思索の森と空の群青

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2017年 01月 25日

やるべきことをきちんとやり、やってはいけないことを絶対にやらない——佐藤優『人たらしの流儀』

 佐藤優『人たらしの流儀』PHP研究所、2013年。20(1017)


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「対人術の要諦」と表紙にあります。わたしの関心はそこにはあまりありません。他者の心理を自分の利益となるように操作する、という考え方があまり好きではありませんし、人間関係を円滑に進めるために何かする、ということが余計なことのように思えてしまいます。もちろんわたしも少なからずそれをすでにしているのだとは思いますが、意図的にそれをするということがあまり好きになれません。それがうまくないからそういうふうに思うのかもしれません。ヒゲを剃って面接に行っても——ほかに理由があったからでしょうが——採用されないし、といったことがあり、もうそのままで行ってダメならダメでよいし、嫌われるなら嫌われるでよいし、それでよいと言ってくれる人がひとりでもいればよい、といった姿勢でいます。

「教育」というものを疑いつつ信じつつ疑っているのも、この“他者の操作”といった辺りと関係しています(たぶん)。

 本書を手に取ったのは、佐藤優の考え方全般に興味があるからで、対人術の周辺事項にもきっと哲学・思想との関わりのなかで触れられているはずだと思ったからです。

 先に“他者の操作”と書きました。しかしながら本書における“対人術の要諦”はそのための方法というよりは、自らに誠実であれ、ということなのだと思いました。他者に誠実であれ、ではありません。“対人術の要諦”だからかどうかの前に、自らに——他者ではない——誠実であることは私にとってすでに重要であり、そうではない生き方のほうが実は大変ではないか、という思いと重なるところがありました。そういう意味では“楽をしたい”ということなのかもしれません。そこで楽をして、自分のやるべきことに頭を使う、時間をかける、ということです。

ずるい奴というのはインテリジェンスがある奴なんですよ。
 但し、ずる過ぎると、皆から信用されなくなって逆に損をする。
 だから、インテリジェンスの理想的人間像は、「ずるさを隠すことのできる程度の知恵のある、ずるい奴」なんです。(15)

——諜報社会において、嘘は相手を欺く重要な手段のように思えますが?
 それはね、結局インテリジェンスの世界はゲームだから、嘘をつくと、そのゲームが複雑になり過ぎる。(20)

 美しくない女性には「美人だ」と言わないで、「素敵なハンドバッグを持っているね」とか、モノを誉める。ホステスがよく言うのは、誉めるところがまったくない男が来たら、「いいネクタイね」とネクタイを誉めろと。大切なのは、嘘をつかないことです。(24)

自分の魅力を向上させるために何が大切かと言うなら、端的に『儲けた銭をばら撒く意思があるか否か』という点に尽きます。
 ちゃんと儲けて人に奢る気概があるか? 皆に、もっと言えば社会に還元しているか? ここですね。真のトップ、人間的魅力のある人間は、皆やっていることです。(59)

いま、重要なのは、経済の思想を根本的に変えることです。
 ——どうするんですか?
 アダム・スミスに戻る。
 ——アダム・スミス?
 労働価値説です。
 ——何ですか、それは?
 価値の源泉はすべて、労働である。
 一人の人間がサービスとか労働を生産して自分を養うことは可能です。
 それなのに、なぜ、貧困が出てくるのでしょうか?
 こんな社会は、おかしい。だから、労働価値説の基本に戻ることが大切です。一人の人間が、働いたら、その労働に見合った報酬をわたす。これです。

 ——そして、稼いだうちの、二割を還元する。
 二百万円以下ならば、五%を還元する。
 ——「天に宝を積む」ことは難しいですね。(64-5)

