思索の森と空の群青

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2013年 07月 13日

政治的人間とはこの世界の明日を選択する人間の謂ではないか——大江健三郎『遅れてきた青年』

c0131823_10501886.jpg大江健三郎『遅れてきた青年』新潮社(新潮文庫)、1970年。59(714)

単行本は1962年に同社

版元 → 


 「遅れ」は負い目になりうるのです。それがたとえ戦争への遅れであるとしても。全553ページ。

 この世界に遅れてきた子ども。教育とは、早く着いた大人から遅れてきた子どもへの営み。教育とは、遅れの負い目を払拭させようとするもの?

わたしは苦痛に耐えないように呻いてみせた。指さきでの愛撫にこたえて喉をならす猫のように、女教師を良い気持にするためにわたしは反応を示してやったのだ。一つの行為が生徒にいかなる反応もひきおこさなかったとき、教師は再びその自分の行為をくりかえして無理にだめおしするものだ。子供の才智によってさけられる限りの折檻は、わたしにそれを受ける気持をまったくもたせなかった。(8.傍点省略)

みんな戦争に行き、みんな兵士になる! さあ、遊びに行って体をきたえておいで、そんなひょろひょろの体では兵隊さんの服を着てもキリンみたいで弱く見えるぞ。わたしは強い兵隊に、熊のような、いかにも農村の出らしい頑丈な兵隊になるために、いつも歩くかわりに走り、教師の掃除のときは軽い椅子のかわりに重い机を動かして体をきたえていた。(10)

わたしはもう、あなたがたのような悪い生徒に教えることはできません。自習の時間にします。日本はなぜ負けたか、科学的でなかったからだ、と百回ずつ書きなさい
 わたしたちは仙花紙のノートに鉛筆をなめながら書きこみはじめる、ああ、こんなふうにノートをつかったらすぐなくなってしまう、どうしよう、と考えあぐねながら。ほとんど毎日、女教師はヒステリーをおこして叫び、わたしたちは自習の時間だ。
(139.傍点省略)

村の出来事から子供らが排除され眼かくしされる習慣が、進駐軍が村を通りすぎた日から、谷間の人たちの心に巣くったようだった。戦争がおこなわれていたあいだ大人と子供はおなじ板の上にのって漂流している者らのようになにもかもおたがいの眼にあきらかにしていたのに。(169)

「遅れたなあ、おれよう、来んのかと思うて怒ったか?」
「来ると思ったさ」とわたしは幸福な思いで真実をいった、一瞬たりともわたしは康を疑わなかった、それが幸福だ。
(183)

しかし、すぐに戦争には実は敵も味方もないということをさとったんだ。戦争があるだけなんだ、おれが国連軍から金日成の軍隊に逃げこむなんてこと、無意味だ、戦場をひとまわり、堂どうめぐりするだけだ。みんな戦争と戦ってるんだ、南の人間も北の人間も、敵は戦争という大きい機械なんだな。(361-2)

わたしはあの戦争の終末以来、この現実世界で最も重要なことはすべて他力本願できまるというあきらめの考え方を自分のものとしてきた。事実、すべて重要なことは、わたしの外部の力の働きかけによってきまったのである。わたしが、自分の意志においてこの現実世界を決定するということはなかった。わたしは、自分の意志でこの現実世界を、その明日を、選択するということがなかった。しかし、政治的人間とはこの世界の明日を選択する人間の謂ではないか?(423)


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by no828 | 2013-07-13 11:33 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 01月 20日

その本に向かってバッター・ボックスに入って行くのです——大江健三郎・大江ゆかり『「自分の木」の下で』

c0131823_15184182.jpg 大江健三郎・大江ゆかり『「自分の木」の下で』朝日新聞社(朝日文庫)、2005年。190(650)

