思索の森と空の群青

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2016年 04月 06日

空に浮かんだ星みたいなもの。ギャップがあること自体が救いなんです——村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』

c0131823_21465891.jpg村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』文藝春秋(文春新書)、2000年。63(985)

 
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 2015年に残してきた本(残り12冊)


 翻訳についての村上・柴田の対談、それに翻訳学校の生徒や翻訳家を交えた座談会(質疑応答)に加えて、村上・柴田のポール・オースターの訳し比べ、村上・柴田のレイモンド・カーヴァーの訳し比べも収められています(もちろん原文も)。オースターは柴田が、カーヴァーは村上が訳すことが多かったわけで、この“取り替え”はおもしろい試みだと思いました。

 1番はじめの引用文にあるようなことを2人の先生に以前言われたことがあり、自分の文章はそういうところがあるのかな、と気になりはじめ、しかしそれがよいことなのかそうでないのかよくわからなかったところがありました。本書を読み、少し自信になりました。


村上 良い文章というのは、人を感心させる文章ではなくて、人の襟首をつかんで物理的に中に引きずり込めるような文章だと僕は思っています。暴力的になる必要はないんですけど。(46)

村上 文章っていうのは人を次に進めなくちゃいけないから、前のめりにならなくちゃいけないんですよ。どうしたら前のめりになるかというと、やっぱりリズムがなくちゃいけない。音楽と同じなんです。(66)

村上 だって、天才だもの、あの人たちは。天才というのは別モノなんです。空に浮かんだ星みたいなものです。ギャップがあること自体が逆に救いなんです。(238)


-----

机の左手に気に入った英語のテキストがあって、それを右手にある白紙に日本語の文章として立ち上げていくときに感じる喜びは、ほかの行為では得ることのできない特別な種類のものである。(村上.4)

村上 小説を書くというのは、簡単に言ってしまうなら、自我という装置を動かして物語を作っていく作業です。自我というか、エゴというか、我というか。我を追求していくというのは非常に危険な領域に、ある意味では踏み込んでいくことです。ある場合にはバランスを失うぎりぎりのところまで行かなくてはならないし、外の世界との接触が絶たれていく場合も多いんです。それくらいの危機をはらんだ作業であるということができる。出来上がったものが立派であるかどうかは、また別の問題として。(16)

柴田 自作が翻訳される場合に、翻訳家なり訳文に何を求められるかをお聞かせ願えますか。
村上 ひとくちでいえば愛情ですね。偏見のある愛情ですね。偏見があればあるほどいいと。
(17)

村上 一語一句テキストのままにやるのが僕のやり方です。そうしないと僕にとっては翻訳をする意味がないから。自分のものを作りたいのであれば、最初から自分のものを書きます。(20)

村上 やはりセンスですね。〔略〕自分にセンスがない人は、自分にセンスがないという事実を認めるセンスがないということです。あともうひとつ僕が言いたいのは、非常に不思議なことで、僕もまだ自分のなかでよく説明できないんですけど、「自分がかけがえのある人間かどうか」という命題があるわけです。〔略〕僕が翻訳をやっているときは、自分がかけがえがないと感じるのね、不思議に。(25-6)

村上 実際の場所に行ってみるというのはけっこう大事なことです。〔略〕一般論として言いまして、著者に会うのは非常にいいことですよね。ぜひお勧めします。(31)

柴田 村上さんは人前でご自分でお話をなさるより、人の話を聞くほうが好きだということをおっしゃっていましたけど、翻訳をするということと、話を聞くということと、けっこうつながるんじゃないですか
村上 うん、ほとんど同じですね。小説を書いていると自分のなかの声というのをある程度どんどん外に出していかなくちゃいけないわけですね。ところが翻訳だと、ほかの人の声のなかにスーッと静かに入っていけるところがあるんです。だからやっぱり、翻訳に向く人と向かない人がいるんですよね。じっと人のヴォイスに耳を澄ませて、それは静かな声なんだけど聞き取れるというか、聞き取ろうという気持ちのある人、聞き取る忍耐力のある人が、翻訳という作業に向いているんだと思います。
(38-9)

村上 柴田さんと話しているといつも、「ああ、この人は根っから翻訳が好きなんだなあ」という感じがひしひしと伝わってきて、楽しいんです。翻訳なんて手間のかかる地味な仕事だから、ほんとに好きじゃないとできないです。好きだというのは努力が苦にならないということでもあるから。(51)

柴田 語学力というのは他人がチェックできて、人が直せることだけれど、作品に対する愛情とかそういうものは、他人には代わりができないものだから、そっちのほうが大事だろうというふうに思いました。(57)

村上 もっと極端に言えば、翻訳とはエゴみたいなのを捨てることだと、僕は思うんです。うまくエゴが捨てられると、忠実でありながら、しかも官僚的にはならない自然な翻訳が結果的にできるはずだと思います。
柴田 同感ですね。
(63)

村上 なぜ翻訳をやりたいかというと、それは、自分の体がそういう作業を自然に求めているからです。なぜ求めるんだろうというと、それは正確に答えるのが難しい問題になってくるんだけどたぶん、僕は文章というものがすごく好きだから、優れた文章に浸かりたいんだということになると思います。〔略〕
 ものを書く読むということについて言えば、実際に足を入れてみないとわからないことって、たくさんあります。自分で実際に物理的に手を動かして書いてみないと理解できないことって、あるんですよね。目で追って頭で考えていても、どうしても理解できない何かがときとしてある。
(110-1)

見るのが速すぎる。ゆっくり見ないと意味はつかめないよ
 もちろん彼の言うことは正しかった。時間をかけて見なければ、何ごとによらず本当に見たことにはならない。
(村上・オースター.150)

まんまと罠にはまった私が、彼の話を信じた——大切なのはそのことだけだ。誰か一人でも信じる人間がいるかぎり、本当でない物語などありはしないのだ。(柴田・オースター.177)

村上 下手な文章読むと、絶対に駄目ですよね。
柴田 やっぱりよくないですかね。
村上 よくないですね。だから、僕はなるべく雑誌って読まないです。
柴田 なるほど。僕がテレビの言葉を入れたくないのと同じ。
(234-5)


@研究室
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by no828 | 2016-04-06 21:50 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 10月 01日

正しい言葉はなぜかいつも遅れてあとからやって——村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』

c0131823_19534954.jpg村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋、2013年。15(937)


 版元


 ある人の救済のために仲間から排除された人がその排除の事情を探ることで自分が救済されていく。

 巡礼。


 つくるが実際に自殺を試みなかったのはあるいは、死への想いがあまりにも純粋で強烈すぎて、それに見合う死の手段が、具体的な像を結べなかったからかもしれない。(3)

