思索の森と空の群青

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タグ:伊坂幸太郎 ( 18 ) タグの人気記事


2017年 07月 04日

何かを断定するのには覚悟が必要で、その覚悟を持たないで軽々しく物事を決めつけている人が多いんじゃないかな——伊坂幸太郎『3652』

 伊坂幸太郎『3652——伊坂幸太郎エッセイ集』新潮社、2010年。62(1060)

 ※タイトルの「3652」は「さん・ろく・ご・に」|http://www.shinchosha.co.jp/book/459605/

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 2000年から2010年までに著者が書いたエッセイをまとめたもの。エッセイが得意ではない、小説家は小説を書くのが仕事だし、自分の日常は平凡で書き留めるべき事柄にあふれているわけではないし——と、「あとがき」に書かれています。

31) 『A2』(森達也・安岡卓治著・現代書館)を読み終える。オウム信者を追ったドユメンタリー映画「A」の続編「A2」。その撮影内容やエピソードが書かれている。とても面白い。オウム信者と住民との対立がクローズアップされていて、もちろんそれはそれで興味深いのだけど、もっと普遍的なことを教えてもらった気分になる。正義感や、押しつけがましい問題提起とは無関係だ。「何かを断定するのには覚悟が必要で、その覚悟を持たないで軽々しく物事を決めつけている人が多いんじゃないかな」そう言われている気持ちになった。

35) 専門用語というものが苦手だ、という人がいます。僕がそうです。自分の知らない言葉を、平然と使われてしまうと、爪弾きにあったような気分になりますし、理由もなく劣等感すら覚えてしまうのです。みんなが知っている言葉を使ってくれればいいのに、と思ったりするのですが、よく考えてみると、この「みんな」が曲者なのかもしれません。

42)「狩猟民の世界では動物と人間の関係は食うか食われるかであり、それが農耕文化になると、人間は動物を殺して食ってもいいが、動物は人間を殺してはいけないという関係を作り出した」 ※重引

117) 結局、「魔王」も「呼吸」も政治に関係するお話になりました。
 社会や政治に関心を持たず、距離を置き、自分の周辺だけが愉快であればそれでいい、という人々や、そういった感覚の小説に違和感を覚える僕としては(僕自身の作風が、そうだと認識されているのは覚悟した上で)、政治に接続したお話を書いたことは納得できる作業でした。

122) 正直なところ僕は、「少年には未来があるから、罰を与えることよりも、矯正を考えるべきなのだ」という考え方にはどうも違和感があって、むしろ、「少年だって大人と一緒に厳しく罰しないと駄目なんじゃないの」と考えるタイプなのですが、ただ、家裁の調査官の本を読んだり、M君の話を聞いていると、「正解なんて、ないのかもしれないなあ」と感じるところもあり、「答えが出ないものは、小説にするべきなんだ」と常々、思っている僕としては、そこで、調査官の話を書くことに決めたのでした。

124) 表面的な事実だけを見て、「理解できない」物には蓋をしてしまい、「若者は異常になってきている」と決め付けるのは、このカミュの時代から現在まで、変わっていないということかもしれません。

186) 「そうです、ネズミの話です。船が沈みそうなとき、ネズミは事前にそれを察知して、逃げ出すというじゃないですか。作家はそれと同じで、事前に世の中の危険を察知して、警鐘を鳴らす役割なんですよ
作家は逃げ足が速い、という話ですか
「違います」と記者は即座に言った。「作家はネズミのように危険を察知して、しかも、船からは逃げず踏ん張るべきなんです

@研究室

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by no828 | 2017-07-04 18:31 | 人+本=体 | Comments(0)
2016年 03月 23日

「その判断が重要で、正解がはっきりしない、答えにくいもの」の場合だ——伊坂幸太郎『マリアビートル』

c0131823_22125586.jpg伊坂幸太郎『マリアビートル』角川書店、2010年。49(971)


 版元

 2015年に残してきた本


 軽妙なミステリ。T北新幹線内の殺しの話。相変わらず引かれた伏線は見事に回収されていきます。いじめにも関わって、人間の心理についての説明がなされています。

 この物語ではずいぶん簡単に人が死ぬんだな、殺すし、殺されるんだな、と思いながら本書を読み、新幹線のなかでこんなに人が死ぬという発想の突飛さに感嘆もしましたが、しかしこの世界ではすでに簡単に人が死んでいるのだと思いなおしました。


