思索の森と空の群青

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2017年 02月 27日

「私たちが国境を越えたのではない! 国境が私たちを越えたのだ!」——町山智浩『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』

 町山智浩『99%対1% アメリカ格差ウォーズ』講談社(講談社文庫)、2014年。24(1021)

 単行本は2012年に同社

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 だいぶ前に買って積んでいました。手に取ったのは、大統領選が控えている、ということが頭の片隅にあったからかもしれません。その前提や文脈を理解するための知識を図らずも本書で得ることができました。〔と書いたのは2016年の4月です。2017年2月27日記〕

 報道の中立性ということについても考えさせられる内容でした。すべての立場には偏りがあるわけで、それは報道も例外ではなく、彼の国でもそれは明らかなわけです。中立的な報道を、ではなく、報道は中立的ではありえない、ということが重要でしょう。あえて「中立性」という言葉を使うなら、“主張の中立性”はありえなくて、ありうるとすればそれは“根拠の中立性”でしょう。中立的な根拠のうえに中立的ではない主張が出てきます。同じ根拠から異なる主張が出てきます。Xである、だからYである、なのか、Xである、だからZである、なのか。問われるべきは主張ではなく、根拠だとも言えます。

 ティーパーティー
 ←(動員)ディック・アーメイ(共和党下院院内総務)@フリーダム・ワークス(保守系政治団体)
   ←(母体)CSE(健全な経済を求める市民)(保守系シンクタンク) ↑(寄付)
      ←(創設)チャールズ&デヴィッド・コーク兄弟(コーク・インダストリーズ)

 1963年夏、マーティン・ルーサー・キングJr.牧師の呼びかけで20万人が首都ワシントンに集まりました。キング牧師はそこでこう演説しました。「私には夢がある。いつの日にか、私の子供たちが肌の色ではなく、人格の中身によって判断される国に住むことを」と。8月28日のことでした。

アメリカでは、「自由」がハンドルを握って国を走らせ、ついに破綻すると、今度は「平等」がハンドルを奪って、また破綻するまで突き進み、今度は「自由」が……という運転を続けてきた。(17-8)

 そんな根も葉もない中傷と戦ってきたアニタ・ダンはついにキレた。
FOXニュースはCNNのような報道機関ではありません。共和党の翼賛団体だと言っても間違いではないでしょう」(33)

 ヴードゥーはアフリカの民間信仰がカリブ海の奴隷の間で発展したもので、呪いの人形や死体蘇生(ゾンビ)で知られる。これはキリスト教徒から見れば黒魔術、魔法、邪教、悪魔崇拝になる。だから〔米国クリスチャン放送網(CBN)の〕パット・ロバートソン牧師は、219年前に悪魔の力を借りて革命を起こしたハイチに地震で罰が当たったと言ったのだ。
 この発言はあらゆる意味でバカげている。現在、ハイチは全人口の65%がカトリック、16%はプロテスタントで、世界で最もキリスト教的な国の一つである。そもそも人間を奴隷化することのほうが悪魔の仕業ではないのか?
 なぜ彼はそんな発言ばかりするのか。福音派の源であるプロテスタントには「予定説」という思想がある。「この世に起こることはすべて神の計画通りだ」という考えだ。天災も神の意志だと。だからロバートソンは地震の被災者を罪人呼ばわりし、キリスト教の教えに反する人々は天災で死ぬと脅すのだ。しかし、そんな暴君のような神が崇拝に値するだろうか?(49-51)

彼ら〔ティーパーティー〕は「政府が史上最大の財政赤字を抱えている時に国民に増税して支出を増やす政権を容認できない」とオバマを批判するが、その論理は理不尽である。まず、この赤字を作り出したのはオバマではない。富裕層と大企業に減税しながらイラク戦争で莫大に浪費したブッシュ政権が作ったものだ。この赤字は支出を抑えるだけでは減りはしない。だからオバマは増税しようとしているのだ。しかも増税の対象になるのは富裕層のみ。国民の95%は逆に減税の対象になる。オバマの景気刺激策予算にはこの減税が算入されている。ティーパーティー支持者で増税の対象になる人はほんの一握りしかいない。(56)