「とても簡単な話だよ。駅舎建築の第一人者として知られている教授がその大学にいたんだ。駅の建築は特殊なもので、普通の建築物とは成り立ちが違うから、普通の工科系大学に進んで建築やら土木を学んでも、あまり実際の役には立たない。スペシャリストについて専門的に勉強する必要がある」
限定された目的は人生を簡潔にする
(23)

「しかし自分の頭で自由にものを考えるというのは、簡単なことじゃないように僕には思える」
自由にものを考えるというのは、つまるところ自分の肉体を離れるということでもあります。自分の肉体という限定された檻を出て、鎖から解き放たれ、純粋に論理を飛翔させる。論理に自然な生命を与える。それが思考における自由の中核にあるものです」
(66)

「どんなことにも必ず枠というものがあります。思考についても同じです。枠をいちいち恐れることはないけど、枠を壊すことを恐れてもならない。人が自由になるためには、それが何より大事になります。枠に対する敬意と憎悪。人生における重要なものごとというのは常に二義的なものです。僕に言えるのはそれくらいです」(68)
 → 「二義的な」は「両義的な」?  この文脈では“相反する二種が共存する”といった意味で「二義的な」を使っていると思われます。しかし、「二義的な」の意味は、一義的には、“最も重要なわけではない”、“二番目に重要な”ではないでしょうか。「二義的な」には、“矛盾する二種の意味が同時に含まれる”という意味もあるのかもしれませんが、わたしはそのような意味で「二義的な」を使用したことはありません。という理由で、疑問符。

「自分で気に入っているものを人に勧めるのは、いいものだ。いくら口がうまくても、自分で納得のいかないものを人に売りつけることはできないよ(159)

本当に深く傷ついたときには、言葉なんて出てこないものだよ」とつくるは言った。(161)

「おれが会社勤めからもうひとつ学んだのは、世の中の大抵の人間は、他人からの命令を受け、それに従うことにとくに抵抗を感じていないということだ。むしろ人から命令されることに喜びさえ覚えている。むろん文句は言うが、それは本気じゃない。ただ習慣的にぶつぶつこぼしているだけだ。自分の頭でものを考えろ、責任を持って判断しろと言われると、彼らは混乱する」(186)

記憶は隠すことはできても、歴史を変えることはできない」とつくるは沙羅の言葉を思い出して、そのまま口にした。(193)

「つまり、ある意味ではあなたたちはそのサークルの完璧性の中に閉じ込められていた。そういう風に考えられない?」
 つくるはそれについて考えてみた。「ある意味ではそうだったかもしれない。でも僕らは喜んでその中に閉じ込められていた。そのことは今でも後悔していないよ」
「とても興味深い」と沙羅は言った。
(219)

「どんな言語で説明するのもむずかしすぎるというものごとが、私たちの人生にはあります」とオルガは言った。(260)

痛切な喪失を通り抜けない受容はない。それが真の調和の根底にあるものなのだ。(307)

「僕はこれまでずっと、自分のことを犠牲者だと考えてきた。わけもなく苛酷な目にあわされたと思い続けてきた。そのせいで心に深い傷を負い、その傷が僕の人生の本来の流れを損なってきたと。正直言って、君たち四人を恨んだこともあった。なぜ僕一人だけがこんなひどい目にあわなくちゃならないんだろうと。でも本当はそうじゃなかったのかもしれない。僕は犠牲者であるだけじゃなく、それと同時に自分でも知らないうちにまわりの人々を傷つけてきたのかもしれない。そしてまた返す刀で僕自身を傷つけてきたのかもしれない」(318)

正しい言葉はなぜかいつも遅れてあとからやってくる。(328)


@研究室
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by no828 | 2015-10-01 20:04 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 09月 25日

「私にもそういう風景はある」「そいつを大事にした方がいい」——村上春樹『1Q84』

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村上春樹『1Q84』BOOK1-3、新潮社、2009-10年。13(935)

 版元 → BOOK1 BOOK2 BOOK3

 2つの想定に勝手に親近感を抱きました。1つは、青豆の父方の祖父は福島県の生まれで、「青豆」という名字はそこに実際にある、という想定で(BOOK1: 12-3)、もう1つは、天吾は筑波大学第一学群自然学類数学主専攻という「奇妙な名前のついた学科を卒業し」た、という想定です(BOOK1: 44)。わたしの名字はありきたりでも同じ県の出身で、第一学群ではないけれどもわたしも同じ大学の出身です。


○BOOK1
「現実はいつだってひとつしかありません」、書物の大事な一節にアンダーラインを引くように、運転手はゆっくりと繰り返した。(23)

「もちろん。それだけでは足りない。そこには『特別な何か』がなくてはならない。少なくとも、何かしら俺には読み切れないものが含まれていなくてはならない。俺はね、こと小説に関して言えば、自分に読み切れないものを何より評価するんだ。俺に読み切れるようなものには、とんと興味が持てない。当たり前だよな。きわめて単純なことだ」(40)

 職業的小説家になることを自分が本当に求めているのかどうか、それは本人にもわからない。小説を書く才能があるのかどうか、それもよくわからない。わかっているのは、自分は日々小説を書かずにはいられないという事実だけだった。文章を書くことは、彼にとって呼吸をするのと同じようなものだった。(44)

 次におこなうのは、その膨らんだ原稿から「なくてもいいところ」を省く作業だ。余分な贅肉を片端からふるい〔ママ〕落としていく。削る作業は付け加える作業よりはずっと簡単だ。その作業で文章量はおおよそ七割まで減った。一種の頭脳ゲームだ。増やせるだけ増やすための時間帯が設定され、その次に削れるだけ削るための時間帯が設定される。そのような作業を交互に執拗に続けているうちに、振幅はだんだん小さくなり、文章量は自然に落ち着くべきところに落ち着く。これ以上は増やせないし、これ以上は削れないという地点に到達する。エゴが削り取られ、余分な修飾が振い〔ママ〕落とされ、見え透いた論理が奥の部屋に引き下がる。(129)

「自分が排斥されている少数の側じゃなくて、排斥している多数の側に属していることで、みんな安心できるわけ。ああ、あっちにいるのが自分じゃなくてよかったって。どんな時代でもどんな社会でも、基本的に同じことだけど、たくさんの人の側についていると、面倒なことはあまり考えずにすむ」
少数の人の側に入ってしまうと、面倒なことばかり考えなくちゃならなくなる
「そういうことね」と憂鬱そうな声で彼女は言った。「でもそういう環境にいれば少なくとも、自分の頭が使えるようになるかもしれない
「自分の頭を使って面倒なことばかり考えるようになるかもしれない」
「それはひとつの問題よね」
「あまり深刻に考えないほうがいい」と天吾は言った。
(137)