 木村の息子をデパートの屋上に連れ出したのは、王子たちだった。正確に言えば、王子と王子の指示に従う同級生たちだ。あの六歳児は怖がっていた。怖がっていたが、人間の悪意には慣れていなかった。(38)

 どうして虐殺のような出来事が起こるのか、王子には簡単に理解できた。人間は、物事を直感で判断するからだ。しかも、その直感は、周囲の人間たちから大きな影響を受ける。〔略〕
 人間は同調する生き物なのだ。
 似た実験は他にもある。それによれば、人間が同調しやすくなるのは、以下のパターンだという。
その判断がとても重要で、しかも、正解がはっきりしない、答えにくいもの」の場合だ。
 その時は、人は、他人の意見に同調しやすくなる。
 答えが分かりやすいものの場合は問題ない。人は自分の答えを信じられる。
 判断の結果がさほど重要ではない問いについても、大丈夫だ。気軽に、自分の答えを口にできる。
 つまり、こう考えられる。人間は、おぞましい決断や倫理に反する判断をしなくてはならない時こそ、集団の見解に同調し、そして、「それが正しい」と確信するのではないか、と。
(107)

大事なのは、『信じさせる側』に自分が回ることなんだ〔略〕それに、国を動かしているのは政治家じゃないの。政治家以外の力、官僚や企業の代表とかね、そういう人たちの思惑が社会を動かしてるんだ。ただ、そういう人たちはテレビに出てこない。普通の人たちは、テレビや新聞に出てくる政治家の顔や態度しか目にしない。後ろにいる人たちにとっては都合がいいんだ(215)

 檸檬に比べれば、この蜜柑のほうが頭が良く、内面も充実しているように思えた。内面の充実は、想像力を強くする。想像力が鍛えられれば、人へ共感する力が強くなる。つまり、それだけ脆くなる。檸檬よりもこの蜜柑のほうがコントロールしやすい。(381)

「もう一つ、俺の好きな文章を教えてやるよ。『午後の曳航』の中だ」
「何ですか」
「おまえみたいな年齢の子供が言う。刑法四十一条なんてのは、『大人たちが僕らに抱いている夢の表現で、同時に彼らの叶えられぬ夢の表現なんだ。僕たちには何もできないという油断のおかげで、ここにだけ、ちらと青空の一トかけらを、絶対の自由の一トかけらを覗かせたんだ』とな。うっとりする文章で、俺は大好きなんだが、どうして人を殺しちゃいけないか、って答えのヒントがここにある。人を殺してはいけません、なんて言葉はな、大人たちが抱いている夢の表現なんだ。夢だよ、夢。サンタがいますように、と同じだ。決して現実には見ることのできない、美しい青空を必死に、紙に描いて、怖くなったら布団に潜って、それを見て、現実から逃げる。だいたい法律ってのはそういうものだ。これがあるから大丈夫と自分を慰めるだけの、表現に過ぎない」
 なぜ急に、そのように小説の台詞を引用しはじめたのか、王子は理解できなかった。他人の言葉に頼る時点で、高が知れている、と幻滅もしていた。
(386)

「だからね、僕は不思議で仕方がないんだ。どうして、君たちは決まって、『人を殺したら、どうしていけないのか』というそのことだけを質問してくるのか。それならば、『どうして人を殴ったらいけないのか』『どうして他人の言えに勝手に寝泊まりしてはいけないのか』『どうして学校で焚き火をしたらいけないのか』とも質問すべきではないかな。どうして侮辱してはいけないの? とかね。殺人よりも、もっと理由の分からないルールがたくさんある。だからね、僕はいつもそういう問いかけを聞くと、ただ単に、『人を殺す』という過激なテーマを持ち出して、大人を困らせようとしているだけじゃないか、とまず疑ってしまうんだ」(422)

殺人を許したら、国家が困るんだよ〔略〕たとえば、自分は明日、誰かに殺されるかもしれない、となったら、人間は経済活動に従事できない。そもそも、所有権を保護しなくては経済は成り立たないんだ。そうだろう? 自分で買ったものが自分の物と保証されないんだったら、誰もお金を使わない。そもそも、お金だって、自分の物とは言えなくなってしまう。そして、『命』は自分の所有しているもっとも重要な物だ。そう考えれば、まずは、命を保護しなくては、少なくとも命を保護するふりをしなくては、経済活動が止まってしまうんだ。だからね、国家が禁止事項を作ったんだよ。殺人禁止のルールは、その一つだ。重要なものの一つ。そう考えれば、戦争と死刑が許される理由も簡単だ。それは国家の都合で、行われるものだからだよ。国家が、問題なし、と認めたものだけが許される。そこに倫理は関係ない(423-4)