マチューテ』の予告編で感動的なのは、ジェシカ・アルバがフランス革命の女神のようにメキシコ系の蜂起を煽動するシーンだ。
私たちが国境を越えたのではない! 国境が私たちを越えたのだ!
 それは06年頃からメキシコ系労働者のデモで聞かれるスローガンだが、ハッタリでも何でもない歴史的事実だ。〔略〕
 かつてメキシコだった土地にメキシコ人が入って何が悪いのか。そもそもメキシコ系はアメリカ先住民の血を濃く継ぐ人々だ。アリゾナの白人どもには「我々が先祖代々住んできた土地から出ていけ!」と言っちゃえばいいのにね。(103-4)

ほんの一握りだけが金持ちで、他はすべて貧しいのが第三世界です」(アリアナ・ハフィントン.121)

 コムキャストに限らず、巨大企業の経営者たちには共和党支持者が多い。共和党は自由市場競争と規制緩和を党是としているからだ。しかし、自由市場競争は資本の集中独占を招き、かえって多様性が失われる傾向がある。その問題を指摘した〔バーニー・〕サンダースはアメリカで初めて社会主義者であると宣言したうえで選挙に当選した上院議員。こんな政治家もいるうちは、アメリカの多様性は健在だね。(130)

 FOXニュースの人気司会者ショーン・ハニティ(ニューズウィーク誌の政治コメンテイター番付3位)はカイロのデモの映像に怯えて、思わず口走った。
このような民衆の蜂起が民主的な体制につながった例があるしょうか? 私はひとつも思いつきません
 えーと、いっぱいあるけど、民衆の武装蜂起で建国した民主的な国でいちばん有名なのは、アメリカ合衆国だよ。(153)

 他人への共感の完全な欠如は、精神医学上、サイコパスの特徴である。アイン・ランドは人の本能は利己だと主張するが、そうだろうか? 見ず知らずの人の痛みを感じ、見ず知らずの他人のために自分の命を捨てることさえできるのが人間ではないのか。
 サイコパス的な思想がティーパーティーを、いや、現在の共和党を動かしていると考えるとぞっとする。ロン・ポールは小さな政府を求めるあまり地震や台風対策を行う政府機関FEMA(連邦緊急事態管理庁)まで否定した。災害すら「レッセフェール」なら、国家なんか要らないし、あなたのような政治家も要らないのだ。
 ちなみに福祉と富の再分配を嫌悪していたランド自身は晩年、ガンになって高額な医療費に苦しみ、社会保障とメディケアの支給を受けていた。彼女は税金の再分配を受けながら、社会や国家が何のためにあるか、わかっただろうか。(212)

 1953年、アイゼンハワー大統領は最高裁長官にアール・ウォーレンを任命した。ウォーレンはアイゼンハワーと共和党の大統領候補指名を争ったライバルで、保守的な言動で知られていた。しかし、最高裁長官になってからは次々とリベラルな判決を下した。特に54年の「ブラウン対教育委員会裁判」では、白人と黒人が同じ公立学校に通うことを禁じたカンザス州法が合衆国憲法修正第14条「法の下における平等」に反していると判決し、南北戦争以降100年も続いてきた南部の人種隔離政策に風穴を開け、60年代の公民権運動の起爆剤になった。
 また66年にウォーレンは「ミランダ対アリゾナ州裁判」では容疑者に黙秘権があることを告げずに得た自白は無効であると判決し、以後、警察は犯人逮捕時に「君には黙秘権があり、弁護士を雇う権利がある」という「ミランダ警告」をすることが義務付けられた。
 アメリカの60年代におけるカウンターカルチャーを支えたウォーレン長官の最高裁は「ウォーレン・コート」と呼ばれ、それを引き継いだウォーレン・E・バーガー長官も、73年、「ロー対ウェイド裁判」で、人工中絶を禁じる州法を合衆国憲法修正第14条が保護する個人の自由の侵害であると判決した。〔略〕
 その後、判事は少しずつ入れ替わり、92年には9人のうち8人を共和党の大統領に任命された判事が占めることになり、共和党に有利な判決が下されることが多くなった。レーガンからブッシュ・ジュニアにいたるアメリカの保守黄金時代は最高裁によっても支えられていたのだ。
 決定的だったのは00年の「ブッシュ対ゴア裁判」だ。2人は大統領選挙を僅差で争い、フロリダ州の得票で勝敗が決することになったが、1784票しか差がつかなかったのでゴアが票の数え直しを要求、ブッシュはそれを憲法修正第14条の平等保護に違反すると訴えた。郡ごとに票の数え方が違うから、というよくわからない論理だが、共和党に任命された判事が7人を占める最高裁はそれを認め、ブッシュを大統領とした。この判決がなければイラク戦争もサブプライムローン問題も財政赤字もなかったのかと思うと、本当に罪な話だ。(269-71)