単行本は2001年に同社より刊行。

版元 → 


 昨年ぶん続き。エッセイ集。「学校」が擁護されています。

国語だけじゃなく、理科も算数も、体操も音楽も、自分をしっかり理解し、他の人たちとつながってゆくための言葉です。外国語も同じです。
 そのことを習うために、いつの世の中でも、子供は学校へ行くのだ、と私は思います。
(「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」22-3)

 しかし、私はこの二つの言葉〔「添削」と「推敲」〕をあまり使いません。他の人の文章でも、自分の文章についてやるようにみがきあげてゆく、しっかりしたものに丹念に作り上げてゆく、ということで、私は英語の elaboration という言葉が好きです。(「どうして生きてきたのですか?」31)

 子供の私が、自分が気にいった本から、古典もふくめて、その一節を書き写す習慣を作ったのは、どういうことだったのでしょう? 本を買ってもらって、自分のものにするのがなかなかできにくかった、ということがまずあります。〔略〕しかし、やはりそれは、私が紙に書き写すことの好きな少年だったからです。何度も書くことで、正確に覚えよう、という気持もあったのでした。不正確に覚えることは、覚えないよりずっと悪い、というのは父が私にいったことでした。(「「言葉」を書き写す」72)

 そして、私がとくにいいたいのは、子供はまず「保守的」だ、ということなのです。子供はこの世界に新しく生まれてきた人間だし、実際新しいことに敏感でもあるのですから、子供が「保守的」だなんて、とおかしく感じられるかも知れません。しかし、赤んぼうは自分にあたえられた環境にしっかりおさまって満足のようだし、大人たちのやってくれることに頼りきっています。
 そして、こういう自分の状態を見なおすことをはじめ、大人の保護から少しずつでも自立していこうとしはじめる時、子供は赤んぼうでなくなり、「進歩的」になってゆくのです。
(「シンガポールのゴムマリ」99)

 そして幾年かたって、実際にその本を読み、思っていたとおり良い本だと、自分で確かめることができた時は嬉しかったものです。野球で、ジャストミートということをいうでしょう? 本と、それを読む自分とのジャストミートということがあるのです。本を読む能力と——成長期では、年齢とおおいに関係します——、その本のための準備の読書、そしてそこまで生きてくるうえでの経験が、それを作り出してくれるのです。
 あなた方が、ある本とジャストミートするためには、それを読むことを急ぎすぎてはなりません。しかも、いつも自分の知らない本に目を光らせていて、これは良い本らしいと思ったら、まず、その実物を本屋なり図書館なりで、見ておくことです。余分のお金があったら、買っておくのがいちばんいい。そしてずっと忘れないでいて、ある日、その本に向かってバッター・ボックスに入って行くのです。
(「私の勉強のやり方」117-8)

 大人の自殺と子供の自殺のちがうところは、子供の自殺は、生き残る者たちに決して理解できない、ということです。なぜかといえば、子供にとって、
 ——取り返しがつかない! ということは絶対にないからです。

 私はこう信じています。
(「取り返しのつかないことは(子供には)ない」197)

 あなたたちも考えなければなりません。私は皆さんが、この場合にも、「原則」ということから考えていってくださるよう希望します。それも、まず自分の、そして身近な人たちの問題として、子供がほかの人間を殺す暴力をふるい、自分を殺す暴力をふるうことは、あってはならない、それが「原則」だ、ということから考えていただきたいのです。大人が、なしとげようとしていて、まだなしとげられていないことはあります。それに対して、子供たちが人間らしい誇りを持って、自分は「原則」を守り、そこから考えを進めてゆくかどうかに、世界の明日が明るいかどうかはかかっています。(「取り返しのつかないことは(子供には)ない」203)


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by no828 | 2013-01-20 15:52 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 01月 13日

その瞬間は死んだ友人と共生している感覚を味わう——大江健三郎『万延元年のフットボール』

c0131823_15201325.png大江健三郎『万延元年のフットボール』講談社(講談社文芸文庫)、1988年。186(646)

