思索の森と空の群青

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2015年 10月 13日

たがいに尊敬しあいなさい——ヴォネガット『死よりも悪い運命』

c0131823_19324478.jpgカート・ヴォネガット『死よりも悪い運命』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、2008年。21(943)


 原著刊行は1991年。原題は Fates Worse than Death

 版元

 
 自伝的エッセイ集。講演の原稿も含まれます。生まれ育った家庭のことが出てきます。ユーモアはここにあります。ただし、ヴォネガット自身の体験したドレスデンとの対比で広島が論じられるとき、そこには強い違和を感じざるをえません。もちろんヴォネガットはどんな戦争も肯定などしていないのですが……と書いて、こう書いたほうが厳密には正確だとしたら残念だと思いました。もちろんヴォネガットはどんな戦争も無条件には肯定などしていないのですが……。そうではないはずだと思いたい。

 エリ・ヴィーゼルの名前が32ページに。


鬱病でなければ、すぐれた純文学作家にはなれない。(32)

わたしはアルコール中毒者更生会の熱心な礼賛者です。そして、ギャンブル中毒者更生会、コカイン中毒者更生会、ショッピング中毒者更生会、大食中毒者更生会、などなどの礼賛者でもあります。これらの団体は、もと人類学部学生としてのわたしを満足させてくれます。これらの団体が、ビタミンCのように健康に不可欠ななにか、この特殊な文明のなかでおおぜいの人間が持てずにいるもの——つまり、拡大家族をアメリカ人に与えてくれるからです。(42)

 ポロックの作品は、絵画に無関心な人びとをさえ驚かせるはずだ。その理由は——仕事をするに当たって、自分の意志を無意識にゆだねたからである。ジークムント・フロイトの死から八年後の一九四七年に、ポロックはこう書いた——「自分の絵のなかにいるときのわたしは、自分のしていることの意識がない(57. 傍点省略)

 一九五四年度のノーベル賞を受賞したのち、七年間の文学的沈黙がつづきました。そのあと、ここからそう遠くない場所で、ヘミングウェイはもうひとつの芸術作品のつもりだったかもしれない、だが、最も恐ろしい作品を創作しました。猟銃による、みずから招いた死です。ヘミングウェイは、自分の生命を、すべての自作のなかで最も忘れられないものだと信じていたように見えます。とすれば、猟銃の暴発は一種の活字、ひとつのピリオド、“ジ・エンド”という単語だったのです。
 そこから連想されるのは、もうひとりのアメリカの天才、コダック・カメラとロール・フィルムの発明者で、イーストマン・コダック社の創立者だったジョージ・イーストマンです。彼は一九三二年に拳銃自殺をとげました。イーストマンは病気でもなく、悲嘆に暮れていたわけでもありません。遺書に記されていたのは、アーネスト・ヘミングウェイも晩年に感じていたにちがいないひとことでした——「わたしの仕事は終わった」。
 ご清聴ありがとうございました。
(97)

そのときのスピーチの枕には、キン・ハバードが卒業式のスピーチについて述べたコメントを使った。ハバードは、わたしの若いころ、インディアナポリスの新聞に毎日ひとつのジョークを書いていたユーモリストである。彼のコメントとは——どこの大学も、本当に重要なことをぎりぎり最後の卒業式までとっておかないで、四年間にばらまいて教えればいいのに。(123)

(そのほかのインディアナポリスの英雄といえば——のちに広島に投下された最初の原子爆弾をグアム島に運んだ、巡洋艦インディアナポリス号の勇敢な乗組員たちがいる。その後、インディアナポリス号は日本軍の特攻機に撃沈され、かなりの数の生存者が生きながら鮫の餌食になった。戦争とはそういうものだ。レーガンやブッシュが、彼らの親友や最大の選挙資金提供者の犯罪から国民の目をそらすために仕組んだ、小国への見世物的な攻撃と比べてみたまえ)。(145)

 広島の全面破壊は、人種差別的な残虐きわまる蛮行ですが、それでもいちおうの軍事的意味はありました。数年前、ウィリアム・スタイロンといっしょに東京に招かれたとき、彼はこういいました。「原子爆弾のおかげだ。あれがなければ、おれは死んでいたよ」原爆が投下されたとき、彼は海兵隊員として沖縄におり、日本本土への上陸作戦の準備中でした。もし上陸作戦が実施されていたら、アメリカ側と日本側の両方に、広島で焼きつくされたよりも多数の死者が出ただろうことはたしかです。
 ドレスデンの無差別爆撃は、まったく軍事的意味のない、感情まるだしの事件でした。
(151)

 わたしの兄が博士号を取得したのは、たしか一九三八年でした。もしそのあとで兄が職さがしにドイツへ渡っていれば、ヒトラーの夢の実現に力をかすことになったかもしれません。もしイタリアへ渡っていれば、ムッソリーニの夢の実現に力をかすことになったかもしれません。もし日本へ渡っていれば、トージョーの夢の実現に力をかすことになったかもしれません。もしソ連へ渡っていれば、スターリンの夢の実現に力をかすことになったかもしれません。だが、兄はペンシルヴェニア州バトラーのあるボトル・メーカーで働きました。あなたがどんなボスを選ぶか、だれの夢を実現させるのに力をかすか——それはあなただけでなく、人類にとって大きなちがいを生みだすのです。(183)