 マイケル・サンデルのハーヴァード大学での講義に感銘を受けた人は少なからずいると思う。かくいう私もサンデルに私淑し、アメリカ政治哲学を学んでもうかれこれ四半世紀を超えるが、あれをアメリカの社会的知性の成熟のかたちと思い做してはならない。むしろ政治哲学は「防災インフラ」みたいなものと捉えられるべきものだ。あらゆる事象に関して、ああした“フェアでオープンな”討議がなされ、かつ妥当な結論に辿り着くようなプロトコルを通有しておかないと、すぐに破綻してしまいかねない社会の危うさが背景にある。(284-5)

@研究室

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by no828 | 2017-02-27 15:58 | 日日 | Comments(0)
2017年 02月 25日

それを驕りだと言えてしまうことが、自分の驕りだとは思わない?——辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』

 辻村深月『ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。』講談社(講談社文庫)、2012年。23(1020)

 単行本は2009年に同社

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 娘は母を殺したのか。山梨県が舞台です。「望月」という姓の女性が出てきます。たしかにこの地には“望月さん”が多いです。わたしの職場にはどうやら4人いるようです。

 “田舎の女の論理”に対する主人公の違和感はおそらくもう少し一般化可能で、わたしにも理解できるものでした。自分より先に結婚した友だちの結婚式・披露宴に招かれた(実際に参加した)のなら、自分のときにも招かなければならない、招かないということは友だち関係を破棄すること、絶交することである——という考え方が本書には示されていて、あるいはこれも“田舎の女の論理”なのかもしれませんが、怖いと思いました。

 家を出たことは一度もなく、高校卒業後も地元の短大に進み、そのまま県内で就職したという彼女の「すごいね」には、言葉通りの感嘆と、それ以上に、突き放した「違うもの」を語る感覚があった。それは彼女だけではなく、地元の他の友達と話すときにも共通していた感覚だ。
 羨望ではなく、興味がないという突き放し。彼女たちの持つ夢や欲望は、職業や環境に由来するような「外の世界」にはなく、「ここ」で「幸せ」になるというシンプルなものがすべてだった。〔略〕
 露骨に給料の話をすることはなかったけど、みんな多分、手取り十万ちょっとくらいだったんじゃないだろうか。私の東京の友達は、独身の子はほとんどが一人暮らしだが、地元ではパラサイトシングルすることが不可避の前提だった。彼女たちの人生プランは、誰かと結婚しなければ先に進むことがない。「自立」は、結婚して初めて実現する。(25-6)

「小学校時代、チエは先生の印象に残る生徒ではなかった、ということですか」
「そういうわけでもないの。ただ、何て言ったらいいかしら。教職を長くやっていると、意識するのは常に今係わっている子供のことで、手を離れたクラスの子のことは、どれだけかわいい子でも、心配かけさせられた子であっても、途端に記憶の中にしまわれちゃうのね。何かきっかけがなければ思い出を取り出してみることはないし、だけど、逆を言えば、何かきっかけさえあれば、一気に細かいところまでいろいろ思い出すこともできる。チエミちゃんのことは、よく覚えていますよ」(85)

義務のように頻繁に会うのばかりが友達でないこと、それがわかる年になったことが感慨深かった。(174)

 公立の中学校から先の高校や大学は、自分で選んだ進学先だけあって、私と同じ程度の志向の、似た種類の人間が集まる。学力はもちろん、家庭環境、考える力までが釣り合っていたように思う。
 山梨に戻って、チエミたちと再会したとき、驚かされたのは、彼女たちの圧倒的な関心のなさ、考える力のなさだった。驚かされた、というよりは、思い出した、というべきか。中学校の頃と同じく、自分の身の回りの範囲と芸能ニュースにしか興味がないのだ。
(181-2)

 この家が心地いいのは、義母や義父を無条件に好きだと慕えるのは、他人だからだ。一緒に住んでいないからだ。きちんとわかっている。距離が近づけば、それだけ今は見えていない問題が見えてしまうのだろうということも。(196)