 青豆は筋肉マッサージが得意だった。体育大学では誰よりもその分野での成績がよかった。彼女は人間の身体のあらゆる骨と、あらゆる筋肉の名前を頭に刻み込んでいた。ひとつひとつの筋肉の役割や性質、その鍛え方や維持法を心得ていた。肉体こそが人間にとっての神殿であり、たとえそこに何を祀るにせよ、それは少しでも強靭であり、美しく清潔であるべきだというのが青豆の揺るぎなき信念だった。(241-2)

「私の専門は文化人類学だ」と先生は言った。「学者であることは既にやめたが、精神は今でも身体に染み着いている。その学問の目的のひとつは、人々の抱く個別的なイメージを相対化し、そこに人間にとって普遍的な共通項を見いだし、もう一度それを個人にフィードバックすることだ。そうすることによって、人は自立しつつ何かに属するというポジションを獲得できるかもしれない。言っていることはわかるかな?」(267)

日曜日には子供は、子供たち同士で心ゆくまで遊ぶべきなのだ。人々を脅して集金をしたり、恐ろしい世界の終わりを宣伝してまわったりするべきではないのだ。そんなことは——もしそうする必要があるならということだが——大人たちがやればいい。(273)

「何故ならあなたは天使でもなく、神様でもないからです。あなたの行動が純粋な気持ちから出たことはよくわかっています。だからお金なんてもらいたくないという心情も理解できます。しかし混じりけのない純粋な気持ちというのは、それはそれで危険なものです。生身の人間がそんなものを抱えて生きていくのは、並大抵のことではありません。ですからあなたはその気持ちを、気球に碇をつけるみたいにしっかりと地面につなぎ止めておく必要があります。そのためのものです。正しいことであれば、その気持ちが純粋であれば何をしてもいいということにはなりません。わかりますか?」(330-1)

この現実の世界にはもうビッグ・ブラザーの出てくる幕はないんだよ。そのかわりに、このリトル・ピープルなるものが登場してきた。なかなか興味深い言葉の対比だと思わないか?」(422)

正しい歴史を奪うことは、人格の一部を奪うのと同じことなんだ。それは犯罪だ(459)

「ギリヤークというのは、ロシア人たちが植民してくるずっと前からサハリンに住んでいた先住民なんだ。もともとは南の方に住んでいたんだけど、北海道からやってきたアイヌ人に押し出されるようなかっこうで、中央部に住むようになった。アイヌ人も和人に押されて、北海道から移ってきたわけだけどね。チェーホフはサハリンのロシア化によって急速に失われていくギリヤーク人たちの生活文化を間近に観察し、少しでも正確に書き残そうと努めた」(463)

 疑問が多すぎる。「小説家とは問題を解決する人間ではない。問題を提起する人間である」と言ったのはたしかチェーホフだ。なかなかの名言だ、しかしチェーホフは作品に対してのみならず、自らの人生に対しても同じような態度で臨み続けた。そこには問題提起はあったが、解決はなかった。自分が不治の肺病を患っていると知りながら(医師だからわからないわけがない)、その事実を無視しようと努め、自分が死につつあることを実際に死の床につくまで信じなかった。激しく喀血しながら、若くして死んでいった。(472)

「覚えてない?」
あいつらはね、忘れることができる」とあゆみは言った。「でもこっちは忘れない
「もちろん」と青豆は言った。
「歴史上の大量虐殺と同じだよ」
「大量虐殺?」
やった方は適当な理屈をつけて行為を合理化できるし、忘れてもしまえる。見たくないものから目を背けることもできる。でもやられた方は忘れない。目も背けられない。記憶は親から子へと受け継がれる。世界というのはね、青豆さん、ひとつの記憶とその反対側の記憶との果てしない闘いなんだよ
(525. 傍点省略)


○BOOK2
さよならを言うのはあまり好きじゃない」とタマルは言った。「俺は両親にさよならを言う機会さえ持てなかった」(31)

「チェーホフがこう言っている」とタマルもゆっくり立ち上がりながら言った。「物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない、と」
「どういう意味?」
 タマルは青豆の正面に向き合うように立って言った。彼の方がほんの数センチだけ背が高かった。「物語の中に、必然性のない小道具は持ち出すなということだよ。もしそこに拳銃が出てくれば、それは話のどこかで発射される必要がある。無駄な装飾をそぎ落とした小説を書くことをチェーホフは好んだ」
(33)

「世間のたいがいの人々は、実証可能な真実など求めてはいない。真実というのおおかたの場合、あなたが言ったように、強い痛みを伴うものだ。そしてほとんどの人間は痛みを伴った真実なんぞ求めてはいない。人々が必要としているのは、自分の存在を少しでも意味深く感じさせてくれるような、美しく心地よいお話なんだ。だからこそ宗教が成立する(234)

天吾にとって性欲とは、基本的にはコミュニケーションの方法の延長線上にあるものだ。だからコミュニケーションの可能性のないところに性欲を求めるのは、彼にとって適切とは言いがたい行為だった。(296)

「ただね、そいつが脇目もふらずネズミを木の塊から『取り出している』光景は、俺の頭の中にまだとても鮮やかに残っていて、それは俺にとっての大事な風景のひとつになっている。それは俺に何かを教えてくれる。あるいは何かを教えようとしてくれる。人が生きていくためにはそういうものが必要なんだ。言葉ではうまく説明はつかないが意味を持つ風景。俺たちはその何かにうまく説明をつけるために生きているという節がある。俺はそう考える」
「それが私たちの生きるための根拠みたいになっているということ?」
「あるいは」
私にもそういう風景はある
そいつを大事にした方がいい
(371)


○BOOK3
「私は孤独じゃないと思う」と青豆は告げる。半ばタマルに向かって、半ば自分自身に向かって。「ひとりぼっちではあるけれど、孤独ではない(48)

そして他人が語ることに——それがたとえどんなことであれ——注意深く耳を澄ませるのを習慣とした。そこから何かを得ようと心がけた。その習慣はやがて彼にとって有益な道具になった。彼はその道具を使って貴重な事実を発見した。世の中の人間の大半は、自分の頭でものを考えることなんてできない——それが彼の発見した「貴重な事実」のひとつだった。そしてものを考えない人間に限って他人の話を聞かない(191)

 それを聞いて女教師は満足そうに微笑んだ。小さな瞳の中で何かが陽光を受け、遠くの山肌に見える氷河のようにきらりと光った。少年時代の天吾を思い出しているのだ、と牛河は思う。二十年も前のことなのに、彼女にはきっとつい昨日の出来事のように感じられるのだろう。
 津田沼駅に向かうバスを校門の近くで待ちながら、牛河は自分の小学校の教師たちのことを考えた。彼らは牛河を記憶しているだろうか? もし記憶していたとしても、彼のことを思い出す教師たちの瞳に親切な光が浮かんだりすることはまずあり得ない。
(209)