 わたしから見て、ヒポクラテスの誓いのなかで、いちばん編集を必要としないのは、このくだりです——「わたしの能力と判断力にしたがい、患者の利益のために養生法をほどこし、患者を苦しめたり、そのほか不正な目的でそれを用いたりはしません。たとえだれに求められても、人の命を絶つような薬を与えないし、またそのような薬を奨めたりもしません」〔略〕
 そのパラフレーズはこんなものになるかもしれません——「わたしの能力と判断力にしたがい、この惑星上のすべての生物の利益になるような養生法をほどこし、それらの生物を苦しめたり、そのほか不正な目的でそれを用いたりはしません。たとえだれに求められても、人の命を絶つような物質や機械を作らないし、またそのようなものを作れと奨めたりもしません
 これをMITを卒業するときにだれもが喜んで宣誓する誓いのたたき台にしてはどうでしょうか。
(186-7)

 かりに西欧文明がひとりの人間であるとしたら、早く彼をもよりの戦争準備中毒者更生会へ連れていったほうがいい。彼をみんなの前に立たせて、こういわせたほうがいい。「西欧文明といいます。わたしは戦争準備中毒者です。わたしは自分にとってたいせつなすべてのものを失いました。もっと早くここへ来るべきでした。わたしが最初にどん底に落ちたのは、第一次世界大戦でした」(209-10)

奴隷の自殺率は、奴隷の主人の自殺率よりも低かったのです。
 というわけで、アメリカ人もロシア人も、やむをえない場合、奴隷にされても耐えていけます——そして、まだ生命がどこまでもつづくことを望むのです。
 とすると、奴隷にされることは死よりも悪い運命なのでしょうか? なんといっても、人間はしぶとい生き物です
(223)

 ここで、われわれが“愛”という言葉を聞いたときに自動的に思い浮かべる感情のスペクトルをながめてみましょう。あなたは隣人を愛することができなくても、すくなくとも好きになることはできます。もし隣人を好きになれなくても、すくなくとも無視することはできます。もし隣人を無視できなければ、そこではじめて憎むしかないわけです。ちがいますか? ほかの可能性はすべて使いはたされたのですから。こう考えると、憎悪までの道のりは実に短いとはいえませんか? そして、すべては愛からはじまります。実に論理的な道すじです。〔略〕“愛”、それから“好き”、それから“無関心”、それから“憎しみ”です。
 以上が、この世界でキリスト教の支配地域になぜこれほど憎悪がはびこっているのかという、わたし流の説明でした。その地域の人びとは、愛することに全力をつくせと教えられました。そして、大部分の人がそれに失敗しました。失敗してなんのふしぎがあるでしょう? 愛することはおそろしくむずかしいのです。棒高跳びの選手や空中ブランコの演技者をめざしても、たいていの人が失敗するのとおなじことです。そして、毎日毎日、毎年毎年、愛することに失敗しつづけたとき、言葉の論理によって、それは憎まなくてはならないと、一見避けられない結論へ導かれるわけです。もちろん、憎悪のつぎの段階は、自己防衛の幻想による殺人です。
たがいに尊敬しあいなさい」——さて、これだったら、そこそこ精神的に健康な人ならほとんどだれでも、毎日毎日、毎年毎年やれることですし、そうすれば、あらゆる人間がはっきり利益を受けるわけです。“尊敬”には、それに代わる選択肢、非常に危険なものを含んだ選択肢がありません。尊敬は電気のスイッチのようなものです。オンかオフのどちらかです。しかも、ほかのだれかをもはや尊敬できなくなっても、その人物を殺す気にはなれません。その場合の反応は抑制がきいています。その相手に、猫がくわえてきたなにかのような気分を味わわせたいだけのことです。
 だれかに猫がくわえてきたなにかのような気分を味わわせることと、ハルマゲドンや第三次大戦を比べてみてください。
(253)

(世界で二番目におかしいクリーン・ジョークは、偉大なコメディアン、ロドニー・デンジャーフィールドからじかに聞いたものである。彼にはきれい好きでだれからも尊敬されている大叔父がいた。この老人は、毎日、七、八回、ときには十二回も風呂にはいったり、シャワーを浴びたりしていた。彼が死んだとき、その葬列は、墓地へ行く途中で洗車機のなかをくぐった)。(320)

 しかし、わたしから見ると、長年創作という仕事にたずさわってきた立場からいえるのだが、この本が証明していることはただふたつである。その一、世の中には、出版されて、われわれがそれを読む時間を見いだせる本以外にも、まだまだたくさんのりっぱな創作が残されていること。その二、創造的な人たちが一般人とちがった思考をするのは、彼らが実際に一般人から除け者にされたか、それとも、されたと思いこんでいるからであること(368-9)

 詩人のクリス・クリストファーソンの言葉を引用しよう——「自由の別名は、失うものがないことだ」。除け者にされた才能ある人間の強みは、この言葉に要約されている。失うものがない人びとは、自由な気分で自分の考えをつらぬける。まわりの連中の考えをまねても、なんの得にはならないからだ。絶望は独創の母(370)


@研究室
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by no828 | 2015-10-13 19:51 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 07月 17日

すべては人間の頭の中にあった——ヴォネガット『ガラパゴスの箱舟』

c0131823_20403432.jpgカート・ヴォネガット『ガラパゴスの箱舟』浅倉久志訳,早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1995年。164(819)


版元 → 
原著刊行は1985年、原題は Galápagos
本書の著者名表記は「カート・ヴォネガット・ジュニア」ではなく「カート・ヴォネガット」ですが、以前の記録との整合性を確保する観点から、タグは「カート・ヴォネガット・ジュニア」とします。


 雷雨につき、空が落ち着くまで研究室にいることにしまして、そのあいだの記録と更新です。前回から2週間が空いてしまいました。

 現実のここのいまの「意味」を裏側から読む。現実を相対化する視点をどこに置くか、いかに確保するか——方法はいくつかあります。“文学的想像力”はそのひとつだと思います。ヴォネガットの作品からはそういうことを想起します。