本書底本は、1971年刊行の講談社文庫。

版元 →  


 昨年ぶん続きです。タイトルがいいなと思っていました。内容には(大江作品にしては)あまり入り込めなかったのですが、読み通しました。「共生」を追うためにも、大江健三郎は読まないといけないと思っています。

明日、再びあの奇妙に情緒を掻き乱す、いじましい欲望にみちた喚声が谷間から湧き起って来るとしても、僕は自殺した友人との内的な対話としての翻訳を続けるつもりだった。事実、僕は訳語を手さぐりしながら、つねに友達ならここでどのような言葉を見出すだろうか? と考え、その瞬間は死んだ友人と共生している感覚を味わう。その時、頭を真赤に塗って縊死した友人は生きている誰よりも僕の肉体のまぢかに立っているのである。(289)

 そのうち生まれてきた初めての子供が、頭部に大きい畸形をもっており、その手術から、障害をもつかれとの共生の経験は、それまでとはすっかりちがった性格の主題を僕ににないこませることになりました。(「著者から読者へ」453)


 メモ:大江の「共生」における「友人」や「子供」などの〈他者〉の処遇、あるいは位置づけというのは、フッサール的なのか、それともレヴィナス的なのか。


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by no828 | 2013-01-13 15:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 06月 22日

生き残っている者には decency を守るくらいが関の山じゃないか——大江健三郎『「雨の木」を聴く女たち』

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97(557)大江健三郎『「雨の木〔レイン・ツリー〕」を聴く女たち』新潮社(新潮文庫)、1986年。

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単行本は同社より1982年に刊行。


 連作短篇集。

——〔略〕ああいう死はおよそ誰にも償いようのない、最悪の死だからね。生き残っている者にはどうしようもないじゃないか。生き残っている者には——これはアメリカの作家が書いていることだけど、decency を守るくらいが関の山じゃないか? それはひかえめな態度で礼儀正しくある、というようなことだけれども。〔略〕やはり生き残っている者にできるのは、死んだ人間のために decency を守るくらいのことじゃないか?
〔略〕
—— decency を守るということで、なにをいまの自分がやれるのかなあ〔略〕。
——きみの場合、水泳のトレーニングより他にないと思うなあ、と僕はいった。きみがやった事実、やらなかった事実、それらすべてふくめて、悔いがあり悩むところがあれば、それはバカ食いしたりクヨクヨ寝そべっていたりするだけでは、ふりはらうことはできないよ。それは僕自身の仕事をつうじての経験からいうんだけれども、きみにできることはあらためてトレーニングを強化して、一秒でも二秒でも記録をちぢめるまで、自分をいためつけることじゃないか?
(287-8)

 そうだよなあ、と思いつつ、decency という単語で政治哲学者のジョン・ロールズを思い出しました。decency をどう日本語に翻訳するか考えたことがあったなあと思い、ロールズもアメリカの人であったなあと思ったのでした。


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by no828 | 2012-06-22 18:57 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 06月 17日

次の選挙でいちど進歩党に政権をとらせてみるといいのよ―—大江健三郎『性的人間』

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47(280)大江健三郎『性的人間』新潮社(新潮文庫)、1968年。

