思索の森と空の群青

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2017年 06月 16日

試したり、駆け引きをしたりせずに、いつも持ち駒をぜんぶ使って好きと言いたい——小山田咲子『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』

 小山田咲子『えいやっ!と飛び出すあの一瞬を愛してる』海鳥社、2007年。60(1058)


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 1981年に生まれ、2005年アルゼンチンでの交通事故で亡くなった著者のブログの文章(日記)が収められた本。著者と同郷の友人にすすめられて購入して、なぜかすぐに読みはじめられず、ようやく昨年読み終えた本。直接会って話をしてみたかったなと、それが叶わぬことであるだけに余計に、強く深く思いました。

76-7) 「教育」という言葉に対してはいろいろな感じ方があると思う。「教育」が人と人とのコミュニケーションの一部であり、知識の伝達手段である以上、そこには常に力と矛盾が生じる。「教育」が人の価値観の形成に多大な影響を及ぼすことは疑い得ない事実であり、それは家庭教育しかり、広い意味での地域教育もまたしかりだけど、例えば日本の戦前・戦中の教育を鑑みればわかるように、「洗脳」ともいうべき行為を成すこともできるわけで、特に自分の判断基準を持たない不特定多数の子どもに対して与えられる「学校教育」というものの持つ力の大きさを考えると、その強さとともに恐ろしさを感じずにはいられない。ある体制によって作られた「学校教育」を受けた人間が、他文化の中に入っていって軽々しく「教育」の形を作ろうとすることは当然価値観強要の危険性を孕む。
 しかし、新しいことを学びたいという欲求、知的好奇心というものは誰しもが生まれながらに持っているもので、それは食欲や性欲と同じように、本能的なものだと思う。何を守り、何を捨てるべきかという価値判断の基準は時代とともに変化していくものだろうが、世界がこんなにも小さくなってしまった今、「搾取しないための教育」、「搾取されないための教育」の存在はもはや不可欠であろうし、「教育」を受けた人間には新たに自分の受けた「教育」の正しさを問う能力が求められる。すべての人が自分の生まれたコミュニティの外側を知らずに生きていけた時代でないことの悲しさだなあと思う。正しさってなんだろう。
 私は知識も浅薄だし自分と自分の周りが健康で幸せならとりあえず今日は嬉しい、という心の狭い子どもだけど……それでも焼け跡の青空教室で黒板に向かう、ジャカルタの路上で土に文字を刻む、村にたった1冊の絵本を取り合って読む子どもたちの目の輝きはほんものだし、それが政治や戦争やその他彼ら自身に責任のない様々な事柄によって奪われることは間違いであると、それだけはわかる。広い世界を見れば見るほど、もっとわかってくることなのだろう。道は必要なのだけれど。

15-6) こんなに真剣に物事を考えたり、表現にあがいてる同年代の人たちに出会う機会のあることをうれしく思う。
 東京に来るまでは知らなかった、私を取り囲む景色の外側にも世界のあることを。見るべきものを、行くべき場所が限り無くあることも。
 私はなんにも知らなすぎて、それはもう悲しくなるくらいだけど、ばかになることも真面目に語ることも恐れない人たちを見ていると、勇気が出る。

17) 離れて感じる故郷というのは不思議なものだ。特に筑豊はやや特殊で重たい歴史を背負った町なので、そこで過ごした日々を思い出すことには懐かしさとともに少しの後ろめたさと痛みをともなう。平和で、退屈で、皆が何となくやけになっていて、捨ててきたつもりはないのになんとなく戻れない気がする、私の町。


19) 恋愛はとにかくサシの勝負だから、他のどんな人間関係とも違う。だからこそいつも真剣に向き合いたいし、刺激を受け会える関係でいたいと思う。試したり、駆け引きをしたりせずに、いつも持ち駒をぜんぶ使って好きと言いたい。そのために落ち込んだり迷ったりしてもだ。みっともなくなるくらい夢中になれないなら、恋愛なんて無意味だ。ちゃんとしようとしてよけいみっともなくなってしまうのが、最高に素敵だと思う。

61)何より大切なのは、子ども時代に、見えないなにかを素直に受け入れる、想像力を働かせながら無条件の善意の存在を感じることができるという体験そのものだと思う。遠くから自分を見ている、謎に満ちた、優しい存在。

96) 私たちは殺し、殺され、悲しみの歴史を繰り返さないと誓った。今またアメリカの違法な殺戮を容認することは、過去の戦争で払った犠牲と平和への歩みを続ける人々全てを冒瀆し、地球上のあらゆる文化と生命の尊厳を踏みにじる行為だ。
 多くの命が失われ、この戦争が過去のものとして語られる時、小さな子どもになぜ止められなかったのかと聞かれて私たちは何と答えればよいのだろうか。
 私たちが殺すのだ。

109) やりたいのにやれないというのは言い訳、というより、やりたい気持ちが足りないかあるいは自分が完全に向かい合える環境を作れてないだけの話なのだろう。人が本当に何かをやろうと決めた時にはそれを邪魔するような強大な壁って実はあんまりなくて、環境はむしろびっくりするような偶然を用意して背中を押してくれることも多い。

121) 他人と協力して、効率や生産性から遠く離れた作業に没頭することが大っぴらに許された時間を持てることが、学校という場所の財産かもしれない。個人的には非常に苦痛だったが。たかがなになに委員を決めるのに、何時間も話し合ったりとか。そいで誰かが泣いたりする。そういう毎日、予測不可能な出来事が次々起こって、ものごとが要領悪く進んでいく、それも全て人が育っていく過程でしか起こり得ないことで同じ場所には二度と戻れない、とわかっていたら、もっと明るく楽しめたのかもしれない。いや、でも渦中にいる時はそんなのわからないから貴重なんだな。きっと。
 教師としてあの場所に戻るって、どうなんだろう……。今日の運動会を見てて、教職が好きで続けてる人って、単に人間が育つとこを見るのが好きなだけなんだろうなあ基本的には、と思ったのだった。

149)自分の周りのほんの小さな世界に考えが閉じこもる私が、どのくらい力になれるか分からないけど、せめて目をそらしたり無自覚になることだけは避けたい。できることから少しずつでも、協力をしたい。

203) 殺してはいけない、殺されてはいけない。奪っても、奪われてもいけない。子どもでも解るこの原則に立ち返れば、誰が愚かなのかは、自ずと明らかになるはずだと思うのだけれども。