 相対化しても何も変わらない。相対化する余裕などない——それにどう応答するか(しないか)ということは、実は講義のなかで考えてきた、というより考えさせられてきた点であり、研究のなかで考え(させられ)ている点でもあります。

 現実のなかから現実を相対化する視点を取り出してくるのが、経験科学の役割のひとつかもしれません。そうではない方法をたとえば(実践)哲学が採るなら、やはり外に一旦出て視点を確保することになるのかもしれませんが、それは外在的というのとはまた違うような気がしています、というか、外在的にならずにそうすることもできるのではないか。この辺りはまだ詰め切れていません。


 本書のはじまりは、
 そのむかし——
 いまから百万年前の西暦一九八六年、グアヤキルは、エクアドルという南米の小さな民主国が持つ最大の貿易港だった。
(13)

です。「100万年前」というタイムスパンで物語る、そんなふうに思考の枠組みを一挙に拡大する(させる)というのがすごいと素直に思います。

 そのころの人間はいまよりもずっと大きな脳を持っていたので、いろいろの謎で退屈しのぎをすることができた。一九八六年当時のそうした謎のひとつは、長い距離を泳げない生物がどうしてこんなにたくさんガラパゴス諸島へたどりつくことができたのか、というものだった。(14)

 ダーウィンはこの島々を変えはしなかった。この島々に対する人間の意見を変えただけである。巨大脳の時代には、たんなる意見がそれぐらいに重要だった。
 事実、たんなる意見が、たしかな証拠とおなじように人間の行動を支配していたばかりか、とつじょとしてくるりと裏返ることもあった。たしかな証拠にはとうていできない芸当だった。このために、ガラパゴス諸島がある瞬間まで地獄だったかと思うと、つぎの瞬間には天国になったり、ジュリアス・シーザーがある瞬間まで大政治家といわれていたかと思うと、つぎの瞬間には殺戮者といわれたり、エクアドル紙幣がある瞬間まで食物や住居や衣服と交換できていたかと思うと、つぎの瞬間には鳥籠の敷き紙にされたり、また、宇宙もある瞬間まで全能の神の創造物だったかと思うと、つぎの瞬間には大爆発によって生じたものとされたりした——その他いろいろ。
 その後の知力の減退のおかげで、今日の人間は、もはや意見という妖怪によって人生の本筋から目をそらされたりはしない。
(28-9)

 そして、この飢饉は、ベートーヴェンの第九交響曲とおなじく、純然たる巨大脳の産物だった。
 すべては人間の頭の中にあった。もとはといえば、人びとが紙きれでできた富に対する自分たちの意見を変えただけのことだが、その実際の効果は、この惑星にルクセンブルクほどもある隕石がぶつかって、軌道からたたきだしたのにも匹敵するものだった。
(38)

 母のいったとおりだ——いちばん暗い時代にも、人類にはまだ希望がある。(332)

 マンダラックスが彼女に教えず、また彼女の巨大脳も絶対に彼女に教えようとしなかったのは、こういうことだった。つまり、もし彼女が実現の見込みのある新しい実験を思いついたとしたら、彼女の巨大脳は、彼女を責めて責めぬき、その実験を実際にやるまで許そうとしないだろう。
 これが、わたしにいわせれば、むかしの巨大脳のいちばん悪魔的な側面である。巨大脳はその持ち主におおよそこんなことをいうのだ——「このばかばかしいアイデアは、たぶん実行できるだろうが、もちろん、われわれはそんなことはしない。ただ、考えるのがおもしろいだけだよ」
 そしてそのあと、人間はさながらトランス状態で、それを実行することになる——コロセウムの中でふたりの奴隷にどちらかが死ぬまで闘わせたり、その土地で人気のない意見を持った人たちを公共広場で焼き殺したり、人びとを大量に殺すか、都市をまるごとふっとばすだけが目的の工場を作ったり、その他いろいろ
(339-40)

 以上を改めてまとめながら、養老孟司の『唯脳論』(→ )を思い出しました。

 空が落ち着いたようです。帰りましょう。

@研究室
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by no828 | 2014-07-17 21:04 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 06月 04日

そうした機械が必要だと考える人びとは軽蔑してよいとも言ってきた——ヴォネガット『スローターハウス5』

c0131823_18410100.jpgカート・ヴォネガット・ジュニア『スローターハウス5』伊藤典夫訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1978年。152(807)


原題は Slaughterhouse-Five 、刊行は1969年。
版元 → 


 著者の半自伝的小説。連合軍によるドレスデン無差別爆撃のとき、ヴォネガット自身もそこにいました。小説は次のようにはじまります。「ここにあることは、まあ、大体そのとおり起った。とにかく戦争の部分はかなりのところまで事実である」(9)。ちなみに、スローターハウス(slaughterhouse)は、「屠殺場」という意味です。

 それから、以下の英文が挿絵に刻まれています。
God grant me the serenity to accept the things I cannot change, courage to change the things I can, and wisdom always to tell the difference.(246)

 一般に「ニーバーの祈り」と呼ばれるもののようです。この「ニーバー」とはもしや、と思って調べてみたらやはり「ラインホルト・ニーバー」のことでした。その『道徳的人間と非道徳的社会』を読んだことがあります。