 啓太に白羽の矢を立てたのは、母だった。
 だから、私は啓太を選んだ。ほっとしながら、これで私はすべてを母のせいにできると安堵したのだ。この人は母が選んだ男。不幸になっても、私はその責任を母に求め、ぶつけることができる。母を罵ることができる。
 私が母の気に食わない相手を選び、いちいちそれが招いた不幸の原因を彼女につつかれることは、これでもうなくなるのだ。そう思い、復讐するぐらいの気持ちで啓太からの食事の誘いを受けた。
 けれど、啓太と不思議なほど気が合ってしまった。(225)

「格差という言葉ですべてをまとめるのは好きじゃないですけど、私と望月さんの間には差が横たわっていました。学歴とか、先生に恵まれたとか、そういう意味じゃなくて、意識の格差です。大学に進んでさえいれば正社員になれたかもしれないって考えることがそもそも驕りでしょう。それまでの働きぶりがそれなりのものだったなら、今回だって望月さんにきちんと声がかかったかもしれない」
それを驕りだと言えてしまうことが、自分の驕りだとは思わない? あなたは最初から正社員だったし、育ちも違う。どうあがいたって、チエ本人の立場で物事を考えることはできない
ええ、驕りでしょう」(298-9)

@研究室

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by no828 | 2017-02-25 14:27 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 02月 24日

35階の呪いとバイトの包囲網

 今週火曜は終日某フォーラムへ一聴衆として参加してきました。このフォーラムには毎年参加しています。資料の確認できる範囲では、2007年からの参加のようです。まだ整理しきれていない紙の堆積物のなかからもっと古いものも出てくるかもしれません。

 お昼はランチョンにご招待していただきました。これは2回目。就職してからです。この領域の「関係者」として認知されたということでしょう。写真はそのランチョン会場から。35階です。スマホを横にして撮影したのに、画像が横長になっていません。Kが関の呪いでしょう。

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 昨夜は21時30分くらいに研究室を出て、最近は冷凍ごはんもないありさまなので帰りに弁当を買って帰ろうと「◯っと◯っと」に立ち寄ったら、レジのスタッフがわたしの授業を取っていた学生でした。K府は学生バイトによる包囲網が堅固にできています。「いらっしゃいませ」と言われて軽く驚きつつ「バイト?」と訊いたら「はい」と返ってきました。肉野菜弁当を注文したら、「大変申し訳ありません。本日肉野菜弁当は切らしてしまっております」とまるで店員が客に対応するように——当たり前だけど——言われ、何も注文せずに退店しました。Kが関の呪いがまだ続いていたと考えざるをえません。次年度は受講生にバイト先とシフトを提出させようかと思案中です。

 明日は入試です。今日は午後にその準備がありました。何も起こらなければ(呪いが切れていれば)、今回は比較的楽な役回りとなります。

@研究室

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by no828 | 2017-02-24 20:23 | 日日 | Comments(0)
2017年 02月 10日

議論するには酒がなければならないんだがなあ——奥本大三郎『奥山准教授のトマト大学太平記』

 奥本大三郎『奥山准教授のトマト大学太平記』幻戯書房、2011年。22(1019)


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 国立大学から半独立行政法人になって補助金は減らされ、学生を集めるために経営陣は必死で、だから名称も人びとに親しみのある「トマト大学」へと改められました。そのトマト大学にフランス語担当教員として勤務する奥山准教授の大学の日々が綴られています。中央テストのくだりを含め、大学のありように関わるわたし自身の体験・実感と近づけながら読みました。

 本書の著者自身がフランス文学者で、S玉大学に長らく勤務し、刊行当時はO阪芸術大学に所属していました。

 昨今の大学改革への皮肉が込められています。かつての大学のよさ、というものが本書には潜んでいます。

学校では、とにかく非常勤講師を減らして、人件費を節約しようという方針。本当は専任を減らしたいのだが、さすがにそれはできないことになっている。もっとも、専任の教師も停年で辞めたあと、代わりは補充されない。(9)