125-6) 商店街を歩いていて、前を行く父娘の会話を聞くともなく聞いていた。
 小学1年生くらいの娘は、キックボードに乗っていて、のんびり歩く父親を追い越したりジグザグで後ろに回ったりしながら、しきりに、今通っているらしいスイミングスクールの話をしていた。
「ゆきちゃんとかまりちゃんより上手になったよ。でも○○はね(自分のこと)クロールよりも背泳ぎが好き
 さらりと応えたお父さんのひとことがとても良かった。
ゆっくり泳ぐのが好きなんだね
 女の子はうんとうなずき、ついーとボードを蹴って前に行ってしまった。
 大人は子どものことを、たいていの場合子どもだと思っているから、きちんと肯定したり確認したりするやりとりを怠ってしまうことが多いと思う。特に親の場合、自分の子どものことは自分が一番わかっていると無意識のうちに思い込んで、彼(彼女)の性格とか嗜好について、改めて考える機会を持ちにくくなるんじゃないだろうか。反抗されたり家出されたりするまで。
 女の子のお父さんは、この何気ないひとことで、娘を誉めたわけでも彼女に同意したわけでもないけど、「ゆっくり泳ぐのが好き」な彼女を今知って、そして「ゆっくり泳ぐのが好き」な彼女のことをとても好きであると、きちんと娘に伝えていたと思う。
 ただ肯定する、愛情深さ。

 親子関係に限らず、友人でも、恋愛でも、相手の言葉に対して批判したり賛同したりするのは容易いが、相手の真意を汲み取った上で、的外れな決め付けじゃないと肯定と受け入れの言葉を発するのって、意外に難しかったりする。
 つまり、「それは違う」とか「私もそれ好き」は簡単だけど、「あなたは〜なのね」って言葉は、相手を理解していることに自信があり且つ素直にならなければ言えない言葉だということだ。
 でも、新しく知ったあなたをまた新しく好きになる、という事態はとても素敵だし、そのたび気持ちをきちんと言葉にしたいものだなあ、と思ったのだった。

205) 自分が痛みを知るまで他者の痛みを知れないというのは悲しいことだと思う。でも私自身はどうかというと更にずっと愚かで、苦しみの真ん中にいて他の人の痛みに思いを巡らす自信がない。痛くなければないで、ともすれば人の痛みは見ないふりができる。思考って簡単に停止する。働かせられるかぎりの想像力を駆使して、人間的であることの意味を問い続けないといけないのだなあと思う。

273) 人、の他には、音と灯りと物が多すぎる。禅僧みたいに削ぎ落としまくって生活ができるとは思わないけど、ちょうどいい数のなかで暮らしたい。何年くらいかかるだろうか。どういう準備がいるんだろ。どこまで行ったら充分で、どうなったら限界なのか、よくわからん。
 好きなものはたくさんあるけど、大切にしてるものは、そういくつもは、ない。自分の内側だけのことだったらいいのに、と思う。自分が切れないものについては、少なくともそれが何なのかは、よく知っている。

@研究室

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by no828 | 2017-06-16 19:24 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 15日

原発立地の自治体には多額のカネが東京から投下されるのであるから、東京が町村をまるごと買い取ったようなものだ——奥泉光『東京自叙伝』

 奥泉光『東京自叙伝』集英社、2014年。59(1057)


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 この国は何も変わっていない、ということがよくわかって暗澹たる気持ちになります(本当に)。で、おまえはどうするわけ、と問われています。

 この本の内容と現実とが重なります。この本を読み終えたのは昨年ですが、この本を今日ここにアップロードすることになるとは思っていませんでした。


 111ページに「鎧袖一触」という表現が出てきて、読みは「がいしゅういっしょく」ですが、意味を知りませんでした。鎧の袖で少し触れたくらいの簡単さで敵を負かすこと、だそうです。

15) 戦に卑怯なし。これが師の高く掲ぐる標語で、卑怯と云うなら、刀剣弓矢を使うこと自体が卑怯である。〔略〕剣術槍術と云う技芸そのものが卑怯を基盤としているのである。

26)本質の指摘は常に人を驚かすものだ。

114)この失敗は敢闘精神ばかりを強調して兵站をないがしろにする帝国陸軍の体質に原因があるとしかいいようがない。いや、陸軍の、と云うよりは、ただひたすらに武を尊び、潔く散るをよしとする、日本人の血に流れる美意識のせいかもしれない

130-1) 少しく冷静になって勘案してみるならば、鉄鋼など重工業製品の生産力は日米で1対10。人口も向こうがだいぶ多い。つまりそもそも勝てる戦じゃなかったわけです。それを精神力やら気魄やらでカバーできると思ってしまうあたりが、日本人の悪癖といっていい。日本人種の血に脈々と流れる精神主義、これはもはや宿痾といってよく、無謀かつ不毛な精神主義が、情報軽視、兵站軽視の風土を育み、闇雲な吶喊主義がはびこる原因となった。早い話が島国根性がよくない。と云ってもいまさら島国をやめるわけにもいかぬわけで、これは陸軍がどうのの話じゃない。ましてや一参謀などがどうこうできるわけもない。ほとんど文明論レベルの問題です。

182)新憲法の施行が終戦から三年目、すなわち昭和二十二年、西暦で一九四七年五月。同じ年に財閥解体、改正民法発布と、この辺りがGHQの民主化政策の頂点。ここから先は「逆コース」と云うやつで、公職追放されていた連中が復帰する一方、レッドパージがはじまる。一度は消えてなくなった軍隊も名前を変えて復活する。二十六年九月にはサンフランシスコ講和条約が結ばれて、進駐軍の占領は終了、めでたくニッポンは独立。とは云っても安保条約のおまけ付き、沖縄を手土産に差し出して、アメリカさんの御機嫌を窺いつつの独立だ。そもそも首都東京の眼と鼻の先に米軍基地がいくつもあるんだから、要はアメリカの妾になったようなもの。岩永聖徳王は男は奴隷で女は妾と予言していたが、マアあたらずと云えども遠からず。パンパン嬢は焼跡の風物詩だけれど、何のことはない、日本はまるごとパンパンになったと云う、笑うに笑えぬお話。