 ときには自分のうけた教育のことを考えたりもする。第二次大戦ののち、わたしはしばらくシカゴ大学に通った。人類学科の学生であった。当時そこでは、人間個々人のあいだに差異というものは存在しないと教えていた。いまでもそう教えているかもしれない。
 もうひとつ人類学科で学んだのは、この世に、奇矯とか、性悪とか、低劣といわれる人間はひとりもいないということである。わたしの父が、亡くなるすこし前、わたしにこういった、「おまえは小説のなかで一度も悪人を書いたことがなかったな」
 それも戦後、大学で教わったことのひとつだ、とわたしは答えた。
(17)

 わたしは息子たちに、どんな状況にあろうと殺戮には加わらないように、敵兵殺戮のニュースがはいっても喜んだりはしゃいだりしないようにと言いきかせている。
 またわたしは息子たちに、殺戮機械を作るような会社には勤めるな、そうした機械が必要だと考える人びとは軽蔑してよいとも言ってきた。
(31)

「もしわたしがこれまで多くの時間を地球人の研究に費やしてこなかったら」と、トラルファマドール星人はいった、「“自由意志”などといわれても何のことかわからなかっただろう。わたしは知的生命の存在する三十一の惑星を訪れ、その他百以上の惑星に関する報告書を読んできた。しかしそのなかで、自由意志といったものが語られる世界は、地球だけだったよ(105)


 そのころから、すでにわたしはドレスデンの本を書いていると称していた。当時アメリカでは、それは有名な空襲ではなかった。それが、たとえば広島をうわまわる規模のものであったことを知っているアメリカ人は多くなかった。わたし自身、知らなかった。この空襲については、何もおおやけにされていないも同然であった。(19)

   ↓
 核兵器撤廃の信奉者たちは、目標が達成できさえすれば、戦争はほどよい穏当なものになると信じているようである。そうした考えを持つ人びとは、本書を読み、ドレスデンがたどった運命について熟考されるがよい。通常兵器による空からの攻撃の結果、十三万五千の人びとが死んだのである。一九四五年三月九日の夜、アメリカ軍の重爆撃機が行なった東京空襲では、焼夷弾と高性能爆弾により八三、七九三人が死んだ。広島に投下された原子爆弾では、七一、三七九人が死んだ。(223)

   ↓
 爆撃は一九四五年二月十三日夜から一四日の朝にかけて行なわれた。〔略〕死者は三万五千から二十万余までさまざまにいわれているが、ドレスデン警察の提出した控え目な推計十三万五千が、現在では公式の数字とされている。連合国側は一九六三年までこの爆撃をひたかくしにしていた。
 ついでながら、本書にはこのドレスデン爆撃を広島への原爆投下と比較して「広島をうわまわる規模」といった表現が用いられている。これには異論があるかたもすくなくないと思うので、ひと言説明しておきたい。原爆による広島での死者数は、わが国でも一定していない。十数万から二十万余までいろいろな数字が出ているようである。しかし死者の数だけに限って、アメリカーナ百科辞典が「もっとも控え目な推計」としてあげている数は「七万五千から八万」の間である。そして米軍の発表では、本書にもあるとおり「七一、三七九人」だ。ひとつ残念なのは、生き残った被爆者を苦しめた放射能症に、ヴォネガットが気づいていないらしいことだが、それはべつにして本書で重要なのは数字の比較ではない。肝腎なのは、そのような無意味な大量殺戮のひとつを作者が被害者の側から体験したということであり、それに類する行為がいまだに世界各地で行なわれているということなのである。
(「訳者あとがき」265-6.傍点省略)


@研究室
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by no828 | 2014-06-04 18:51 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 03月 07日

われわれが表向き装っているものこそ、われわれの実体にほかならない——ヴォネガット『母なる夜』

c0131823_18181488.jpgカート・ヴォネガット・ジュニア『母なる夜』飛田茂雄訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1987年。21(676)

原著は1961年に刊行、原題は Mother Night

版元 → 


 よい本です。ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン』を想起しながら読みました。『イェルサレムのアイヒマン』、副題は「悪の陳腐さについての報告」です(版元 → )。

 中途半端な想像力は迷惑なものであり、ときに害悪でさえあるかもしれませんが、だからといって想像力それ自体を否定する必要はないのだと思いました。そして、自分はいかなるものとして生きていくのか、自分で自分をいかなるものとして生かしていくのか、それはやはり大事なのだと思いました。それもまた、想像力の問題なのだと思います。

 この『母なる夜』という本は、著者による「読者のみなさん」と題された、以下のような文章からはじまります。著者は、第二次大戦に兵士としてドイツに従軍、捕虜となります。

 あれこれものを書いてきましたが、作品がどんな教訓を与えるか、自分で承知しているのはこれ一冊だけです。とりたてて注目すべき教訓だとは思いません。この作品にたまたまこんな教訓が含まれていることを知っただけの話です——「われわれが表向き装っているものこそ、われわれの実体にほかならない。だから、われわれはなにのふりをするか、あらかじめ慎重に考えなくてはならない(3)

 わたしだって、もしドイツに生まれていたとしたら、きっとナチ党員になって、ユダヤ人やジプシーやポーランド人をやたらにぶんなぐり、吹きだまりの雪の山から突き出ている長靴を見て見ぬふりをし、人知れぬ美徳によって満たされた己れの精神に熱い感動を覚えたことでしょう。まあ、そういうことです。
 いま考えてみると、この物語にはもうひとつ、はっきりとした教訓があります。死んでしまえばほんとにおしまい、という教訓です。
 そうそう、たったいまもうひとつの教訓が頭に浮かびました。愛する人とできるだけいっしょに寝てあげなさい。それはみなさんにとって、ほんとうに好ましいことですから。
(傍点省略.6)