本の読み方は精読。これ一つしかないのです。
 ——精読?
 時間をかけて精読するのです。〔略〕
 速読というのは、雑本と良書を仕分けるためのチェックのようなものです。
 まず速読で、全体の二〜三ページでも役に立つ部分を探す。この作業をやらないといけない。〔略〕
 普通の速読は三十分。但し、その分野について通暁していることが条件ですけれど。〔略〕
 それくらいの時間で読んで、重要なページをどんどん折っていきます。
 さらに、超速読というのがあります。〔略〕超速読は、一ページ残らず、すべてページをめくることが大切です。
 そして、読んではいけません。
 目に飛び込んでくるものを脳裏に焼きつける。
 それで、自分のいま関心のあることは何か? 使える情報か? などを考えて、使えそうなところをどんどん拾っていくのです。
 キーワードに引っかからない情報は捨てるのです。〔略〕
 精読した本の中で、これは凄いなと思ったら、ノートに書き写すことです。
 そして、しばらく、時間を置く。これは発酵させると言い換えてもいいでしょう。
 この作業は絶対に必要です。

 だから、私の場合、精読するときは、頭脳とノートとが完全に一致している。
 仮にノートでなくとも、ワープロでもいい。コピーを取ってノートに貼るのでも何でもいいでしょう。
 肝心なことは、これが一番、覚えられるという方法で行なうことです。
 この段階での目的は、内容を覚えることです。(76-82)

 真理というのは、必ず、どっかに二つ、焦点があるものです。〔略〕
 質問する権利を持った人間は物語をつくることができるのです。〔略〕
 小説家は常に質問を考えながら、物語をつくっているわけですからね。(133)

 エンゲルスは、大学に進学したいんだけど、親が厳しくて、「大学に進学したら資本家になれない」と言われて、マンチェスターで工場を継がされます。
 そうしたら、儲かって儲かってしようがない。
 労働者にきちんと給料は出している。さらに、金はある。
何で、こんなに儲かるのか?
 と疑問を抱いて、研究を始めたのです。
 そして、ついにわかるのです。
これは労働者を搾取しているからだ」と。
 すべての価値は、労働者から出ていることに気がついたのです。
これはよくない世の中だ。これは共産主義にしないといけない。しかし、共産主義にするには、お金が必要だ」〔略〕
 日々の生活に追われている労働者は、革命を考える余裕もわかるはずもないだろう、というのがマルクスとエンゲルスの立場です。
 だから、お金はがっちり持ったうえで、世の中の問題を考える。(139-40)

 自分の具体的な経験には限界がある。それ以外に小説とノンフィクションから得られる疑似体験の知識があれば、それを補うことが十分できます。
 職場に投げ込まれたインテリゲンチャ〔略〕は、小説好きのほうが生き残る可能性が高いのです。
 インテリジェンス・オフィサーは、通常、外交官や官僚に比べて小説をよく読んでいます。(214)

 人たらしの条件は、1と4、すなわち「やるべきことをきちんとやり、やってはいけないことを絶対にやらない」人になることである。(218)

@研究室

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by no828 | 2017-01-25 17:19 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 01月 23日

この極めて個人的な孤独な葛藤のあとにしか——松原隆一郎・堀部安嗣『書庫を建てる』

 松原隆一郎・堀部安嗣『書庫を建てる——1万冊の本を収める狭小住宅プロジェクト』新潮社、2014年。19(1016)

 http://www.shinchosha.co.jp/book/335291/


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 どうして書庫を建てることになったのか、それは本が増えたから——というのはとてもわかりやすく実際的な理由です。もちろん本書の内容にもそうした事情は含まれ、建築家(=堀部安嗣)や工務店とのやりとりなど建築の諸手続きや過程について述べられています。しかしそれと同様に、あるいはそれ以上に、松原家の来歴も書庫の背景には関わっています。書庫は、文字どおりの書庫であると同時に、松原の祖父の仏壇でもあります。


 松原隆一郎の論文や本は数えられるほどしか読んだことがありません。その思想的な土台を掴み損ねているかもしれません。しかし、本書を読み、“だからか”と得心したところがあります。


