の生活の中で心が歪んできていたのである。私は太陽の光をおおらかな気持で受けるように、多くの人の慰めや励ましを、おおらかに受けるべきであったのである。人の愛を受けるのに必要なのは、素直な感謝の心であった。そのことを私は忘れて、初対面の先生に、見舞の品を非礼にも突き返したのである。
(18)

 以降、久蔵の生い立ちから時間的に展開していきます。受洗した久蔵が祖父真明と会う場面が第四章で描かれています。キリスト教をまったく認めてこなかった真明とのやりとり、また、久蔵の説明を聞いたあとの真明の対応は——引用はありませんが——「本物」という言葉にふさわしいものだと思いました。また、213-5ページのニコライ・ザハロフについての場面は、本当に悲しい気持ちで読みました。

死は年の順に来るものだと、久蔵はなんとなく思っていた。今生きているすべての大人が死なない限り、子供の自分たちは死なないもののように思っていた。ところが、家族の中で最も年の行かない高松が死んだ。何者かにさらわれるように死んだ。何者かがまさに襲いかかるように高松を奪って行った。
 この高松の死が、久蔵を読書する人間に変えた。〔略〕小説でも講談でも何でもよかった。そこには教科書にない人間の世界があった。死があり、別れがあり、恋があり、友情があった。それらを読むことによって、久蔵は高松がどこに行ったのかを知ろうと思った。
(48)

たいていの失敗は取り返しがつく。しかしなあ久蔵、高松を死なせたのは取り返しがつかねぇ。命だけは……命だけは……
 不意に伸夫の顔が歪んだ。久蔵はその時の父の言葉を生涯忘れることができなかった。
(53)

「西村、罪が何か知っているか?」
「いや……あまり……」
「じゃ、性欲は罪だと思うか
 久蔵は思わず動悸した。
罪のような気がする
じゃ、食欲は罪か。まさか罪とは言うまい。食欲も性欲も罪じゃないよ、西村。腹が減ることは罪じゃないんだ。女にかつえる〔餓える/飢える〕ことは罪じゃないんだ
「…………」
「ただし、腹が減ったからといって、人の物を盗んだり、人を殺してまで金を奪ったりすれば別だがね。女にかつえたからといって、女を襲ったり、主〔ぬし〕ある女に手を出したりしては罪だがね。一人楽しむことぐらい、寛大なる神は許してくれるだろう」
 進藤が声を上げて笑った。
(66-7)

 一年間の志願兵生活において、久蔵が寸暇を見つけて学んだのは、軍人への道ではなく、経済学への道であった。とはいえ久蔵は、軍隊生活を愛した。それは一般社会人のように、駆引の要らぬ社会であったからだ。軍人は純真で清潔だと若い久蔵は信じていた。久蔵にとって軍隊は、嘘を言わずに生きていける世界であった。自分の命を投げ出してまで君国に報ずるというのは、これこそ絶対利他の生活だと思った。確かに、軍隊生活を愛することが、即軍国主義を愛することではなかった。(120-1)

 不良行為があって、他の学校を退学させられた生徒が、北海中学に入学して来た。まじめな生徒たちは憤って、「他の学校で退学になるような者を入学させるとは何事か、北海中学の名に関わるではないか」と騒いだ。戸津〔高知〕校長は生徒たちの前に、
諸君、教育というものは、そんなものだろうか。追い出された生徒は一体どこへ行くのか。私は、教育というものは、悪い者をこそあたたかく迎えて、よい者になるように育て、よい者はますますよくなるように育てるものだと信じている。学力のない者には学力をつけ、学力のある者には、よりその学力を伸ばしてやる。これが私の教育だ
 と、諄々と諭した。生徒たちは黙して、誰一人まともに戸津校長の顔を見ることができなかったという。
(122-3)

「諸君、人間にとって一番大事なのは知識ではない。いかに生き、いかに死ぬかが確立されていなければ、学問は空なるものに過ぎない。だから私は、明日から一時間早く学校に来て、聖書について君たちに語ろうと思う。生きるとは何か、死ぬとは何かについて語ろうと思う。そのことに耳を傾けたいと思う者は、明日から一時間早く登校してほしい。その一時間が、やがては君たちの生涯の宝となるはずだ。しかし、志のある者だけでいい。聞きたくないのに、無理に来なくてもいい。このことは戸津校長にも許しを得ている。〔略〕」〔略〕
 戸津校長は、この久蔵の申し入れを聞いた時、
西村君、私が校長である限り、君は君の思ったとおりにやりたまえ。君の自由を阻む者があれば、私が説得しよう。誰にも気がねなく、存分にやりたまえ。吾々私学に携わる者の、それは特権なのだから
 と言ってくれたのだった。こうして久蔵のバイブル教室が始まったのである。
(130-1)

わたしはね、実に恥ずかしい人間だった。女の体を想い浮べては、汚い想いに捉われる恥ずかしい人間だった。小狡いことを考えて、要領よく立ち廻る軽蔑すべき人間だった。いや、今だって、時にはそんな自分がひょいひょいと顔を出す。わたしはね、本当は君たちに兄貴と言われるような人間ではないんだ。君たちの純真な視線に会うと、その純真さが限りなく尊く思われてね」(136)

「私は今、北京の清水安三先生のもとに身を寄せている」
 清水安三とは、桜美林の学園を創設し、現在(一九八三年)も高齢九十二歳の身をもって、桜美林大学学長を勤めておられる清水安三氏のことである。当時清水安三氏は、北京に崇貞学園を創設して、中国人の子供たちをこよなく愛し、朝陽門外の聖人と呼ばれ、中国人に敬愛されていた稀に見る教育者であった。現在も朝陽中学という学校が北京にあり、生徒数三千もの大きな学校になっているという。このキリスト信者である清水安三氏のもとに岡〔仮名〕がやって来たのは、血の出るような真剣な祈りの結果であった。
西村、君は軍隊に籍があったばかりに、殺戮の戦場に立たねばならん。私はその友人として、君の罪の償いのために、中華の人々に奉仕するべくやって来た
 この言葉に久蔵は、脳天を打ち割られたような思いがした。
(248)

 敗戦後日が経つにつれ、久蔵の信仰はいまだかつてない深まりを見せた。すべての人々が闇物資によって生きる時、久蔵は統制品外の南瓜や馬鈴薯によって飢えをしのいでいた。しかもこんな中で、誰であろうと、一宿一飯を乞う者をすべて受け入れた。
「この小さき者になしたるは、即ちわれになしたるなり」
 とのキリストの言葉に従ってなした。伝道もした。だが、久蔵の心は言いようもない悔恨に眠れぬ夜さえあった。それは、ラジオの放送により、新聞の記事により、雑誌の記録により、しだいに「聖戦」なるものの実態があらわにされていったからである。
なぜ私は、命をかけてでもあの戦争に反対しなかったのか
 くり返しくり返し、久蔵はこの問いを以て自分を責めた。北支にあって、久蔵は自分の可能な限りに中国人を愛したつもりであった。つとめて軍刀を外して、丸腰のまま群衆の中に入って行った。また中国の子供たちには、出張のたびに土産に菓子を買って帰った。中国人街、露店街の雑踏の中を、中国人の一人のように歩きもした。ほとんど中国人ばかりが観客という大入り満員の芝居を見、それと知った中国人たちが幾人も握手に来た。
 だがそれが一体何であったというのか。所詮は他人の家に泥棒でずかずかと入ったも同様の行為ではなかったか。いや、そこで日本軍は何百万もの中国の人々を殺戮したのだ。もしこの日本に、他国の人間が武装して攻め入ったとしたら、どれほどの親切を受けても、それを親切と感ずることができるだろうか。
 第一、聖書には「殺すなかれ」と書いてある。戦争とは殺すことである。殺すことが悪であると知っていながら、なぜ自分は戦争をよしとしたのか。なぜ軍役を拒否しなかったのか。
(315-6)


