思索の森と空の群青

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2016年 09月 23日

ひとりでなければなにもできない——松浦弥太郎『もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。』

 松浦弥太郎『もし僕がいま25歳なら、こんな50のやりたいことがある。』講談社、2013年。10(1007)


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『暮しの手帖』編集長(当時)のエッセイ。丁寧に生きることの大切さが伝わってきます。改めて気づかされる点もあります。しかし、現在の社会のあり方を前提にしているところが気になりました。本書の一部では、社会の「ポジティブな歯車」になることの大切さが説かれており、社会のありようを変えていくという道筋が確保され、社会のなかにきちんと入らないことには社会も変えられないということが示唆されているようにも思えますが、それは基調ではありません。


 世の中の多くの人は、いつも誰かを探しています(7)

 つねに自分の収入がなにに比例しているのか、それは喜んでくれたり感動してくれた人の数だと知っておきましょう。収入の多い少ないは、別に不平等なことではなく、世の中のしくみです。(11)

僕にとって歯車とは、とてもポジティブな言葉なのです。社会の歯車になることができれば、すばらしいことだと思うのです。〔略〕ネガティブな歯車から脱却して、ポジティブな歯車になること。これを意識しただけで、自分が社会に参加している一員だとあらためて自覚するはずです。こう考えることができたら、それだけでも自分が成長したことになるとは思いませんか?(15-7)

ただくり返しているのではダメなのです。単純作業や慣れている作業を単にくり返すことを毎日し続ける、これを継続と思いがちですが、それは実は、とんでもない落とし穴です。〔/〕封筒に書類などを入れる単純な封入作業を割り当てられたとしたら、ただ、その仕事を終わらせるのがくり返しです。どうしたら早く確実に作業ができるだろう? もっときれいに仕上げられるだろう? と、創意工夫をしながら仕事を継続することが“小さな成功の積み重ね”です。前より早くできた! きれいにできた! それが小さな質をともなった成功なのです。(21)

“素振り”を怠らない(26)

一生懸命に解決しようとしても、なかなかプラスには転換できません。なぜなら、解決とは、自分以外の人がしてくれるものだからです。自分の起こした失敗を、許してくれたり、理解してくれる人がいてはじめてトラブルが解決します。解決か、そうでないかを決めるのは相手です。だから、解決は決して自分にできることではなく、できることといえば、真摯な対応だけであると知っておくべきでしょう。(31-2)

自分は絶対に保証人にはならない。そのかわり、自分も人には保証人を絶対に頼まない。〔略〕〔/〕保証人を立てなければ始められないようなビジネスは、その発起人である友人や知人、あるいは自分の信用度が足りないことの証です。信用度が足りないということは、そもそも最初の時点で、そのビジネスが破綻する可能性の高いことを示しているということなのです。(37)

選ぶ訓練をする、つまり、自分がなにを好きで、なにに感動したのかをメモしたり、記録しておくのがいいと思います。たとえば美術展に出かけたら、100枚ある絵画のなかで、自分が一番好きな作品はどれなのかを意識して鑑賞し、それをなんらかの形で残しておくのです。(39)

単に「ありがとうございます」のひと言では、だめ。なにに対して、僕は「ありがとう」と思ったのか? それをくわしく伝えるのです。(75)

人となにかをすることは、つまらないということ。たとえば絵を観にいっても、僕はこの作品を2時間でも3時間でも観ていたいのに、人といっしょではそうもいきません。じゃあ、結局、僕はなにをしにきたんだ? と思ってしまいます。〔略〕〔/〕けれど僕が25歳の人たちにほんとうに言いたいことは、実はひとりでなければなにもできない、という事実です。自分には力がないから、誰かといっしょならできそうな気がするというのは、幻想でしかありません。〔/〕人は、いつもひとり。孤独とは、生きるうえでの最低条件である。孤独感を受け入れ、自分をよく知ればこそ、人の気持ちがわかり、優しくなれたり仲よくなれたりするのです。それによって豊かな人間関係をはぐくむことができるのでしょう。(124-5)