 その理由は、「長男が実家から離れて職を持つとき、『家』はどうなるのか」にかかわっています。ここでいう「家」とは物理的な実家を指すとともに、先祖から続く「イエ」も意味します。墓や仏壇に象徴されるようなイエは、長男が実家から離れてしまったらどうなるのか。多くの長男が共通に抱えるこの問題に、私なりに出した答えが「実家を売って得た資金で、仏壇を主とする家を新築する」というものでした。(松原.23)


私は遺産の相続はそれを生み出した先祖の苦労をありのままに記憶し敬意を払うことと表裏一体であるべきだと考えます。墓や仏壇を継承せずにカネだけを引き継ぐという選択はありえません。そのような選択をする人については、相続税を増税すべきだとすら思います。(松原.65)


 この土地の魅力は角地であること、街路樹がすでにあり、自分の庭の樹木と思ってしまえば、あえて狭い敷地に樹を植えなくてもいいこと、もちろん樹木の世話も必要ありません。さらにすぐ斜隣にコンビニがある事です。このコンビニを自分の巨大な冷蔵庫、保管庫と思ってしまえば、狭い土地と建物の中にわざわざ食品やものを保管する必要がないのです。(堀部.81)


 小泉政権時の「都市再生政策」以来、日本の諸都市は大きく変貌しつつあります。そうした都市政策は、日本経済を成長させることを目的として立案されています。都市再生政策とは、高層ビルが次々に建つよう規制緩和し、建設業や商業テナントに利潤を生み出そうとするものです。「都市が再生する」とは、「秩序」を排してでも「利潤」が得られるよう都市を改造することです。成長政策とは、「世間と自然」に潜在する秩序を破壊し新奇なビルを建てることをもって、一時的に利潤を生み出す策なのです。〔略〕
 そうした傾向は公共建築である東大の本郷キャンパスにも及んでいて、様式も大きさも色合いもまったく秩序なく研究棟が新築され続けています。私が訪ねたことのあるイタリアのミラノ大学・トリノ工科大学や北京の清華大学の美しさとは、比べるべくもありません。内藤〔廣〕さんも一時期東大で教鞭をとった経験から、「(東大に)通いながら感じていることは、少しバタバタし過ぎてはいまいか、ということだ。それが都市再生でバタバタしている東京の風景に重なって見える」(「本郷キャンパスの現在」同〔=『建築のちから』〕)と述べています。
 大学では誰が有名な賞を貰ったとかばかりが注目されますが、私がキャンパスで目を向けるのはたたずまいの美しさです。こんなに無秩序なキャンパスから秩序だった思考が生まれるとは、とても思えないではありませんか。(松原.116-7)


 けれども私は、背表紙を見ることで資料を選びます。あるテーマで文章を書くとき、それに関連しそうな何冊かの本を連想ゲーム的に集め、ネットで資料を検察して補充します。三〇枚の原稿なら、本を一〇冊選び、ネットで論文や資料を検索して追加すれば、仕事の半分は終わったも同然です。それには「自分の書棚を眺めて考える」ことが欠かせません。図書館とは違い、自分の書棚だとあらかじめ連想に関係なさそうな本は排除されているからです。これだと効率的に連想できます。
 書き終えてから「あの本があった」と悔やむことがあるのですが、そうならないためには連想に沿ってしばしば本を配置し直す必要があります。「経済」「政治」「哲学」といった一般的な分類よりも、「流通」「景観」「公共建築」「都市再生」のような具体的なテーマに沿って並び替えるのです。(松原.122)

