思索の森と空の群青

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2017年 09月 14日

乾杯はSではなくOに

 先の週末は3泊4日で某学会大会のあるM庫川女子大学へ行ってきた。昨年と同じ場所だ。(来年も同じらしいという噂もある。)

 行程は往復ともにS尻・N古屋経由。K西方面へ行くのに、なぜいったんN野を経由しなければならない——方角としては北上することになる——のか、という若干の憤懣はあるものの、所要時間はH王子・S横浜経由とそれほど変わらない。運賃もH王子・S横浜のほうが高い。というわけで、以下の写真はそのS尻駅のホーム。

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 宿はO阪U田。そこからH神でN尾へ2日間通う。急行から各駅への乗り換えはあるものの、所要時間は20分程度。去年と同じ方法。大会でご一緒したI澤さんには「U田好きだね」と言われた。そういうわけでもない。O阪駅・U田駅周辺の地下空間は混み入っていてすぐには慣れない。

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 懇親会を除いて大会日程のすべてに参加。この学会はわたしのなかで知り合いも少なく、まだ場違いな感覚が強い。1度だけ懇親会にも参加したことがあるが、少々辛いものがあった。

 今回は、初日のお昼にわたしの直接の知り合いの方とその方の知り合いの方と5人で食事をした。直接の知り合いの方とは午前中の部会でたまたま近くの席になった。少し話して、お昼ご一緒しませんか、とお誘いいただき、ぜひ、と応じた。ただ、わたしの想定では、昼食はその方とわたしの2人であった。そこから派生して5人で少し歩いたところにある——実は遠回りしていた——Gストへ行った。5人は(たぶん)同世代ということもあり、研究の話もしやすかった。帰りは最短距離——だと思う——で会場まで戻った。

 実はこの日、わたしは昼食を準備していた。大会校であるM庫川女子大学の周辺には食事ができるところがほとんどないため、コンビニなどで昼食をご準備のうえご参加ください、と事前に案内があったからだ(だから去年もコンビニ対応した)。が、それは伏せてGストへ行った。準備したコンビニおにぎりは夕飯としてホテルで食べた。夕飯のためにH神地下で惣菜も買った。

 2日目のお昼は、大学院の先輩でもあるH井さんとご一緒した。初日の午後にお目にかかって(H井さんは午後からいらしていた)、明日お昼一緒に食べよう、とお誘いいただいた。Gストがそう遠くないところにあることが初日にわかっていたので、どこで食べるか心配することはないと思った。今度は最短距離でGストへ向かった。が、途中で「自家製麺」ののぼりがあることにH井さんが気づかれた。そこはラーメン屋で、ふたりで豚骨系のラーメンを食べた。ふたりとも1回替え玉をお願いした(2玉まで無料らしかった)。わたしにとっては人生初の替え玉となった。ラーメンで大盛りを頼んだことはあるが、替え玉を頼んだことはこれまでなかった。替え玉方式のラーメン自体を食べたことがないのかもしれない。

 2日目の夜は、大学院の後輩であるS口とU田で合流した。彼はいまH庫教育大学に勤めている。そこから高速バスで来てくれた。昨年も一緒に飲み食いした、駅にもバス・ターミナルにも近いビルの地下街へ向かった。

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 ほぼ1年ぶりのS口の近況などを聞く。今回は“本当に聞きたいこと”というか、“真偽を確認したいこと”があり、かなり間接的に水を向けたりもしたのだがなかなか思うようには展開しなかった。あるいは偽なのかもしれない。自発的な告白に委ねようとはじめから思っていたからそれでもよい。本当はS口に乾杯したかった。が、果たせなかった。でも「O阪に乾杯」は飲んだ。かなり爽やかな味がした。(付記:帰路、S大阪駅で「O阪に乾杯」350ml缶を2本買った。お土産売り場というよりはコンビニのようなところに売っているはずだ、という目星を付けていた。そのとおり、そうしたところにあった。)