殺人が許されない理由は、倫理的な理由を除けば、法律で決まっているからとしか言いようがないんだ。だから君たちが、『法律』以外の答えを求めるのは、『なぜ、野菜を食べなくちゃいけないの? 栄養になるから、という理由以外で答えて』と言うのと同じくらい、ずるい質問じゃないかな(425)


@研究室
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by no828 | 2016-03-23 22:28 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 10月 08日

想像力が豊かな奴は生き残れねえよ——伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』

c0131823_21114863.jpg伊坂幸太郎『バイバイ、ブラックバード』双葉社(双葉文庫)、2013年。19(941)


 単行本は2010年に同社
 版元


 辞書を常時携行する巨大で凶暴な女がさまざまな女性に何股もかけていた男をバスに乗せる、という話。何か寓意がありそうだと思わせぶりな連作短篇。あるいは寓意なるものは引き出そうとするものではない、そんなに簡単に寓意を引き出せると思うなよ、というのが本書の寓意なのかもしれません。


「想像力が君にもあるのか」
「あるわけないだろ」彼女は日の落ちた歩道で立ち止まり、バッグから例の辞書を出すと、街路灯の下でめくり、「想像力」の項目が消えていることを示した。「想像力が豊かな奴は生き残れねえよ。やりきれないことが多すぎる世の中なんだから、何にも考えないほうがいいさ。たとえば、ほら、おまえ、〈あのバス〉のことをどれだけ分かってる?」
(58)

「あの映画の中で、ジェイソンに追われてる奴らが、『そういえば、別れた恋人の癌の検査結果はどうだったんだろ』なんて想像する余裕があると思うか? ねえだろ。他人の心配なんてのはな、平和な奴しかしてらんないんだよ(200)

「それとは別に、そういったわたしに対して、普通に接する奴もいるんだよ。時々な。でも、そういうのは、得てして、僕は、わたしは、あなたのような公害みたいな人とも自然に接することができるんですよ、というアピールがしたいだけでな。どっちもわたしにとっては、よくあるパターンなんだ」(239)

「わたしが思うにはな、おまえはたぶん、自分のことを過小評価しているんじゃねえか?」
「え」
「勘違いするな。わたしが、おまえを評価しているわけじゃねえぞ。ただ、おまえは自分には大した価値はないと感じている。だからな、たぶん、二股かけたところで、女はそれほどショックは受けない、と心のどこかで思っているんじゃねえか? 相手にとって、自分は重要な人間じゃねえと思ってるからだ
(296)

おまえは、誰かに声をかけて、助けたりしてな、で、自分の価値をどうにか維持してほっとしたいんだよ(298)


@研究室
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by no828 | 2015-10-08 21:20 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 02月 08日

引用なし——伊坂幸太郎『あるキング』

c0131823_14292516.jpg伊坂幸太郎『あるキング』徳間書店、2009年。55(878)

版元


 野球に憑かれた夫婦とその子どもの物語。人間の暗い側面が描かれているように思います。

 引用はありません。


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by no828 | 2015-02-08 14:33 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 02月 18日

あのな、大人の役割は、生意気なガキの前に立ち塞がることなんだよ——伊坂幸太郎『オー!ファーザー』

c0131823_19181118.jpg伊坂幸太郎『オー!ファーザー』新潮社(新潮文庫)、2013年。116(771)

版元 → 
単行本は2010年に同社


 ギャンブル好きな父、女好きな父、博学卓識な父、スポーツ万能な父。要するに父が4人。ある1点において突出した人物は——困ることもありますが——おもしろいです。しかし、その互いに異なった点の集合のほうがおもしろいと思いました。

 教育環境としても、です。

 だから大学を含め学校にも多様な人材を、という意見もわかります。わかりますが、その多様性の中心には共有されるべき点があるはずです。父が息子を大切に思う、というのが本書におけるその中心点でしょう。


「で、勲さんは例のマイケル・ジョーダンの言葉を、生徒の前で繰り返すわけだ」
俺は何度も何度も失敗した。打ちのめされた。それが、俺の成功した理由だ
(109)

「鷹さん、ゲームうまいんだね」鱒二が感心する。
「昔取った杵柄だよな。十代の俺がいったい、いくらゲーセンに投資したと思ってんだよ。簡単には負けねえよ」
「大人気ない」
あのな、大人の役割は、生意気なガキの前に立ち塞がることなんだよ。煩わしいくらいに、進路を邪魔することなんだよ
(165)