 やはり急ごしらえでとりあえずつくったものというのは時間が経つと納得の行かない部分が必ずでてくるのです。それは性能を満たしただけの建物に近いからでしょう。法律や松原さんの要望から即物的に生れ〔ママ〕たプランには生命感と根本的な魅力が欠けているのです。設計者が自分で心の底からいいと思うもの、血肉化しているものを何度も心のフィルターを通して検証してかたちに落ち着かせてゆかなければ生命感のある、血の通っている空間は生まれ〔ママ〕ないのです。この極めて個人的な孤独な葛藤のあとにしか、建築に生命感は開かれません。
 松原さんの細かな要望にも執着しすぎず、先入観も取り払って“自分がいい”と思える事に素直に向き合い追求することを優先する時間をしばらく設けることにしました。
 この時間は自分にとって、とても重要な時間です。施主の要望をしっかりと聞き、咀嚼した後、その要望をいったん忘れるのです。言い換えれば施主の要望を“言葉”としてとらえることをやめて、自分の身体を通過させて、もっと抽象的で身体的な“感覚“としてとらえるトレーニングを開始するのです。言葉では言い表せない、言葉では誤解を生んでしまう本質的で大事なことがその言葉の奥に潜んでいます。潜んでいる場所はお互いの“身体”であり、“記憶”です。その途方もない海のような場所に設計のステージを移してゆきます。(堀部.132-3)


@研究室


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by no828 | 2017-01-23 22:10 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 01月 19日

包囲される2年目

 11月から宿舎の外壁修繕工事が続いています。2月末まで日曜日以外8時から17時まで。工事する側にとっても長丁場でしょうが、される側にとってもそうです。窓の外やベランダに人がいるというのはなかなかに落ち着かないものですし、洗濯物が外に干せないというのも生活者としては辛いです。

 今年度は宿舎の自治会役員を半強制的に任ぜられ(自治会への入会がそもそも強制という理解しがたい環境下にあります)、そこにこの工事が加わっている入居2年目——過酷さが増すK府生活です。ちなみに着任2年目の今年度は学内業務のほうでも大きな課題を示されました。
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 先日は玄関のドアをその内側も含めて塗装しなおすために4日+αの時間が必要で、という書き置きがあり、そのあいだ部屋にいてください、とあとから言われたのですが、交渉して日中何とか空けられそうな2日間で「やっつけて」もらいました。「やっつけて」というのは現場監督の方の表現です。業務用ヒーターを稼働させて乾燥を早めていただきました。初日は(15時か15時30分には終わります、と当初言われましたが)17時まで、2日目は15時30分まで。玄関のドアをずっと開けた状態での塗装作業であったため、部屋のなかは冷えましたし、暖房のある部屋もなかなか温まらなかったです。塗装のあとは大学へ行って会議。

 どちらかが日中部屋にいられる世帯や土日が休める方なら、日中部屋にいてください、という要望も引き受けられるでしょうが、単身での入居であったり土日にはたとえば某中央テストの監督業務などが入ったりする場合には厳しいものがあります。

 外壁の状況が建築学的な見地からどのような状況にあったのかわかりませんが、とくに問題はないけれども年数で、という事情でしたら、部屋のなかのリフォームを優先してほしかったです。入居時には、畳の凹み、網戸の詰まり・破れ、壁紙の穴・汚れ、ガスレンジ付近の堆積されたしつこい油汚れなど、なかなかの試練がありました。本県の宿舎では退去時に現状復帰が求められないそうで、入居時にマイナスからゼロにすることを望むなら入居者の方がご自由にどうぞ、ということのようです。ということを入居時にガス開栓をお願いした方に「結構汚れひどいですね」と指摘された際に説明したら、「じゃあ出るとき楽ですね」と言われました。そういう捉え方もできるか、と思うと同時に、だからこの負の連鎖が止まらないのだ、とも思いました。

 日中部屋から出られなかった2日間は、当然工事のために物音が発生し、人の気配もびしびしと伝わってきましたが、もしかしたら研究室よりは平穏かも、と思ったりもしました。

@研究室

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by no828 | 2017-01-19 20:00 | 日日 | Comments(0)
2017年 01月 12日

模索し、話し合いを続ければいつか変わる。良くなることがあるものです——大坊勝次『大坊珈琲店』

 大坊勝次『大坊珈琲店』誠文堂新光社、2014年。18(1015)

