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思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
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2010年 03月 12日

わたしにとっては結構怒濤の2日間でした

 東京を往来した水曜日は、20時には研究室を撤収しようと思っていた。が、帰宅準備し、ふと手に取った論文を立ったまま読んだりしていたら20時20分ぐらいになってしまい、“いかんいかん”と帰ろうとしていた矢先、「コンコン」と研究室のドアをノックする音が。はじめ気のせいにしようであろうと思ったのだが、再度「コンコン」となったので「はーい」と返事をする。すると、某先生(仮にM先生としよう)と某先生(仮にH先生としよう)のお顔が見える。一瞬にして事態を悟る。

M先生(以下Mと略記、という無礼はできない)「あら、スーツじゃないの。どうしたの?」
わたし「東京に非常勤の面接に行ってきたのです」

というような“前置き”のあと、

M先生「このあと、どう? 論文書いてた?」
わたし「いえ、帰ろうとしていたところです」
M先生「あら、ちょうどいいじゃないの。行こうよ」
H先生「論文書いてても関係なく誘ったと思うけど」
わたし「は、はあ……」

というわけで某居酒屋へ。誘っていただけるのはたいへん嬉しい。嬉しいのだが、しかし“意志を曲げずに20時に帰宅していれば……”という念も禁じえない。なぜならば、M先生との呑みが2〜3時間で終了することなど決してないからであり、実際この日が例外になることもなかった。

 一旦解散して298駅近くの某庄やに再度集合。研究の話とか人事の話とか。いろいろ悩ましい。ところで、M先生はたのしく酔っぱいになられるとだんだん呼び捨てになる。「おい、ハシモトーっ!」とか。わたしは全然構わないのだが、H先生も呼び捨てにされていた……。

 お店の閉店時間が0時ということもあり、0時30分頃お店を出る(時間はきちんと守ろう)。M先生は「お酒を買ってHさんの部屋に行こう。わたしの部屋でもいいけどさ」ということになったのだが、H先生がすかさず「先生だいぶ酔っぱらってますよ。明日もあるわけですから」ということで解散。“ありがたいっす”と思いきや、H先生が「よし、次行こう」とおっしゃる。

 ! (たぶんH先生はM先生からいろいろ言われたわたしをフォローしようとしてくださったのだと思う。)

 その“次”の某魚民では結局3時30分頃までふたりで呑む。H先生はお酒はあまり強くないとお見受けするのだが、「黒霧島の水割り」などを最後に頼まれていた……。

 帰宅したのが4時。シャワーは省略、とりあえず着替えて歯磨きしてベッドにもぐり込む。

 8時起床。だって10時からトクヴィルの読書会があるから(9時に早めませんか?って再提案した奴出てこいっ! 却下されてよかったっ!)。この2日間で寝たのが8時間というのはわたしにとってはミラクル(働いている方は当たり前ですか?)。
 熱めのシャワーを浴びたあとの朝食は100%オレンジ・ジュースのみ(∵ 何かグロッキー)。ラジオから流れてくる歌を聞きながら大学へ。ずいぶん長い歌で、しかしとてもよい歌で、自分のばあちゃんのことを思い出して不覚にも涙が浮かぶ。“何ていう歌なのかなあ、歌が終わってから紹介あるかなあ”と思っていたところにあったアナウンスは“植村花菜「トイレの神様」”。

 10時には5分遅れてしまったが、無事に図書館のセミナー室到着。12時30分まで議論。

 研究室に戻ってお昼を食べて13時30分から大学会館で某祭。休憩時間に“「トイレの神様」素敵な歌だから聴いてみてよ”と後輩たちに勧めてまわる。17時近くまで講演を拝聴し、そのあと打ち上げ的な催しがあったのだがわたしはそれに出ず(∵ 体力的にきついから)、留学生の張君とともに研究棟に戻る。19時前まで勉強して帰宅。シャワー浴びて洗濯して夕飯作って食べて洗濯物干してお米をといで歯を磨いて22時にベッドに入る。本を読んでいたのだが、いつの間にか寝てしまっていて起きたのが1時。ライトもラジオもつけっぱなし。起き出して炊飯の予約をし、ライトもラジオも消して寝る。

 7時30分頃に起きる。

 昨夜のうちに携帯電話にDPからメールが着信していた。元気が出るような写真が添付してあった。メールに気付いたときにはすでに始業時間を過ぎていたから、今夜にでも返信することにしよう。


@研究室

by no828 | 2010-03-12 12:12 | 日日


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