 メンゲルに言わせると、わたしはこの牢獄で寝ているとき、ひと晩じゅう寝返りを打ったり、寝言を言いつづけたり、とにかくやたらに騒々しいそうだ。
「今まで聞いたこともないな」と、メンゲルは今朝わたしに言った、「戦時中にやったことをあんたみたいに気に病む人間がいるなんて。ほかの連中は揃いも揃って——戦争中どっち側についたにせよ、なにをしたにせよ——善良な人間にはそれしかできなかったと信じてるもの
(36)

「人生はいくつかの段階に分かれている」とアイヒマンは言った。「各段階はほかのどの段階とたいそう違っておるが、それぞれの段階で自分になにを期待されているかを見抜く能力が必要だ。人生で成功する秘訣はまさしくそこにある(189-90)

「絵は言葉を毀損するにきまっています。あの作品の言葉は絵解きを想定していなかった。絵が伴うと、本来とは違った言葉になってしまうんです!」(232)

「盗作の罪で?」
「独創の罪で」とワータネンは言った。「盗作は最もつまらん軽犯罪だ。すでに書かれていることをまた書いたからって、なんの害になる? ほんとうの独創は極刑に値する大罪で、しばしば止めの一撃に先立って、残酷で異常な刑罰が必要だと見なされている
(234)

 わたしは声をたてて笑った。「ねえレシ——」とわたしは言った、「きみの行く手には充実した人生があるんだ
充実した人生はわたしのうしろにあるの——」とレシは言った。「あなたといっしょに過ごしたあの甘く美しい数時間のなかだけに」
(248)

 わたしを身動きのとれぬ状態に追い込んだものは、どちらの方向へ進む理由も全くないという事実であった。それまで、生命も意味もない長年月にわたってわたしを動かしてきたもの、それはもっぱら好奇心であった。
 いまやそれさえ燃え尽きていた。
(260)


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by no828 | 2013-03-07 18:58 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 02月 09日

不完全さにも長所はあるにちがいない。人間は神の創造物であるから——ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』

c0131823_15571820.jpgカート・ヴォネガット・ジュニア『プレイヤー・ピアノ』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワSF文庫)、1975年。3(658)

原著は Player Piano 、1952年。

版元 → 


 ピアノ・プレイヤーではなくプレイヤー・ピアノ(自動ピアノ)。機械が主、人間が従の世界。

「きみはどうしても技術者と管理者を悪役に仕立てたいらしいが」とポール。「科学者はどうなんだね? ぼくの見たところ——」
「それは問題がちがう」ラッシャーはじれったそうにいった。「科学者は知識を加えるだけだ。トラブルを起こすのは知識じゃなく、その利用のしかただよ
(135)

進歩は悪か? ははん——いい質問だ(190)

「とにかく、ソローは、メキシコ戦争につぎこまれる税金を払わなかったかどで投獄された。彼は戦争に反対だったんだ。エマソンが獄中の彼を見舞にきて、こうきいた。『ヘンリー、なぜきみはこんなところへ入れられた?』すると、ソローがいった。『ラルフ、きみこそ、なぜここへはいらないんだ?』」
〔略〕
「刑務所こわさに、自分の信ずるところを行なわずにすますべきじゃない、ということだ」
(205-6.傍点省略)

「この世はなにごとも宣伝でさあ。お客さん、そう思いませんか? 人間が考えることってのは、なんによらず、だれかが宣伝したからそれを考えるんですな。教育——あれだって、つまるところ宣伝でさあ(287)

「いったい機械のどこが気に入らないんです?」とバック。
「機械は奴隷だからだ」
「いいじゃないですか、そんなこと」とバック。「だって、人間じゃないんだから。苦しむわけじゃなし。働くのをいやがるわけでもなし」
「そう。しかし、機械は人間と張り合うからね」
「けっこうなことじゃないですか——そうでしょう、たいていの人間がどれだけぞんざいな仕事をしてるかを考えたら?」
奴隷と張り合うものは、自分も奴隷になるんだよ」まわりきらぬ舌でそういいのこして、ハリスンは出ていった。
(394)

「なんでもおんなじさ。長いあいだ練習してると、自分でもびっくりするぐらいの腕になる。どうやってといわれたって、説明はできねえ——細かくはね。第六感みたいなのが働くんだ——なんとなく感じるんだな」(143)

「ただの仕事と思っちゃだめだ!」アルフィーはいった。「だれだって、なにかの仕事はしてる。ベッドから起きるのも仕事だ! 食い物を皿からすくって口へ入れるのも仕事だ! しかしな、ジョー、仕事には二通りある。ただの仕事とめんどうな仕事とだ。もしおまえが大物になりたい、なにかで売り出したいと思うんなら、めんどうな仕事をやらなくちゃだめだ。なにか不可能なことを見つけてそいつをやれ。でないと、一生うだつはあがらねえぞ。いいか、ジョージ・ワシントンの時代には、だれもが働いた。だけど、ワシントンは人一倍努力した。シェクスピアの時代だってだれもが働いてたが、シェクスピアだけは人一倍努力した。おれがここまでになったのも、人一倍努力したからだ」(377-8.傍点省略)

「わたしはここに提案する。人間を機械の制御者として仕事にもどらせ、機械による人間の制御を縮小させよう。わたしはさらに提案する。テクノロジーと組織に起こる変化が生活様式に与える影響を慎重に考慮し、その考慮にもとづいた上で変化を阻止し、あるいは導入しよう、
〔略〕
 人間は、その天性から、自分が役に立っていると感じられるような仕事にたずさわらないかぎり、幸福になりえないように思われる。したがって、人びとを、もう一度そうした仕事に帰らせなくてはならない。
〔略〕
 不完全さにも長所はあるにちがいない。なぜなら人間は不完全であり、かつ、人間は神の創造物であるから
(423)


@研究室
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by no828 | 2013-02-09 16:53 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 14日

わたしがいちばん好きな愛は“ありふれた親切”で説明できそうだ——ヴォネガット『スラップスティック』

c0131823_1816439.jpg
107(567)カート・ヴォネガット『スラップスティック』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1983年。

版元 → 

原著は Slapstick、刊行は1976年。Slapstick は「どたばた喜劇」といった意味のようですが、「どたばた喜劇」がよくわかりません。たとえばY本新喜劇は、英語だと Yoshimoto Slapstick になるのでしょうか?