「しかしいったん自我がこの世界に生まれれば、それは倫理の担い手として生きる以外にない。よく覚えておいた方がいい」
「誰がそんなことを言ったの?」
「ヴィトゲンシュタイン」
(228)

「教えるのはきらいじゃない。場合によっては面白くさえある。でも長いあいだ人にものを教えていると、自分がだんだんあかの他人みたいに思えてくる(241)

人が一人死ぬというのは、どんな事情があるにせよ大変なことなんだよ。この世界に穴がひとつぽっかりと開いてしまうわけだから。それに対して私たちは正しく敬意を払わなくちゃならない。そうしないと穴はうまく塞がらなくなってしまう」
 天吾は肯いた。
「穴を開けっ放しにしてはおけない」と安達クミは言った。「その穴から誰かが落ちてしまうかもしれないから」
「でもある場合には、死んだ人はいくつかの秘密を抱えていってしまう」と天吾は言った。「そして穴が塞がれたとき、その秘密は秘密のままで終わってしまう」
「私は思うんだけど、それもまた必要なことなんだよ」
「どうして?」
「もし死んだ人がそれを持って行ったとしたら、その秘密はきっとあとには置いていくことのできない種類のものだったんだよ」
「どうしてあとに置いていけなかったんだろう?」
 安達クミは天吾の手を放し、彼の顔をまっすぐに見た。「たぶんそこには死んだ人にしか正確には理解できないものごとがあったんだよ。どれほど時間をかけて言葉を並べても説明しきれないことが。それは死んだ人が自分で抱えて持っていくしかないものごとだったんだ。大事な手荷物みたいにさ
(483-4)


 別様の世界を想像することの意味は何か。一様にあるこの世界はこのようになければならないわけではない、と思わせることか。別様の世界がつねに望ましい世界かどうかはわからないし、村上春樹の小説にもそのようには描かれていない。それはただ不思議な世界で、しかし不思議な世界だと認識しうるほどには普通の世界である。このようになければならないわけではない世界を少しよくするためには、この世界を丁寧に生きる以外にはないのかもしれない。

@研究室
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by no828 | 2015-09-25 20:06 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 09月 10日

僕のささやかでシンプルな提案は、会場をアテネ一カ所に固定し——村上春樹『シドニー! ワラビー熱血篇』

c0131823_1833389.jpg村上春樹『シドニー! ワラビー熱血篇』文藝春秋(文春文庫)、2004年。7(929)


 単行本は2001年に同春秋
 版元


 この本を読んだのは今年のはじめですが、いまこうして振り返っていると、日本の現況と重なるところがあって、うなずきながら書き留めることになりました。


 そういうわけで、僕らはオリンピックで活躍する代理のアスリートを懸命に応援し、それによって闘争心を代理的に満足させるという、考えてみればかなりまわりくどいことをやっているわけだ。しかし原理的にはややこしい行為ではあっても、表現の方法はきわめて簡単である。大声で叫んで、旗を振りまわせばいいだけだ。(10)

 僕もちょっと信じられない。現代のマラソンというのは、ものすごいところまで来ているんだなと実感する。その昔は「四十二キロを人が走る」というだけで人は感動した。今では「こんなひどい季節に、こんなひどいコースを、人がこんなに速いスピードで四十二キロ走る」ということで、人は感動する。これはマラソン競技にとって正しい進化なのだろうか? 僕にはよくわからない。(16)

 彼女〔高橋尚子〕はリズムをつかんでいる。というか、リズムがすべてになっている。内在的なそのリズムの中に、自分自身を溶け込ませている。それより上には行かないし、下にも行かない。リズムを損なわないこと、彼女が考えているのはそれだけだ。背中を何かに軽く押されているみたいに、無駄のないフィームで走り続ける。(23)

 同時に、彼女の中で何かが溶け始める。静かに、しかし確実に溶け始める。彼女はやっと手を大きく上にあげる。もう一度あげる。まだ笑みはこぼれない。顔はこわばったままだ。でもフェンスに沿って走っているうちに、小さな目盛りひとつずつ気持ちがほぐれていく。客席のいちばん前にいた家族と手を取り合い、抱擁する。知っている人々の温もりを受けて、やっと自分というものが戻ってくる。表情がゆるみ、穏やかな笑みが湧き水のようにしみ出てくる。彼女は両手をあげる。そして何かを叫ぶ。それだけキャシー・フリードマンが深く悩み、傷つき、迷いさまよっていたのだということが、僕らにも理解できる。彼女は誰よりも重い荷物を背中に背負っていたのだ。
 このシーンを見るためだけでも、今夜ここに来た価値があったと思う。
胸が熱くなった。人の心の中で、固くこわばっていた何かが溶けていくのがどういうことなのか、それをまぢかに目撃することができた。今回のオリンピックの中でも、もっとも美しく、もっともチャーミングな瞬間だった。
(47)

 でもそれは筋が違うと僕は思う。タチアナ・グリゴリエワ(棒高跳びの選手)は自らの意志でオーストラリアに帰化したのだ。ところがキャシーが代表する人々は六万年も前からここにいた。あとから来たのはヨーロッパ人の方なのだ。自分たちの民族を表す旗を持ち出す権利は彼女にはあるはずだ。権利というものは、自分の手でつかみ取るしかない。誰も「はい、どうぞ」とは与えてくれない。アメリカのマリオン・ジョーンズだって、母親の母国であるベリーズの旗を、星条旗とともに持って走った。(53)

 僕のささやかでシンプルな提案は、競技種目を今の半分に減らし、会場をアテネ一カ所に固定してしまうことだ。サッカーとテニスと野球とバスケットボールは種目から外す。言い換えれば、プロのリーグやトーナメントが存在するものは、あえてオリンピックに入れる必要はないということだ。そうすれば大会運営の費用はもっと少なくてすむし、巨大なスポンサー料も必要なくなる。新しい会場の説明も必要ない。あの醜い誘致合戦もやらなくてすむ。アスリートはみんなアテネを目指すことになる。高校野球だって毎年甲子園でやっているけど、何か問題ありますか? ないじゃないですか。アテネはいいところですよ。マラソンだって、常にオリジナル・マラソン・コースでやれる。素晴らしいことじゃないですか。
 開催の季節はもちろん十月だ。ギリシャの十月は気候も素晴らしいし、観光のオフシーズンでもある。どうしてそれができないのか? すでにオリンピックが金権体質になってしまっているからだ。すべてが金まみれになっていて、それで潤っている人間が多くなりすぎた。もう後戻りができないのだ。
(60-1)