 とにかく、即戦力の卒業生を送り出すにはどうしたらよいか。それは学長によると、教養は要らん。実用英語とパソコンのスキルを身に付けさせろ、ということなのである。
 実際、文科省の方針で“不要不急の”教養課程はつぶされている。特に工学部や医学部の教員に、「早く手に職をつけさせなければ。教えることはたくさんあるのに、高校科目の繰り返しなんか不要」という意見が強かった。つまり専門学校にしてしまえ、というのであった。そして現にそうなっている。(11)

 奥山先生としては、要するに学生の数をせめて十数人に減らして、こんな何もない教室で、ではなく、自分の研究室に連中を連れ込み、古い大きな事典類を引いて銅版画の挿絵を見せたり、そのつどそのつど、関連する文献を読み上げたりしたいのである。もっと本当のことを言えば、講義に何の興味もない学生、そんなテーマについて考えたこともなく、その分野の本を読んだこともない、教える側と一体感のない学生が大勢来れば、私語をする、ケータイでメールのやりとりをする、ゲームをする、遅れて来て教室をうろうろする……と授業がしにくい。〔略〕黙って給料分喋っていればいいものを、この先生は「何も解らん顔をした奴が混じっていると喋る気がしなくなる」と贅沢なことを言う。(12-3)

「それより君たち、シンポジウムという言葉の語源を知っているかい。syn- が“共に”で、後の部分は、ギリシャ語の“酒を飲む”pineinという動詞から来ている。つまり“一緒に酒を飲む”ということ。古代ギリシャの“酒宴”“饗宴”ということだ。“論文集”という意味もあるそうだ。議論するには酒がなければならないんだがなあ」(78)

「じゃ、缶詰の缶て何だ
「…………」
実はこれ、英語のcanの音訳なんだ。本当は“罐”と書く。漢字の語源は英語なんだね。呑み込むことを「嚥下する」というだろう。あれもswallow(ツバメが蚊の群れを呑み込むように呑み込む)に当てたんだ」(81-2)

センターテストでどうしてもカンニングを許さないというのなら、試験場に監視カメラをつけ、スーパーのいわゆる“万引きGメン”みたいなプロを文科省で雇ったほうが、より厳重な監視ができるであろう。何も博士号まで持っている高学歴の教員に、万引きGメンもどきの仕事をやらせることはない。その時間とエネルギーをもっと有効に使わせたほうがいいのであって、この人たちの養成のためにそれまでかかった国費を考えれば、そんなことをさせるのは、国としては相当な損失だろうと思われる。(209-10)

 おまけに最近は、英語のヒヤリングテストというものまで加わった。我々日本人はなぜ英語だけ、そうまでして聞きとれるようにならなければいけないのか、英語にもアメリカ訛りやイギリス訛り、インド訛りがあるだろう。それにドイツ語やフランス語、中国語のヒヤリングテストはしなくていいのか、大学入試センターというところが何を考えているのか、ヒラ教員にはさっぱり分からないけれど、とにかく働かされることに変わりはない。
 ヒヤリングテストは外国人教師がその場で喋るのではない。全国一律平等のたてまえであるから、あらかじめ録音してある小型テープレコーダーのようなものとイヤフォーンとを受験生に配るのである。この機器は使い捨てだというから、原価がいくらで入試センターはそれをいくらで買いとるのかは知らないけれど、なにしろ受験生の数が多いから、メーカーは儲かる。センターテストの本番以外に、予備校などでも練習するだろうからこの道具は大量にさばけるはず。宣伝も営業も不要。人の弱みにつけこむようなものだが、このテストを思いついた人は優秀なセールスマンである。教室に一台スピーカーを置いて聴かせれば、とふつうなら考えるけれど、「それでは受験生の位置によって不公平が……」とでもメーカーは言うのであろうか。〔略〕
大学入試センターは仕事を確保し、職員が増えて万々歳、ヒヤリングテスト用ICレコーダーのメーカーも大成功だけど、この他に儲かるところってどこかね
 とひねくれた奥山先生が事情通の仲間に訊く。
さしづめ運送会社だね。これ、北海道から沖縄まで日本全国一斉に、決まった時間までに、問題を配送するわけだろ、しかも問題冊子が一冊でも紛失したらえらいことだよ。そうなると国策会社みたいなのしかないわな。だから、センターテストを年二回やれないか、なんて意見が出る」
「年二回か。なるほどね。しかし、こんなことができるのは世界中の国で日本だけだろうな。そういう意味では日本ってやっぱり凄い国だな。フランスだったらサボタージュで、とてもできない」(213-4)