240)アジア諸国への賠償交渉が始まったのが、サンフランシスコ講和条約締結の前後、これはいわゆる直接方式と云うやつで、賠償を受ける国が日本の企業に船舶だとか工作機械だとかを発注し、日本政府が代金の支払いをまとめて行う。政府が払うと云うと判然りしないが、要は役人が国民の税金から払うわけで、当の役人からしたら所詮は他人のカネ、自分の懐が痛むわけじゃない。だから言い値でいくらも出してくる。受注した会社にとってこれほどおいしい餌もないので、甘い汁を吸うチャンスだと誰だって考える。しかも甘い汁の総額は三千五百億円以上、嵩も膨大となれば、多くの企業がなんとか賠償ビジネスに食い込めぬものかと、蟻のごとく群がり寄るのは自然の理だ。

256)私の感覚からしたら、天皇家などはヨソ者にすぎぬ。ソンナ者に大東京が遠慮をする必要などはいささかもないので、むしろ皇居を横切る形に道路を走らせるのが便利がいい。だいたいアンナ広々とした一等地を天皇一人が独占しているのが気に食わぬ。
 天皇陛下が真に国を思う者ならば、庶民並みとまでは云わぬが、モット小さい家に住んで質素を旨とし、皇居は公園にでもして一般に開放すべしとの意見には、松枝亥外主催の東亜塾に集まる若い右翼連中のなかにも賛成する者がありました。

280)実のところ、私が接触した政治家連中のなかには、平和利用、平和利用と表向きはお題目のように唱えながら、原子炉さえ持ってしまえばコッチのもの、いつでも原爆製造に転用できるサと、裏で舌を出している者があるのを私は知っている。マア原爆にしたところで、戦争の抑止力となるとの観点からすれば、平和に貢献すると無理に云えば云えなくもない。まさにものは云いようで、原爆製造を原子力平和利用と呼んであながち論理の誤りとは云えぬ。〔略〕原爆と原子力発電はあくまで別物。原爆が悪魔の発明であるとするなら、原子力発電は人類に幸福をもたらす技術の神様の恩寵である。とコウ二つにクッキリ弁別しておくが肝心。

388-9)東京に原発が欲しい。これがそもそもの私の願いであった話は先に述べたとおり、東京にはドウモ作れぬとなってやむなく東海村や福島に持って行った次第で、つまり原発のあるところ東京の出先デアル、くらいに私は感じていたんだろう。実際福島で作られた電気のほとんどは東京が使う。加えて原発立地の自治体には多額のカネが東京から投下されるのであるから、ある意味、東京が町村をまるごと買い取ったようなものだ。東京の出先ないし飛び地と見做してあながち誤りとは申せません。

406)稀に言葉を交わすようになっても、作業が終わればサヨウナラ、二度と会わぬ。つまり誰でもいい。郷原聖士なら郷原聖士と名前はあるにはあるが、これはまず記号にすぎぬ。手足が動いて最低限の仕事ができればそれで十分。極端な話、働けるならそれこそ鼠でも構わぬ。だから自分が誰であるかが分からずとも困らず、自分が誰であるかなど考える必要がない。結果、考える癖が徐々になくなり、自分が誰でなくとも気にならなくなってしまう、とコウ考えられるのかもしらん。

@研究室

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by no828 | 2017-06-15 17:40 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 14日

自然も人も、未知なるが故に、我愛す——加賀乙彦『フランドルの冬』

 加賀乙彦『フランドルの冬』新潮社(新潮文庫)、1972年。58(1056)

 版元サイトなし|単行本は1967年に筑摩書房

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 日本人精神科医コバヤシがフランスに留学するところからはじまる物語。愛と(自)死について。

38)この男は外国人なんだ。内勤医が嫌になればさっさと帰国すればいい。いつでも逃亡可能な特権的状態にいる。だから諸事、落着きはらって傍観していられる。

78)「死というものは」クルトンはおしころした低い声で言った。「陽気なものです」
「そんな……」ギョーム女史は相手の真意を測りかねて睨んだ。クルトンは相変わらず無表情であった。で、女史は生徒に説諭をする時のような具合に言足した。「あなた。死は悲しいことにきまっています。ことにエスナール神父のような方が亡くなられた場合はなおさらのことです」
なぜ、ひとが死ぬと悲しいのですか
「なぜって、それが当たり前のことだからです」相手の生真面目な調子にひきこまれて女史も静かに答えたが、そう言った語尾は何だか自信がなさそうであった。
「あなたのお気にさわったのならぼくあやまります。でも神父の死をきいて、あなたが泣きたいと思われたと同じように、ぼくは陽気にピアノを弾きたくなったのです。それだけです」
「でも、もし、あなたが死んでも誰も悲しまなかったら」
「結構です。残された者が幸福な喜びにひたれるような、そんな死に方をぼくは理想としていますから」

94)「いや、わたくしにはあなたの私生活には干渉する権利はない。一般的な問題として一つだけ御忠告したい。一人の人間を愛しすぎてはいけません。愛することのみが生き甲斐なのはいけません。なぜって人間はどうせ死ぬんですからね。愛していた人間が死んだらどうしますな
「ミッシェルは死にゃしません」
「彼の事じゃないのです。一般的な問題です」
「わかりませんわ。そんな話。人間を愛しちゃいけないだなんて……」
一人の人間をですよ。たとえば全人類を愛するのならかまいません
「そんな抽象的な愛は贋の愛です。信じられません」
ところがその贋の愛こそ貴いのですな。科学への愛、書物への愛、みんな贋の愛ですが、これを持てるのはごく少数の人々です」 ※傍点省略

126)「ぼくの考えでは」コバヤシはゆっくりと適切な言葉を探すため口ごもった。「クルトンは、自分の思想に忠実だ。彼が異常にみえるのはそのためだ。なぜって、自分の思想を持ってる人は少いし、たとえ思想をもっていても、自分の思想に忠実な人はもっと少いからだ

262)「ぼくが子供を持たないのはね(黒い目が光り厳粛な表情)、ぼくが子供を持つだけの資格、子供に対して全責任をとれるだけの立派な大人としての資格がないからだ
世の大人どもは無責任に子供をつくっているというわけか
そのとおり。ただ情慾のため、習慣のため、世間並になるためにね。フランスではもう一つ、政府から補助金を貰うために子供をつくる下劣なやからがうようよいる」

292)《精神病者というものは、正常人のひそかにいだく観念を異常に拡大するものだ

298)「どうやってあの患者を鎮めましたの
ただ待っていただけだ
「なにを?」
「あの患者が鎮まるのをさ」
「不思議ですわ」
「なにが?」
「あなたっていうお医者さんがです」