@研究室
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by no828 | 2016-03-29 18:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 28日

だって三年後に生きてるかどうかも、全然わかんないしぃ——内澤旬子『捨てる女』

c0131823_1929190.jpg内澤旬子『捨てる女』本の雑誌社、2013年。54(976)


 版元

 2015年に残してきた本


 イラストレーターの著者はモノを貯め込む傾向にあったようなのですが、乳癌に罹って“モノがある”という状況が心底嫌に感じるようになってしまい、題名のとおりになりました。死を明確に捉えたことで、感覚が研ぎ澄まされたというハイデガー的側面もあるのかもしれません。

 わたしはいまのところ、すぐそこに本があることの安心、というものを感じています。


 モノはなけりゃないほどいいし、隠せるもんなら全部隠してつるっぺたにしたい。したいったらしたいんじゃあっ!〔略〕
 まだまだ使えそうなものもなんもかんも、捨てまくることにした。三年以内に着手できないもの使わないものは、いらん。だって三年後に生きてるかどうかも、全然わかんないしぃ。仕事道具だけでなく日常品もロックオン。ううん、それだけじゃない。近頃は食いモノや生活習慣あたりまでも射程内に入れてみた。
 きっかけは、ブックレビュー番組に出演するんで読まされた、村上春樹の『1Q84』。あの本でなにが一番印象に残ったかって、登場人物が自宅で飲みかけのビールを流しに捨てる描写。すごく当たり前に捨てていることに、衝撃を受けた
 これまで自宅で缶ビールを開けようもんなら、どんなことがあっても飲み干してたから。ちょうど気持ち良くなったところで止めることができない。だって残すのもったいなくて。あとで豚肉でも煮ろと言われそうだが、自分にそんなマメなことができるわけもなく、冷蔵庫のゴミを増やすだけ。だったらと全部飲み干して、お腹が冷えすぎ、気持ち悪くなる。
 と、まあ、そういうもったいなくて我慢するストレスをもね、軽減しようとしているんである。
(21-3)

 あたしは常日頃、政治家が嘘を言わずに天下国家を動かせるわけがなかろうと思っていた。それだけでなく企業だって、自分の友人知り合い、仕事関係者親戚、すべて含めて、みんな本音と建前くらいあるだろう、世の中そんなもんだろう、と思ってた。
 しかしそうではなかったらしい。嘘をつかれて、こっそり出し抜かれて、めちゃくちゃにされて、ムカッ腹を立てまくってしまった。政治家にも東電にも、そしてスーパーの物品を買い占めた近所のだれかにも。
 つまりは、無意識領域ではすべての他者が、自分に対して誠実であるにちがいないと、思ってたってことになる。
「人間なんてそんなもんだろ」とまるで動じない、文字通りの極悪人の友人をみると、まだまだ甘かったのだなあたしは、と思う。そこまでは絶望していなかったということになるのか。
 政治や東電の責任追及はさておき、せめてこういう非常時に、身の回りの出来事では、がっかりしたイライラしないようにならねばならん。だれが何をしようが泰然とありたい。
 というわけで、まずは少しでも電力に依存しないように、コンセントのついているモノたちと手を切ることにした。東電に払う電気代を減らしたい一心である。それにコンセントや電気コードが部屋のあちこちをのたくっている事がここんところイヤでたまらなかったのだ
(139-40)

 本とは、モノとは、必要なときにだけその人のもとに滞在して、気持ちが離れればまた別の欲しい人のところに流れてゆくものらしい。この歳になってようやくわかったことだが、古書店さんはそれに日々立ち会っていらっしゃるのだ。(203-4)


@研究室
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by no828 | 2016-03-28 19:36 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 27日

失われた未来に、あの少年が立派に成長していたとして、それが一体、何なのだろう?——平野啓一郎『決壊』

c0131823_15285461.jpgc0131823_15292230.jpg平野啓一郎『決壊』(上・下)、新潮社、2008年。53(975)


 版元 

 2015年に残してきた本


 長篇小説。あるいは哲学小説。弟を殺したのは兄なのか。ドストエフスキーの『罪と罰』の現代日本版とも言えそうな内容です(舞台は2002年の日本です)。ただし、ラスコーリニコフとは違って、誰が——あるいは裏で——手を下したのかは最後まで不明。下巻の結末にうやむやさを感じるところもありますが、これが筆者なりの物語の必然なのかもしれないとも思います。
  
 本の装丁も目を引きます。

 本書でも分人主義が登場します。ほかにも、殺人における赦し——あるいは寛容——という問題が取り上げられています。共生という主題とも関わり、考えさせられることの多かった小説でした。大変長い物語ですが、3晩くらいで——3時、4時くらいまで読み続けて——読み終えました。


「僕という人間にしたって、この世界に3キロほどの重みを持って、最早、否定出来ないような事実として放り出される前にはね、やっぱり、母親という一個の人間の内部に、最初の場所を許されていた。これは、人間の生が始原に於いて抱えている根源的な条件だよ。人間は、どんなに顔を背けてみても、この最初の寛容さの恩恵を否定出来ないんだから。(上. 36. 傍点省略)

俺が今、生きようとしている理由は何だろう? ここから落下するための数秒では足りなくて、更に数十年が必要な理由とは、一体何だろう!……』(上. 88)

「だけどね、自分という人間が、そういう他人からの承認の束を支えとして存在しているという考えには、救われないんだよ。愛するっていうけど、それは要するに何だろうね? 相手と一緒にいたいってこと? だったら、どこまでも利己的だな。——違う?(上. 128)

「代わりに自分もそうしてあげるから、お互い様ということだろうか? 恐ろしいな。そうした対価を求めずに、一方的に相手のために自身の存在を供するのが愛だろうか? だけどね、功利主義的に考えれば、どんな献身だって——殉死だって!——、みんな自分の利益のためだよ。この理屈は、絶望的に強固だね。誰も決定的には、このシニシズムからは逃れられないと思う。(上. 129)

もし愛を自己愛から切り離せるとすれば、絶対に愛し得ない人間を愛することだろうね。敵を愛せっていうキリスト教の教えは、そういうことだよ。それは、明らかに倒錯だけどね。しかし、功利主義者どもは、そこにも自意識と自己愛とを嗅ぎつけて、迂遠なパラノイア的な算段を見て取るだろうがね。(上. 130. 傍点省略)