「しかしねえ、そもそも歴史を学ぶということがこんな断片的知識を問うクイズになり下がっていいのかね。まともな歴史家が見たら泣くだろうよ。いったい何のために歴史を学ぶんだい。文章を書かせて学生の歴史観を問うような問題は出せないものかねえ。あるいは一つの事項についてひととおり説明した文章を読ませてから、その意味を問う、とかね」(220)

「あのねえ、文章問題の大量の答案をどうするかと言うけど、全国一斉テストなんかをするからそうなるわけで、昔やってたように各大学で個々に問題を出して採点すれば、それほど大層なことにはならないよ。難問奇問と昔よく非難されたなあ。だけど、それもまた各大学の特色さ。それに、センターテストで入試地獄は解消されたのかい。当初のマニフェストはそれだったろ。そもそも入試でいい学生を選ぶのは大学の重要な仕事じゃないか。そんなことを他人まかせ、機械まかせにしてどうする」(221)

@研究室

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by no828 | 2017-02-10 20:11 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 02月 09日

既知の情報に引っ張られ、自分自身の発見や素朴な疑問や驚きが、後回しになってしまいがちです——阿川佐和子『聞く力』

 阿川佐和子『聞く力——心をひらく35のヒント』文藝春秋(文春新書)、2012年。21(1018)


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 売れた本は熱りが冷めてから読みます。人の話を聞く/聴くとはどういうことか、がわかります。

 聞きながら考えて質問してまた聞いて考えて質問して……、ということがインタビューなのだと本書を読んで思いましたが、 “質問を考えながら聞く”というのはなかなか難しいです。質問を考えることに注意が向けられることで相手の話を聞くことが疎かになる。質問を全部準備するとやりとりが機械的になる。

相手が「この人に語りたい」と思うような聞き手になればいいのではないか。こんなに自分の話を面白そうに聞いてくれるなら、もっと話しちゃおうかな。あの話もしちゃおうかな。そういう聞き手になろう。(32)

 そんな具合に、次の質問のことばかりを考えていると、どうなるか。肝心の社長の話はほとんど耳に入ってこないのです。というか、ぜんぜん聞いていないに等しい。お愛想程度にときどき相づちは打っているものの、頭は上の空。とにかく相手が自分の質問に応えてくれて、言葉を発してくれている事実だけを確認すると、それだけで安心し、中身について深く理解しようとしていない。(51)

質問は一つだけ用意しなさい」〔略〕
本気で相手の話を聞けば、必ずその答えのなかから、次の質問が見つかるはずである
 そうか……。まさに目から鱗の驚きでした。質問をする。答えが返ってくる。その答えのなかの何かに疑問を持って、次の質問をする。また答えが返ってくる。その答えを聞いて、次の質問をする。まさにチェーンのようなやりとりを続けてインタビューを進めていくことが大事なのだと教えられたのです。(53)

質問の内容はさておき、「あなたの話をしっかり聞いていますよ」という態度で臨み、きちんと誠意を示すことが、まずはインタビューの基本(57)

あるいは、既知の情報に引っ張られ、自分自身の発見や素朴な疑問や驚きが、後回しになってしまいがちです。だから、事前の準備はほどほどに。お相手に最低限、失礼のない知識は頭に入れておくにしても、相手についてすべて知ってしまったかのような気持にならないよう、未知の部分を残しておくことが大事です。(62)

 聞き手だけでなく、その場に居合わせた者全員が、対談の参加者です。その参加者一同が、ゲストの話に耳を傾け、そしておおいに楽しんでいるとわかると、ゲストは嬉しくなるものです。私がゲストになったときだって、いつもそう思います。カメラマンやカメラマンの助手青年にまでプッと吹き出されたりしたら、なんだか嬉しくなってしまいます。(108-9)

「自分の話を面白がっている人がいる。ちゃんと聞いて反応してくれている人がいる」
 そのことを確認したとたん、人は話をしやすくなるものです。

 もちろん、面白くないと思う話に対してまで無理にケラケラ笑う必要はありません。しかし、少しでも「面白いな」と思ったら、それを表情や態度でちょこっと話し手に伝えてみてください。聞き手のそういう反応だけで、話の内容はずいぶん違ってくると思います。(110)