版元


 「性的生活」、「セヴンティーン」、「共同生活」の3編を収録。個人的にもっとも意味がわかったのは「セヴンティーン」。60年安保闘争前後の状況。


「自衛隊がなぜ税金泥棒? もし自衛隊がなくて、アメリカの軍隊も日本に駐留していなかったら、日本の安全はどうなると思う? それに自衛隊につとめている農村の二、三男は、自衛隊がなかったら、どこで働けるの?」
 おれは詰った。おれの高校は都下の高校でも一番進歩的な所だ、デモ行進もやる。それで級友が自衛隊の悪口をいうたびに、おれは自衛隊の病院の看護婦をしている姉のことが頭にあって、自衛隊の弁護をした。しかし、おれはやはり左翼でありたい気がするし、気分の点でいっても左翼の方がしっくりする。デモ行進にも行ったし学校新聞に、基地反対運動には高校生も参加すべきだという投書をして新聞部顧問の社会科の教師によびつけられたこともあった。そしておれは、姉の言葉をひっくりかえしてしまわなければ、と思いながら詰ってしまったのだ。
〔略〕
「〔略〕日本にいるあらゆる外国兵力が撤退して、日本の自衛隊が解体して日本本土が軍事的に真空の状態になったら、たとえばの話だけど南朝鮮との関係がうまく日本に有利なように運べると思うの? 李承晩ラインのあたりで今でも日本の漁船はつかまってるのよ。もし、どこかの国が小さな軍隊でも日本に上陸させたら、軍事力がまったくないのではどうすることができるの?」
「国連に頼めばいいじゃないか、それに南朝鮮は別にして、どこかの国の小さな軍隊なんていうのがクセモノなんだぜ、日本になんかどこの国も軍隊を上陸させたりしないんだ、仮想敵国なんてないんだ」
「国連もそんなに万能じゃないのよ。火星から攻めてくるのじゃなくて、地球の上のどれかの国の軍隊が攻めてくるときには、その国が国連のなかでもってる利害関係もあるし、いつも日本人のためばかり思ってくれるとは限らないわ。それからねえ、朝鮮戦争でもアフリカの隅っこの戦争でもそうだけど、国連軍が介入するのは一応戦争がはじまってからよ。日本の陸の上で戦争が三日間でもおこなわれてたら、ずいぶん沢山の日本人が死ぬわ。それからでは国連軍も、死んだ日本人にとっては意味ないわ。日本になんかどこの国が、というけど、基地として日本をもつともたないのとでは極東では大きなちがいよ。もしアメリカが撤退したら、左翼の人は不安をなくすためにソ連の軍隊を基地をみちびきいれたくなるんじゃない? わたしだって、基地のアメリカ兵とふれる機会があるわ、あなたよりもあるわね。それでやはり外国兵が日本にいることはよくないと思うのよ。自衛隊が充実するほうがいいと思うの。農村の二、三男を失業から救うことにもなるんだし
〔略〕
「いまの保守党内閣の政治が悪いから、農村の二、三男も失業するんじゃないか、政治が悪くてできた失業者を、また悪い政治のために使っているだけじゃないか」とおれは昂奮していった。
でも、戦後の復興と経済の発展は、その悪い筈の保守党内閣のもとで進められてきたのよ」と姉は逆にまったく昂奮しないでいった。
〔略〕
「〔略〕わたしには左翼の人たちが狡いように思えるのよ。民主主義の守り手のようなことをいいながら議会主義を守らないわ、そしてなにもかも多数党の横暴のせいにする。再軍備反対、憲法違反だといいながら、自衛隊員になにか他の職業につくようにと働きかけはしない。本気じゃなくて、ただ反対してみるだけのような感じよ。保守党の政府のミキサーでつくった甘い汁を飲んでおいて、辛い汁だけ政府のせいにするようなところがあるわ。次の選挙でいちど進歩党に政権をとらせてみるといいのよ。基地からアメリカ軍を追っぱらって、自衛隊をつぶして、それで税金をさげて失業者をなくして経済成長率はぐんぐんあげていくかどうか見てみたいわ。わたしだってなにも嫌われながら自衛隊の看護婦なんかしていたくないんだから、良心的で進歩的な労働者になれるのなら大喜びよ、まったくの話がねえ……」

□(129-32)

 軽く目眩が……。

 今日的状況との重なり。

 ちなみに、この高校生の少年はこのあと右翼団体に参加するようになっていく。


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by no828 | 2010-06-17 12:52 | 人+本=体 | Comments(0)
2010年 02月 07日