405-6) 「一つだけ、おききしたい。あなたは彼女を理解していますか
「そこなのです」コバヤシは、急所を突かれたようにぎくっと肩をひいた。「ぼくは嫌っています、彼女の既知の部分を。ぼくは愛しています、彼女の未知の部分を
「それは妙ですね」
「そう、妙です。でも本当です」〔略〕
こう考えたらどうでしょう」ドラボルド神父は照れくさそうに重々しく口をはさんだ。「人間の未知の部分は無限です。つまり、あなたは彼女を無限に愛することができると
「え」コバヤシは、何かよい言葉を聞いたと思い、神父の童顔にうかんだ柔和な微笑を横目で見、車の速度をおとした。「もう一度言ってください、今の言葉」
「ええ」神父はゆっくりと繰返した。「ただし、これはぼくの思想じゃありません。パリ宣教会の或る神父様に教わったのです」
「いい思想ですね」
「ええと、その神父様の言葉は本当はこういうのでした。《自然も人も、未知なるが故に、我愛す》と」
「ああそれは、すばらしい言葉です」

445) 「いいかね、われわれがこの世に生まれてきたこと、存在することが茶番ならば、死ぬこと、存在しなくなることも茶番じゃないか。なにも死だけを厳粛な現象として区別する根拠なんかありはしない
「君の言ってるのは自然死のことだろう。自殺はちがうさ。自殺は行為だ」
「行為? なるほど、いい言葉だ。しかし、自殺は莫迦げた行為だよ」

467) もっともミッシェル。あなたには女のこの退屈さが分っていたとはいえない。あなたがた男は(そうコバヤシも、ドロマールも聞いてちょうだい!)何かの思想に賭けたがる。つまり、独創によってこの世の永久の退屈な繰返しに終止符をうとうという野望をいだく。ところが、その思想というもの……わたしに言わせればこれほど退屈で無意味なものはありはしない。それが証拠に哲学者の数だけ意見があるじゃないの。〔略〕これから何千年、何万年と人類は生きて繁殖していくだろうが、人類の歴史が長くなれば長くなるだけ、哲学者も文学者も科学者も数が増えるだけ、そうして意見の数も増えるだけ。それは退屈だわ。子供を生むより、もっともっと退屈だわ。

526) 「できることはどこかへ逃げていくことです。現にコバヤシは去ろうとしている。利巧なつまり卑怯なやりかたです。彼は逃げていく国があるかのように錯覚している。しかし、この世界に逃げていく国が存在するわけがない。この世は巨大な牢獄で、わたくしたちすべては無期徒刑囚なのですから。よく譬えられるように人間を死刑囚とみるのは不正確な比喩です。〔略〕誰だって狭いところにとじこめられれば狭所恐怖〔クロウストロフォビィ——原文ルビ〕をおこすでしょう。時間のクロウストロフォビィの場合も同じことです。しかし、無期囚は……〔略〕あなたがたすべては無期囚なのにその不安の本態を自覚する人はごくわずかです。それは無限に続くかにみえる水平線にかこまれた大洋のただなかに投げこまれた人の不安です。死という予測不能な終末までの時間を牢獄の陰鬱な壁の中に拘禁される。残された自由といったら自分の寿命を短くすることだけである。それは時間の広場恐怖〔アゴラフォビィ——原文ルビ〕です。それこそあなたがたの正体なのです。この人間に残された唯一の自由を行使する。それが自殺です

@研究室

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by no828 | 2017-06-14 18:19 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 11日

フロイトって言ったってフロイトはフロイトとして大型ゴミにでも出せばどうか——円城塔『Self-Reference ENGINE』

 円城塔『Self-Reference ENGINE』早川書房、2007年。57(1055)


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 自己言及小説。文脈というものを頼って読みすすめることが(なかなか)できません。混乱(たぶん)ここに極まれり。

42) ここで重要なのは、つくるのは解くよりも簡単だという点で、例えばハノイの塔を新築するのは簡単だ。最初の条件を積むのに二の六十四乗引く一というようなべらぼうな時間は必要ない。六十四枚の板をただ順番に積めばよいだけのことだ。宇宙の時間を計る装置をつくるのに、宇宙が崩壊するほどの時間がかかっていては堪らない。

43-4) 本当にこの箱を開けて中身を確かめたいのならば、実は簡単な方法がある。単に打ち毀せば事は足りる。ルービックキューブを玩んで発狂しかけた昔の僕は、あのだんだらの立方体をかち割って組み立てなおしたことがある。ハノイの塔を積み上げ続けている僧侶たちの中からも、いつかはそんな奴が出るに違いない。一回全部ばらして積み上げなおしてしまえばよいではないかと。宇宙が終わってしまうのだそうなので、お勧めこそできないものの、単純労働の果てしない継続は、ものごとの本末を見失わせる効果を持つのだからやむをえない。
 この、達成するのに莫大な時間を要請するパズルが強要するのは、そいつが定めたルールに従えという強制だけだ。それを無視してしまえばパズルは崩壊するけれども、中身を知ることは可能になる。それはまあ、パズルのルールを無視したことを判定して自爆するというような機能がこの箱にはついているかもわからない。しかし解体不可能な爆弾が存在しないように、それを逃れる手段は存在するはずだ。物質には人間の定めたルールなんて関係がない。人間の設定したルールが物理的に実現されているならば、それを謀る物理過程も存在する。これは全く証明されていないことだけれど、なんだか心の休まる信仰だと僕は思う。クラックできないシステムなどない。それが自然現象そのものの不可能性に絡んでいない限りは。

82-3)まず計算というものが何なのか、未だに合意が得られていない。〔略〕計算とは、そしてすなわちアルゴリズムとはそういえば一体何なのかという素朴な問いは、速度限界とは別の方向に取り残されたままになっていた。

90) しかももしかして、このページに書いている自分のことを書いている別の小説家がどこかにいるのではないかとの猜疑が男を襲う。
 彼は他の物書きの文章に出会うたびに、それを自分の作品に取り込んだり、単に消し去ることで対抗を開始する。かぎ括弧をつけてみたり、ホワイトを流し込んだりすることによって。ただし、修正には細心の注意が必要となる。自分が編集している文章が、自分のことを書いている文章だったりした日にはどうするのだ。