「……どうかな?……俺自身のことはともかく、ネットは確かに、社会にまだ取り零されてる名もない個人の能力を貪婪に吸い上げて、人類の〈進歩〉に供するっていうような近代主義の亡霊みたいな側面があるね。人的資源っていうおぞましい言葉がよく遣われるけど、そんな感じがするよ。グローバルな総動員が進行しつつあるというか。(上. 174. 傍点省略)

……言葉っていうのはね、どうも、不自由にしか遣いこなせない時よりも、巧みに易々と遣いこなせている時の方が、本当に痛烈に人を裏切るものなんじゃないかっていう気がする。これは呪わしい実感だね。」(上. 176)

「結局ね、俺は個々の対人関係の中で、いつも自分を、オッカムの剃刀みたいなもので切り刻んでるんだと思う。『必然性がない限り、存在を増やしてはならない』だよ。その時にね、必然性っていうのは関係の合理性じゃないよ。何だと思う?——政治だよ。対人関係を心地良いものにしたいと考えるなら、俺は自分という一個の仮説のような存在の何を切り取ればいいか、よく分かるんだよ。誰でも、そうだと言えばそうだろうが。しかし、それだけじゃないよ。俺は他人まで、単純な分かりやすい仮説の形に切り取ってる。巧妙に、気づかれないようにね。だから俺の言葉はね、スッキリしてるんだよ! そうして自分の言葉を、時に応じて色々と切り取っている。するとね、切り落としたものがどんどん堆積していくんだよ。その空しい重みに、俺はもう耐えきれなくなってる。(上. 177. 傍点省略)

「——いいかね? 存在者から存在を奪う! これは月の引力が海をも引っ張り寄せるように、人間を秘やかに、しかし、逃れ難く強力に拘束している考えだ。」(上. 262. 傍点省略)

 耐えるという行為には、期限が必要だった。いつか終わると思えばこそ、終わったあとの幸福を前借りして、今をやり過ごすことができる。あるいはむしろ、終わらないとはっきり決まっていれば、ただやり過ごすというのではなく、今の困難を何か別の充実へと変える工夫をするはずだった。しかし、治夫の病状はもっと茫漠としていて、取りつく島もないように感じられた。(上. 296. 傍点省略)

「他者を承認せよ、多様性を認めよと我々は言うわけです。しかし、他者の他者性が、自分自身にとって何ら深刻なものでない時、他者の承認というのは、結局のところ、単なる無関心の意味でしょう。こういう趣味嗜好がある、こういう生まれ育ちだ、こういう習慣を持っている、文化を持っている、ああそうですか、大事にしてください、という話ですよ。しかし、他者が他者性を悪として先鋭的に際立たせて、自分の住む世界に出現し、存在する瞬間から、我々は逃れ難く政治的になる。関係が不可避なら、つまり、無関心が不可能なら、自分たちが良しとする世界の構成員に相応しくあれと、相手に同化を強制するわけです。外部に別の世界として存在することは構わないが、同一世界の内部で、その一体性を脅かす例外として扱うことはできない。もちろん、相手側の異質な世界に呑み込まれることもイヤなわけです。
「ええ、……」
 岸辺は、考え込むような顔をした。
「グローバリゼーションが頻りに唱えられてますけど、冗談でもなんでもなく、問題は地球の一個性ですよ。文明は、距離を乗り越えて、ますますそのミもフタもない事実を明らかにしつつある。それが否応なく、世界を一個的にしようとしている。更にそこに一回性も加えるべきでしょうね。そしてそれは、人間の身体の一個性、一回性という問題と対応しているはずです。」
「そうすると、僕たちは結局、沢野さんの言われる他者に対して、どう関与できるんですかね? 結局、無力ということですか?」
 崇は、時計に目を遣って、立ち上がる準備をしながら言った。
表立って認められたビヘイヴィアと、それが由来するところのものとが、必ず一対一で対応するわけではないという考えを信じるしかないでしょうね。別の表現は複数あり得たはずだし、それは代替的なものではなくて、元の表現と完全に等価的であって、いずれも偶然性に拘束されたものだと。その上で、行為に対しては一定の制限を課しつつ、それが由来するところのものには配慮し、尊重する、ということですかね。——そのくらいしか、僕には言えません。
(上. 361-2. 傍点省略)

引きこもりの状態が今のまま続いて、将来に悪い影響が出るくらいなら、思いきって環境を変えた方がずっといい。授業について行けなくなって、この学校ではなく、学校自体を毛嫌いするようになる前に、思いきって手を打つべきだった。(下. 51. 傍点省略)

「対人関係の中で、俺は自分のどういう情報をどういう形で相手に公開すればいいかがよく分かってた。もちろん、相手がそれを俺の意図した通りに受け取るなんてことはないはずだし、否応なく暴露されてしまう情報もある。理屈では、ね。——しかし、その不如意を強調するのはね、欺瞞だよ! 欺瞞! 政治なんだから! 俺は、意識の有無に拘わらず、いつも俺の人格を、俺に好都合な形で相手に認識させるために、あらゆる手立てを講じていた。〔略〕沙希ちゃんが知ってる沢野崇は、完全に沙希ちゃん向けのオーダー・メイドだよ!(下. 137-8. 傍点省略)

 罪を償って更生して欲しいと、こんな時には、決まり文句のように言われる。しかし、彼女の願いは、ただ、元に戻してほしいということだけだった。
 それが絶対に不可能だとして、何をどうしてもらえれば、自分は気が済むのだろうか? 地面に頭を擦りつけて、泣きながら謝罪されれば、がんばって生きて欲しいというような気持ちになるのだろうか? そんなふうに反省して、彼が将来、立ち直った姿を見れば、良介が殺されたことも無駄ではなかったと納得できるのだろうか?
 〔略〕——反省するのも、更生するのも、結局は、本人の問題じゃないのだろうか? 一体、遺族と何の関係があるのだろうか? 良介は、いないというのではなかった。奪われたのだった! その事実に対して、どんな償いがあるのだろう? 小学校に入学する良太の姿を、彼はもう決して目にすることはできない。中学校に入って、いつの間にか父親の背も抜いてしまう良太を、彼は永遠に知らないままだった。一緒にお酒を飲めるようになった良太のことも、社会人になってスーツ姿で帰省する良太のことも、彼は何一つ知ることなく、良太は何一つ知ってもらうことができないのだった! それを一体、どうしてくれるというのだろう? その失われた未来に、あの少年が立派に成長していたとして、それが一体、何なのだろう?
(下. 327-8. 傍点省略)

……赦すっていうのは、どういうことなのか、——ずっと考えてる。殺人という、原状回復が絶対に不可能な出来事に於いて、それは結局、何なんだろうって。——共同体の構成員として赦すということと、当事者として赦すということとは、分けて考えるべきだろうね。」(下. 360. 傍点省略)

「——けど、他方で共感の暴力性なんて、思春期の子供だって理解してる。実感からね。『お気持ち、分かりますよ』っていうのは、やっぱり反発を感じさせずにはおかないよ。
「そうやけど、知らん顔している方がええんか? そっちの方がどうかと思うけど。」
関心は持ってもらいたいんだよ。だけど、こっちの感情に取って代わられるのはね。
(下. 361)