いつもあることでもないけれど、自分がここぞ! と思う場面があります。自分が言うべきだと、確信した意見がある。そんな大事なときは、たとえ周囲の全員を敵にまわしても、図々しく発言すべきです。すべてを捨ててもいいくらいの、勇気や瞬発力が重要なのです。〔/〕〔略〕なにかひとつ、あっ今だなと決断して、なりふりかまわず突進したときは、〔略〕自分でそこまでできたことに納得するのです。自分の納得は、ひとつの成功体験です。そして、納得体験はすごくリアリティがあるから、自分の次のステップへの大きなエネルギーになるのです。(128-9)

 展覧会や演劇、歌舞伎や能といった古典芸能、コンサートに出かけるのも自己投資。出かけても、なにも理解できなかった経験も、もちろんありました。でも僕は、なにもいいところを見つけられなかった自分がいけないのであり、いつか機会があったらもう一度チャレンジしようと考えます。つまらなかったと否定するのは、いちばん簡単な評価です。でも、それではその時点で好奇心が終わってしまう気がするのです。(137)

 僕が『暮しの手帖』の編集長という立場になってからも実感をしたことですが、上に立つ人間は下の人間から話しかけられても決して不快には思いません。だから、必要以上に恐縮することはありません。そういった遠慮は無用なのです。ふだんからトップと目線合わせができる環境を考えて、つくりだすこと自体、会社に対する、また仕事に対する積極性というものでしょう。(197)

@研究室

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by no828 | 2016-09-23 21:06 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 09月 22日

ふざけんじゃねえ、この野郎、俺はそのAVに出てる子を愛すぞ——永沢光雄『AV女優』

永沢光雄『AV女優』文藝春秋(文春文庫)、1999年。9(1006)

 ※版元
 ※単行本は1996年にビレッジセンター出版局

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 敬遠してきた本ですが、高橋源一郎がゼミの必読文献に指定しているとどこかで書いていて、読もうと思いました。読んでよかったと思いました。42人のAV女優に話を聞いています。辛い——とわたしは感じてしまった——生い立ちが語られることもありますが、そこに悲壮感は漂っていません。彼女らの生き方を否定せずに、しかしそのような生き方を礼賛するのでもない、とはいえ事実をただ列挙するわけでもない、そのような態度がありうるのかもしれない、と思わせてくれます。人の話を聴くとはどういうことか、それを考えさせてくれます。また、わたしの専門に引きつけて言うなら、機会とは何か、自由とはどういうことか、学校に代表されるような教育制度、そして教師は何のために存在すべきなのか、福祉とは何なのか、といったことも考えさせられます。

 九州は鹿児島に吉沢あかねは生まれた。その一年半後に、彼女の両親は離婚した。父親に女ができたことが原因だった。離婚に至るまで、ヨチヨチ歩きの一人娘を横目に若い夫婦は何度も激しいケンカを繰り返した。そしてケンカに疲れ果てると、お互いに涙を流した。その二人の涙を自分が手にしていた白いタオルで拭いてあげたことを吉沢あかねは覚えている。(吉沢あかね.28)

 人は、どんなつらい状況でもささいなことに喜びを感じられる人と、そうじゃない人に分かれると思う。
 そして、人が生きていると、金とか人間関係とか病気とかいろいろのつらいことに出っくわしてしまうものだが、どんなにつらい時でも、窓を開けた時にフーッと部屋に吹き込んできた風を、「気持ちがいいな」と心の底から思える人は、状況がどうあれ、幸せなのだと思う。(小沢なつみ.150)

 うそつけ! と思った。子供だから知らないと思って。なんで家で栄養剤を打つんだよ。お母さんは、テレビでよくやっているカクセイザイってやつをやってるんだろ。わかってるんだから。
 母親は二、三日、家に帰って来ないこともしばしばだった。そんな時は家にある小銭を集めてパンを買って来て弟と食べた。
 他のお家とは違って、わたしの家は大人っていうのがいないんだな。
 お母さんが帰って来ないと泣きながらパンをかじる弟をボーッと眺めながら、風吹あんなはそう思った。(風吹あんな.276)

「家庭のことは先生にも友だちにも相談したことはありません。もちろん彼氏にも。家庭のことがバレるのがイヤだったんです。だからいつも笑ってた。それが癖になって、いつの間にかどんなにつらくても泣けなくなっちゃった。
 鑑別所に行っちゃうぐらい不良になる人たちっているでしょ。ああいう人たちって余裕があるんですよ。ぐれて困るのは親ぐらいだし、守らなきゃいけないものは何もないから家を飛び出せるんじゃないですか。
 わたしだってぐれて家を飛び出そうと何度思ったことか。でもわたしが家を出たら誰が弟や妹たちを守るんだと思うと……。ぐれることもできなかったんです
」(風吹あんな.281)