131) なんだかにやにや笑っている僕を気味悪げに横目で観察しながら、フロイトって言ったってフロイトはフロイトとして大型ゴミにでも出せばどうかと、叔父が建設的な方向へ話を持っていこうと試みている。その横ではフロイトの不法投棄なんてぞっとしないと肩を抱く。
 清掃局に問い合わせて、正規に捨てればいいんじゃないかと、父が泥舟の助け舟を出す。
 フロイトは燃えるゴミなのか燃えないゴミなのか、それとももしかして資源ゴミだったりするのだろうか。僕は問い合わせを受けて混乱する清掃局職員を想像する。清掃局とはそんなに何でもかんでも問い合わせてよいようなものではない気もする。例えば時間は何ゴミなのか。憂鬱は何ゴミなのか。ゴミは何ゴミということになるのだろうか。

181)「自分はそれが正しいと知っている、故に正しいのだ、なんといっても証明もできる、とお考えなのでしょう。でもですね。自分が真と信じていることが真であるなんてことがあったら厄介でしょう。みんな好き勝手なことを信じて好き放題にしてしまう。I believe that P, then P is true. ということですな。私はPと思っている、故にPである。Pは命題の頭文字ですがね。プロポジッション」

306)単純な問いに常に単純な答えがあるとは限らない。

@研究室

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by no828 | 2017-06-11 16:26 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 10日

プラグマティックな解決をあえて提起しない。プラグマティックな意味で考えると、外に出られないからです。機能よりも論理を大事にする——的場昭弘・佐藤優『復権するマルクス』

 的場昭弘・佐藤優『復権するマルクス——戦争と恐慌の時代に』角川書店(角川新書)、2016年。56(1054)

 単行本は『国家の危機』として2011年にKKベストセラーズ

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 最後の引用文に背中を押された心地がしました。どこかで考えが変わるかもしれませんが、しばらくはこの姿勢で行きます。

 本書で指摘されていた現象にしろ、解説・展開されていた思考様式にしろ、現在との接点を感じます。思考様式については、いまもまだかつてのそれから抜け出せていないところがあるということです。それが問題かどうかはさておき、新たな思考様式を獲得したいと(長らく)思っています。

33)的場 官僚の形態というのは、はっきり言ってメリトクラシーです。努力してコツコツ勉強すれば、どのような者であろうと官僚になれる。この点において、形式的には開かれているわけです。ただ、一度官僚になると簡単にやめないことで、かつての絶対王政下のプロイセンにいた官僚たちと同じように、特権団体を形成していく。ここに閉鎖性と開放性とのズレがあります。

38-9)佐藤 ヘーゲルの発想で重要なのは、僕はやはり「受肉」だと思います。理念が具体的な形を取る。結局は、一時期、ヘーゲル自身もナポレオンを「世界精神」と誤認したわけですよね。必ず何らかの形で人の形を取らないといけない。この問題があるわけですよね。

44-5)的場 プルードンはその後、基本的に経済にあまり興味をもたないで、言わば人間の改善によって社会を変えようということを考えています。その問題設定は、非常に楽観的なのですが、人間というものに対する彼なりの信頼と、人間の陶冶が彼の関心事です。ここがプルードンの積極的に評価すべき側面です。〔略〕プルードンが、人間をどうするかという問題を議論していくのに対して、マルクスは、やはり人間よりも組織というかシステムのほうに関心がある。

46)的場 プルードンは重要な点を衝いている。経済学の議論では、人間を変革できないという点です。

49)的場 独断を変えるためには、他人と議論することが必要である。他人の議論が入ることで、自らが他人の議論とかみ合うように変わるわけです。これが民主化するということです。

66-7)的場 自民党政権が何十年ももってきたというのは、基本的に国民が政治に関心をもたなかったからだと言えます。国民は基本的に経済で忙しく、どんな政治をしようと、経済がうまくいきさえすれば関心をもたなくてもよかった。ところが、経済がうまくいかなくなったとき初めて日本人が政治に関心をもち始めた。つまり、政治が変わらなければ経済が変わらないと思ったわけです。

72)佐藤 民意をどのようにして、代表民主政のもとで担保するかというのは本当に難しい。四二〇人の国会議員を四一九人にしても民意は変わらないというように考えるなら、それを一つ一つ減らしていけば、最後は一人によって民意は代表できるはずです。それこそカール・シュミットのいう大統領の独裁みたいな世界になっていく。

88)佐藤 プライベートというのはそもそもラテン語のプリーバーレから来ていますから、「奪う」ということですね、囲い込んで。
的場 自分がそれぞれもっていて、自分のものを取り合う、お互いのものを取り合うという人間関係。アソシアシオンは逆に自分のものを与え合うという関係です。アソシアシオンという言葉は、むしろマルクスよりは、フランスの社会主義者たちが盛んに使っていた言葉です。
佐藤 それ自体はそもそも「使徒行伝」です。「使徒行伝」のパウロの長い説教の最後のところに、「イエスが我々に教えてくださったように、受けるよりは与えるほうが幸いなのです」と、この考え方ですよね。

176)的場 大学院はいま短大になっているんです。わずか二年でしょう。例えば、経済学部を卒業した人間が法科の大学院に来たりします。これは法科の短大生です。

178)佐藤 壺があるとしましょう。壺というのは、時代が経ったら割れてしまいますしかし、壺の中には光が入っている。割れる壺をいくら守ろうとしても、それはダメです。ところが、重要なのは、その壺が割れた瞬間にスッと光をつかんでしまって、新しい壺に入れることなんです。
 我々が社会主義について扱うということは、そういうことではないかと思います。社会主義という思想の中には人類の英知があるし、肯定的なものがある。それをどのようにして次の壺に入れていくかという作業です。これがまさにアイザック・ルリアなどのカバラの考え方です。

264)的場 労働価値説とはいったい何なのかということです。価値を生み出すものがなぜ労働でなければいけないのかという問題、この問いが出てこなくなります。

280)佐藤 それによって世の中を変えようとする人間が出てくるかもしれない。あるいは、逆に、労働力商品化されているということを、「ああ、そういう理屈なのか、ならば搾取する側に回らない限り、いいことはない」と思い、他者を搾取することに生きがいを感じる人間が出てくるかもしれない。