早苗ちゃんにダウン氏症の障害を背負わされたのも神の御心なのだ——大江健三郎『人生の親戚』

 風がかなり強くて冷たい週末。

12(245)大江健三郎『人生の親戚』新潮文庫、新潮社、1994年。

 画像なし(参照:版元サイト)。単行本は同社より1989年に刊行。

 大江氏の本は『個人的な体験』に続いて2冊目。やはり“障害児”(という表記をわたしは好まないが)をめぐる物語。大江氏自身のご長男が“障害児”であり、それが大江氏を作家活動に向かわせているところは大きいようだ。

 「倉木まり恵」の“個人的な体験”の物語。その長男が“障害児”で、次男は事故で車椅子生活を余儀なくされる。そしてふたりは……。母の苦悩。


 自分もまた、可愛くて素直な早苗ちゃんが好きだった。それはみんな〔養護学校中等部の生徒、先生、保護者〕がそうであったとおりで、私にも早苗ちゃんはなついてくれた。お葬いの際、〔“〕家族や仲間のみならず教職員にも慰めと勇気をあたえた美しいお子さんが、どうしてこんなに早く死んでゆかねばならなかったのか、神様がどうしてこんなことをなさったのか、それをこれから懸命に理解してゆきたい〔”〕、と修道尼でもあるT先生がおっしゃって、みんなの共感を呼びもした。しかしそれが結局は神様の御心なら、あのように美しく気だての良い早苗ちゃんに、ダウン氏症の障害を背負わされたのも、神の御心なのだ。
 その段階でも、神がどうしてと問うべきであったろう。私たちは、それぞれに障害を持った子供と生きている。そして子供たちが独自の美しさ愛らしさ心優しさをそなえているのに、力づけられる。しかしかれらにはまた、障害を持っているゆえにさけられない醜さはある。それにつながるようにして、心にも歪み・ひずみがしばしば出てくるのじゃないか?
 前者については、私たちの眼で直接見るより、子供たちが集団下校するバス停までの道のりで出会う人たちの反応を鏡とすれば、赤裸々にあらわれているはず。後者は、私たちがひそかに認めざるをえないところ。自分たちが力をあわせて、障害児の真実をつたえる本を作るなら、むしろ障害児の醜さや歪み・ひずみも、はっきり提示するものにしたい。その上で、総ぐるみ一般社会の人間に受けとめさせるのでなければ、七面倒な苦労をして一冊の本を作る甲斐はない……

■(30-1。原文の傍点は省略、〔〕内および強調は引用者、以下同様)


 しかし私たちのことで、メキシコの御主人にもなんだか苦しい思いをあじわわせた様子で、気の毒だわ。……遠いところで、苦しんでもらっても、こちらになにか力がつたわる、というわけにはゆかないのにね……
■(82)

 物理的距離——やはりこれには引っかかる。


 ムーサンが障害を持って生まれて来たことで、自分に「悪」が行われたと思ったことはありません。あれは事故だったと、ずっと考えて来たわ。ムーサンが居間の絨緞に寝そべってモーツァルトを聴いているのを、脇のソファで眺める時など、ムーサンも自分も、このようにして事故のもたらしたものから恢復しているんだ、とも感じたわ。つづいて道夫くんが事故に遭い、車椅子に乗って帰って来てからも、かれは圧倒的なほどの優しさを私に示したものよ。どんなに絶望して苛立っていても、私とふたりっきりになりさえすれば…… あの頃、やはり私と道夫くんは、事故から恢復して行っていたと思います。
 ところがその子供たちふたりが、私から奪い去られてしまったんだわ。それはもう恢復されえない。つまり本物の「悪」がなされたということね、私に対して。ムーサンと道夫くんに対してなされた、というようではあるけれど、苦しく生き延びて、それを感じとらなければならないのは私だわ。それだから私は、この「悪」に充分しっぺ返しできるだけの、こちらの事業に取りかかろうと思うのよ。ところが、この世に生きる身にとっては〔略〕、本当に「悪」らしい「悪」の事業というものは、なかなか見つけ出しにくいのね。〔略〕
 大体が私たちに手のとどく「悪」といえば、ついには捕まって死刑になるほどのことが、公認された最大の「悪」ということなんだわ。しかしaという量の「悪」をなしとげた後、死刑に処せられたとして、それが私になにほどのことでしょう。死刑になることの重みをa'とすれば、aとa'とはつりあうと、すくなくとも、世間は納得しているものなのかしら? あまりに極端な差でa>a'ならば、裁判官も死刑執行人も、まじめにこちらを殺す気にはなれないはずだわ。だからといって、不等式の記号が逆転するまで、a<a'+a''+a'''……と、私を幾たびも死刑にするわけにはゆかないでしょう? 話をもとに戻すならば、私の憐れな子供がふたり、あのような仕方で奪われたことの「悪」は、どんなに対立項を拡大しても、イクォールで結べるとは思えないもの……