 教科書を開き、ノートに書き写したキーワードを眺め、図表を書いてみる。こうして書いてみると、日本の歴史は簡単なフローチャートみたいだな、と由起夫は苦笑する。戦で死んでいった人間たちの、たとえば、矢で刺された苦しみや、残された子供の絶望、窮地に追い込まれた政治家の緊張はまるで浮き上がってこない。あるのは、戦の結果と制定された法律や制度ばかりだ。
「だから」と悟が以前言っていたのを思い出す。「だから、今の政治家もどちらかにこだわるんだ。戦をはじめるか、もしくは、法律を作るか。歴史に残るのはそのどちらかだと知ってるんだ。地味な人助けはよっぽどのことでないと、歴史に残らない」
(291)

「頭の良さっていったい何だろう」
〔略〕
「人間っていうのは、抽象的な問題が苦手なんだ。抽象的な質問から逃げたくなる。そこで逃げずに、自分に分かるように問題を受け入れて、大雑把にでも解読しようとするのは大事なことだ」
〔略〕
「それが頭の良さってこと?」
「ペーパーテストができるよりは、良いだろ。抽象的な問いかけに対して、自分の知っている数字で、答えを導き出すんだ。そして、あとは気配りとユーモアが重要だ」
(294-5)

 勉強のできない子のいいわけの一つに「学校で習わなかった」というのがあるが、教育の場で最も求められていることの一つは「世の残酷さ」、「現実の理不尽さ」に向き合う勇気を与えることだと思う。学校はフェンスと守衛に守られた世界に過ぎず、まだ真の敵は現れていないし、挫折や失敗の傷は浅く済んでいる。これから現実界に足を踏み出す者は、予測不能の残酷さや理不尽に直面しなければならない。あらかじめ準備できることは少ないが、たとえば伊坂幸太郎を読むことには大いに意味がある。(島田雅彦「解説」557)


@研究室
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by no828 | 2014-02-18 19:32 | 人+本=体 | Comments(0)
2014年 01月 27日

知ってしまったからには助けたい、という気持ちもあるだろ——伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』

c0131823_1946769.gif伊坂幸太郎『陽気なギャングの日常と襲撃』祥伝社(祥伝社文庫)、2009年。108(763)

版元 → 
新書判が2006に同社


 『陽気なギャングが地球を回す』(→ )の続編です。人の嘘を必ず見破る人、とにかく中身の薄いことでも話し続けられる人、時間を正確に計測できる人、他人の持ち物を本人に気付かれずに獲得(= 掏摸)できる人、この4人が集まったときに何をするか、答えは銀行強盗です。

 個人的には、話し続けられる能力を伸ばしたいと思っていますが、話すことがなければ話さなくてもいい、とも思っています。


「そういうわけでもないが、知ってしまったからには助けたい、という気持ちもあるだろ」
「私にはない。だいたいな、今もアフリカの国では餓死があったり、温暖化で巨大クラゲが漁師を困らせているわけだ。おまえは、それを知ったからといって、知ってしまったからには助けなくては、と張り切るわけか
「張り切るわけじゃない」
「僕もそんなに乗り気ではないな」と答えたのは、久遠だった。〔略〕「これが逃げた犬だとか、行方の分からなくなった熊だとかなら、俄然張り切るけど、しょせんは人間だからなあ」
「そう厳しいことを言うな」成瀬は笑うしかない。
「成瀬、おまえは英雄にでもなりたいのか?」
「その子のいる場所だけ調べて、警察に通報するのが一番手っ取り早いんじゃないの?」雪子がそこで、頭を上げた。「わたしたちがその子を直接、救い出す必要はないでしょ。そのほうが安全だし」
(224)


@研究室
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by no828 | 2014-01-27 19:53 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 07月 28日

仕事でつらいことをやらないといけない人間は、悶え苦しんでやらないと——伊坂幸太郎『モダンタイムス』

c0131823_113046100.pngc0131823_1131971.png伊坂幸太郎『モダンタイムス』上・下、講談社(講談社文庫)、2011年。62(717)

単行本は2008年に同社

版元 →  


 「モダンタイムス」といえばチャップリンですが、伊坂作品も現代社会に対する批判の構えをチャップリンから引き継いでいるように思われます。「国家」や「システム」に対する批判、というより、「国家」や「システム」(への批判)に対する感度が低下した人間に対する批判です。