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 S口は22時の高速バスで帰っていった。21時50分までお店にいて、バス・ターミナルまでふたりで走った。わたしは走る必要はなかったし、そのように言われもしたのだが、ひとり走らせるわけにはいかないと、酔ったところでむくむくと湧いてきがちな義侠心のままにわたしも走った。バスには間に合った。S口は1番前の席、しかも窓側にすでに人が座っているところの隣に座った。バスの後部の座席はまだまだ空いていたからそのように手ぶり口ぶり(?)で伝えようとしたが、S口は動かなかった。そのときは不思議であったが、座席は指定されていたのかもしれない、とあとから思った。

 大会自体はかなり情報量の多いもので、まだ消化しきれていないところがある。問題意識の段階で追いついていないものもある。その続きこそが聞きたいのだ、ということもある。が、刺激を受けたことは事実だ。もっと勉強しなければならない——この大会へ行くといつもそう強く思う。

@研究室

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# by no828 | 2017-09-14 19:59 | 日日 | Comments(0)
2017年 08月 04日

院生というのは「ずっと前からここにいて、いつまでたってもここにいる」人のことだ——松原始『カラスと京都』

 松原始『カラスと京都』旅するミシン店、2016年。69(1067)


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 動物行動学者・カラス研究者の学部・大学院時代=京都時代(1992〜1997年)の物語と、京都を離れて東京へ引っ越すとき(2007年)の断片。フィールドノートを振り返りながら、当時の様子を再構成した本です。著者の思い出を支えたのがフィールドノートです。本来フィールドノートは研究に関する事柄を書き留めるものですが、著者はそこに生活に関わるさまざまな事柄(洗濯を何回したとか)も書いていたようで、そのフィールドノートが本書の土台を提供しています。

 研究者(を目指してしまった人)がどうやって生き延びてきたのか、という話はやはりおもしろいです。

4) とは言っても、当時の自分を振り返って深イイ話をするなんて柄じゃない(ああいうのは功成り名を遂げた偉い先生が引退する頃にやるものだ)。だが、それでも語ってみたくなるくらい、大学は魅力的なところでもあったのだ

59) いやまあ、四浪して京大を受け続けていれば伝説にもなる、かもしれんけども。
 別に京都大学という名前に憧れたわけではない。高校の進路指導で「動物学がやりたいです」と言ったら、先生があれこれ調べて「動物学で出てくるのは京大くらいやなあ……」と言われたのである。まあ、これは単なる検索ワードの問題で、「動物学教室」と名乗っているのが京都大学理学部にしかなかった、というだけのことだ。内容として動物学を扱っているところは、日本中にたくさんある。
 もっと言えば大学はさっさと入れるところに入り、大学院から転入という手もある事を、大学院に入る頃を知った。実際に研究と呼べることを行うのはどうせ大学院なので、これでも十分と言えば十分なのだ。むしろ、通う大学に関係なく、研究者や大学院生と仲良くなって「押しかけ助っ人」になってしまえば、学部の時から専門の研究の手伝いをしつつ、学ぶことだってできる。だが、その辺の内情の理解まで、進路指導の先生に要求するのはちょっと酷ではあろう

63)いやまあ、生物学にしたって認識の方法の一つに過ぎないのだが、その基本的なスタンスは「自然は実際にそこにある」ということだ。人間がそれをどう解釈しようと、変わるのは解釈や認識であって、自然の方ではない。

133)院生というのは「ずっと前からここにいて、いつまでたってもここにいる」人のことだ。 ▶︎ 深く突き刺さる定義です。

152-3) 木村〔資生〕の説くところによれば(そして実際そうなのだが)、遺伝子に発生する変化の大半は中立か有害で、有利な変異は滅多に起こらない。〔略〕中立説はダーウィニズムと対立しない。木村資生は自然淘汰をもちろん認めており、それが適応的な進化に重要だと書いている。〔略〕中立説が否定したのは「自然淘汰だけが進化の原動力であり、どんな進化にも必ず有利・不利がある」という自然淘汰万能論だ。〔略〕それまで考えていなかったような、淘汰に関係ない進化もありますよ、そして、これが常々起こっていますよ、というのが中立説のキモだ