 ここに来てつくづく思ったんだけど、現代のオリンピック・ゲームを推進しているのは、国家主義と商業主義というふたつのエンジンです。この双子の兄弟の力なしには、現代の肥大化したオリンピックはどこにも行けません。(109)

 僕が読んだ本によれば、彼〔ピエール・ド・クーベルタン男爵〕は実際にはこう言ったそうだ。
人生において大事なことは、勝利ではなく、競うことである。人生に必須なのは、勝つことではなく、悔いなく戦ったということだ
(145)

 中には「ご苦労さん。ゆっくり休んで」なんて慰め言ってくれる人もいます。でもそれは違うんです。競技者にとって、憐れみの言葉はかけてほしくないものなんです。屈辱をばねにして、次のレースに対してモチベーションを高めていくのが、いちばん正しいことです。負けは負けだし、駄目なものは駄目なんです。ご苦労さんもゆっくり休んでも、ないんです。(190. 河野匡 大塚製薬陸上チーム監督インタヴュー)

 専属のコーチを持たないことによって生じる弊害については、有森自身も決して否定はしない。彼女は練習の日程を書いたノートをいつも大事に携えている。左側に日々の達成するべき目標が書き付けてあり、右側には実際に行なった練習が書き付けてある。それが、ロールシャッハ・テストの図形みたいに、左右対称にぴたりと合致することが理想だ。しかし場合によっては、彼女が理想を合わせる前に、理想の方が歩み寄ることもある。
いつもは左側の目標をボールペンで書くんです。でも今年は鉛筆で書きました。いつでも消せるように。つまり体調があまりよくなかったりすると、消しゴムで左側の数字をごしごしと消して、べつの数字を書き込むようになったわけです。そういうところが、一人でやっていると甘くなってしまう点かもしれません
 馬鹿やろう、何を気楽なことを言っているんだ、これだけは何があってもやらなくちゃいけないんだ、と大声で怒鳴りつけて、尻を叩いてくれる人が、今の彼女にはいない。〔略〕一人で日々黙々と、追い込んだ練習を続けていくのがどれくらいむずかしいことか、少しでも走ったことのある人にならおわかりいただけるはずだ。一緒に並んで走ってくれるパートナーさえ、彼女にはいない。
 もちろん他人に頼らずとも、一人で自分を冷酷に追い込める人間だって、世の中にはいるだろう。多くはないかもしれないけれど、少しくらいはいるはずだ。それでも、ひとつだけ基本的に言えることがある。「自分に言い訳をするのは、だいたいにおいて、他人に言い訳をするよりも簡単だ」ということだ。
(220-2)

指導者がいないことのいちばんつらい点は、自信をなくすことです」と彼女〔有森裕子〕は静かな声で言う。「自分が今どこにいるのか、それが正しい場所なのか、そうではないのか、判断をいつも自分で下さなくてはならないということです
 もちろん、ときとして、彼女は途方に暮れる。
(224)


 有森裕子に関する一連の引用は、わたしの大学院時代の——あるいは学類から、あるいは現在まで続くのかもしれない——研究にかかる心境と重なるところがあります。生意気な書き方をするなら、よくわかる。そして彼女とはレベルが違いすぎるけれども、わたしもまた走っていたのでした。

@研究室
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by no828 | 2015-09-10 18:46 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 08月 30日

共和党を支持するラッパーを見るときのような目つきで僕を見る——村上春樹『シドニー! コアラ純情篇』

c0131823_1638575.jpg村上春樹『シドニー! コアラ純情篇』文藝春秋(文春文庫)、2004年。6(928)


 単行本は2001年に同春秋
 版元


 2000年09-10月シドニー・オリンピック私的現地日記。

 オリンピックに関心があって、ではなく、村上春樹に興味があって、読みました。もちろん、マラソンなど個別の競技への関心はあります。

 はじめの2つの引用は、1996年アトランタの有森裕子に関する文章。


 でも彼女はエゴロワと違って、走りやめたいなんてちらりとも考えなかった。やりかけたことを最後までやりとおすことは、彼女の生き方の一部だった。それがない私は私じゃない。曲がりなりにもやりとおせば、必ず何かが生まれる。やりとおさなければ、何も生まれない。ゼロだ。骨を削ってでも、身をそいででも、前のランナーを追いかけていくのだ。根性? いや、それは根性なんかじゃない。私は私自身のために走っているのだ。私が私自身をすすりながら走っているのだ。(24)

 しかし同時に、メダルなんかどうでもいいという気持ちは根強くあった。私は二度にわたってオリンピックというこの巨大で残酷な肉挽き機に放り込まれ、そのたびに自分の尊厳を賭けて走りぬいたのだ。貴重な達成だった。たかが一枚のメダルで測られてしまってたまるものか。国旗掲揚台に上がる一枚の日の丸で測られてしまってたまるものか。心の底には一貫して、そのような怒りにも似た気持ちがあった。(25)

 河野〔匡 大塚製薬陸上チーム監督〕自身はフルマラソンを走った経験はない。筑波大学四年生のときにアジア大会の三千メートル障害で優勝したが、その直後に箱根駅伝を走ってアキレス腱を傷め、オリンピック代表にはなれなかった。だからマラソン選手を説得するために、自分自身の経験を持ち出すことはできない。理論と熱意を武器にしていくしかないのだ。弁は立つ。しかし、かといって、人間的に冷たいところはない。長く話していると、この人は基本的には人情派なんだなと思わせられる。人間関係の中に過度にのめりこんでしまうのがつらいから、逆に理論を表に立てていくという面があるのかもしれない。(43)

「でも結婚してよかったと思いますよ。独身時代はなにしろ部屋が無茶苦茶に汚かったから。あいつ〔犬伏孝行〕には誰か面倒をみてくれる人が必要なんです。それから家族を大事にするやつだしね。子供も好きだし」
 そこで言葉を切って、少し考える。そしてつけ加える。
「でも子供を可愛がるというのとは、ちょっと違うんです。なんと言えばいいんだろう? 子供にかまう、という方が近いかな
 かまう?
「うちにも子供がいるんですが、犬伏はとにかくかまうんです。子供が好きなことは確かなんだけど、可愛がるというのとはちょっと違うな。かまうんです」
(48-9. 傍点省略)

「経済のグローバル化は、世界全体の資本主義化である」という主張は、まあ筋の通った主張みたいだけれど、それに対してデモをかけるのは、台風に向かって扇風機をまわすようなものだろうな、という気がする。(86)

しかしビールというのは、一人で飲んでいても、クールな感じがまるでしない飲み物だ。ウォッカ・ギムレットとは違う。ただ「一人で飲んでるな」というだけのこと。(96)