281)的場 マルクスはあくまで一九世紀の人間なので、いまの私たちが陥っているようなプラグマティックな世界の発想の論理とは違った発想をしています。日本でも少なくとも一九六〇、七〇年までは大学の中に残っていました。この発想は、いったん自分を社会の外に置いて、この社会がどのように機能するかを理論的にしっかりとつかんでいく。いったん現在の社会の論理の外に出るということです。社会の機能が、どのように私たちを不幸に陥れているかを分析していき、では、どんな可能性があるのかを分析する。しかし、そのためにプラグマティックな解決をあえて提起しない。プラグマティックな意味で考えると、外に出られないからです。機能よりも論理を大事にするということです。これが批判という意味です。
 かつての学問はみんなそうであったはずです。提言していないということが、ある意味で一つの大きな提言なんです。奇しくも宇野さんは、言論と政策を分けましたが、このような形式に慣れ親しんだ時代においては、政策という問題はそれ自体問題にならない。

@研究室

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by no828 | 2017-06-10 16:03 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 08日

それがね、物語の筋レベルのことではないのですよ。一場面の一つの文章で、単語を一つ加えるか加えないかのレベルでの保身になるのです——有川浩『図書館革命』

 有川浩『図書館革命』メディアワークス、2007年。55(1053)


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 図書館や本について何か気づきが得られるかと思って読みはじめた本シリーズもこれにて完結。

 36ページ「異例の速さで対テロ特措法が採択されたわ」と122ページの「対テロ特措法が採択されたこと」の「採択」は「採決」でしょうか。また、89ページ「関わらず」2カ所は「拘らず」または「かかわらず」。

 この本は原発事故前に刊行されました。最初の引用は、その事故を想起させずにはおかないし、これからこうしたことが起こりうるのではないかという思いを禁じえません。

9) 『本日午前三時ごろ、敦賀三号機、四号機にただいまご覧頂いた戦闘ヘリが低空侵入で突入してきたとのことです。ヘリは三号機に激突、しかしこれはこの事件の始まりに過ぎませんでした』
『三号機、四号機は安全装置の作動によってすぐに停止しました。その後、原電警備隊が警察、自衛隊と連絡を取りながら速やかに戦闘態勢に入り、墜落したヘリから展開した襲撃者と銃撃戦を開始しました』
『しかし、その間に敦賀半島先端部の敦賀二号機が襲撃を受けていたのです』

90) 「本当はここまで書きたい、でもここまで書いたらあの団体やこの団体が目をつけるのではないか。だとしたら逃げ道としてここまでは書かずにその手前で止めておくほうが安全だ。それがね、物語の筋レベルのことではないのですよ。一場面の一つの文章で、単語を一つ加えるか加えないかのレベルでの保身になるのです

90) 「場合によっては悪意よりも善意のほうが恐ろしいことがあります。悪意を持っている人は何かを損なう意志を明確に自覚している。しかし一部の『善意の人々』は自分が何かを損なう可能性を自覚していない

92) 「自分がいつ押しつける側に回るか分からないから恐いんですね、こういうの。あたし思い込み激しいから、いつ自分が押しつける側に回るか分からないので恐いです
「間違えたってかまうか。間違わない人間なんかいない」
 そう口を挟んだのは堂上だった。
間違ったら『次から気をつけます』でいいんだ。何度でも次から気をつけたらいいんだ

242) しかし、手塚慧は卑怯であることを承知のうえで卑怯な手段を使っていた。卑怯だと誹られても彼は顔色一つ変えないだろう。そして顔色一つ変えずに彼は、卑怯な手段を躊躇しない組織を自らの手で作り上げたのだ。
 手塚慧は卑怯だったが、卑怯であることに対してフェアだった。手塚慧が泥を被るとしたら、それは自分で被るのだ。郁や弟と同室の砂川を利用しようとしたことを、彼は手を組んだ今でも言い繕おうとはしない。フェアに卑怯であり続けるその度量は認めざるを得ない。
 彼は最も理解されたかったであろう弟に詰られながら、十年近くもそういう自分を貫いたのだ。理想を叶える前提として卑怯に徹し続けたのだ。
 そしてこの先も彼は弟にそのことを言い訳することはないのだろう。弟に言い訳をしない彼は他の誰にも過去を言い訳しない。柴崎はそこに手塚慧という男の奇妙な潔さを見る。

@研究室

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by no828 | 2017-06-08 18:13 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 06日

あなたが彼の作品をまだ読んでいないことは知っています。読まずに、彼の損失を嘆くことができるでしょうか——星野智幸『最後の吐息』

 星野智幸『最後の吐息』河出書房新社(河出文庫)、2005年。54(1052)

 単行本は1998年に同社
 


 その作品を読んだこともない作家が日本で死んだことを真楠〔まくす〕はメキシコで知り、なぜかいてもたってもいられなくなる。表題作のほかに「紅茶時代」。

 2つ目の引用部分から脱文脈的に大学院時代を思い出しました。研究発表のレジュメを読んで、ここに息を吹きかけたらどれだけの字が軽やかに飛び去り、どれほどの字が残るか——いつもそんなことを思いながら研究発表を聞いていました。学会でもそう。積算すればおそらく数百では足りない、千に近い数の研究発表を聞いてきたと思います。そのなかで、その紙にしっかりと根を下ろした言葉は一体どれほどあったでしょうか——自戒の念も込めつつ。

 ポストモダンは多くの人に考えないための口実を与えた、と引用文にはあり、たしかにそうだと感じるところがあります。しかし、学問に限定するならば、むしろ根拠というか足場がなくなったからもう1度きちんと考えなおそうとした、というところもあるように感じます。

 本エントリのタイトルにも掲げた部分は、期せずして昨日のエントリ、星野智幸『最後の吐息』の内容と対をなしているかのようです。

9-10) ハチドリになって、緑と金に光るしなやかな黒い体を隅々までコントロールしながら自在に飛び、何もかもさらけ出したように咲き乱れる赤や黄色のハイビスカスの蜜を吸う。むせるように甘い蜜と香りに、思わずチチチと愉悦の声が漏れる。そうすると、いま味わっているような、自分が架空の人物であるような気分は、跡形もなく消えて、輪郭のくっきりした世界に生きられるだろう。想像上の生き物であるようなこの気分がなくなるのなら、何になってもいい。