 本書は、『魔王』(→ )と『ゴールデンスランバー』(→ )と接点が多い作品です。「登場」人物に重なりがあります。

一番の恐怖は想像力から生まれるんだ。あいつの指に何が起きたのか、想像すればいい」(上.100)

「人ってのは毎日毎日、必死に生きてるわけだ。つまらない仕事をしたり、誰かと言い合いしたり。そういう取るに足らない出来事の積み重ねで、生活が、人生が、出来上がってる。だろ。ただな、もしそいつの一生を要約するとしたら、そういった日々の変わらない日常は省かれる。結婚だとか離婚だとか、出産だとか転職だとか、そういったトピックは残るにしても、日々の生活は削られる。地味で、くだらないからだ。でもって、『だれ〔ママ〕それ氏はこれこれこういう人生を送った』なんて要約される。でもな、本当にそいつにとって大事なのは、要約して消えた日々の出来事だよ。子供が生まれた後のオムツ替えやら立ち食いソバ屋での昼食だ。それこそが人生ってわけだ。つまり
人生は要約できない?
ザッツライト
(上.202)

偽善とは何だ?」私はふと、訊ねている。
「本当は大した人間でもないのに、いい人間のふりをしてるってことだ」
それが悪いのか? 誰に迷惑をかけるんだ? 本当はいい人間なのに、悪いふりをしている奴のほうが傍迷惑じゃないか」
「善人のふりをして人を騙す奴がいるだろ」
「人を騙さなければ? いい人間のふりをするのは悪なのか? 善き人間であろう、と振る舞うことは悪くないはずだ」
(上.206)

「想像力と知覚が奪われる?」
自分たちのはめ込まれているシステムが複雑化して、さらにその効果が巨大になると、人からは全体を想像する力が見事に消える。仮にその、『巨大になった効果』が酷いことだとしよう。数百万の人間をガス室で殺すような行為だとしよう。その場合、細分化された仕事を任された人間から消えるのは
「何だい?」
『良心』だ
(上.278)

国が、国民のことを考えずどうするのだ、と私は半分笑いたい気持ちだったが、その際、自分の頭に浮かんだ、「国」という主語がいったい何を指すのか、それも明確ではないことに気づく。(上.279)

「そうじゃなくて、そんなにシンプルにはできていないってことじゃないかな。世の中の荒廃も、貧困も、憎しみもね、誰か一人とかどこかのグループのせいだ、なんて名指しできないわけ。分かりやすい悪者はどこにも、いない。潤也君の考えによればね。どの悪人も、結局は何かの一部でしかないんだって。犬養さんもその一部だったんだろう、って。というよりね、犬養さん自身も一度、ぼそっとこぼしてたんだよ。結局、自分はシステムの一部に過ぎない、って」(下.74-5)

「おまえは、システムを設計するシステムエンジニアだ。それに比べて、世の中を覆うシステムには、システムエンジニアが存在しない。誰かが作ったものではないんだよ。独裁者はいない。ただ、いつの間にかできあがったんだ(下.183)

「正確には、監視されているんじゃないか、と思わせるだけだ。それだけで十分、効果はある。いいか、監視や命令は必要ないんだ。ある程度、枠組みを作ればあとは、勝手にうまく動いていくもんだ(下.246)

「いいかい。人間は今まで、次の世代の人間を教育することで歴史を続けてきた。人間は教育されなければ、社会を担うことができない」
「そういう側面はあるかもしれませんね」私は曖昧に同意する。
ただ、どのように教育すれば人間は適切に育つのか、そのことに正解は発見されていない。およそ何百年、千年以上もの間、大人は子供を教育してきたにもかかわらず、ほとんどが場当たり的で、思い付きの教育だった、と言える」
(下.264)

「俺たちの生きている社会は、誰〔ママ〕それのせいだと名指しできるような、分かりやすい構造にはなっていない。さまざまな欲望と損得勘定、人間の関係が絡み合って、動き合っているんだ。諸悪の原因なんて、分からない。俺はその考え方は正しいと思う。図式のはっきりした勧善懲悪は、作り話で成り立たないんだ」
「まあ、そうかもね」佳代子が同意している。
ただ、そう考えていくと、最終的に辿り着くのは」永嶋丈は首をぐるっと回した。運動選手の準備運動にも見える。
「辿り着くのは?」大石倉之助は、緒方から離れ、身体を震わせながら椅子に寄りかかった。
虚無だ
(下.383)