 このようなナチュラルな愛国心の高揚は、たぶん主催者(としての国家)の目論見どおりの展開だろう。オーストラリアは成立過程からして、国家としてのアイデンティティーを抱きにくい位置にあった。そもそも囚人の流刑地として出発し、長いあいだにわたって「白豪主義」を謳歌し、先住民アボリジニーを無視し抑圧してきたという歴史的な後ろめたさも抱えている。だからこのオリンピックを境に、ポジティブな明るいイメージを掲げて、二十一世紀に向けて新しいスタートを切りたいという強い国家的意思がある。
 気持ちはよくわかる。しかしそのような政治的な意識や思惑があまりにも前に出すぎていて、我々外国人の目から見ると、田舎芝居みたいでいささかうっとうしい。何もそこまでやらなくてもいいのにと思う。
(125)

 ホテルのコンシエルジュに島への行き方を訊いてみる。
「それでノース・ストラドブローク・アイランド(地元の人々は例によって短く略して“ストラッディ”と呼ぶ。言葉の簡略化はこの国の人々の集団的オブセッションだ)に何しに行くんですか。知り合いでも住んでいるんですか?」
「いや、知り合いは住んでないです」
「じゃあどなたかとそこで待ち合わせておられるんですか?」
「いや、待ち合わせもしていないです」
「それでは何しに行くんですか?」
気持ちのよい午後をビーチで過ごしに」と僕は言う。
 コンシエルジュの顔がかすかに曇る。共和党を支持するラッパーを見るときのような目つきで僕を見る。
(193)

戦後ずいぶん歳月が経ったから、日の丸を見て、第二次大戦のときのダーウィン爆撃を思い出すオーストラリア人も少ないだろうし、それはべつにいいんだけど、しかしこの若者たちは、ダーウィンを日本軍が爆撃した事実なんてきっと知らないんだろうな。「えー、日本って、オーストラリアと戦争とかしたんっすか? ずいぶん遠くまで来たんっすね」なんてことにならないといいんだけどね。(202)

 メダルを取った三人は、ゴールの先の方でしっかりと抱き合う。敵も味方もない。凝縮された瞬間の連続はここで終わったのだ。もうそれについてしばらくは考える必要はないのだ。身体の芯のあたりからじわじわと喜びがにじみ出てきて、そのまま全身を包んでいく。肌が泡立ち、心臓が膨らみ、のどがからからになる。僕らはそのような推移を鮮やかに目の前にすることができる。やがて(マリオンの場合と同じように)涙の奔流がやってくるかもしれない。
 不思議なことだけど、百メートルのランそのものを目撃しているときより、そのあとに選手たちがくぐり抜ける一連の儀式を見ているときの方が、人の身体性の純粋な輝きのようなものを、僕らは体感することができる。
 百メートルの走りを現場で見ていると、速いのか速くないのか、正直言ってわからない。〔略〕
 しかしすべてが終わったとき、アスリートたちの表情や動作から、その虚脱感や、バケツの底を突き破ったような歓喜から、彼らがいかに速く走ったのかということが、ようやく僕らにも飲み込める。そして感動のようなものがじわりとやってくる。これはなんというか、そう、一種宗教的だ。啓示的だ。
(248-9. 傍点省略)


@研究室
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by no828 | 2015-08-30 16:45 | 人+本=体 | Comments(0)
2015年 05月 28日

みんなにいい顔はできない、というのが僕の人生の大原則だ——村上春樹・大橋歩『村上ラヂオ2』

c0131823_18474679.jpg村上春樹・大橋歩『村上ラヂオ2——おおきなかぶ、むずかしいアボカド』新潮社(新潮文庫)、2013年。86(909)


 単行本は2011年に『おおきなかぶ、むずかしいアボカド——村上ラヂオ2』としてマガジンハウスより刊行
 版元

 アボカドはむずかしくないしかぶもおおきくはないのだけれど早く終えるのがむずかしい → 


 文=村上春樹、画=大橋歩のエッセイ集。タイトルで惹かれたのは、「夢を見る必要がない」。

 わたしにもあてはまることが書いてありました。


「すみませんが、とてもお腹が減って、ハンバーガーが食べたいので、一ドルくれませんか?」と彼は静かな声で言った。
 これにはちょっと驚いた。〔略〕もちろん僕はその人に一ドルをあげました。〔略〕「ハンバーガーと一緒にミルク・シェイクでも飲んで下さい」と言って、三ドルくらいあげるべきだったかなとあとでふと思ったけど、そのときはもう遅かった。僕はちょっとした考えが頭に浮かぶのに、ひとより時間がかかる性格なのだ。考えが浮かんだときには、だいたいいつも手遅れになる。
(16-8)

 そのおかげで義理を欠くような場合も時にはあったけど、静かな場所で静かに作品を書くのが小説家のそもそもの仕事で、それ以外の機能や行為はあくまでおまけに過ぎない。みんなにいい顔はできない、というのが僕の人生の大原則だ。小説家にとっていちばん大事なのは読者であって、読者に自分のベストな顔を向けようと心を決めたら、それ以外のところは「すみません」と切り捨てていくしかない。(24-6)

だから先にタイトルだけを作り、そのタイトルに合った話をどこかから引きずり込んできた。つまり「言葉遊び」から小説を書き出したようなところがある。
 そんなのは文学的に不謹慎だと言う人がいるかもしれない。でもそうやっているとにかく書いているうちに自然に、「自分が本当に書きたいこと」がだんだんくっきりと見えてきた。書くという作業を通して、これまで形をとらなかったものが徐々にまとまった形をとっていった。「最初からこれを書かなくては」という『蟹工船』的な使命感ももちろん大事だけど、そういう自然さもまた、使命感と同じくらい文学にとって大事なんじゃないかと、えーと、それとなく考えております。
(39)

 よほど必要がない限り、自分の書いた本を読み返さない。手にも取らない。(80)

コレクション(心を注ぐ対象)にとって問題は数じゃないんだということです。大事なのはあなたがどれくらいそれらを理解し愛しているかであり、それらの記憶がどれくらいあなたの中に鮮やかに留まっているかだ。それがコミュニケーションというものの本来の意味だろう、そう愚考します。(123)

 それは歓迎すべき状況なのかもしれない。ただ正直なところを言えば、システムが頑丈だったときの方が、けんかはしやすかった。つまり、カラスがきちんと高い枝にとまっていたときの方が、構図は見えやすかった。今は何が挑むべき相手なのか、何に腹を立てればいいのか、もうひとつつかみにくいですよね。まあなんとか目をこらしてやっていくしかないんだけど。(207)


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by no828 | 2015-05-28 18:54 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 01月 23日