 版元1版元2 ※「大坊」は「だいぼう」、「勝次」は「かつじ」。

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 題名にある大坊珈琲店の店主=著者の書いた文章と、著者の珈琲を好んで飲んだ人たちからの寄稿文とから成っています。1度行ってみたかった、そして通ってみたかったと思わされました。心の肌理を細かくして、そういう場所を探したいと思います。

 倉庫に眠っていたエチオピアは、当初のテイスティングで却下した種類でした。しかしなんとか工夫してローストを繰り返しているうちに、いい表情を現してきたのです。今では最も大切な相棒です。模索し、話し合いを続ければいつか変わる。良くなることがあるものです。(34)

 カウンターの目の前に座られたご婦人が、いつのまにか涙を流しておられる。
「どうかなさいましたか」
いえね、今、やっかいな問題をかかえておりますのですが、コーヒーを作っているのを見ているうちに、ああゆっくりでいいんだ、ゆっくりやっていけばいいんだという気持ちになりましてね、涙が出てきてしまいました」(62)

 それぞれの人がそれぞれのコーヒーを作り、そこに集う人達によってコーヒー店は作られていきます。百人いれば百通りのコーヒーがあり、百人いれば百通りの飲み方があるのがコーヒーの良さだと思います。(65)

一杯のコーヒーをいれる時間をこっそり計ってみた事がある。大体二分十秒前後で仕上げていた、店が混雑してもこの時間はそんなに変わらない。彼の仕事を見ながらボクは大抵反省をする事になる。「丁寧な仕事をしたか、自分のペースを守れたのか」胸が微かに疼く。この無言のプレッシャーを感じたくて、通っている様な気もする。(小林庸浩.142)

また一つ、本当の本物が消えてしまう。(十文字美信.148)

 飲食物の味に過度にこだわるのは浅ましいので慎むようにしているのだが、ここの珈琲を初めて飲んだときから、ほかの珈琲はどれも、もの足りないものになってしまった。(長谷川櫂.151)

「見返り」というと、弘前のねぷた祭の山車の後部に描かれた女性の姿絵を思い出すけれども、辞去する際に店内を振り返ると、マスターは丁寧に頭を下げて見送ってくれている。千客万来の最中であってもである。そしてそれは「常に」であったことを、わたしは尊しとする。わたしにとっての見返り絵は、この辞去する際のマスターの姿で、まさに大坊珈琲店の永遠のイメージとして記憶に刻印される。(杉山英昭.168)

焙煎は、結局のところ酸味をどれくらい残すか消すかの違いなんですね。うまくいったときは、どっちに傾いてもダイヤモンドの輝きを放ってくれます
 道学先生みたいな風貌の大坊勝次は、囁くような声でこうのたまうと、にこりと笑った。(嶋中労.172)

 南青山に大坊あり、とその盛名が轟くようになったのはいつの頃からか。褌担ぎが知らぬ間に関取になっていた。そしていつの間にやら“名人”の尊称まで奉られるように。私も格別異論はない。あのとろりとした濃醇なコーヒーは“苦味派”の私好みだからだ。「酸味が好き」などと言っているわけ知り顔の輩は「おととい来やがれ!」である。(嶋中労.174)

期間が開くと、いささか緊張感を覚え、階段をのぼり扉を開けるのだが、大坊さんの応対はいつもと全く変わらない。毎日訪れても、一年に一度でも同じ対応なのだろうと想像をするに難くない。このことこそ大坊珈琲店の魅力ではないかと考えている。
 珈琲自体はずっと進化し続けているのだが、この姿勢というか、常に同じスタンスを守り続けておられることにいつも頭が下がる。(門上武司.178)