■(86-7)

 まさに苦悩であり、懊悩である。生きるということはそれらを背負い込むということか。死んだ者に対して“さぞ無念であったろう”と言うことはできるが、当の死んだ者が無念に思っているかどうかは確認のしようがない。“死ぬ”ということが“意識の消滅”を意味するのであれば、死んだ者は何も思わないであろうし、感じもしないであろう。だから、“さぞ無念であったろう”は徹頭徹尾、残された者=生きる者の気持ちでしかない。


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by no828 | 2010-02-07 15:50 | 人+本=体 | Comments(0)
2009年 10月 21日

あなたは、タフな悪漢か、タフな善人のどちらかになるべきだったのよ——大江健三郎『個人的な体験』

 外はもう真っ暗。


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59 (192) 大江健三郎『個人的な体験』新潮文庫、新潮社、1981年。

版元 → 


 いつであったか、帰省したときに父の本棚(といっても物置の中の、だが)からいただいてきたもの。読んだ形跡はない。

 わたしも、と言うべきか、大江健三郎は難解な、というか、読んでもどうせよくわからない、というイメージを持っていたため、これまで読まずに来た。が、今回何となく読みはじめ、「あら、俺にも読めるんじゃん」と最後まで読んだ。ただ、『個人的な体験』の結論は(それまでの展開を踏まえると)すっきりしすぎているなあという感想を持った。

 と同時に、「大江健三郎はこんなに簡単に読めてしまってはいけないのだ」という思いもあり、読み手であるわたしの力量あるいは感受性に対する疑いもまた持った。

 主人公は「鳥(バード)」という27歳ぐらいの男性(文中ずっと「鳥」に「バード」というルビが振り続けられることになり、これが若干邪魔ではある)。大江さんその人が鳥という人間の下敷きになっている。が、鳥は大江さんではない(私小説ではない)し、大江さん自身、自分とは切り分けて鳥をモデル化したというようなことを《かつてあじわったことのない深甚な恐怖感が鳥をとらえた。》というあとがき的な文章で書いている。

 タイトルの『個人的な体験』の意味は、もしかしたらそれがわかるところをあとから引くかもしれないが、自分だけの身に降り掛かった(と自分が思っている)ことと、多くの人が関心を払うこととのギャップにおいて際立ってくるように感じられた。

—————

「『あなたはいま、まさに袋小路にいるのよ、鳥〔バードとルビ、以下同様〕』
 『しかし、ぼくの妻に異常児が生れたのは、単なるアクシデントでぼくらに責任はない。そしてぼくが赤んぼうをただちにひねりつぶしてしまうほどタフな悪漢でもなければ、どのように致命的な赤んぼうであれ、医者たちを総動員し、細心の注意をはらってなんとか生きのびさせよう、とするほどタフな善人でもないとすれば、ぼくはかれを大学病院にあずけておいて、自然な衰弱死を選ばせるほかなにもできはしないよ。そのあげくぼくが自己欺瞞の病気にかかり、猫イラズを喰ったうえに袋小路へ駆けこんだドブ鼠みたいなことになるにしても、それはもうぼくにどうすることもできないよ』
 『そうじゃなく、鳥、あなたは、タフな悪漢か、タフな善人のどちらかになるべきだったのよ』
〔……〕
 『きみは酔っているのか。いまわかったよ』」
(175頁)。