「だいぶ元気になりました。先生のアドバイスのおかげです」
 よかったよかった。じゃ、また何か心配なことが起こったら、いつでも相談にいらっしゃい。河合さんは安堵して若者を見送ったのですが、さらにしばらくのち、若者が河合さんのところへ、今度は怒ってやってきた。
「先生の言う通りにしたら、ひどいことになった。どうしてくれる」と。
「つまり、他人のアドバイスが有効に働いたときはいいのですが、何かがうまくいかなくなったとき、そのアドバイスが間違っていたのだと思い込んでしまう。すべての不幸をアドバイスのせいにして、他の原因を探さなくなってしまうのです」(147)

ただ聞くこと。それが相手の心を開く鍵なのです」(149)

 私が日本語で質問し始めると、それまでソファの背もたれに寄りかかったり、足を組んでリラックスした様子で話をしていたフリーマンさんが、突如、組んでいた足をほどき、前屈みになって、私の目をじっと見つめ、一生懸命、私の言葉に耳を傾けようとなさるのです。私はつい、吹き出してしまいました。
日本語がおわかりにならないでしょうに、どうしてそんな真面目な顔で私の質問を聞こうとなさるのですか?
 笑いながら尋ねると、フリーマンさんがこう答えてくださったのです。
もちろん私は日本語がわからない。でも、あなたが真面目に質問をしてくれているときに、私も真面目な態度を取らなければ、失礼な気がしてね
 もうね、それ以来、私はモーガン・フリードマンという役者さんが大好きになりましたね。(179-80)

@研究室

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by no828 | 2017-02-09 15:08 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 02月 08日

さよならT木

 1月末から2月上旬にかけての2日間、T木市の短大で「K育原理」集中講義全15コマの後半7コマを行なってきました。初日4コマ、2日目3コマです。さすがに4コマ連続で講義した日は次第に喉が痛くなり、明日は大丈夫か、と夜になって心配になりました。2日目も、途中で声がかすれることも何度かありましたが、何とか最後まで声が出たのでほっとしました。

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 2012年から6年間お引き受けした非常勤講師も今年度で終わりとなりました。毎週開設、常勤の教員への交代というのがその理由です。はじめの4年間はわたしも毎週通って前期2コマ(ここで「K育原理」)、後期3コマを担当しました。5年目に入るときにK府への就職が決まったため、受け持っていた科目を担当できそうな同世代の研究者にできるだけ譲りました。それでもどうにもならなかった「K育原理」を土曜日に毎週片道4時間かけて通って1コマ行ないました。6年目は、「K育原理」はK職課程の基礎ですので1年前期に毎週開設したほうがよいと思いつつ、集中講義へ変更してもらいました。今年度の学生に困惑をもたらさなかったことと、次年度からは順序よく学びを深められるようになることとを祈ります。

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 この短大には、就職が決まらないときに仕事をいただきました。続けることが恩返しだという気持ちも強くありました。長く通ったところですので、今年度まで、というお話をされたときには寂しさを感じました。しかし、先にも書いたとおり、学生にとっては毎週開設されたほうが学びは深まりやすいでしょうし、かといってわたしが毎週通うこともきわめて困難です。当該科目の常勤教員への担当替え、という今回と同様の理由で非常勤講師を終えたM治学院大学でも感じた寂しさが、今回も内側からじわりと滲んできました。
 
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 T木市に行くことはもうないと思い、近くのスーパーで地元のビールを買って飲みました。この文章の読点前半と後半とはつながっていないように見えるかもしれませんが、わたしなりの儀式です。最終日、すべての講義を終えたら写真を撮って帰ろうと思っていましたが、短大の車に乗るのもぎりぎり、駅に着いたのもぎりぎりで、ばたばたとT木を離れることになりました。かえってそのほうがよかったかもしれません。
 
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 T木には前泊しました。投宿先に着いて荷物を解くときにテレビを点けてみたら、見知った顔が映っていました。学類の同期、Y田アナです。

 Y田アナの、というか、H樹の姿を見たこの段階では、T木には次年度も来るつもりでした。いま改めてこの写真を見て、みんなそれぞれのところでがんばるということだな、という思いが湧き上がりました。その思いは結構強いものです。

@研究室 

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by no828 | 2017-02-08 16:20 | 日日 | Comments(0)