 カート・ヴォネガット・ジュニアはいつからカート・ヴォネガットになったのでしょうか?

 個人的にも、「愛」よりも「親切」のほうがわかります。以前、村上春樹が『雨天炎天』においてヴォネガットのこの点に触れていました(→ )。
 愛がそれほど重要とは思えない。
 では、なにが重要に思えるのか? 運命と真剣に取り組むことである。
 ◆
 わたしは愛をいくらか経験した。すくなくとも、経験したと思っている。もっとも、わたしがいちばん好きな愛は、“ありふれた親切”ということで、あっさり説明できそうだ。短い期間でも、非常に長い期間でもいい、わたしがだれかを大切に扱い、そして相手もわたしを大切に扱ってくれた、というようなこと。愛は、必ずしもこれと関わりを持つとは限らない。
〔略〕
 愛はどこにでも見つかる。それを探しにでかけるのは愚かなことだと思うし、また、有害になることも多いと思う。
 世間の常識から見て、相思相愛の仲だと思われている人たちに——あなたがたがもし諍いを起こしたときは、おたがいにこういってほしい。「どうか——愛をちょっぴり少なめに、ありふれた親切をちょっぴり多めに
(10-1)


 思考法——何を固定して何を流動させるか、どちらを不変項にしてどちらを変項にするか。この方法はよく使います。
 聞きたまえ——わたしたちの考えのきっかけになったのは、古代文明の謎だった。近代的な動力源も機械もない時代に、どうやって古代人は、エジプトやメキシコのピラミッドや、イースター島の巨石像や、ストーンヘンジの荒削りなアーチを作ったのだろう?
 それはきっと大昔に重力の弱い時代があったからにちがいない、とわたしたちは結論した。その頃には、人びとが巨石を使っておはじき遊びができたのだ。
(63)


 これも上と同じ。
 父は母に、その前日ニュース雑誌で読んだ記事の話をしていた。なんでも中華人民共和国の科学者たちは、人間を小型化する実験にとりかかっているらしい。そうすれば、たくさん物を食べなくてもすむし、大きな服を着なくてもすむからである。(75-6)


 ロシアの小説家フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキーは、あるときこういった。「幼年時代の聖なる一つの思い出が、おそらくは最高の教育である」と。子供のための即席教育としてわたしに思いつける別のやりかたは、これはこれなりに、有益さにおいてほとんど遜色がない——つまり、おとなの世界で非常に尊敬されている人物に会い、その人物が実は意地の悪い狂人なのに気づくことである(103)


@研究室
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by no828 | 2012-07-14 18:14 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 06月 29日

なんてったって、親切でなきゃいけないよ——ヴォネガット『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』

c0131823_14454259.jpg99(559)カート・ヴォネガット・ジュニア『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワ文庫SF)、1982年。

版元 → 

原著は1965年、God Bless You, Mr. Rosewater


 ぶっとんだ小説ですが、現実への洞察(突き詰められたひとつの認識)が間違いなく埋め込まれています。その洞察を素直に書くことに照れて、あえて小説にしたのかな、ヴォネガットという人が小説(という方法)を選んだのはそのためかな、という気もします。

「おれは神様に一度きいてみたいと思ってるんだ。この下界じゃとうとうわからずじまいだったことを」
「というと、どんなこと?」
〔略〕
いったいぜんたい、人間はなんのためにいるんだろう?
(32)

「いずれそのうちに、ほとんどすべての男女が、品物や食糧やサービスやもっと多くの機械の生産者としても、また、経済学や工学や医学の分野の実用的なアイデア源としても、価値を失うときがやってくる。だから——もしわれわれが、人間を人間だから大切にするという理由と方法を見つけられなければ、そこで、これまでにもたびたび提案されてきたように、彼らを抹殺したほうがいい、ということになるんです(288.傍点省略)


 すべての人間のユートピアを目ざして誕生したアメリカ合衆国がまだ百歳を迎えないうちに、ノア・ローズウォーターとその同類は、建国の父祖がある一点で愚行を犯したことを実証してみせた。残念ながら、これらのごく新しい先祖たちは、ユートピアの法律を作るとき、市民各自の富に制限を設けることを忘れたのだ。(17)

もうペコペコしたりはせんぞ! たしかにおれたちは貧乏だ! いいじゃないか、貧乏で! ここはアメリカなんだ! そしてアメリカは、このみじめな世界の中で、貧乏人が胸を張って歩けるただ一つの国なんだ! アメリカでは、こういう質問だけが大切なんだ。「この男はよい市民か? 正直か? 自分の役目をちゃんと果たしているか?」(227-8)

「貧乏人の中で働いていれば、だれだってときにはカール・マルクスにかぶれずにはいられませんよ——それでなければ、いっそ聖書にかぶれるかだ。ぼくはそう思うんですが、この国の人たちが平等に物を分けあわないのは恐ろしいことです。こっちの赤ん坊は、このぼくがそうでしたが、広大な地所を持って生まれてくるのに、あっちの赤ん坊はなんにも持たずに生まれてくる——そんなことを許しておく政府は、不人情な政府です。ぼくにいわせれば、いやしくも政府と名がつく以上、せめて赤ん坊にだけは公平に物を分配してやるべきです(137)