「レストランの時給は五百円ぐらいだったけど、毎日チップが二千円ぐらい入って来ました。そしてさ、レストランじゃいつも残り物が出るでしょ。それをもらって、教会の仲間たちの所に持っていくの。『みんな、今日は御馳走だよ!』とか言ってさ」
 私は、この南条レイの、「みんな、今日は御馳走だよ!」という話が好きだ。この話を愛していると言ってもいい。まるで、クリスマス時に公開されるよく出来た洋画のワンシーンのようではないか。小学校の頃の徒競走でゴール前で止まり、中学校の演劇部でヒロインを固辞し続けた日本人の女の子が、ついにカナダの地で、勝敗という概念のない世界でヒロインになったのだ。
「みんな、今日は御馳走だよ!」
 こんな素敵な台詞を文字で記すことのできる自分を、私は幸せに思う。(南条レイ.382-3)

「あのですねえ、なんか、学校って変じゃないですか。だって教科書っていうものがあるんでしょ。それさえあれば、自分で勉強したい時にやればいいのに、なんで時間と場所を強制されなくちゃいけないんですか? おかしいですよ。
 わたし、集団行動が苦手なんですよ。なんでねえ、みんな同じ制服を着てゾロゾロと一緒に動かなくちゃいけないんですか? なぜ、みんな、それに疑問を持たないのかなあ……。セーラー服なんてそうそう洗濯ができないから汚いし、機能性は悪いし、寒いし……。あれが私服だったらもっと学校に行ってたと思うなあ……」(森川まりこ.408)

——村上春樹は?
大っ嫌い! あの人の性表現ってなんか薄汚い気がするの。だって妙にセックスをきれいに書こうとするでしょ。それって、あの人自身がセックスのことを汚いと思ってるからきれいに書こうとしてると思うのね。それがわかるから嫌い。セックスって汚いもんじゃないよね」(氷高小夜.439-40)

「いろんな人に、よくグレなかったねって言われるんです。けど、グレたからって両親が帰ってくるわけじゃないしねえ……。親の分まで一所懸命に生きなくちゃいけないから……三十代で(親は)死んじゃったわけだし……わたしがグレたら親に申し訳ない。〔略〕……決してグレようなんて思いませんでしたね。グレてる子を見ると本当に頭にきましたもん。グレてて何が楽しいんだろう、バカみたい。
 それにグレたら、養護施設そのものがバカにされるじゃないですか。小学校の頃は親なしっ子って、いじめられました。中学に入ると、『こいつは養護施設に入ってるんだから知恵遅れなんだぜ』ってバカにされた。子供がそんなことを言うってことは、その親もわたしたちのことをそう見てるってことですよね。
 だからそういう人の言葉や視線には、絶対に負けちゃいけないと思って生きてきました
」(中井淳子.482-3)

——なぜ、AV女優になったの?
自分っていう人間がいたことを、どこかの誰かにいつまでも覚えておいて欲しかったから」(山口京子.506)

「ほら、なんていうか、うれしくなる話ってあるじゃないですか。僕はそういうのが聴きたいんですよ」
 明快だ。よどみがない。
「ずっとこの仕事やってて、ほんとにみんなどの子もしゃべりたいこと持ってんだな、と思いますよ。みんな忙しい中ちょっと時間とってもらって、そのしゃべりたいボタンをポッと押すのが僕の仕事なんですよね。で、いざ押してしまうと、あとはもうやることない。
 じゃあ何してるかっていうと、相手の表情見てるのね。あいづちうってる。うん、うん、って。それで相手の話をフォローすんのね。はあー、とか感心して、あと、ここだな、と思うところで眼を見てあげるのね」(永沢光雄.インタビュアーは大月隆寛.624-5)