191-3) 「ほな、レポートの課題、出すな〔略〕最初にプリント配ったやろ。セトロジーいうの。あれに『クジラは魚や』て書いてあったけど、ここまでこの講義聞いて、それでも魚やと思うか、やっぱり哺乳類やと思うか、それ書いてもらおか」〔略〕
 川那部先生はいつもの着物姿で、両手をブラブラ前後に振りながら続けた。
せやけどねえ、教科書通りに哺乳類の特徴はコレコレって挙げてね、クジラは哺乳類やって書いたら、落とすよ〔略〕そらね、クジラは哺乳類なんよ。メルヴィルかてそんなことわかってて洒落で書いてんねん。せやけど、ボク、面白いもん読みたいねん。せやから、できたらクジラは魚やって書いてほしいな。もちろんどっかで破綻するねんで。どこまでうまいこと、面白い嘘つけるか。クジラは魚や言うて、どんだけホラ吹けるか。クジラは魚や! そんなん読みたいなあ
 面白い。非常に面白い。 ▶︎ そんなレポート課題、試験問題を作りたいなあ、とわたしもつねづね思っています。多くの学生にとっては迷惑千万かもしれませんが、一部の学生はこの著者のようにおもしろがってくれるはずだと信じています。

274) 同級生にはインドを放浪して来た奴もいるし、ワーキングホリデーでオーストラリアに一夏いた奴もいる。そういうことは全然やらなかったな。大きなテーブルの反対側の端では、コーヒーを横に論文を読んでいる、院生らしき人。留学生と英語で話し込む学生。何を話しているのかはわからない。文献を積み上げてルーズリーフに何やら書き込んでいるお姉さんは文系か。世に言う「女子大生」っぽい感じが理学部や農学部ではない。
 何の経験もない自分はここで何をしているのか。無為に一夜を過ごし、今こうしてコーヒーを飲み、今日もまた漫然と過ぎて行く。単位は足りるのか。研究は、進路は。悔しいが自分より有能な人々と伍して、自分は研究者になんか、なれるのか。
 セロトニンの払底した二日酔いの朝は、ただでさえ悲観的になるものだ。リーアム・デヴリンの言う「全てが終ってしまったように感じる、午前3時の気分」というやつだ。二日酔いで寝不足で空腹な朝なんて、ロクなもんじゃない。

301-2) 帰宅してデータをパソコンに打ち込み、それを解析に加えて結果を考え、夜中のハイテンションの中で「俺は天才だ!」と思いながらノートをまとめ、翌日読み返してあまりの杜撰さに「俺は馬鹿だ」と落ち込む。修士課程の終わり頃には、そんな夜をどれだけ過ごしたかわからない。唯一の友は延々とリピートしながら聞くB’zの「Survive」だった。
 だが、今になってわかる。それがどれほど幸せな日々だったことか! 日が昇っている間は思うさまカラスを追い回し、日が沈んだらアハハと笑って安酒を飲む。誰にも、何にも邪魔されない。自分の時間は全部、自分とカラスだけのものだ。金と仕事と業績と将来の展望と明日の保証がないかわりに、大いなる自由がある。今なら金を払ってでも手にしたい。
 いや、当時はその金と仕事と業績と将来の展望と明日の保証が欲しかったのだから、言っても詮無いことだ。
第一、「お前は今でもテキトーじゃねえかよ」という意見もあるかもしれない。ウム、言われてみればその通りだ。

302-3) 全ての授業が、直接に役立つとは限らない。「クシクラゲは有櫛動物に分類される動物である」と知っていても、実生活には役立たない(博物館での展示には大いに役立ったが、これは特殊な例だ)。だが、自分の知らない深淵を覗き込むくらいのことはできる。そこで知った様々な生物学の断片、院生や級友や他大学の人達、そして何よりも、大学でよく見かけた学者という生き物の姿が、大学で得た一番大きな経験だと思うのだ。

 本書をもって、昨年読んだ研究に直接関係しない本の記録が終了(ようやく)。69冊、やはりペースが落ちています。読むべし。自分を更新すべし。ブログも更新すべし。

@研究室

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# by no828 | 2017-08-04 17:46 | 人+本=体 | Comments(0)
2017年 08月 03日

祈りは、自分以外の誰かのためでなくてはならない——加賀乙彦『海霧』

 加賀乙彦『海霧』新潮社(新潮文庫)、1992年。68(1066)

 版元サイトなし|単行本は1990年に潮出版社

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 心理療法士の牧子が北海道に渡り、開放的な精神病院に勤め、堂福院長の考え方に触れ、漁師の青年・洋々に恋をするものの……という物語。

 個人、共同体、社会。島国根性=全体主義?