「——赦すもなにも、もう罪なんて、この世界から存在しなくなってるんだから。あの篠原って男も、しつこいくらい何度も言ってただろ、遺伝と環境だって。正確には、発生と生育と言うべきだろうけどね。……犯罪の由来を、どこまでも厳密に追究していけばね、憎むべき犯罪者なんて神話は、あっさり解体されてしまうよ。有責性は、どこまでも細かく砕かれていって、最後は秤にもかけられないくらいにまでちっぽけになる。到底、殺人と対称的な重みを保存し続けるはずがない。加害者についての報道は、だから、中途半端であるべきなんだよ。分かると困るからね。」(下. 364. 傍点省略)

「——そうじゃなくて、ちゃんとした居場所が欲しいんです、この社会の中に。わたしたちの存在を、ないことにして欲しくないんです。」
「ええ、……よく分かります。」
 崇は、その内容だけでなく、彼女の言葉の確かな足取りに強い印象を受けた。
事件のあと、犯人の育ってきた環境の話とかして、彼だけが悪いんじゃないみたいなことを言ってる人、たくさんいましたけど、社会の責任なら責任で、だったら、ちゃんと国が、被害者の存在を認めて、壊されてしまった生活の保障をすべきだと思うんです。良クンはもう帰ってこないし、今更、何をどうしてもらったって変わらないですけど、だからって、見捨ててしまって、なかったことにされるなんて、……やっぱり、納得できないです。」
(下. 394. 傍点省略)


@研究室
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by no828 | 2016-03-27 15:49 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 26日

完全な身勝手さに愛がないのと同様に、完全な献身にもまた愛はない——平野啓一郎『かたちだけの愛』

c0131823_168855.jpg平野啓一郎『かたちだけの愛』中央公論新社、2010年。52(974)


 版元  ただし、文庫

 2015年に残してきた本


 小説。プロダクト・デザイナーの相良〔あいら〕郁哉が、女優の叶世〔かなせ〕久美子の自動車事故の現場に偶然駆けつけ、その事故で片足を切断することになった久美子の義足をデザインすることにもなります。本書において「愛」や「愛する」の意味内容は明瞭に規定されてはいないものの、明らかに「愛」はこの小説の主題ではあって、もちろん浮上してくるその意味の印象を掬い取ることもできなくはなく、それは大体が「好き」の意味と重なり、それなら“それ”を「愛」と呼ぶこともないのではないかと思ったりもしつつ、「愛」≒「好き」が著者の提唱する「分人主義」へとつながっていく理路はよくわかりました。ちなみに、わたしは平野啓一郎の思想が気になっています。


コンプレックスっていうのは、そういうことじゃないですか? 何気なく過ごしているつもりでも、つい隠そうとしてしまう。スカートの丈を長くしよう。足についての話には加わりたくない。海には行かない。空港のボディチェックでコソコソしてしまう。好きになった人がいても、義足を見られるのが怖い。……気がつけば、生活の全体が、その『どちらかというと隠したい』に支配されてしまってる。——彼女をそうさせたくはないんです。」
「ええ。……」
彼女がこれまで、失ってしまったあの“美脚”を、みんなに進んで見てもらいたいと感じたように、彼女の義足も、人に自慢したくなるようなものであるべきです。〔略〕——そういう義足を、彼女のために作ってあげて欲しいんです。」
(68-9)

 人間の年齢も、八十歳くらいを基準にして、毎年一歳ずつ減らして数えていけば、日々の生活の中で、何をまず優先すべきかを、もっと真剣に考えるようになるだろうと、相良はこの作ってつくづく感じた。生まれた時が八十歳。五年後は七十五歳で成人式は六十歳。五十年経った時には、あと三十歳。八十歳を過ぎたあとは、マイナス二歳とか、五歳とか。……誕生日は、残りの年数が一つ減る日である。(84-5)

「——リハビリというのはですね、社会復帰の障害となるような後遺症を、出来るだけ取り除くという発想なんです。わかりますか、その違い? たとえば、治療という観点で言えば、足を切断して縫合した時点で終わりです。しかし、叶世さんはそのまま車椅子生活に入るべきではありません。股関節が固まってしまうと、後に歩行に大きな障害が残ることになる。そうすると、社会生活そのものに困難を来します。そうした障害の発生を極力減らすには何を具体的にすべきか?——そういった予防的な考え方なんです、今のリハビリは。」
過去ではなくて、未来を見てるんですね。
「そうです。そもそも、リハビリテーション医学が発達したのは、第二次大戦後、傷痍軍人の社会復帰が深刻な問題となったからです。」
「ああ、……怪我は治っても働けない体だと?」
「ええ。社会の側から見れば、怪我の治癒はまだ個人的な問題の次元です。社会の一員としてまた彼らを迎え入れるためには、活発に活動出来るところまで回復してもらわなければ困るわけです。治療と社会生活との間を繫ぐ意味が、リハビリにはあります。——義足の見栄えの悪さも、社会復帰を考える上では一つの障害でしょう、確かに。」
(106)

 ——愛する人が、その昔つきあっていた相手は、魅力的であった方がいいのか、それとも、魅力的でない方がいいのか?……〔略〕
 知りたくもないし、言いたくもなかった。どうしてそんなことを打ち明け合わなければならないのだろう? 世の慣習として、それは、一般的なことなのだろうか? 気になることは、目に見えているのに。〔略〕
 勿論、誰とも恋愛をしたことのない相手を求めている、というわけではなかった。それはそれで、有り難いことでもなかったが、どんな男とつきあっていたかというのは、抽象的な像で十分だった。具体的に知って、それに不快を感じるのは、頭よりも先に体の方である。
(160-1)

 技能とは、何であれ、その人の時間の使い方の果実である。彼女が、義足を装着して、何事もなく自然に生活している姿は、そのために費やされた法外な努力の時間を想像させて、必ず人を敬意へと導くはずだった。(167)

不遇の時に抱く一番醜い感情は、嫉妬だと思うんだな、俺は。嫉妬は何て言うか、頭の中を汚す感じがする。物事を一歩も前進させないよ。」(183)

「何て言うか、……無茶するタイプの人間って言うより、いざとなったら、無茶しないといけないと思い込んでるタイプの人間だよ、あの人は。それはそれで、怖いよ。」(194)

 彼女は、セックスの最中に、「ただ自分のことだけに夢中になってる」相良が見たかったと言ったが、その意外な告白は、考えれば考えるほど、一つの真理を言い当てているように感じた。
 セックスの喜びとは、彼女に言わせれば、相手の中に、献身さと身勝手さ、思いやりと独りよがり、奉仕と要求を、両〔ふたつ〕ながらに発見することであり、完全な身勝手さに愛がないのと同様に、完全な献身にもまた愛はないのだった。〔略〕もし、混ざり気のない、純粋な配慮というものがあるとするならば、それは、どこか冷たい義務感から発したものであり、何があっても相手を手放せないという、無闇やたらな情熱からはほど遠く、彼女の言葉によれば、愛ではない、ただの「親切」に過ぎないのだった。
(326)

 どこか一箇所、歩いた場所が増える度に、自分の体だという実感が深まると彼女は言った。思い出の中に、義足の存在が毎日少しずつ蓄積されていく。それは、目の前の義足を、自分の体だと思い込もうとするのとは違う、もっと自然な感覚だと説明した。(379-80)