「実際、ある先輩で監督もやってた人から、おまえ、原稿に“取材の前日にビデオ見て書いた”って書いてたな、結局、おまえはAVを馬鹿にしてんだよ、ただカネ欲しいだけで書いてんだよ、って言われた。この人むちゃくちゃ言うなあ、と思ったんですが、でも、その言葉ってのは、いまだにずっと響いてて。
 だから、そう言われてから一歩前に進めましたね。俺はAVの監督しててAVを愛してる、その人はそう言うわけですよ。でも、ふざけんじゃねえ、この野郎、俺はそのAVに出てる子を愛すぞ、って」(永沢光雄.インタビュアーは大月隆寛.631-2)

「やっぱり、思うんですけど、この仕事やりながら何かを信じてたんですよね。彼女らに対しても編集者に対しても、一所懸命やってれば絶対何かがある、って。だからテープ起こしから何から僕なりに一所懸命やってた。そうしたらある日、向井君から電話があって、本にしませんか、って言われた。カミさんに言ったらひっくり返ってびっくりしてた。で、中沢さんや四人の編集者が、おーっ、良かったなあ、頑張ってきた甲斐があったなあ、って喜んでくれて。そういうの見ると、やっぱりみんなで頑張ってきたんだなあ、って思います」(永沢光雄.インタビュアーは大月隆寛.637-8)

@研究室

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by no828 | 2016-09-22 15:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 09月 21日

元が同じなのだからそれは移入ではない、と告げる9月のH神

 9月の中旬の入り際に学会大会があり、参加してきました。いわゆる自由研究発表のない、議論を主に据えた学会の大会です。場所はM庫川女子大学、最寄駅はH神N尾、投宿先はU田です。前泊した金曜の夜には、大学院時代の後輩でいまはH庫教育大学に勤めるS口と会いました。
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 今回の大会では、教育学の外部の、いわゆる純粋哲学、その体系としての思想を教育学に持ち込んだときに生じるずれを強く意識させられました。教育を再考する際に——教育哲学を、ではなく——哲学や思想を手がかりにすることはよくありますし、教育を再考するために——教育哲学者の、ではなく——哲学者や思想家の論を検討することもありますが、そもそもなぜ外部を頼るのか、頼らなければならないのか、ということを考えさせられました。しかし、元を辿れば教育学も哲学から分岐していったのだから「外部」ではないか、とも思いました。だとするならこのずれは何なのか。教育というものを考えるためにさまざまなものを受け取ったように思います。
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 全日程を終えた日曜の夜には、学会大会に参加されていたI澤さんと電車のなかやO阪駅での夕飯をご一緒させていただき、研究についてのお話をいろいろとすることができました。たとえば、「哲学」と「思想史」との違いなど。それから、もう少し堅い、近代の、鉄のような概念を使って論じていったほうがよいのではないか、用途の異なる道具を複数持っていたほうがよいのではないか、というご意見も頂戴しました。普段の勤務のなかではこうした研究の話にはなりません。学会大会の存在意義を感じました。ありがたい機会でした。
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 金曜の夜、S口と別れたあと、酔いに任せて投宿先の近くにあったT下一品へ入ってみました(そんな気になったのは、O本先生が学生たちと一緒に行った、という話を以前S口に聞いていたからかもしれません)。T下一品にははじめて入りました。Tくばにもありましたが、行ったことがありませんでした。K府にもお店があるなら素面の状態で味の再確認に行ってみようかと思いましたが、自転車だと少し遠そうです。

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by no828 | 2016-09-21 21:56 | 日日 | Comments(0)
2016年 09月 20日

オレの幸福がひいては読者の幸福なのだ、と、それぐらいの傲慢は、抱いていてさしつかえない——『小田嶋隆のコラム道』

※新管理画面になかなか慣れません。文字の大きさを変更すると引用のレイアウトが崩壊するので、標準のままで書いています。

小田嶋隆『小田嶋隆のコラム道』ミシマ社、2012年。8(1005)

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 文章論、書き方論として読みました。書く(・読む)技術についての考え方や技術そのものはときどき勉強したくなりますし、したほうがよいのではないかという気がしています。

 内田樹との対談も収録。

 コラムは、道であって、到達点ではない。
 だから、コラムを製作する者は、方法でなく、態度を身につけなければならない。(3)

書き手の側の覚悟としては、コラムニストは、自分が「規格外」の存在だという気分をどこかで持ちこたえているべきなのだ。(19)