大坊さんの手元から、ゆっくりと流れ落ちる細いお湯はまるで砂時計のようで、店内と外で過ぎて行く時間軸の違いに気付かされました。私にとっての大坊珈琲店とは、自分を見つめ向き合う、心の声を聞くことの出来る数少ない貴重な空間なのです。
 想えば人生の中で、このような空間にどれだけ出会うことが出来るのでしょうか。
それは砂金獲りとでも言いましょうか、心の網の目をきめ細かくしておかなければ、気付くことは出来ないのでしょう。(本多啓彰.204)

大坊さんと向き合わせていただくと常々思うことがあります。それは「自分は誠実であるか?」。大坊珈琲店に漂う世界観の秘密はそれなのだ、と私は感じます。(本多啓彰.205)

 たとえば、「関心の継続」ということばを聞き齧って久しいけれど、ぼくはそのことを顧みるたびに、ひたすら反復しつづける大坊さんの手を思いうかべる、関心を深みまで抉りだす大坊さんのコーヒーに会いたくなる。作ることはつづけることにかぎりなく等しくて、くりかえすことで作ることにかぎりなく近づけるのだということを倣ってきた(だからあるとき大坊さんにぼくの作ったものを褒められたときはとってもうれしかった)。(立花英久.210)

かたちの美、言葉の美は、たしかに感じることができる。それを水と杖にして勉強してきた。
が、〈美〉だけを取り出してみせることはできない。〈美〉は、いつも何かに隠れ潜んでいる。
美しい味、だって、エキスのようにそれのみを抽出することはできないだろう。(岡戸敏幸.221)

学生の頃、アルバイトの問い合わせをしたことがある。その時には募集はなく、いずれまた……ということで住所を置いて帰った。
しばらくして、というか数年してから「アルバイトを募集しております」というお手紙をいただいた。あいにく私はすでに社会人になっていたので面接に応募することはなかったが、その封書をしばらく大切にしまっておいた。電話でもなくメールでもなく、万年筆で丁寧に書かれたお手紙というのに驚いたこともあったし、何年も前に問い合わせた人間に縁をつないで下さろうとしたことに感激したのだった。こういう人になりたいなぁ、と思ったことを今でも覚えている。(沖本奈津美.228)

変わらずそこに在る、ということは人をとても安心させる。
そこに行けば必ずそこにある、必ずその人に会える、ということ。
それがどんなに豊かで贅沢なことであったのか、失いかけてようやく思い知るのだけれど、生きていれば変化は常にともなうものだし、人はそれに慣れていく。
慣れてしまうことは構わないのだ。
ただ、この先お店のことを思い出すとき、嗚呼寂しい、と素直に感じられる自分でいたいなと思う。
嗚呼寂しい、とてもとても寂しい、と。(沖本奈津美.230-1)
 寄稿した人たちが筆者の手作業から感じ取った問いかけをわたしも間接的にではありますが受け取りたいと思いました。

@研究室

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by no828 | 2017-01-12 19:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 01月 11日

いや、覚悟という言葉が出てくること自体、自分は間違っているのだろうか——ドリアン助川『あん』

 2016年に読んだ本の記録が追いついていません。ということをここ何年も年始に書いています。持ち越しは今年で終わりにしたい。 

 ドリアン助川『あん』ポプラ社(ポプラ文庫)、2015年。17(1014)

 版元|単行本は2013年に同社

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 題名にある「あん」はどら焼きのあんであり、どら焼きやの主人が主人公ですが、本書は実はハンセン病に関わる物語です。千太郎という主人公はなぜこのように設定されたのか、159ページの2つ目の引用部分を読んで得心しました。

 差別の原因が“知らないこと”、“わからないこと”にあるなら、知らせること、わからせることをもって差別をなくす方向へと持っていくことができるのでしょうか。何を教えればよいのか、何が教えられるべきなのか、その辺りの問いに関わってくるように思いました。中途半端に教えれば差別は助長されるかもしれません。差別に関する切実さや止むに止まれぬ思いというのは、人によって異なり、時代によって異なり、社会によっても異なります。異なるから理解できない、というのは簡単です。異なるからこそ理解できる、という方途を探りたいと思います。