ノルマンディー風新鮮アンチテーゼのガーリック・ソースかけ——村上春樹・糸井重里『夢で会いましょう』

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村上春樹・糸井重里『夢で会いましょう』講談社(講談社文庫)、1986年。191(651)

版元 → 


 「カタカナ文字の外来語」を主題とした、2人の対談集ではなく、2人の超短篇集というか、2人のエッセイ集というか、そういうものです。

 こういうの好きです。「アンチテーゼ」は『夜のくもざる』(→ )にも出てきました。
 メニューの〈今夜のスペシャル〉というコーナーに、僕はアンチテーゼの料理をみつけた。「ノルマンディー風新鮮アンチテーゼのガーリック・ソースかけ」とある。
「このアンチテーゼだけど、本当にそんなに新鮮なんですか?」と僕はメニューをにらみながら給仕頭に質問してみた。
「ええ、それはもう間違いございません」〔略〕
「それはどうも失礼。昨今新鮮なアンチテーゼになんてまずお目にかかれなくなっちゃったものだから、つい用心深くなってね
〔略〕
「まったくそのとおり、おっしゃるとおりですな。たしかにこの十年ばかり新鮮な大ぶりのアンチテーゼがすっかり採れなくなってしまいまして、大抵の店ではインド産小アンチテーゼの冷凍ものでごまかしている状態です
(「アンチテーゼ antithese」26-7)

 もちろん村上春樹の書いたものです。


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by no828 | 2013-01-23 18:01 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 01月 18日

昨年の九月にアンチテーゼ採りにボルネオに行ったまま——村上春樹・安西水丸『夜のくもざる』

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村上春樹・安西水丸『村上朝日堂超短篇小説 夜のくもざる』新潮社(新潮文庫)、1998年。188(648)

単行本は1995年に平凡社より刊行。

版元 → 


 昨年ぶんを続けます。タイトルにありますように、超短篇の集まりです。

 学友の所属していた劇団では「バウムクーヘン」でした(同じ主題を扱っていたと言いきれるかというと、実は少々不安です……)。
「私たち人間存在の中心は無なのよ。何もない、ゼロなのよ。どうしてあなたはその空白をしっかり見据えようとしないの? どうして周辺部分にばかり目がいくの?」(「ドーナツ化」55-6)


 こういうの、好き。
 昨年の九月にアンチテーゼ採りにボルネオに行ったまま消息のとだえていた伯父から、やっと一枚の絵葉書が届いた。〔略〕
誠に残念なことだが、昨今は当地でも大物と呼べるほどのアンチテーゼは姿を消してしまったようだ」と伯父は書いていた。
(「アンチテーゼ」60)


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by no828 | 2013-01-18 17:41 | 人+本=体 | Comments(0)
2013年 01月 06日

書き終えたときにはもとの出発点に戻ってこなくては——村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』

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村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです——村上春樹インタビュー集1997-2011』文藝春秋(文春文庫)、2012年。181(641)

版元 → 


 昨年ぶんをしばらく続けます。村上春樹へのインタビューの記録、村上春樹の発言の記録です。小説において間接的に提示されている村上の考え方が直接的に表現されています。「小説」を「論文」に、「小説家」を「研究者」に、入れ替えながら読みました。少なくともわたしには、通じることが多いです。

想像力というのは、僕にとってもっとも重要な資質です。実際にそこに行くことで、想像力をスポイルしたくなかった。(「アウトサイダー」13)

僕は結局文章が好きなんですね。文章を書くのが好きで、自分の文体を使って何が得られるかに、すごく興味がある。(「『スプートニクの恋人』を中心に」48-9)

僕は文体というのはフィジカルなものだと思うんです。自分の中のフィジカルな流れとか強さみたいなものが文体を規定している。頭で考えた文章というか文体というのはあんまり意味持たないと思うんです。(「『海辺のカフカ』を中心に」143)

いつも言うんだけれど、「僕」という小説の中の主人公は、僕の仮説なんですよ。ひょっとしたら、僕がそうなりえていたかもしれないもの、人生のどこかの段階で違う方向に歩んでいたら、そうなっていたかもしれない存在なんです。(「『スプートニクの恋人』を中心に」72)

僕らは、ひとつの世界、この世界に生きていますが、しかし、その近辺には別の世界がいくつも存在しているのだと思います。もしも、あなたがほんとうに望むなら、壁を通りぬけて、別の世界へと入っていくことができるでしょう。ある意味、現実から自分を解放することは可能なんですよ。それこそ、僕が自分の本のなかで試みていることです。(「書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの」167.傍点省略)

わからないものというか、うまく呑み込めないものというのが出てくると、腹立てる人が多いですよね。でもそういう異形のものが出てこないと長い物語が支え切れないというところはあります。というか、長いものになると、そういうものが自然に出てくるんです。(「『海辺のカフカ』を中心に」131)

僕が生まれたのは一九四九年で、戦後です。ある人々はこう言います。「私たちに責任はない、事件が起きたあとに生まれたのだから」、と。僕の意見は違います。なぜなら、歴史とは集団的な記憶だからです。自分たちの父親の世代に関して、僕らには責任がある。戦争中に僕らの父親たちがしたことについて、僕ら自身にも責任があります。(「書くことは、ちょうど、目覚めながら夢見るようなもの」171)

旅行の目的は(ほとんど)すべての場合——パラドキシカルな言い方ではあるけれど——出発点に戻ってくることにあります。小説を書くのもそれと同じで、たとえどれだけ遠いところに行っても、深い場所に行っても、書き終えたときにはもとの出発点に戻ってこなくてはならない。それが我々の最終的な到達点です。しかし我々が戻ってきた出発点は、我々が出て行ったことの出発点ではない。風景は同じ、人々の顔ぶれも同じ、そこに置かれているものも同じなわけです。しかし何かが大きく違ってしまっている。そのことを我々は発見するわけです。(「世界でいちばん気に入った三つの都市」195)

長編小説を書く時期に入っていれば、毎朝四時に起きて、五時間か六時間執筆します。午後には十キロ走るか、千五百メートル泳ぐか、あるいはその両方をします。それから本を読んだり、音楽を聴いたり、だいたい九時頃には寝てしまいます。来る日も来る日もその日課をだいたいぴたりと守ります。休日はありません。そういう機械的な反復そのものがとても大事なんです。精神を麻痺させて、意識を深いところに運んでいくわけです。しかしそんなふうに、六カ月から一年のあいだ、休みもなく反復を続けていくというのは、精神的にも肉体的にも強靭でなくてはできないことです。そういう意味においては、長い小説を書くのはサヴァイヴァルの訓練のようなものです。そこでは芸術的感受性と同じくらい、身体の強靭さが必要とされます。(「何かを人に呑み込ませようとするとき、あなたはとびっきり親切にならなくてはならない」224)