18) 「百人も二百人もの患者を一箇所に集める病院というのは、患者の集団管理を容易にするために発想された施設だが、精神障害者のように各自が微妙な悩みをもつ患者に対しては、適当とは思えないんです。だから、ぼくは普通の人々が生活するのに近い環境を用意した。一軒に、多くて二十人、できれば数人が家族のように暮すのが理想でね」

23)死こそは私自身に属する慰めだと思った。

38-9) 堂福院長の考え方を私も段々理解してきたが、その中心となるのは、精神病者を社会に連れ戻そうという思想だった。〔略〕精神病者は社会を乱す危険な存在だから、精神病院に隔離収容せねばならぬというのが、どこの近代国家も考えたことだった。〔略〕病院の規模が大きくなれば、どうしても患者の治療は大ざっぱとなり、画一的となる。そして、そもそも大病院設立の目的が隔離・島流しにあったのだから、患者の入院期間は増大する傾向が生じる。〔略〕
 そうではなく、精神病者は治療し、軽快した患者はすみやかに社会に復帰させるべきだというのが、近来のまっとうな考え方である。大病院のかわりに小病院を、集中病棟のかわりに分散病棟を、監禁のかわりに開放を、隔離のかわりに社会復帰をというのが堂福院長の考えなので、堂福病院はその方針にしたがって建てられたのだ。
 しかし、精神病者を社会に連れ戻そうとする彼のやり方は、地元の人々とさまざまな衝突を引きおこした。

50)イトウという、このあたりの湿原に住む怪魚だ。ひどく敏感で獰猛で素早く、釣人の足音を遠くから聞き分けて逃げてしまうので、釣るのは至難のわざだ、しかしそれだけに釣人が追いもとめて釣るので、今では本当に数が少なくなったという。
「わたしね、イトウを見たことがある」
「へえ、どこで」と洋々は驚いた。
「水族館で。池袋にサンシャイン60という高層ビルがあって、水族館がある。珍しい魚が集められていてね、アマゾンのピラニアもいたわ。イトウも数匹いるの」
東京って何でも集めるところだなあ

68-9) 「さっきの松浦さんの症状もそうですけど、精神の病というのは、その人の置かれた状況を極端に示していますね。松浦さんが被害妄想の穴の底に落ちてしまうのも、出海さんがすごく攻撃的な躁状態へと飛びあがるのも、わたしには分るような気がするんです。この町の人は多かれ少なかれ松浦さんや出海さんのような状況に置かれています。すると……そこがわたしの疑問なんですけど、病気を治すより先に、社会を治さねばならないんじゃないかと思えるんです。はっきり言って、病気なんか治す必要はないと……
「おいおい」と堂福院長は手で制した。「そこまで行ってしまうと危険だよ。医療というのは仏典にある毒矢の比喩みたいなものだ」

79) 「面白い小説ってのは、どこか恐い所があるよ。毒があるだべさ。つまらねえ小説ってのは、なあも恐い所がねえで。人間が人間の善意を信ずるなんてえ甘いもんだな。この区別は、純文学だろうが推理小説だろうが変らねえ」

97-8) 長い長い旅のすえ、やっと故郷に帰ってきた鮭たちを待っていたのが、この棍棒による処刑である。長靴にゴムズボン、ゴム手袋の男たちの腕前はたしかで、いとも簡単に鮭は撲殺される。夢中でもがく魚が一瞬のうちに死体と変るさまは、明るい美しい日の光のなかで、何か場違いな殺戮として迫ってきた。〔略〕雌も雄も、このとき生を終えて、愛の成就をことほぎながら死をむかえる。自分の生命と活力と生涯の帰結を、ただ授精の刹那の快楽にささげる。しかし、実際には愛ははばまれ、雌雄の仲は割かれ、人間の手による授精のみがおこなわれる。人間たちはやがて稚魚を川に放ち、稚魚たちは故郷を目指す長い長い旅に出るのだ。それは、ただただ人間によって捕獲され撲殺されるための旅立ちである。