 ちなみに、ドリアン助川——「叫ぶ詩人の会」!——は小学生であったか中学生であったかの頃に知って以来、小さな興味を今日まで持続的に抱いてきています。『食べる』(版元)をはじめ、何冊か読んだことがあります。

 遠ざかる自転車から目を離し、千太郎は今自分がなにをしたのだろうと思った。どんな意味があって男の顔を見ようとしたのか、それがわからなかった。これから園内に入っていき、販売所というところに行けば、会う人の多くは元患者であろう。重い後遺症で外見の変わっている人もいるかもしれない。
 そうした人々と会うという覚悟がまだ自分にはできていないのだろうか。
 いや、覚悟という言葉が出てくること自体、自分は間違っているのだろうか。
振る舞いというよりも、内心の在り方が千太郎にはわからないままだった。(126)

本当に神様がいるなら、つかまえてなぐってやりたいようなことがたくさんあったもの
「それは……あったでしょうね」
 千太郎がそう受けると、徳江は首を縦に大きく振った。
「でもね、私たち……生きようとしたのよ」
 徳江はそこで足を止めた。千太郎とワカナちゃんも立ち止まった。
ここはその昔、火事になっても消防は来てくれない。犯罪が起きても警察も来てくれない。そういう場所だったの。患者同士は自治会を作って、なにもかも自分たちでやらないと生活していけなかったのね。お金でさえ、ここだけでしか通用しないものが作られたりしてね
「お金まで?」(151)

 展示のなかに、「舌読」と題された写真があった。
 ハンセン病を重く患った結果、視力も末端神経も奪われてしまった一人の老患者の写真だった。指先が麻痺しているため、彼は本を開いても点字の凹凸を感じられない。だから点字を舌で舐めていた。舌先で文字をひとつずつ追い、そうやって読書をしていた。たとえばその写真が……背筋を伸ばした老人が本を舐めているその姿が千太郎の頭から離れないのだ。(159)

 それはかつて自分が塀のなかで抱いた敗北感とはまったく別種のものだろう。自分には罪状があった。彼らにはなにもない。自分はそれでも期限付きの幽閉だった。彼らは生涯出ることができないと法が定めていた。(159)

 そう。お前など生まれてこない方が良かったのだと彼女にささやき続けたのは……その先頭に立っていたのは……神なのだ。
 一生苦しめてやると、神が言い切ったのだ。
 それがわかった時、徳江は生涯というものをどう捉えたのだろう? 生きていくことをどう考えたのだろう?
 声を押し殺して泣いている十四歳の少女。(161)

「トクちゃんもその時に言ったの。小豆の言葉なんか聞こえるはずがないって。でも、聞こえると思って生きていれば、いつか聞こえるんじゃないかって。そうやって、詩人みたいになるしか、自分たちには生きていく方法がないじゃないかって。そう言ったの。現実だけ見ていると死にたくなる。囲いを越えるためには、囲いを越えた心で生きるしかないんだって」(247-8)

 徳江の製あん技術は、今自分が受け継がなければこの世から消えてしまう。それは技術であるとともに、吉井徳江という一人の女性が生きた証ではないのか。(172)

 最後の引用部分は、平野啓一郎『かたちだけの愛』における「技能」の捉え方を思い起こさせるものでした。

@研究室

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by no828 | 2017-01-11 20:04 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 01月 10日

北の冬の海風は本当に冷たい

 新年もいつの間にか10日となりました。大移動の年末年始でした。

 F沢。
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 H戸。
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 T北新幹線。
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 「Hやぶさ」の停車しないK山駅。写真は「Yまびこ」。
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 F沢。ただし、ランナーは通りすぎたあと。観衆も撤収したあと。
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 ゆっくりと少しずつになるような気がしますが、今年も本ブログを更新していきます。本年もよろしくお願いします。

@研究室

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by no828 | 2017-01-10 20:30 | 日日 | Comments(0)