14-5)この活字になりたい、その作家の名前を刻む活字になりたい、と思う。それどころか、この作家のペンを持つ手が書きつける名前そのものになりたい。ペン先から流れるインクが名前の形に固まったものになりたい。すると、涙がこみ上げてきて、泣いてしまった。読んだこともない作家の名前であることが、どうして泣くことにつながるのか。しかも、名前の活字にしがみついた途端、その字はどんどん浮き上がって、ついには紙からはがれると、一緒に宙に漂いだす。〔略〕
 真楠の図書館通いが始まる。日本語学科のある大学院の図書館へ行くと、その作家の小説では、誰か日本人留学生の置いていった文庫本が二冊あった。彼は、薄いほうの小説の長い二つの分からできている最初のひと段落を、暗唱できるほどに読み返してから、新聞記事を送ってくれた恋人に手紙を書く。「彼が死んで、ぼくは重力を失い、毎日ゲロを吐いています。」すぐさま返事が届く。「あなたが彼の作品をまだ読んでいないことは知っています。読まずに、彼の損失を嘆くことができるでしょうか。」架空の人物になった気分が、また甦る。

175-6)二〇〇〇年、『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞を受賞した直後、野谷文昭との対談で、星野智幸はつぎのように語っている。
八〇年代のポストモダン的言説が盛んだった時期には、拠りどころなんてなくていいんだという無邪気な明るさが世相を風靡した。それで目を開かれたようなところは僕にもあるし、間違いなく旧時代のくびきを断ち切る力とはなっていました。しかし、現実には拠りどころのない状態を耐えられる人は少ない。ポストモダンの言説は多くの人にとって何も考えないための口実となったし、そもそも八〇年代の明るい気分は何か別のものに支えられていたわけですが、その正体を見極めようとはせずにただ依存していた。九〇年代を通じてこの拠りどころの問題は反動的に処理される一方であり、今改めて直面せざるをえなくなっています」
〔略〕ほんとうの怠慢は、他の誰でもない私たち自身とその風潮との関係にこそ潜んでおり、足場を見失ってだらだらと自分に許し、やがては保身のために他者にも許してしまう甘さの積み重ねに隠されているはずなのだが、星野智幸はその種の言い逃れの仕組みを百も承知のうえで、「拠りどころ」となりうるものを一個人の領分からもっと広い場所に見出しうる可能性があるとすれば、それに賭けてみるべきだと、第一作からもう困難な道に進む覚悟を決めていたのだ。 ※堀江敏幸「解説」 ※傍点省略

@研究室

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by no828 | 2017-06-06 17:52 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 05日

ぼくはその本文や原典を極端に重視する考えは不健全だとさえ思っている——山形浩生『訳者解説』

 山形浩生『訳者解説——新教養主義宣言リターンズ』バジリコ株式会社、2009年。53(1051)


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『新教養主義宣言』も読んでいますが、ここでは紹介していないようです。

 本書には、筆者が各種書籍に寄せた解説が収められています。個々具体的な本の解説の内容はさておき、本をどう使えばよいか、何のために本を読むのか、といった事柄についての著者の考えを引いておきます。著者の主張や洞察を理解することはたしかに大切で、そのためには「(訳者)解説」を読むことが大きな助けとなるでしょう。しかし、その「解説」がつねに正しいとも言えず、やはりまがりなりにも自分で読みとおすことの重要性は消失しないでしょう。“解説には書いてなかったけど、通説でも強調されてないけど、ここにはこんなことが書いてあったのか”という発見も——つねに、ではないけど——あります。

「同じ前提からまったくちがう結論を引き出すような本」にわたしも(もっと)出会いたいです。論理的に興奮させる本というのは決して多くありません。

11)ぼくは本文を形式的に読むより大事なことがあると思っている。それは、著者の主張や洞察をきちんと理解することだ。

12)読者がわからないなりに本文を読んで挫折し、結局著者の主張を中途半端にしか理解できずに終わるのと、山形の解説だけ読んで著者の主張の全貌をまがりなりにも理解するのとどっちがいいか? これは議論のわかれるところだろうけれど、ぼくは後者だと思う。小説でもない限り、読者が本を読むのはそこに書かれた著者の主張や洞察を理解するためだ。ならば山形の端折った解説によってであれ、それがなるべく実現できるほうがいい。

12) 極端なことをいえば、ぼくはその本文や原典を極端に重視する考えは不健全だとさえ思っている。〔略〕歴史的興味以外の理由であえて出発点に戻ることの価値は小さい。

20)人が考えてもいなかったことを考えさせてくれる本、同じ前提からまったくちがう結論を引き出すような本、そして滅多にないけれど、転向を余儀なくさせたような本、そんな本にこそおもしろさがあるし、それを何とかわかってもらおうと解説も長くなるわけだ。

@研究室

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by no828 | 2017-06-05 17:23 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 04日

日本は日本から遠ざかるほど日本に近づき、混乱すればするほどきわどく正気をとり戻すだろう——関川夏央『貧民夜想會』

 関川夏央『貧民夜想會』文藝春秋(文春文庫)、1990年。52(1050)

 単行本は1986年に双葉社
 


 旅のエッセイ。わたしをかつて襲った感覚がここにも描かれていました。あのときの鋭敏さがいまもまだあのときのようにあるのか、鈍くなってはいないか、鈍くなっているならそれはなぜなのかと、改めて自問しています。

43-5) きみはオーストラリア人なの?
 とぼくはタイ人が行ってしまってから青年に尋ねた。
「いまはね」
 と彼は答えた。
 いまは?
「そう。五年前からね
 青年ははじめて薄く笑った。
「五年前に移住して、いまはメルボーンに住んでいるよ」
 移民か。
難民さ。カンボジアの
 カット・クーンと名のった青年の言葉は、それから一分間に数語といったペースで吐き出された。
 彼は語った。
 プノンペンの高等中学の教室について。ロンノル政権の崩壊した春について。強制収容地での、悲惨すぎて絶望する自由さえ失った生活について。栄養失調で死んだ祖母とふたりの妹について。自分の墓穴を掘らされたあと、後頭部を棍棒で殴られて死んだ従兄弟と父親について。ついに彼を除いて死に絶えた家族について。一九七八年晩秋のパッタンパン州からタイ国境までの、細い絹糸をつたうような逃亡について。オーストラリアでの苦い暮らしについて。しかし死と飢えのない生活について。そして、いま国境のキャンプで彼の到着を待つ、一族の最後のひとりの少女について。〔中略〕
 煙草を一本くれないか、と長い独白を終えて彼はいった。〔略〕
「裸足で歩いたんだ」と彼はいった。「裸足で国境を越えた。両手を高く掲げながら。撃たれても構わないと思った。銃を持った兵隊がやってきた」
 彼は窓辺に置かれた煙草のパッケージに眼を落とした。
兵隊のうしろからブルージーンズのアメリカ人がやってきた。背の高い青年だった。あとでわかったんだが、国連の査察官だった。彼はおびえきったぼくに笑いかけながら、フランス語でこういったよ。“どうだい、一服するかね”
 そのときアメリカ人がさしだした煙草がいま窓辺にある銘柄だった、と彼はいった。それはアメリカでもっとも大衆的な、強い味の煙草だった。
「だからね」と彼は顔を歪めて小さく笑いながらつづけた。
「いまでもこいつには、なんというか、独特の味がするんだな。忘れられないんだな」〔中略〕
「どんな味かって? そうだねえ……」〔中略〕
「人間の住む世界の味。コーヒーやビールや散歩のある世界の味。ひとことでいうなら……」
 最後の言葉だけはフランス語だった。
希望の味」 ※「北行き国際列車の乗客」