こんにちは、赤ちゃん。地球へようこそ。この星は夏は暑くて、冬は寒い。この星はまんまるくて、濡れていて、人でいっぱいだ。なあ、赤ちゃん、きみたちがこの星で暮らせるのは、長く見積もっても、せいぜい百年ぐらいさ。ただ、ぼくの知っている規則が一つだけあるんだ、いいかい——
 なんてったって、親切でなきゃいけないよ
(146)


「もしエリオットが、あらゆる人間を、相手が何者だろうと、相手がなにをしていようとおかまいなく愛するつもりなら、われわれのように特定の人間を特定の理由で愛するものは、新しくそれ専用の言葉を見つけなくちゃなるまい」〔略〕「たとえばだな——わしは家内を、いつもうちへくる屑屋よりも深く愛していた。だが、それだと、わしは現代の最もいまわしい犯罪に問われることになるんだ——サベツイシキというものにな」(101-2)


 そもそも、というところへときどき戻って思考することの大切さ、ということを改めて思いました。


@研究室
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by no828 | 2012-06-29 15:14 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 05月 26日

研究(re-search)てな、〈もう一度探す〉ってことでしょう?——ヴォネガット『猫のゆりかご』

c0131823_15115237.jpg83(543)カート・ヴォネガット・ジュニア『猫のゆりかご』伊藤典夫訳、早川書房(ハヤカワSF文庫)、1979年。

版元 → 

原著は、Cat's Cradle、1963年に刊行。


 本日2投目。カート・ヴォネガット・ジュニアは3冊目。『国のない男』(→ )、『タイタンの妖女』(→ )に続いてとなります。『猫のゆりかご』は矢作俊彦の『ららら科學の子』(→ )に言及があって、それで読みたくなった本です。ちなみに、cat's cradle には「あやとり」という意味があります。

 彼女は馬鹿だ。そう言うわたしも馬鹿だ。誰であれ、神のみわざがどのようなものか知っていると思う人間は、みんな馬鹿なのだ(とボコノンは書いている)。(21.傍点省略)

「ところで……」ブリード博士は打ちとけた低い声で言った。「どう思うね、わたしたち科学者を? 今までいっしょに仕事してきて、もう——どれくらいになるかな? そろそろ一年だろう?」
科学者って考えすぎるみたい」ふいにミス・ペフコが言った。彼女は白痴的な笑いかたをした。ブリード博士のなれなれしさが、彼女の神経系のヒューズをみんなとばしてしまったのだ。今やまったく無責任だった。「みんな考えすぎだわ」
〔略〕
「そのうちわかるだろうが」とブリード博士が言った。「考える量というのは、みんな同じさ。科学者はある一つの方向に考える。ほかの人たちは、それぞれ違う方向に考えるんだ
(47)

みんな研究研究というが、やってる人間は、この国にはまずいない。その点、ここは純粋研究にたずさわる科学者を本当に雇う数少ない会社の一つだよ。ほかのたいていの会社でも研究だなどとうそぶいてるが、どうせ白服のやくざ技術者が、ハンドブックを見ながら、来年のオールズモビルの改良型ウィンドウ・ワイパーをこしらえてるくらいのものだ」
「ここでは……?」
「ここと、この国では驚いたことだが、あとたった二、三カ所だな、知識を増やすことに、少なくともその状態をめざすことに、金が支払われているのは」
「寛大ですね、ジェネラル金属は」
「寛大とかそういうことじゃないんだ。新しい知識は、地上でもっとも高価な日用品だよ。関わり知る真実が増えるほど、われわれは豊かになる
 当時ボコノン教徒だったなら、その言葉にわたしは咆哮しただろう。
(54)

「わしゃ言ったんだ。“ここは、研究所〔リサーチ・ラボラトリ〕だねえ。研究(re-search)てな、〈もう一度探す〉ってことでしょう? ってことは、むかし一度見つけたものをまた探してるんだねえ。どういうわけかそれがなくなっちゃって、今それを探しなおしてるわけだねえ。〔略〕”」(70-1)

「いろんなことを書いたわ。動転していたから。アメリカ人は、別の立場に立つ、別の立場に立ってそれを誇りに思うということがわからないの。それに気がついて」
「なるほど」
「ところが、忠誠審査局の審問では、一つの文章にばかりこだわるんですよ」ミントンはため息をついた。「“アメリカ人は”」とミントンは、タイムズにのった妻の投書を引用した、「“ありえない愛のかたちを、それがあるはずのない場所で永遠に捜し求めているのです。消えた辺境〔フロンティア〕と、それは何か関係があるのかもしれません”」〔略〕「アメリカの外交政策は、愛を空想するよりも、まず憎悪を認めるべきだとクレアは言おうとしたのです
(107-8)

「成熟というのは自分の限界を知ることだ、とぼくは思う」
 成熟の定義においては、彼はボコノンからそれほど遠くないところにいた。ボコノンはこう言っている、「成熟とは苦い失望だ。治す薬はない。治せるものを強いてあげるとすれば、笑いだろう
(204)


@研究室
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by no828 | 2012-05-26 15:45 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 27日

この新しい宗教の名は、〈徹底的に無関心な神の教会〉という——ヴォネガット『タイタンの妖女』

c0131823_1525992.jpg39(509)ヴォネガット・ジュニア、カート『タイタンの妖女』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワ SF 文庫)、1977年。