仕事だからやらざるをえない、それは分かる」佳代子の目は怒っているようではなく、これからバーゲンセールにでも出かけるかのような喜びに満ちていた。「だけどね、開き直ったらおしまいなのよ。仕事でやったとしても、悪いことをしたら、しっぺ返しがくる。というより、誰かを傷つけたら、それなりに自分も傷つかないと駄目だと思うの。仕事でつらいことをやらないといけない人間は、悶え苦しんでやらないと
「悶え苦しんで?」永嶋丈が訊ねる。
そう。くよくよ悩んで、だけど仕事だからやる、それなら分かるけど、ただ、何も考えずに人を傷つけて、きゃっきゃっと騒いでるのは駄目だね
(下.390)

 この最後の引用部分は、実はわたしが博士論文で辿り着いた結論とほぼ同型であります。もちろん伊坂作品とわたしの論文は、その主題も内容も文脈も異なります。が、結論(めいた部分)の型だけを取り出せば、それはほぼ同じです(とわたしは思いました)。システムへの抗いという問題意識はたしかに共有していますし、抗うためにはどうするかという方法的な問いも部分的に共有しています。が、わたしは“システムがシステムへの抗いをも含めてシステムとして成立していると想定するならその抗いはシステム存立の栄養を供給しているだけでありその意に反して抗いにはならないのではないか”という諦念めいた考え、上掲引用の言葉で言えば「虚無」にも軽く取り憑かれ、立論の軸をその抗い方には置きませんでした。ただ、“いつの間にか出来上がったシステムはそれなりの事情があって出来上がってそれなりの事情があって維持されてきたのだからこれからもそのままでよい”という態度を「保守主義」と呼ぶなら、わたしはそれには与しようとは思いません。

「いえ、ぜんぜん違いますよ。僕は、道筋を作ってもらったり、きっかけをもらえればいろいろ頑張れるんですけど、最初の閃きみたいなのはできないんですよ。よく言うじゃないですか、ゼロから一を生み出す能力って。僕は、一を二にして、三にして、百にして、というのならできるんですけど、ゼロからは無理です(上.124)

 この点は、上掲の一連の引用とは趣旨を異にしますが、わたしが日頃よく思うことです。わたしは、この「僕」と同様に、一がないと何もできないタイプだという自覚があります。「最初の閃き」が弱いです。だから実は研究者には向かないのではないか、と思うことがあります(よくあります)。しかし、よくよく考えてみれば、現在の学問はこれまでの積み重ねのうえにあるのであって、それは一であり二であり百でもあると見ることができます。だからわたしの前にはすでに一や二や百があるのであって、わたしはそこにさらに積み上げ、あるいは必要ならそこを崩して積み上げなおせばよいのだ、とも思います。だから「最初の閃き」が弱いわたしでも研究を続けられそうだ——という何だか自分を説得するような文章がここに書かれることになりました。

@研究室
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by no828 | 2013-07-28 13:05 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 05月 02日

子供のことが分からないけど、分かりたい——伊坂幸太郎『SOSの猿』

c0131823_1801719.jpg伊坂幸太郎『SOSの猿』中央公論新社(中公文庫)、2012年。36(691)

単行本は2009年に同社

版元 → 


 2つの物語の交錯。伏線が小気味よく回収されていきます。伊坂作品はどれもそうですが(そのはずですが)、巻末に参考文献が掲載されているのが個人的にはよいと思っています。

 私の現実的な感覚からすると、「悪魔が憑いていることが恐ろしい」としか思えないのだが、神父はその逆で、「こんな恐ろしい言動をする彼女に悪魔が憑いていなかったら」そのことが恐ろしいと感じていたのだ。
 言われてみて、はっとした。
 確かに、人間のやる愚かな行為が、悪魔の仕業であるほうが救いがある。原因や理由が分かるからだ。
(31)

 以前、テレビのワイドショー番組で、幼児虐待のニュースの際、訳知り顔の司会者が、「愛するわが子にこんなことをする母親がいるなんて、信じられません。人間の屑ですよ」と憤懣やるかたない表情を浮かべていたのを見て、「そうだろうか」と五十嵐真は首を傾げたくなったことがある。
 その母親の置かれていた状態を充分に知らないうちから、「人間の屑」と断定できることのほうが不思議でならなかった。
 その母親は、子供の世話に精神的にも肉体的にも疲弊し、睡眠不足で朦朧とし、さらには家族や親族の手助けも得られず、鬱々とした毎日を過ごしていたのかもしれない。
 もちろん、子供を虐待してもよろしい、と言うわけではない。が、「そんな母親がいるなんて、信じられません」と言い捨てることはできない。
(81)