 コラムニストは、画家がキャンバスの中に風景を封じこめることや、写真家がレンズでもって世界を切りとることと同等な作業を、言葉という道具を使って成し遂げなければならない。(24)

書けない時間は、ものを書く者にとって、決してムダにはならない。逃避であってさえ。(30)

 コラムニストにとって、難しいのは、むしろ主題を見つける(何について書くのかを決める)ことだ。主題さえ決まってしまえば、それが、どんな主題であれ、どうにか書くことができる。そういうものだ。逆にいえば、主題よりも書き方に重点を置いている書き手を、コラムニストと呼ぶ、ということなのかもしれない。〔略〕コラムニストは、主題を選ばない。むしろ、どんな主題でも、注文があれば書く。というのも、コラムニストが問題にしているのは、主題そのものではなくて、与えられた主題をどのように料理するのかという、調理手順だからだ。
 つまり、職人なのだね、われわれは。農夫であるよりは。(34)

書き手は、楽しめる書き方を探求せねばならない。〔略〕〔/〕オレの幸福がひいては読者の幸福なのだ、と、それぐらいの傲慢は、抱いていてさしつかえない。口に出して良いのかどうかはともかく。(36)

文章を書くということは、前のページで書いた内容と、いま書いている一行が矛盾していないかを不断にチェックし続ける作業を含んでいるのだ。その確認の作業のややこしさもさることながら、「文章の形式でものを考える」というそのこと自体がまた猛烈に面倒くさい。〔略〕〔/〕別の言い方をするなら、文章を書くという過程を通じて、人は、はじめて論理的にものを考える習慣を身につけるのである。〔略〕〔/〕文章は、思考の足跡を書き残すことで、思考の到達距離を広げるツールだからだ。〔/〕ひとつの文を書き終えると、その文が表現していたところのものが、書き手にとっての当面の「足場」になる。〔/〕と、次の一文では、今書いたことの一歩先に話題を進めることができる。〔/〕そうやって、文章を、書き手の考えを、一歩一歩段階を踏みながら、敷衍し、拡大し、伸張させることができるのである。(50-2)

 会話を魅力的たらしめている要素は、ボキャブラリーの華麗さや反応の速さといった、どちらかといえば瞬発的な能力に依存している。ほかにも、会話は、純粋な言語能力とは別の、人格的な魅力や、地位を背景とした圧力や、美貌や声そのものの豊かさみたいな要素によって、かなりその影響力を左右される。
 ひるがえって、文章を文章たらしめているのは、ひらめきや想像力よりは「根気」だとか「忍耐力」みたいな、どちらかといえば地味な能力(「適性」と呼ぶべきかもしれない)だ。(54)

 書くためのモチベーションは、書くことによって維持される。〔略〕
 使ったらその分だけ減るというようなものではない。
 むしろ、定期的に搾乳しないと生産をやめてしまう牛の乳や、汲み出し続けないと涸れてしまう井戸みたいなものだ。〔略〕
 アイディアの場合は、もっと極端だ。
 ネタは、出し続けることで生まれる。〔略〕
 三ヵ月何も書かずにいると、さぞや書くことがたまっているはずだ、と、そう思う人もあるだろうが、そんなことはない。
 三ヵ月間、何も書かずにいたら、おそらくアタマが空っぽになって、再起動が困難になる。〔略〕多くの場合、書くためのアイディアは、書いている最中に生まれてくる。というよりも、実態としては、アイディアAを書き起こしているときに、派生的にアイディアA’が枝分かれしてくる。だから、原稿を書けば書くほど、持ちネタは増えるものなのである。
〔しかし〕モチベーションは、そこまで簡単なものではない。〔略〕書きすぎると、枯渇するわけだ。
 とはいえ、書かないでいると書かないことによる枯渇が訪れる。(75-7)

書き出しにおいて最も重要な要素は、書き出すというアクションであって、書き出した結果ではない」(83)

良い文章は、九五パーセントの普遍性に五パーセントの個性を付加したぐらいのバランスの上に成立している。(86)

鋭い批評眼を持った書き手は、ときに自縄自縛に陥る」〔略〕
 私の観察では、推敲が甘くて使いものにならない書き手より、推敲し過ぎてドツボにハマっている書き手のほうが多い。
 批評眼が高すぎて、先に進めない人々。不幸な生まれつきだと思う。〔略〕
 欠点を含まない文章は、個性を発散できないということを、彼らはけっして認めない。(88-9)