※ 原著の刊行は1959年、タイトルは The Sirens of Titan 。Siren は、パトカーなどのサイレンをも指しますが、“男を惑わす女”といった意味もあるようです。なお、左の表紙デザインは、わたしの読んだものとは違います。

版元 → 


 要約不可。理不尽。逆説的。にもかかわらず(だからこそ?)、本質的。言語で言語ないし論理を超えようとする試みをわたしは「詩」と呼びますが、そんな印象を受けました。宙吊りにされました。ちなみに、ヴォネガットは『国のない男』(→ )に続いて2冊目です。

 それは最高の意味での文学だった。なぜなら、それはアンクを勇気づけ、注意深くさせ、ひそかに彼を自由にしたからだ。(142)


 国境は消失するだろう。
 戦争欲は消滅するだろう。
 あらゆる羨望、あらゆる不安、あらゆる憎悪は死に絶えるだろう。
 この新しい宗教の名は、〈徹底的に無関心な神の教会〉という。
(193)

 “「愛」の反対は「憎悪」ではなく「無関心」である”を思い出しました。無関心は、たしかに愛をも消してしまいますが、憎悪を消すものでもある……。

 しかし、ボアズは、他人を彼の思いどおりに動かす道具よりも、相棒のほうがずっと必要だという気持になっていた。それにどのみち、この一晩のあいだに、彼は自分が他人になにをやらせたいのか、よくわからなくなってきたのだ。
 淋しくないこと、びくびくしないこと——ボアズはこの二つが人生で大切なことだと考えるようになった。ほんとうの相棒は、ほかのなによりも役に立つものだ。
(195)


だれにとってもいちばん不幸なことがあるとしたら」と彼女はいった。「それはだれにもなにごとにも利用されないことである
 この考えが彼女の緊張をほぐした。彼女はラムフォードの古ぼけた曲面椅子に横たわり、背すじの寒くなるほど美しい土星の環——ラフォードの虹——を見上げた。
わたしを利用してくれてありがとう」と彼女はコンスタントにいった。「たとえ、わたしが利用されたがらなかったにしても
「いや、どういたしまして」とコンスタント。


 今回は引用のさい、blockquote と /blockquote を使用してみました(どちらも < > で挟みます)。文字どおり「引用符」? こちらのほうが見やすいかしら。


@研究室
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by no828 | 2012-03-27 16:22 | 人+本=体 | Comments(0)
2011年 12月 20日

僕には宗教のことはよくわからないけれど、親切のことならよくわかる——村上春樹『雨天炎天』

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137(459)村上春樹『雨天炎天——ギリシャ・トルコ辺境紀行』新潮社(新潮文庫)、1991年。

※ 単行本は同社より1990年に刊行。(単行本の出た翌年に文庫化か……)

版元 → 




 サブタイトルのとおり、旅行記である。英語タイトルは、In the Holy Mountain, on the Turkish road 。ギリシャでは、まさに神の山、具体的には修道院がたくさんある山に登って修道院を渡り歩き・泊まり歩いたのであった。


ウゾー飲むか?」と訊くので僕らはありがたくウゾーを一杯いただくことにする。このウゾーの瓶がものすごく大きい。ウゾーはきゅっと温かく胃にしみる。「これだぜ」という感じがする。なんだかだんだんウゾーなしでは暮らせない体になりつつあるような気がする。何にせよ土地の酒というのは、その土地に馴染めば馴染むほど美味いものなのだ。キャンティー地方を旅してまわったときはワインばかり飲んでいた。アメリカ南部では毎日バーボン・ソーダを飲んでいた。ドイツでは終始ビール漬けだった。そしてここアトスでは、そう、ウゾーなのだ。
□(41)

 で、その


 ウゾーというのはギリシャの焼酎のようなもので、アルコール分はとても強い。匂いはつんと強烈で、水を注ぐと白濁する。そして安価である。どちらかというと日本人の嗜好にはあわない酒だと思うし、僕もそれほど好んで飲むわけではないのだが、しかし体が疲れていると、アルコールがきゅっと胃にしみて体がリラックスする。
□(28)

 のであります。


雨に打たれただけで人はなんと気弱になるのだろうと、僕はふと思った。もっとひどい雨に三日打たれたらあるいは宗教に走ってしまうかもしれない。修道院のベッドは僕らにとってそれくらいありがたいものだったのだ。
□(43)



 それから我々の手持ちの食料もだんだん少なくなってきていたので、厚かましいとは思ったのだけれど、クレマン神父に「もしよろしければ何か食べ物をわけていただけないだろうか」と訊いてみた。クレマン神父は肯いて姿を消し、しばらくしてからたっぷりと食品を入れた袋を手に戻ってきた。中にはトマトとチーズとパンとオリーヴの漬物が入っていた。貧しいスキテからこんなに食料をわけてもらうのは申し訳なかったが、この親切はありがたかったし、実際あとになってすごく役に立った。カラカルのマシューといい、このプロドロムのクレマン神父といい、彼らの無償の好意がなかったら、我々はもっとずっとひどい目にあっていたことだろうと思う。僕には宗教のことはよくわからないけれど、親切のことならよくわかる。愛は消えても親切は残る、と言ったのはカート・ヴォネガットだっけ。
□(70)

 ヴォネガットは1冊しか読んだことがない。古本屋にはなかなかないのだ。
 

 なお、文中には、クルド人問題の背景を解説した箇所(154-7)もあり、改めて勉強になった。


@研究室
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by no828 | 2011-12-20 12:05 | 人+本=体 | Comments(0)