「なぜなら、家族以外の第三者が、利害関係のない誰かが、『良くなりますように』と祈ることは、誰かを助けたいと思うことは、ひどいことではないはずだからだ。悪いことではない」
「効果がなくても?」
「そう。良い効果はなくても、悪い効果があるわけでもない
 ロレンツォの父親のその言葉に、私は同意した。ほっとした、と言ってもいい。救いを求める人間を見かけるたび、「どうにかしてあげたい」という気持ちに駆られ、結局何もできない無力な自分に、ほとほと嫌気が差していた私は、「自分のそういう思いも、それほど悪いものではない」と慰められた。
(105)

「そうじゃないけど、それくらい分かるわよ。親子だから」
 子供のことは分かります。親ですから。
 自信満々に言い切る親には注意を払いなさい。それは、ロレンツォの父親が、教えてくれたのことの一つだった。「分かる、と無条件に言い切ってしまうことは、分からないと開き直ることの裏返しでもあるんだ。そこには自分に対する疑いの目がない」
〔略〕
「では、親はどうすればいいんでしょう」と訊ねた私に、ロレンツォの父親は頰を緩ませ、「『子供のことが分からないけど、分かりたい』そう思ってるくらいがちょうどいいんじゃないか」と言った。
(122)

不信感は、その人が失敗するから生まれるわけではありません。失敗を認めないことから生まれるんです(183)

 わたしはそこで、「そうか」と納得した。やはりユングの言葉が頭を引っ掻いたのだ。「個人的な病気や苦悩を、もっと普遍的な、人類全般の問題に結びつけることは、その個人に対する治療という意味でも、効果的なんです」と話している。(351)


「何ステレーションですか?」
コンステレーションです。もともとは、『星座』という意味らしいのですが、日本語だと『布置』とも言います」
「はあ」
「ばらばらに存在している星が、遠くから眺めると獅子や白鳥に見えますよね。それと同じように、偶然と思われる事柄も、離れて大きな視点から眺めると、何か大きな意味がある。そういった、巡り合わせのことを指すんです。『意味のある偶然』ですね」
(304)

 以前、「布置」を題目に入れた研究発表したことがあります。そうしたら「これは何? どういう意味? 英語だと何?」と訊かれました。説明をしましたが、“わたしのわからない言葉を使うな、現代思想だか何だか知らないけれどもそういうのはわからない、わたしのわからない言葉を使ってわたしを馬鹿にしているのか、どうなのか”のようなことも言われました。わからない言葉があればわからないと素直に言えばよく新たに勉強すればよいのではないかと思うのですが、それはわたしがまだ若いからかもしれません。ただ、若くなくなっても“それ”を知らない自分を恥じずに自分の知らない“それ”を使用した他者を責める、ということはすまいと思いました。ただ同時に、わたしもかなり場違いなところで発表したことは間違いなく、だからわたしにも非があり、やはり場違いであることも再確認しました。そういうわけで「布置」には苦い思い出があります。あのとき「「布置」は伊坂幸太郎も使っています」と応答すればよかったですね。

@研究室
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by no828 | 2013-05-02 18:19 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 07月 28日

なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ——伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』

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115(575)伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』新潮社(新潮文庫)、2010年。

版元 → 

単行本は2007年に同社より刊行。


 久しぶりの伊坂作品です。わたしの非学術書の選択は「ぶ」と「お」を冠する古本屋の105円の棚に大きく左右されますが、運よく入手することができました。本書は、首相暗殺の嫌疑を掛けられた主人公の逃亡劇です。事件を操作する“何か大きいもの”が示唆されています。「ビッグブラザー」がいないのだとしたら、“それ”は何と名指せばよいのでしょうか? 名指すことができないのでしょうか?

 本書は、かつて読んだ作品との関連があると思われます。若き首相金田は、以前にも出てきたように記憶しています。

 白ヤギさん、黒ヤギさん、青ヤギさん。

 個人的には、情熱を露にする人よりも、静かに熱い人が好きです。
「金田君は、まだ若いから、理想論を口にしすぎる」とたしなめられた際、「私は理想を叶えるために、政治家になったんですよ」と静かに言い切った。(18)

「びっくりするくらい空が青いと、この地続きのどこかで、戦争が起きてるとか、人が死んでるとか、いじめられてる人がいるとか、そういうことが信じられないですね」(386)

偉い奴らを動かすのは利権らしいですよ」〔略〕
「よく知ってるな、その通りだよ。教科書に載せるべきだ」
(545)