 相良は一つ、気がついたことがあった。彼はこれまで、父でも母でもなく、自分という人間を愛したことがなかった。プロダクト・デザインは、そういう彼にとって、唯一の生の拠りどころだったが、自分ではその意味さえ、はっきりとは理解していなかった。
 彼は今、久美といる時の自分が好きだった。他の誰といる時の自分よりも好きで、この自分なら愛せるのかもしれないという気が初めてしていた。
 なぜ人は、ある人のことは愛し、別のある人のことは愛さないのか?——愛とは、相手の存在が、自らを愛させてくれることではあるまいか? 彼は今、誰よりも久美を愛していた。そして、彼女の笑顔が、自分の傍らにある時こそ、最も快活であって欲しかった。彼女にとっての自分が、そういう存在でありたかった。
(410)


@研究室
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by no828 | 2016-03-26 16:18 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 25日

社会全体から見た場合、こんな愚かな意地わるい肺病の老婆の死なんて——ドストエフスキー『罪と罰』

c0131823_19285366.jpgc0131823_1929724.jpgフョードル・ドストエフスキー『罪と罰』(上・下)、工藤精一郎訳、新潮社(新潮文庫)、1987年。51(973)


 版元 

 原著は1866年

 2015年に残してきた本


 お金(貨幣)が重要になった社会において、それを多くは持たないラスコーリニコフがお金の従者となって殺人を犯すが、しかし彼はそれを悪とは考えない。「悪」とは何なのか。

 徹底的に加害者の視点から語られています。そしてその加害者は反省しないし、罪悪感も持たない。

 しかし、とくに最初の引用に顕著ですが、ラスコーリニコフの考え方は功利主義的であって、だから功利主義的にはラスコーリニコフの行為は正当化されることになり、それは悪ではない、ということになるのかもしれません。

 途中、引用にもありますが、「腹がへったら犬でも殺せ」というフランス語の諺が出てきます。わかったようなわからないような、であります。


一方では、愚かな、無意味な、なんの価値もない、意地わるい病気の老婆、誰にも役に立たないどころか、かえってみんなの害になり、なんのために生きているのか自分でもわからず、放っておいても明日になれば死んでしまうような老婆がいる。わかるかね? わかるかね?」
「うんまあ、わかるよ」士官は興奮した相手をじっと見つめながら、答えた。
「まあ聞きたまえ。その半面には、支えてくれるものがないためにむなしく朽ちてゆく、若い、みずみずしい力がある、しかもそれは何千となく、いたるところにいるのだ! 修道院に寄付されるはずの老婆の金があれば、何百、何千というりっぱなしごとや計画が実施され、改善されるのだ! 何百人、あるいは何千人の人々が世に出ることができ、何十という家庭が貧窮から、崩壊から、破滅から、堕落から、性病院から、救われるのだ、——それがみな老婆の金があればできるのだ。老婆を殺し、その金を奪うがいい、ただしそのあとでその金をつかって全人類と公共の福祉に奉仕する。どうかね、何千という善行によって一つのごみみたいな罪が消されると思うかね? 一つの生命〔いのち〕を消すことによって——数千の生命が腐敗と堕落から救われる。一つの死と百の生命の交代——こんなことは算術の計算をするまでもなく明らかじゃないか! それに社会全体から見た場合、こんな愚かな意地わるい肺病の老婆の死なんて、いったい何だろう?
(上. 114-5)

「いまきみはとうとうと意見をのべたがだ、ぼくが聞きたいのは、きみが自分で老婆を殺すのか、どうかだ?」
「もちろん、ちがうさ! ぼくは正義のために論じたまでで……ぼくに関係したことじゃないよ……」
「ぼくに言わせれば、きみが自分でやる決意がないのなら、正義もへったくれもないよ!
(上. 116.傍点省略)

「……葬式の費用にって。夫に死なれて、肺病で、あんまりかわいそうなんです……子供が三人、食べるものもなく……家の中はからっぽで……もう一人娘がいますが……きっと、あんな様子を見たら、お母さんだってお金をやったでしょう……でもぼくには、あんなことをする権利はぜんぜんなかったんです、だって、はっきり言いますが、あのお金はお母さんがどんな苦しい思いをしておつくりになった金か、ぼくはちゃんと知ってるんですもの。人を助けるには、まずその権利を作らなきゃいけないんです、さもないとフランスの諺にいう Crevez, chiens, si vous n'êtes pas contents!(腹がへったら犬でも殺せ)てことになりますよ(上. 394)

鍵をかけるものが何もない人間なんて、幸福〔しあわせ〕ですね?(上. 424)

良心がある者は、あやまちを自覚したら、苦悩するでしょう。これがその男にくだされる罰ですよ、——苦役以外のですね(上. 463)

「そこでひとつうかがいますが、たとえわたしが証拠をにぎっていたとしてもですよ、時機のこないうちに当人をさわがせる必要があるでしょうか? そりゃ、相手によっては早く逮捕しなきゃならん場合もありますが、そうでない性質の容疑者もいますよ、ほんとです。そんなやつはしばらく街を泳がせておいても、別にどうってことはありませんからな、へ、へ! いやいや、どうやら、よくおわかりにならんようですな、じゃあもっとはっきり申しあげましょう。例えばですよ、もしわたしがやつをあまり早く勾留すればですね、それによってやつに精神的な、いわば、支えをあたえることになるかもしれませんからねえ、へ、へ!(下. 112)

「……とすると、何を好きこのんでぼくは、一生すべてのものに顔をそむけて、すべてのもののそばを素通りし、母を忘れ、妹の屈辱をおとなしく忍ばなければならんのだ? 何のために? 母と妹を葬って、新しいもの——妻をめとり、子供をもうけ、やがてはそれも一文の金も、一きれのパンもない状態でこの世に置き去りにするためか? そこで……そこで、ぼくは決意したんだよ、あの婆さんの金を手に入れて、ここ何年間かのぼくの生活に当てよう、そうすれば母を苦しめずに、安心して大学に学べるし、大学を出てからも第一歩を踏み出す資金になる——これを広く、ラジカルにやってのけ、完全に新しい形の立身の基礎をきずき、新しい、独立自尊の道に立とう……まあ……まあ、こういうわけさ……そりゃ、ぼくは老婆を殺した——それは悪いことにちがいない——でも、もうよそうよ!〔略〕ぼくはしらみをつぶしただけなんだよ、ソーニャ、なんの益もない、いやらしい、害毒を流すしらみを(下. 250)

「そのうちにぼくはね、ソーニャ、みんなが利口になるのを待っていたら、いつのことになるかわからない、ということがわかったんだ……それから更にぼくはさとった、ぜったいにそんなことにはなりっこない、人間は変るものじゃないし、誰も人間を作り変えることはできない、そんなことに労力を費やすのはむだなことだ、とね。そう、それはそうだよ! これが彼らの法則なんだ……法則なんだよ、ソーニャ! そうなんだよ!……それでぼくはわかったんだ、頭脳と精神の強固な者が、彼らの上に立つ支配者となる! 多くのことを実行する勇気のある者が、彼らの間では正しい人間なのだ。より多くのものを蔑視することのできる者が、彼らの立法者であり、誰よりも実行力のある者が、誰よりも正しいのだ! これまでもそうだったし、これからもそうなのだ! それが見えないのは盲者だけだ!」(下. 253)