だから僕は、小説家の作業にとっていちばん大事なのは、待つことじゃないかと思うんです。何を書くべきかというよりも、むしろ何を書かないでいるべきか。書く時期が問題じゃなくて、書かない時期が問題なんじゃないかと。小説を書いてない時間に、自分がどれだけのものを小説的に、自分の体内に詰め込んでいけるかということが、結果的にすごく大きな意味を持ってきますよね。だから僕はいちおう小説家だけど、小説を書かない時間を意図的にけっこう長くとっているんです。スパンを長くとって均してみれば、小説を書いている時期よりも、小説を書いていない時期の方がずっと長いと思いますね。
 それで書かないときは何をしているかというと、エッセーを書いたりすることもありますけど、ほとんどは翻訳ですね。翻訳をしながら、人の書いた文章に身を沈めながら、「自前の小説を書きたい」という気持ちになってくるのを待っているんです。そして小説を書くべき時期が来たと思ったら、ほかのことは全部放り出して、小説を書くことに百パーセント集中する。
(「恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません」317)

自分の中で浮かび上がってきたブイには、それだけ内的な必然性があるわけだから、結果的にすべては自然におさまっていくというか、そのブイの存在によって話がどんどんインスパイアされていく。ものごとの連動性が明らかになっていく。(「恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません」336)

人生の限られた時間を節約して使うために、自分に興味のあることと、自分に興味のないこととを、はっきり分別する傾向が僕には強くあります。(「小説家にとって必要なものは個別の意見ではなく、その意見がしっかり拠って立つことのできる、個人的作話システムなのです」387)

もうすぐ六十歳になりますが、僕はまだ自分自身の多くの部分を知らないでいます。自分というものを知るためにこれまで書いてきたけれど、まだ先は長い。何が僕の頭の中にあるのか、そこでいったい何が行われているのか。出す本はすべて自分を知るためのひとつのステップだけれど、探索の作業は遅々として進みません。僕の内部にはいまだに多くの深い闇が存在しており、闘いは長いものになると思います。(「ハルキ・ムラカミあるいは、どうやって不可思議な井戸から抜け出すか」463)

僕の場合はほとんど不満しか残らないけど。たとえ一時的に満足することはあっても、そういうのは酒の酔いと同じで、そんなに長くは続かないですよね。こと小説に関しては、僕はかなり欲深だから。(「るつぼのような小説を書きたい」537.傍点省略)

そういう意味では著者というものは、あんまり表に出ない方がいいと個人的には考えています。というか、そんな必要もないだろうと。やっぱり本だけ、文章だけで勝負するのが王道です。(「るつぼのような小説を書きたい」543.傍点省略)

良い物語は、あなたを別の場所に連れて行き、そこであなたは別人になったように感じることができます。(「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきです」560)

もはや人々は理想主義に対する興味を失い、利益を得ることに熱心です。日本の原子力発電所の問題は、理想主義の欠如の問題です。これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきだと僕は思います。僕たちは新しい価値体系を築きあげる必要があります。(「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきです」565-6)


 ↓ おまけ1。以前は“iPodは使わない。非物質的な音楽を聴く気にはまだならない。だからMDウォークマンだ”といったことを書いていました。
〔走っているときは〕ただiPodで音楽を聴いているだけです。(「これからの十年は、再び理想主義の十年となるべきです」557)

 ↓ おまけ2。シェーンベルクは作曲家です。
アーノルド・シェーンベルクが「音楽というのは楽譜で観念として読むものだ。実際の音は邪魔だ」みたいなことを言っていたけど、それにちょっと似ているかも(笑)。(「恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません」312)


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by no828 | 2013-01-06 16:45 | 人+本=体 | Comments(0)
2012年 11月 07日

教育学の修士号を持っている人なんかより役に立つこともある——ペイリー『最後の瞬間のすごく大きな変化』

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160(620)グレイス・ペイリー『最後の瞬間のすごく大きな変化』村上春樹訳、文藝春秋(文春文庫)、2005年。

版元 → 

原著は1974年に、訳書単行本は1999年に同春秋より、それぞれ刊行。


 短篇集。短篇は(わたしにとっては詩と同様に)行間が広すぎるので読みにくいところがあるのですが、ときどき、カチッ、カチッ、とはまります。

 「長距離ランナー」299ページに「第二呼吸」、ルビは「セカンド・ウインド」とあるのですが、これは文脈からすると「ランナーズ・ハイ」と同義かと思われるのですが、だとすると「ランナーズ・ハイ」は和製英語なのかしら、と思うわけであります。ちなみにわたしは、元長距離ランナーです。

 私は一人の相手と終生夫婦でありたいと望んでいた。前の夫とも、あるいは今の夫とも。どちらも一生かけてわたりあえるくらいしっかりした人物であった。そして、今になってみればわかることなのだが、人の生涯なんて、実はそれほど長い期間ではないのだ。そんな短い人生の中で相手の男の資質を知り尽くすことなんてできないし、あるいはまた相手の言い分の根底にたどりつくこともできやしないのだ。(「必要な物」17)

傑出した祖父やら叔父やらについてのファミリー・アーカイヴを手元に持っているというのは、あるいは文書ではなくてもいくつかの思い出話を持っているというのは、けっこうきついものなのだ。とくにその人が六十だか七十だかになっていて、身内にものを書ける人が一人もいなくて、子どもたちは自分の生活に追われて忙しいというような場合にはね。自分が死ぬことによって、自分が引き継いだものがみんなあっけなく無に帰してしまうというのは哀しいことじゃない、と彼女は言った。そうかもね、と私は言った。たしかにそのとおりだ。私たちはもう少しコーヒーを飲み、私は家に帰った。(「負債」22)

「終わりさ」と彼は言った。「なんていう悲劇だ。ひとりの人間の終わり」
「ちがうのよ、パパ」と私は懇願するように言った。「そこで終わらなくたっていいのよ。彼女はまだ四十そこそこなのよ。時がたてば、彼女はどんどん変わっていって、まったく別の人間になることもできるのよ。先生かあるいはソーシャル・ワーカーにでも。なにしろもとジャンキーだもの! そういう人間のほうが教育学の修士号を持っている人なんかより役に立つこともあるんだから
(「父親との会話」256)

 「教育学の修士号」というのは55ページにも出てくるのですが、グレイス・ペイリーは「教育学の修士号を持っている人」とのあいだに何か嫌な思い出があるのでしょうか、あるいはアメリカにおける「教育学の修士号」の位置付けは“その程度”なのでしょうか。まぁ、わからないでもないのですが……。

 
@研究室
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by no828 | 2012-11-07 16:53 | 人+本=体 | Comments(0)