 ペンを置いたことで、自動的に文章が完成するわけではない。〔略〕
 書き始めにおいて重要なのは、スタートを切ることそれ自体で、歩き方のフォームやスピードについては特に気にせずともよろしい。完成度も。だが、結末において重要なのは、立ち止まることではない。どこに着地し、どんな余韻を残すのかが問われる。つまり、なにより技巧が重視されるということだ。とすれば、やはり、ここは、背中にイヤな汗をかくぐらいに真剣に取り組まねばならないのである。(101)

メモは、ある程度落ち着いた環境で、注意深く書いたものでないと、あとで読んで役に立たない(127)

 メモは、ゴルファーにとっての素振りのようなものだと考えて、ぜひ無駄と思わずに、なるべくこまめに書くようにしよう。(132-3)

推敲の要諦は、「時間をおく」(168)

 文章を書く作業を思い切り大雑把にふたつの段階に切り分けると、「創造」と「描写」に分類できる。
 ひとつ目の「創造」は、「書くべき内容を思いつくこと」すなわち「オリジナルなアイディアを案出すること」だ。
 ふたつ目の「描写」は、「頭の中に浮かんだアイディアを書き起こす段階」に当たる。(178)

小田嶋 結論を提示するんじゃなくて、結論に至るまでの行ったり来たり、モノを考えること自体の楽しさを〔内田樹は〕見せている。「こんなふうに思われていることも、こっち側からだとこう見える」というように、物事の周りを迂回して走って、結局戻ってこないというか(笑)。
内田 〔略〕学生たちが高校までの学校教育で身につけた思考回路は定型化・硬直化している。それをとにかく首根っこつかんで頭をぐらぐら揺さぶって「もっととっちらかれ」と促してあげるのが大学教師の仕事ですから。〔略〕
小田嶋 哲学というのは着地点が目的なんじゃなくて、どういう道を通ることができるか、というルートハンティングみたいなところにおもしろさがあるんだな、と感じました。(232)

小田嶋 三島由紀夫がどこかで書いていた文章論に、文章を読むスピードと、それを書いたときのスピードは逆だ、というのがありました。高校生ぐらいのときに読んでいまだに覚えてるんですが、書くときにすごく時間をかけた文章は、読む側にとってはすばらしいスピードで読める。反対に書き飛ばした原稿は、読む側にとっては時間がかかる。(239)

小田嶋 モノを書く人間の資質としてものすごく重要なことのひとつが、いろんなことを覚えているかどうか、だと思うんですよ。(244-5)

 書いていない時間は決して無駄ではないけれど、そこに安住して書かないでいると書くモチベーション自体が減退してネタも増殖しない。書くことでしか書くことは動き出さないし、書くべきことは書くことのなかで増えていく。

 というわけで、書け。

@研究室

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by no828 | 2016-09-20 18:58 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 09月 08日

分割? あれは兵火と殺戮によって行われた野蛮な統合だ!——カプシチンスキ『黒檀』

リシャルト・カプシチンスキ『黒檀』(世界文学全集Ⅲ-02)工藤幸雄・阿部優子・武井摩利訳、河出書房新社、2010年。7(1004)


 版元 | 原著:Ryszard Kapuściński, Heban, 1998

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 リシャルト・カプシチンスキ(1932-2007)は、ポーランドのジャーナリスト。

 池澤夏樹の個人編集による世界文学全集に含まれています。本書に挟み込まれた「月報」において、池澤は「アフリカからの真摯な報告」の題のもと、次のように述べています。

『黒檀』は小説ではない。
 しかし間違いなく文学である。だからぼくはこれを「世界文学全集」に入れた。

 文学のジャンルの一つとしてルポルタージュがある。リシャルト・カプシチンスキはその分野での第一人者であり、中でも『黒檀』は傑作である。〔略〕
 ルポルタージュ文学では著者その人の思想や感性が「ノンフィクション」よりずっと前面に出てくる。作者は事実めいた報告の背後に隠れることができない。