「そこでぼくはさとったんだよ、ソーニャ〔略〕権力というものは、身を屈めてそれをとる勇気のある者にのみあたえられる、とね。そのために必要なことはただ一つ、勇敢に実行するということだけだ!(下. 253)

 この一事、つまり自分の一歩に堪えられずに、自首したという一点に、彼は自分の罪を認めていた。
 彼は、どうしてあのとき自殺をしなかったのか? という問題にも苦しめられた。あのとき河の上に立ちながら、なぜ自首を選んだのか? 生きたいという願望の力がそれほど強く、克服がそれほど困難なものなのか? 死を恐れていたスヴィドリガイロフでさえ克服したではないか?
(下. 475)

 トルストイとドストエフスキーの両巨匠は、一八六〇年代の改革に浮かれさわぐ若い世代に、いかにも両者らしいやり方で警告をあたえた。トルストイは『戦争と平和』でロシアのあるべき理想の姿を教え、ドストエフスキーは『罪と罰』で人間の本性を忘れた理性だけによる改革が人間を破滅させることを説いたのである。(下. 工藤精一郎「解説」496)


@研究室
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by no828 | 2016-03-25 19:49 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 24日

どれが正しい方向なのかは、その当人にしか見つけることができないのよ——高橋源一郎『「悪」と戦う』

c0131823_2050230.jpg高橋源一郎『「悪」と戦う』河出書房新社、2010年。50(972)


 版元

 2015年に残してきた本


 絵本のような本だと思いました。

 もちろんフィクション、ややファンタジー。掴みどころがない、という感覚の由来はおそらく、「悪」——そして「他者」——というそれそのものを取り出して見せることのできないもの、掴みどころがないものを主題としているというところにあるのだと思います。何かに具象させるとそれそのものからはずれてしまう「悪」——そして「他者」——をできるだけそのまま取り上げようとすることは難しい。それそのものをできるだけそのまま掬いとろうとすると、こういう小説になるのかもしれません。

 絵本とはつまり、そういうことをしようとしているものなのかもしれません。


 子どもたちの笑い声が聞こえて来ます。「ミアちゃん」の、ランちゃんの、キイちゃんの。子どもの笑う声は素晴らしい、と思いました。それ以上に素晴らしいものがあるだろうか、と思いました。
「そうだ!」とわたしは叫びました。
 なにが「そうだ!」なのか、わたしにもはっきりとはわかりませんでした。だが、わたしは、とにかく「そうだ!」と叫びたかったのです。
子どもたちは……」とわたしはいいました。ことばが勝手に、わたしの中から出てくるみたいでした。「守られねばなりません!
(87-8)

「ねえ」
「なに?」
「これ、夢? ぼく、夢を見てるのかな?」
「だったら、なに? ユーは、夢か現実かはっきりしてから、行動を決めるのかい? そんなことしてたら、間に合わないことだってあるじゃん
(92-3)

「ユーは正しい一歩を踏み出した。世界が、そう認めたんだよ。どこかへ行こうと思ったら、まず、正しい方向へ歩き出さなきゃなんない。そして、どれが正しい方向なのかは、その当人にしか見つけることができないのよ
「ゴミの分別が正しい一歩だったの?」
ゴミの分別そのものじゃなく、その中に含まれているサムシングなのかも。そんなことより、さあ乗って」
(124)

「おいおい、おれは、全部聞いたんだぜ。実験動物の話なんかは最高にグロかったけど。聞けば聞くほど、やつらの言い分はもっともだと思えてくる」
「言い分って?」
人類は存在に値しない
「じゃあ、やつらが全員、武器を持って立ち上がればいいじゃないですか。そして、人間を無差別に殺して回るってのは。その方がスカッとする」
「おれもそういったんだ。できたら、おれは、そのリストから除いてほしいけどってな」
「ボス、ひどいですね」
「まあな。そしたら、やつらは、こういうんだ。『そんな人間の真似なんかできますか。我々はもっと高級です』って」
(189)

 きみは世界なんかなくなればいいと思わないの? きみは生まれて来なかった。世界からなにももらわなかった。世界はきみになにもしてくれなかった

 あたしはパパもママも見てない、パパもママもあたしを見てない、あたし、見てもらいたかった、それから、見たかったよ、世界を、ずっとずっと世界を見たかったんだもの、あたしが見られないなら、あたしじゃない誰かに見てもらいたいんだ
(260-1)

 不意に、わたしは、世界は一つだけではなく、たくさん、いや、無数にあるのではないかと思いました。そして、どの「世界」にも、わたしに似た「わたし」や、ランちゃんに似た「ランちゃん」やキイちゃんに似た「キイちゃん」、さらにはミアちゃんに似た「ミアちゃん」がいて、他の「世界」のことを知らずに生きているのだと。それだけじゃない。それぞれの「世界」で、なにかと戦っているのだ。なぜなら、そうしなければ、その「世界」の誰かが戦いをやめれば、すべての「世界」が、いや世界そのものが滅び去ってしまうから。ああ、わたしは自分の思いつきに興奮していました。それぞれの「世界」の住人は、他の「世界」の住人のことを知らない。けれども、一つの「世界」は、他の「世界」に支えられているのだ。お互いの「世界」によって、支え合っているのだ。けれど、そのことは絶対に証明できないのです。わかっています。それは、夢想です。〔略〕けれど、絶対に証明できないけれど、あるんだ。あるような気がする。あったっていいじゃないか。みんながみんな、ないといっても、わたしだけは、あるといいたい。……いえるかな。わたし、気が弱いし。興奮は……すぐに終わりました。(287. 傍点省略)


@研究室
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by no828 | 2016-03-24 20:58 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 23日

「その判断が重要で、正解がはっきりしない、答えにくいもの」の場合だ——伊坂幸太郎『マリアビートル』

c0131823_22125586.jpg伊坂幸太郎『マリアビートル』角川書店、2010年。49(971)


 版元

 2015年に残してきた本


 軽妙なミステリ。T北新幹線内の殺しの話。相変わらず引かれた伏線は見事に回収されていきます。いじめにも関わって、人間の心理についての説明がなされています。

 この物語ではずいぶん簡単に人が死ぬんだな、殺すし、殺されるんだな、と思いながら本書を読み、新幹線のなかでこんなに人が死ぬという発想の突飛さに感嘆もしましたが、しかしこの世界ではすでに簡単に人が死んでいるのだと思いなおしました。


 木村の息子をデパートの屋上に連れ出したのは、王子たちだった。正確に言えば、王子と王子の指示に従う同級生たちだ。あの六歳児は怖がっていた。怖がっていたが、人間の悪意には慣れていなかった。(38)