—————

「『きみや、きみの死んだ御主人などと一緒に、たびたびデモに行った学生の時分ほど、国際情勢や、政府の態度に敏感じゃないね。しかし核兵器についてだけはずっと関心を持ってきたし、友人たちとのスラブ語研究会の唯一の政治活動は核兵器廃止のアッピールに参加することだった。したがってフルシチョフが核実験を再開したということになればショックを受けてしかるべき筈なんだが、ぼくはテレビをずっと眺めていて、なにも感じなかったね』
 『鳥……』と火見子は口ごもった。
 『ぼくの神経は赤んぼうの問題にだけかかずらっていて、それ以外のものには反応しなくなったという感じだ』と鳥は漠然とした不安にかられていった。
 『そうよ、鳥。あなたは今日、十五時間ものあいだ、赤ちゃんがもう衰弱死したかどうか、ということしかしゃべらなかったわ』
 『確かに、ぼくの頭はいま赤んぼうの幻影に占領されているよ。ぼくは赤んぼうのイメージの泉に潜っているみたいだ』
 『正常じゃないわ、鳥。もし、赤ちゃんがなかなか衰弱死しなくて、この状態が百日もつづいたら、あなたは発狂するわ、鳥』」
(181頁)。

—————

「『ねえ、鳥。こんどのことが、こんな風にあなた個人に限る問題じゃなくて、わたしにも共通に関わる問題だったとしたら、わたしはもっとうまくあなたを力づけてあげられたのに』とやがて火見子が鳥にかれの魘されかたについて話したことを悔んでいる沈んだ調子でいった。
 『確かにこれはぼく個人に限った、まったく個人的な体験だ』と鳥はいった。『個人的な体験のうちにも、ひとりでその体験の洞穴をどんどん進んでゆくと、やがては、人間一般にかかわる真実の展望のひらける抜け道に出ることのできる、そういう体験はある筈だろう? その場合、とにかく苦しむ個人には苦しみのあとの果実があたえられるわけだ。暗闇の洞穴で辛い思いはしたが地表に出ることができると同時に金貨の袋も手にいれていたトム・ソウヤーみたいに! ところがいまぼくの個人的に体験している苦役ときたら、他のあらゆる人間の世界から孤立している自分ひとりの竪穴を、絶望的に深く掘り進んでいることにすぎない。おなじ暗闇の穴ぼこで苦しい汗を流しても、ぼくの体験からは、人間的な意味のひとかけらも生れない。不毛で恥かしいだけの厭らしい穴掘りだ、ぼくのトム・ソウヤーはやたらに深い竪穴の底で気が狂ってしまうのかもしれないや』」
(184頁)。

—————

「——鳥、きみの赤ちゃんは生れたかね?とデルチェフさんがいった。
 ——生れました、しかし異常児で、ぼくはいま赤んぼうが衰弱死するのを待っているところです、と鳥は理由もなく告白したい衝動にかられていった。頭がふたつあるように見えるほどひどい症状の脳ヘルニアなんですよ。
 ——なぜ、手術しないで衰弱死するのを待っている?とデルチェフさんが微笑をおさめ猛だけしいほど男っぽく剽悍な表情をみなぎらせていった。
 ——ぼくの赤んぼうが手術をうけて正常に育つ可能性は百分の一もありません、と鳥はたじろいでいった。
 ——カフカが父親への手紙に書いている言葉ですが、子供に対して親ができることは、やってくる赤んぼうを迎えてやることだけです。きみは赤んぼうを迎えてやるかわりに、かれを、拒んでいるのですか?父親だからといって他の生命を拒否するエゴイズムが許されるかね?」
(197-198頁)。

—————

 主題はとてつもなく本物だ。


@研究室
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by no828 | 2009-10-21 17:44 | 人+本=体 | Comments(0)