122-3) 「馬というのは子馬の時〔ママ〕から、はっきり性格も能力もきまっていて、将来使いものになるかどうか見分けられるんです。人間も同じでしょうな」
 横山医師が肯定した。
「五歳の子供の心理テストを、十歳、十五歳のそれと比較した研究があるんですが、人間の性格も知的能力も、すでに五歳のとき〔ママ〕に定まっているという結果です。むろん、その折おりの教育や訓練の成果で性格や能力はぶれていくが、持って生れた素質を本質的には変えられんのです〔略〕好き嫌いが定まるのは三歳ぐらいまでだと、フロイトが言っています。ぼくは二、三歳のとき親父におぶさって北アルプスを縦走したんだそうで、山登りの趣味はそのときに植えつけられたらしいんです」

152-3) 「事実というものは、ややこしく、こんがらがっていて、単純に二つの派の“対立”という具合に単純化できない。それを勇猛果敢に単純化したのが、出海さんや松浦さんの精神の病さ。あらゆる精神の病は現実の極端な単純化の上に成り立っている。だから激しく鋭く、おのれを亡ぼし、他人を亡ぼす。精神の病だけじゃない。戦争だって革命だって、またわれわれの喧嘩だってそうだろう。ただ、正常だと自認する人々はそういう極端化を心中では思っても、あからさまに口には出さず、内に認めている。つまり彼らは狡猾なのさ。ところが精神を病む人々は、本音を隠すことができず外に出してしまう。彼らは正直なのさ
 ▶︎ 単純化しないと動けない、単純化しないから動けない

157) 「狂ってる世の中では、狂っている人が正常なのに、あえて狂いを治す——つまり正常者という名の異常者を作り出さねばならない

182)「そうだ、あの町にもキリスト教の教会がある。カトリックでね、外人の牧師がいる」
カトリックなら神父というのよ。町に教会があるなんて知らなかったわ
「おれみたいな地元の人間でも知らなかったんだ。この前、牧子さんが聖書を読むと分っているから、注意して見たら、わが町にもちゃんと教会があった。なんと、町の入り口でね、しょっ中その前を通ってたんだ。無関心てのは、何も見ないってことだ

189)精神の病という、心に巣くった癌のようなものを、温かい人間の感情で解きほぐし、消失させていく作業だ。外科医がメスで切断するのに対し、心理療法士は、辛抱強い話し掛けと付き合いでそれを取り除こうとする。

201)魚をとるなら心をきれいにして魚をとれ。きれいな漁師になれ。だけど、そうするのは疲れることだ。

235-7) 「真面目ってどういう意味です
「あなたは意味を知りたがるね。物事をいい加減にすませないっていう意味だ。悩むときは、とことん悩むし、一度行動をおこせばとことん突き進む〔略〕そのため不必要な周囲と軋轢をおこす〔→ 不必要な軋轢を周囲とおこす〕。大体世の中は、不真面目な人たちで成り立っている。他人には本音を言わない。それが処世の術だ。ところが、洋々青年は、まっしぐらに本音で進む。〔略〕」
でも、あの人は無口です
嘘が言えないから無口なんだ。嘘、お世辞、おべっか、へつらい、おだて、そういう詐術ができないので黙っている。ぺらぺら喋りまくる世馴れた人間てのは、そういう詐術にたけてるだけだ」〔略〕
「さっきの真面目の意味だがね。キリストも真面目な人だったね
「……そう言えますね」
この世から弾き出された余所者だ。しかしこの世を動かすのは、結局は余所者なんだよ
「余所者ですか」私はぎくりとして、院長の淋しげな表情を見た。

278-9)焦ってはいけないと自分に言い聞かせ、自分の祈りを反省してみた。自分のためにのみ祈ったのでは神は応答してこない。祈りは、自分以外の誰かのためでなくてはならない。ところで、洋々のために祈るというのは、幾分かは自分のためでもある。むしろ、彼を手に入れたいために祈っていたのではないか。私は祭壇を見上げた。

@研究室

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# by no828 | 2017-08-03 17:55 | 人+本=体 | Comments(0)