 どうして虐殺のような出来事が起こるのか、王子には簡単に理解できた。人間は、物事を直感で判断するからだ。しかも、その直感は、周囲の人間たちから大きな影響を受ける。〔略〕
 人間は同調する生き物なのだ。
 似た実験は他にもある。それによれば、人間が同調しやすくなるのは、以下のパターンだという。
その判断がとても重要で、しかも、正解がはっきりしない、答えにくいもの」の場合だ。
 その時は、人は、他人の意見に同調しやすくなる。
 答えが分かりやすいものの場合は問題ない。人は自分の答えを信じられる。
 判断の結果がさほど重要ではない問いについても、大丈夫だ。気軽に、自分の答えを口にできる。
 つまり、こう考えられる。人間は、おぞましい決断や倫理に反する判断をしなくてはならない時こそ、集団の見解に同調し、そして、「それが正しい」と確信するのではないか、と。
(107)

大事なのは、『信じさせる側』に自分が回ることなんだ〔略〕それに、国を動かしているのは政治家じゃないの。政治家以外の力、官僚や企業の代表とかね、そういう人たちの思惑が社会を動かしてるんだ。ただ、そういう人たちはテレビに出てこない。普通の人たちは、テレビや新聞に出てくる政治家の顔や態度しか目にしない。後ろにいる人たちにとっては都合がいいんだ(215)

 檸檬に比べれば、この蜜柑のほうが頭が良く、内面も充実しているように思えた。内面の充実は、想像力を強くする。想像力が鍛えられれば、人へ共感する力が強くなる。つまり、それだけ脆くなる。檸檬よりもこの蜜柑のほうがコントロールしやすい。(381)

「もう一つ、俺の好きな文章を教えてやるよ。『午後の曳航』の中だ」
「何ですか」
「おまえみたいな年齢の子供が言う。刑法四十一条なんてのは、『大人たちが僕らに抱いている夢の表現で、同時に彼らの叶えられぬ夢の表現なんだ。僕たちには何もできないという油断のおかげで、ここにだけ、ちらと青空の一トかけらを、絶対の自由の一トかけらを覗かせたんだ』とな。うっとりする文章で、俺は大好きなんだが、どうして人を殺しちゃいけないか、って答えのヒントがここにある。人を殺してはいけません、なんて言葉はな、大人たちが抱いている夢の表現なんだ。夢だよ、夢。サンタがいますように、と同じだ。決して現実には見ることのできない、美しい青空を必死に、紙に描いて、怖くなったら布団に潜って、それを見て、現実から逃げる。だいたい法律ってのはそういうものだ。これがあるから大丈夫と自分を慰めるだけの、表現に過ぎない」
 なぜ急に、そのように小説の台詞を引用しはじめたのか、王子は理解できなかった。他人の言葉に頼る時点で、高が知れている、と幻滅もしていた。
(386)

「だからね、僕は不思議で仕方がないんだ。どうして、君たちは決まって、『人を殺したら、どうしていけないのか』というそのことだけを質問してくるのか。それならば、『どうして人を殴ったらいけないのか』『どうして他人の言えに勝手に寝泊まりしてはいけないのか』『どうして学校で焚き火をしたらいけないのか』とも質問すべきではないかな。どうして侮辱してはいけないの? とかね。殺人よりも、もっと理由の分からないルールがたくさんある。だからね、僕はいつもそういう問いかけを聞くと、ただ単に、『人を殺す』という過激なテーマを持ち出して、大人を困らせようとしているだけじゃないか、とまず疑ってしまうんだ」(422)

殺人を許したら、国家が困るんだよ〔略〕たとえば、自分は明日、誰かに殺されるかもしれない、となったら、人間は経済活動に従事できない。そもそも、所有権を保護しなくては経済は成り立たないんだ。そうだろう? 自分で買ったものが自分の物と保証されないんだったら、誰もお金を使わない。そもそも、お金だって、自分の物とは言えなくなってしまう。そして、『命』は自分の所有しているもっとも重要な物だ。そう考えれば、まずは、命を保護しなくては、少なくとも命を保護するふりをしなくては、経済活動が止まってしまうんだ。だからね、国家が禁止事項を作ったんだよ。殺人禁止のルールは、その一つだ。重要なものの一つ。そう考えれば、戦争と死刑が許される理由も簡単だ。それは国家の都合で、行われるものだからだよ。国家が、問題なし、と認めたものだけが許される。そこに倫理は関係ない(423-4)

殺人が許されない理由は、倫理的な理由を除けば、法律で決まっているからとしか言いようがないんだ。だから君たちが、『法律』以外の答えを求めるのは、『なぜ、野菜を食べなくちゃいけないの? 栄養になるから、という理由以外で答えて』と言うのと同じくらい、ずるい質問じゃないかな(425)


@研究室
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by no828 | 2016-03-23 22:28 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 18日

一番難しいのは、赦す本来の主体がもうすでにいないということだ——平野啓一郎『「生命力」の行方』

c0131823_19283529.jpg平野啓一郎『「生命力」の行方——変わりゆく世界と分人主義』講談社、2014年。48(970)


 版元

 2015年に残してきた本


 エッセイと対談が収められています。平野啓一郎の書いたものを手に取るようになってきました。それは、平野が自分の頭で考えている人だとの感覚を強く持ちつつあるからです——本書でもってその感覚は「持った」と言ってよいでしょう。

 対談の相手は、亀山郁夫、中島岳志、森達也、大澤真幸、高橋源一郎、古井由吉。大事なことがどの対談のなかでも指摘されています。たとえば他者から自己へという対象の転換について森は述べています。これはわたしの研究主題と関わるところでも起きたことだし、その流れはいまもあります。わたしはこの自己を開示する姿勢を重要なものと捉えていますが、同時にそれが自閉を生み出さないかと危惧し、自閉せずに自己を問いなおしていくための回路はどのように設定可能なのかと考えています。


この世界が存続しているのは、「多様性」に於いて、その「生命力」が常に「移動」しているからだ、というのが彼〔=ボードレール〕の認識である。芸術の生命力は、一時、新古典主義に居場所を定めたかと思えば、やがてロマン主義へと移動する。一つの領域、ある国が栄えたかと思えば、やがて衰退し、また別の領域、国が勃興する。〔略〕消えたかと思われた生命力は、ひょっこりと、思いもかけない場所に姿を現す。(9)

 勿論、私たちはボードレールのような天才ではなく、社会状況は一九世紀とは比較にならないくらい複雑である。しかし、天才でなくとも、その複雑な社会に対して声を発し、行動を起こし得るのが現代とも言える。(394-5)

「書き言葉」と「話し言葉」との違いは、身体を情報源とした表情その他の付帯情報を、それらが、どの程度期待しているのか、ということと言えるだろう。(25)

 芸術とは、この時、「わからないもの」を、「わかるもの」への加工から解放するものである。「わからないもの」を、日常、誰もが行っているような方法で「わかるもの」にしてしまわず、人を時計の針の拘束からこっそり連れ出して立ち止まらせ、長く留まらせて、次に受け渡すべき先を気にさせないまま体験させる。それが、今日に於いても失われることのない芸術の意義ではあるまいか。(211)

亀山 秋葉原事件〔=2008年6月の無差別殺傷事件〕によって露呈した恐ろしさとは、自分が犯した罪の少なくない部分が運命の領域に属しているにもかかわらず、それを人間が個人としてすべて引き受けなければならないことの恐ろしさです。それは『罪と罰』に通じるものといってもよいでしょう。(40)