 であれば利権の存在自体を操作すればよいのでは、と思いましたが、難しそうです。

「いいか、人を殺すのが正しいとは思わない。ただな、自分の身を守る時だとか、たとえば、家族を守る時だとか、そういった時に、相手を殺してしまう可能性がないとは言えないだろう? 本音を言うとな、俺はそういうのはアリだと思ってんだ」
「アリなんですか」樋口晴子は笑いを堪え、言った。
「アリだな。だからというわけでもないが、こいつが人を殺す可能性がゼロだとは思わないんだ。何かそうせざるを得ない状況が来ないとも限らない。だろ? ただ、痴漢ってのはどう理屈をこねても、許されないだろうが。痴漢せざるをえない状況ってのが、俺には思いつかないからな。まさか、子供を守るために、痴漢をしました、なんてことはねえだろ。ま、俺の言わんとすることはそういうことだ」
(289-90)

「よし、おまえたち、賭けるか? 俺の息子が本当に犯人かどうか賭けねえか?」と自分を取り囲むリポーターを一人ずつ指差した。「名乗らない、正義の味方のおまえたち、本当に雅春が犯人だと信じているのなら、賭けてみろ。金じゃねえぞ、何か自分の人生にとって大事なものを賭けろ。おまえたちは今、それだけのことをやっているんだ。俺たちの人生を、勢いだけで潰す気だ。いいか、これがおまえたちの仕事だということは認める。仕事というのはそういうものだ。ただな、自分の仕事が他人の人生を台無しにするかもしれねえんだったら、覚悟はいるんだよ。バスの運転手も、ビルの設計士も、料理人もな、みんな最善の注意を払ってやってんだよ。なぜなら、他人の人生を背負ってるからだ。覚悟を持てよ(584)

 わたしは、運転手と設計士と料理人の例に、教師、も付け加えたいです。


@研究室
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by no828 | 2012-07-28 15:08 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 03月 10日

強い肉体と、動じない心。それを身につける準備こそが必要だ——伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』

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31(501)伊坂幸太郎『フィッシュストーリー』新潮社(新潮文庫)、2009年。

版元 → 

※ 単行本は2007年に同社より刊行。


 ぶっくおふ105円。中篇4本が絡み合います。空き巣の黒澤も出てきます。

 ちなみに、「フィッシュストーリー」、すなわち fish story は、「大袈裟な話」といった意です。

 ↓ 現前とは何かの隠滅である。これは真。そのうえで、それがいかなる現前の仕方であるか。


風習ってのはそういうもんじゃねぇか。何かを隠すために、それらしい理屈をこじつけるわけだ
「何かっていうのは何だ?」
恐怖とか罪悪感とかよ、あとは欲望とかよ。そういうのだよ。そういうのをごまかすために、風習とか言い伝えとかができるんだろ
「なるほど」黒澤は、柿本にそういった考えが浮かぶとは思えなかったので、感心した。
「俺はよ、ツチノコってのも似たようなものだと思うんだよな」
「あの、幻の動物か」
「そう、あれだよ、蛇みてえな。あの絵を見るとよ、いつも思うんだけど、見た目ってのは、男のあそこに似てるじゃねぇか」

□(78-9)

 ↓ だからこそ、少なくとも理論家は「正義」という言葉を手放してはいけないとも思う。「正義」の濫用に対し、「正義ってそういうものじゃない」と言うために、その根拠を用意するために。


「普通は、正義の味方と言うと、弁護士とか警官とか消防士とか、そういった職業を思いつくものでしょうが、父は違ったんですよ」彼は疲れた声で、自嘲気味に言う。「父が言うには、大事なのは、職業や肩書きではなくて、準備だ、ということらしくて
「準備?」
強い肉体と、動じない心。それを身につける準備こそが必要だ、と」瀬川さんは大きな身体を縮こまらせ、恥じ入る姿になる。
 すでに動じてるじゃないですか、とわたしが指摘すると、破顔一笑した。「そうですね」と。「だいたい、正義って何のことか分かりません
「あっちの正義がこっちでは悪ってことも多いですしね」

□(167)

 ↓ こういうことを言える関係に憧れます。


「この人と海外旅行なんて、結婚して五十年にもなるけど、はじめてだったから」
「五十年」わたしはその途方もない長さに感動しつつ、鸚鵡返しにした。
凄いよね。一人の男と五十年って、修行か刑罰だよ、まるで

□(171)


@研究室
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by no828 | 2012-03-10 12:56 | 人+本=体 | Comments(0)