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思索の森と空の群青

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2009年 10月 27日

学問をやるには、あくどい信念と共に常に謙虚であらねばならぬ——北杜夫『どくとるマンボウ青春記』

 昨日の冷たい雨と打って変わり、気持ちよく晴れわたる火曜日。しかし、風だけがかなり強い。

 63 (196) 北杜夫『どくとるマンボウ青春記』新潮文庫、新潮社、2000年。

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「憧れを知るもののみ、
 わが悩みを知らめ」
(11頁)。

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「終戦から一ヶ月経ち、九月二十日、学校は再開された。私たちは今度こそ勉強を業とする学生として、ヒマラヤ杉の立ち並ぶ校門をくぐり、伝統ある思誠寮に入寮したはずだ。
 しかし、いくらも授業はなかった。半分は旧練兵場を畠にする作業だったり、休講も多かった。教師もまた飢えているのだった。
 毎度の雑炊がだんだんと薄くなっていった。それに箸を立ててみて、箸が立つときは喜ばねばならなかった。そのころ最大の御馳走は、固い飯のカレーライスだったが、それも米ではなく、コーリャンの飯であった。はじめ米とまぜて赤白ダンダラだったものが、ついにコーリャンだけの赤い飯になってしまった。
 食卓には大根などの漬物も出た。四人に一皿で、ちらと見てそこに十四切れあるとすると、なんとか体面を損わず、ごく自然に四切れを食べられないものかと、私は痛切に考えた。大根にはいくらかのビタミンがあろう。そして当時の私たちにとって、『栄養失調』という概念は今の世なら癌に当るのであった。
 まさしく浅ましかったが、この浅ましさはずっと私につきまとった。後年になっても、私がセックスよりも食欲を上位に置くのは、当時のゆるしがたい体験からきている」
(30-31頁)。

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「当時の私の持っていた学業以外の本といえば、いくらかの動植物の本を除いて、他は歌集と詩集ばかりであった。小説などは友人から借りたもの、図書室のものだけを読み、自分では一冊も買わなかった。
 本を入手するのが困難な時代で、いい古本はすこぶる高く、本屋の奥の硝子戸棚などにものものしく飾ってあった。終戦後の秋、ようやく岩波文庫が粗悪な紙で発行されたが、そのころは岩波文庫といえば内容を知らずになんでも手に入れようという客で行列ができたものである。
 いま思いだしても癪にさわるのは、松本の大きな古本屋が、貴重な本、たとえば『善の研究』などには、金のほかに米まで要求したことだ。私は牧野富太郎博士の『日本植物図鑑』がどうしても欲しかった。しかし、この厚い図鑑は金のほかに米三升が必要であった。私は知人のKさんに無理を頼んで、その米を都合して頂いたが、三升の米を本屋に渡すのがどんなに悔しかったことであろう」
(131-132頁)。

 わたしは西田幾多郎の『善の研究』を某ブックオフで105円で買った。時代、だなあ。でも、学問への欲ということで言えば、諸々制限されていたこの時代のほうが、あるいは高かったのかもしれないとも思う。

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「秋となった。そして私は、そろそろ自分の人生の進路を、少なくとも何部へ進むかを決めなければならぬ時期となっていた。
 私が高校の理乙にはいったのは、もとより将来医師になるはずであり、そのことを中学時代からさして疑いもしなかった。
 しかし、二年余の高校生活は私の思考をかなり変えていた。おおむね人は、自分の家の職業がいやになるものである。教師の息子は教師になりたくないと思うし、八百屋の息子は、床屋のほうがまだマシだと考える。その点、世襲を旨とする職業がこの世にはかなりあり、そのため文化財的な芸術も伝わってゆくのだが、そういう家に生れた子供たちは気の毒だとどうしても私は思う
(155頁。強調は引用者、以下同様)。

 世襲というのは、やっぱり引っかかるところだな。

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「人間は社会的生物であり、完全な孤独には堪えがたいが、親子兄弟を含めた他人の存在というのもヤッカイでうるさいものだ。私がイスラム教徒にならぬのは、四人の妻を持つ面倒臭さに堪えられぬからである。
 人間というものは微細な情緒までを伝える言葉をもち、これが素晴らしくかつ面白いものであるが、口というものは閉ざすこともできるのであり、それをのべつまくなしに唇と舌を運動させずんばやまぬ人物があるのが困るので、神さまがわれわれの耳に意志によって蓋のできる弁を作らなかったのは確かに片手落ちといえよう」
(156頁)。

 わたしも意志で耳に蓋ができたらよいと思うことが多々ある。それができないことをもって、わたしは改めて人間とはことごとく受動的な存在であると思うのである。

 なお、文中にある「片手落ち」という言葉は現在では「差別用語」のひとつと見なされることがある。「片手落ち」、つまり「片手がない」をもって物事の欠損や欠落を意味させることは、実際に「片手を持たない」人を侮蔑することになるから、というのがその理由。

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「学問には死んだ学問と生きた学問がある。一見、死んだ学問と見えても、その知識に自己の血が通うことが学識というものである。知識の集積と学問とは別なものだ。しかも、どんな些細なことであれ、人間に関する学問というものは実にまぎらわしい。人間自体がそれだけ複雑怪奇なものだからである。
 よく人は未知な分野にテーマを選ぶことが立派なことだと錯覚しがちだが、すでによくわかっていてなんの問題もないと思われる分野に新しい照明を与えることのできる人のほうが偉大なこともある。わからないことを研究するのは誰だってできるが、わかりきったようなことになお深い謎を見出せるのは選ばれた人たちだ。
〔……〕
 学問をやるには、あくどい信念と共に常に謙虚であらねばならぬ。この双方が新しい疑問をうむのだ
(307-308頁)。

 がんばろ。

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@研究室

by no828 | 2009-10-27 14:22 | 人+本=体


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