174-5) エンリケにもポルトガル人にも、植民という思想はなかった。あったのは略奪、そうでなければせいぜいビーズ玉と銀とをとりかえる程度の一方的な交易への希求だけだった。この時代のヨーロッパ世界を横断して定着していた考えかたはキリスト教絶対世界観、いささか極端にいうならばキリスト教徒以外にはなにをしてもいいという厄介ではた迷惑な考えかただった。これにイベリア独特の、耕すよりも奪った方が儲かるという発想が加わって彼らを勇敢かつ凶暴な存在につくりあげた。
 当時のイベリアは文盲、欲望、狂心の支配する王国だったといってもいい。アメリカ大陸はその不運きわまる犠牲になった。穏やかな古代的帝国を経営していた原住民はその教養の高さと、皇帝を中心とした整然たる家父長的秩序のゆえにたやすくヨーロッパ人に制服され、あらゆる価値観を一朝にして破壊されつくした。 ※「ポルトガルの敷石の運命について」

190) ここまできたのならいっそ新宿も六本木も完全に解放してしまえばいい。新宿にはアジアの難民を、六本木には東ヨーロッパや南アメリカの亡命者をたくさん呼びこめばいい。そしてわれわれは、彼らのスタイルと文化を豚足をしゃぶるようにして摂取しつくすのだ。日本は日本から遠ざかるほど日本に近づき、混乱すればするほどきわどく正気をとり戻すだろう。われわれはともに煮られてはじめて自分の味に気づく、辛い野菜の根のごとき民族なのである。 ※「安全な魔都、新宿」

194-5) スラバヤのホテルでぼくと友人は食事を終え、新しいビールを口に運びながら話した。
 ベチャ引きはやはり一生ベチャ引きなのかよ、とぼくはいった。
 この国ではそうです、と彼は答えた。
 能力のあるやつでもか、とぼくはいった。
 そうです、と彼はいった。
それから彼はコマーシャルとメッセージのコピーを真似る口調でつづけた。
 能力のないやつでもかつかつ食えるが、あるやつもかつかつしか食えない社会がいいですか。それとも能力のあるやつはいっぱい食え、ないやつはぜんぜん食えない社会がいいですか。
 わからんよ、とぼくは投げやりにいった。
 おれにもわからないですよ、革命なんてさ、と彼も投げやりに応じた。
 どちらにしろ、ここで飲み食いしたふたり分の勘定が、ンジャールの一週間分の稼ぎに匹敵することだけは確かだった。
 いいじゃないか、とぼくはいった。
 いいじゃないですか、と彼は答えた。
 さらにビールを数本卓のうえに並べ、熱帯の夜を飲み干そうと試みたが、苦さが舌のうえに積もるばかりだった。 ※水のなかのジャワ

@F沢

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by no828 | 2017-06-04 15:35 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 06月 04日

学園とざる蕎麦

 5月後半の土日は2週連続でT川大学T信教育課程「K育原理」集中講義。1コマ100分、休み時間10分、計15コマ+試験という時間割の組まれ方にはじめのうちは慣れずに戸惑っていましたが、何とか終えることができました。教室は学園入り口すぐのところにある“Pルテノン神殿”のような建物にありました。学園はさらに奥に敷地が広がっていて、規模がとても小さな本務校とは異なる広々としたキャンパスを羨ましくも思いました。

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 対象は約25名。主にK員免許の取得を目指す、いわゆる社会人の方々でした。H育士の資格はお持ちの方、Iンターナショナルスクールなどの現場ですでに経験を積まれている方もいました。わたしより年下の方も多かったですが、なかには人生の先輩も含まれていました。かつて夜間の専門学校で非常勤講師をしていた際の“学生”も資格取得を目指す社会人の方々で、そのときのことを思い出しました。

 ※直下の写真は神殿から最寄駅方面を臨むの図。

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 社会人としての歩みをすでにはじめられているなかでいわば人生を賭して、目的を明瞭に立てられたうえで受講されているその様子はまさに真剣で、本務校の学生たちにも見せてあげたい——というか、見習わせたい——と強く思いました。ときに頷きながら、ときにメモを取りながら講義を受けるという風景が当たり前のように見られました。1コマごとに書いてもらっていたリフレクション・ペーパー——コメント・ペーパーとかリアクション・ペーパーなどと呼ばれるものをわたしはそのように呼びたい、位置づけたいのですが——の書きぶりにも熱が込められていて、休み時間になっても、お昼休みになっても書き続ける方がたくさんいました。それでわたしの休憩時間もなくなってしまい、本来1時間のお昼休みも、朝コンビニで買って控え室に置いておいてぬるくなったざる蕎麦を——蕎麦は冷たいほうがやっぱりおいしいなと思いながら——急いですするという事態になったわけですが、それはそれで味わい深いものでした。nコマ目の冒頭にn−1コマのリフレクション・ペーパーの内容を口頭で紹介するようにしましたが、それもメモを取りながら聴いていて、“本学だとこの時間はだらけるだろうなあ”と思ったりもしました。「K育」について伝えたいことがあるのだ、受講生同士がお互いに学び合うという状況も大切にしたいのだ、というこちらの意図と、「K育」について学び(合い)たいという意図とが、うまく合致していたように感じます。幸せなことです。受講生のみなさんの熱にわたしも励まされ続けた、支えられた4日間でした。

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 夏季にまた別の科目で講義が6日間連続(!)であります。そちらもがんばろうと思っています。まずは今季「K育原理」のレポート・試験の採点・成績評価です。

@F沢

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by no828 | 2017-06-04 11:16 | 日日 | Comments(0)