 本書は、カプシチンスキが特派員として取材のために入ったアフリカ大陸で実際に体験した事柄、見聞きした事柄が作者のその感じ方とともに記されています。

アフリカ——とわれわれは呼び慣わす。だが、それは甚だしい単純化であり、便宜上の呼び名にすぎない。現実に即するなら、地理学上の呼称はそれとしても、アフリカは存在しないのである。(7)

子どもらがいたずらをしでかした際、叱りつける母親の脅し文句は、こうだ。「おとなしくしないと、ムズングに食われちゃうよ!」スワヒリ語でムズングとは、〈白人〉、〈ヨーロッパ人〉の意味である。
 いつだったか、ぼくはワルシャワの子どもらに、アフリカの話をしたことがある。ちいさな坊やが、立ち上がって質問した。「あのう、人食い人種は、たくさん見ましたか?」と。この坊やは知る由もないだろう——ヨーロッパから戻ったアフリカ人が、ロンドン、パリなど〈ムズング〉の住む街の話を、カリアコーでするとしたら、アフリカの同じ年ごろのチビちゃんの口から、そっくり同じ言葉が出ようとは。「向こうで、人食い人種を、いっぱい見た?」(88)

 民族感情に訴えるアジテーションの吸引力は、ここにある。容易さと手軽さとだ。〈異質な者〉は目に見える、凝視できて、人相も覚えられる。本を読む手間は要らず、考えたり、議論したりも無用。一目瞭然、それで済む。(108)

 大飢饉の原因は、食料不足ではけっしてなかった。非人間的な諸関係の所産なのだ。国内には十分な食べ物があった。〔略〕政府が介入しようとすれば、そうできたはずだし、国際社会に援助を呼び掛けることもあり得た。だが、その手を打たなかった。国内に飢饉ありと認めれば、政府の体面が傷つくとの理由からである。国外からの援助は、拒否された。当時の支配者は皇帝ハイレ・セラシエ、エチオピアが百万の餓死者を出した事実を皇帝は隠し続けた。(161)

 民衆が飢餓に苦しむのは、世界の食糧が不足しているせいではない。食べ物を求める民と、満杯の食糧倉庫の間に、政治という名の高い障壁があるためだ。(235)

「われわれの世界のパラドックスだよ。食糧の輸送、配給、保管、貯蔵のコストを計算すると、例えばスーダンかどこかの難民キャンプの食事一食(たいていはトウモロコシ一握り)のコストは、パリの最高級レストランのディナーより高くなる」(265)

ヨーロッパの植民地主義者はアフリカを分割した、と一般に言われている。「分割?」オリヴァーは驚いてみせる。「あれは兵火と殺戮によって行われた野蛮な統合だ! 数万あったものがたったの五十に減らされたのだから」(378)

※新管理画面が使いにくいです。慣れていないだけかもしれません。画像と文字とを並列させたり、文字の大きさと色とを同時に変更したりすると、レイアウトが崩壊します。

@研究室

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by no828 | 2016-09-08 21:09 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 09月 01日

8月の駅前の大きなわたし

 勤務先はいわゆるお盆のあいだも休みとなりません。その後にロックアウトの期間が1週間弱設けられます。今年は19日から24日まで学内に立ち入ることができませんでした。

 そのロックアウト期間に上京したり帰省したりしました。

 帰省中は、姪っ子との距離を縮めたり、抱っこしたり、アルバムを引っ張り出してきたりしていました。

 以下2枚はK山駅前。
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 下の写真、右側の背の高いビルは日本語訳すると「大きなわたし」です。ビル自体が「わたし」の小文字の「i」を模したものではないか、という解釈に落ち着いています。上部の球体が「i」の点。
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 すでにK府に戻っています。明後日の、来週の、といった短期間での講義準備がないため、比較的余裕を感じます。もちろん取り組むべきことはあります。ただ、本を読む時間が学期のあいだよりあります。少し落ち着いて物事を考えたり、ゆっくり本を読んだりすることもまた、長期的には講義へとつながっているのだと思っています。とはいえ、来週から看護学校の講義がはじまり、少しだけ慌ただしさが戻ってきます(発表はしませんが、学会大会にも行きます)。大学と違って、専門学校は7月末から8月いっぱいが夏休みです。次年度からは、大学と同様に9月最終週の、あるいは10月に入ってからの開始にならないものか、学校側と相談してみましょう。

@研究室

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by no828 | 2016-09-01 21:31 | 日日 | Comments(0)