亀山 私の場合は、〔『罪と罰』について〕当時のペテルブルグの歴史的な事象から考えていたんです。それは一八六一年の農奴解放です。農奴解放と同時に何が生まれたかというと、お金という新しい神です。〔略〕それまで全国民の九割を占めている農奴は、お金に全然関係なく生きている。それが解放されたことによって、初めて自分の身をあがなうのにお金が必要になったんです。そこでお金が、新しい神として誕生しちゃったわけです。(42)

亀山 『罪と罰』では、赦しが原点にある。私の単なる直観ですが、作家は、どこかで、人間は殺されても仕方ない原罪的存在だ、と考えていたような気がしてならないんです。これはむろん極論ですが、その殺されても仕方ない原罪的存在と、殺されてはならない絶対無垢の境界線は、七、八歳に引かれていた(45)

平野 僕は、殺人事件に関して赦しの問題が一番難しいのは、赦す本来の主体がもうすでにいないということだと思うんです。
亀山 本当ですね、いいことを言いますね。
平野 だから、誰も当事者ではないから、加害者に対して赦す権利がない
(47)

平野 あらゆる価値観が相対化している現代、最後の最後に万人が否定しない絶対的な価値観が「健康」と「幸福」だ、と僕は思っています。この二つだけは誰も批判しないからこそ、危険なイデオロギーになり得る(59)

中島 承認のリソースが能力とか新自由主義的なものに還元された世界において、最後に残されたリソースは「生まれ」である。つまり日本人、三十一歳、男として生まれたなら、在日より、年少者より、女より偉い、という考え方です。それが最後のリソースとして残るから、格差社会が拡大すれば必然的にナショナリズムが色濃くなると彼〔=赤木智弘〕は言うんです。(69)

平野 これはすごく重要で、自己責任論を考えていくと、最終的には個人は内面で悩む必要に迫られるのですが、鴎外はどこまでいっても不可抗力の問題を考えます。制度だとか、因習だとか、無意識だとか。彼は歴史の自然、ということを言いますが、ある人間の人生を眺めたときに、彼は当人には為す術もない問題のほうが気になる人です。何かが起こるということは全部、背景があるからだと考える。(73)

森 この感覚を、——もちろんずっと希釈はされているけれど、震災直後は日本中が共有したように思います。東北では多くの人が亡くなって、生き延びた人も満足に寝ることさえできず震えているのに、自分は温かい布団で眠っている。それはいったい何なのか。なぜこれほどまでに不平等なのか。誰もが無力感と罪悪感に苛まれたはずです。つまり後ろめたさです。〔略〕それまでは事件や事故があるたびに、遺族にカメラを向けて「今のお気持ちは?」などと聞いていた。バカなことをやっているとの自覚はあります。でも仕事だから仕方がない。そう思うことで無理矢理に気持ちの折り合いをつけてきたのに、今回ばかりはあまりの規模の大きさにそれができなくなった。みずからの加害性に耐えきれなくなった。後ろめたさに気づいてしまった。カメラを向けるという暴力性でしか、悲しみをとらえることができない自己矛盾が、現場には人の数だけ息づいていました。
 ならば撮る側の自分たち自身を被写体にすることで、その矛盾や後ろめたさを提示できないか。そしてその結果として、日本全体が陥っている罪責感や後ろめたさの輪郭を描写することができるのではないかと考えました。この後ろめたさは、生きることの後ろめたさでもあると思っています。生き残った僕らを苛む無常の感覚を、愚かなドキュメンタリストの姿を通して描けないだろうか。『311』はそういう試みでした。
(117)

大澤 東京電力に第一義的な責任があることは間違いないとして、しかし、加害ということを最も広くとった場合に、誰も、完全にイノセントな被害者にはなれない、というところに原発事故の難しさがあります。共感や同情のネットワークが拡がりにくいのも、この点に起因している。誰に、どのような立場で共感すればよいかわからないのです。(133-4)

大澤 でも、原発問題に関しては、ハイデッガーとは逆のことをいわなくてはいけない。人は、千年後、万年後にもまるで生きているかのように、人生が無限であるかのように考えなくてはならない。実際には、たいていの人の余命は、せいぜい七十年くらいですよ。しかし原発問題を考えるときには、一万年後という、人類がいるかどうかわからない未来において、ある意味では、生が持続しているかのように仮定しなくてはならないときがある。そういう極端な虚構を、どういうふうに我々の思想や制度やイデオロギーや法の中に反映させるかということはこれからの課題になってくる。(137)

大澤 ぼくはこの事故で「現実主義」という言葉の意味というか指示対象が反転したと思うのです。以前は、原発反対という人は理想主義者で、原発がなければやっていけないだろうというのが現実主義者(リアリスト)だということになっていた。だけれども、今度の事故で状況は一変した。現実主義的に冷静に考えたら、原発を今後も長く使い続けるなんてことは、不可能です。明日からやめるかどうかは別として、少し長期的なスパンで考えれば明らかに原発産業というのはもはや先細りですよ。だから、原発をやめるという選択肢の方が、今ではよほど現実主義的で、逆に、今後も末永く原発を使い続ける方が、非現実的な理想主義に見えてくる(139)

高橋 社会の建前は「本当のことは言うな」です。
 で、『決壊』の中に出てくる「本当のことを言え」という言葉は本来モダンの立場だと思うんですよね。いわば近代文学は、「これだけは本当のことだ」という告白ですから。「どんなにフィクションであってもこの部分には本当のことがあり、私はそれを言明する」。絶えず「本当のことを言うな」と言う社会に対抗するためには、そういう言い方しかなかったわけです。
(294-5)

平野 僕自身もネットでガス抜きされたシニシズムによって逆に現体制が強化されているような現在、「本当のことを言うべきだ」とは思うんです。ただ、「じゃあ、本当のことって何なの?」という今の時代の難しさがこの小説〔=『決壊』〕のテーマでもあるんですね。(295)

高橋 社会が持っている「個人の能力は平等である」、「等しく幸福を求める権利がある」という建前は変えることなく、「本当は能力に差がある。本当は力の強いものが全部取る。だけども、それを言っては社会的統制がとれないんで、ある意味みんなが嘘と知りつつ建前を信じることにしたんだ」ということになってきた。新自由主義が「格差社会」を生んだというのは、社会が本音を語りだしたってことですよね。
平野 しかも、自助という美徳を、不可能なレベルで押し付けようとしている。
高橋 そう、美徳のふりをして暴力的な本音を押し付けてきているわけです。「もう助けられませんから、あとは自分でやってください」と。「生得能力に差があるから、その差は絶対回復しえないけど、生涯ハンディキャップを背負ったあなたも自分で生きなさい」と、過去のどんな権力も言わなかった宣言を社会がする時代になっていて、その社会の暴力性を一番表しているのがインターネットだと思うんです。
(298-9)

古井 呆然とするのが当たり前なのです。呆然とする時期がたっぷりあったほうがいい。ところが、今はそういう暇を与えない世の中でしょ。すぐさま復興にかかるというのは悲惨なことなのですよ。〔略〕こちらも、できるだけ鬱状態に留まるのが望ましいんだけど、それも許されない世の中です。鬱の底を極めるぐらいのところまで行けば、本当の復興になるんでしょうけど。(373)


@研究室
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by no828 | 2016-03-18 19:56 | 人+本=体 | Comments(0)