2010年 04月 20日
本をゆっくり読む時間がだんだんとなくなってきた。 版元 34(267)カミュ『ペスト』宮崎嶺雄訳、新潮社(新潮文庫)、1969年。 * 原著は、Camus, 1947, La Peste. カミュはやっぱり全体主義が嫌いなんだ。 参照:留置されて最初のうち一番つらかったことは私が自由人の考え方をしていたことだった——カミュ『異邦人』 □ 市民たちは事の成行きに甘んじて歩調を合わせ、世間の言葉を借りれば、みずから適応していったのであるが、それというのも、そのほかにはやりようがなかったからである。彼らはまだ当然のことながら、不幸と苦痛との態度をとっていたが、しかしその痛みはもう感じていなかった。それに、たとえば医師リウーなどはそう考えていたのであるが、まさにそれが不幸というものであり、そして絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪いのである。〔略〕記憶もなく、希望もなく、彼らはただ現在のなかに腰をすえていた。実際のところ、すべてが彼らにとって現在となっていたのである。これもいっておかねばならぬが、ペストはすべての者から、恋愛と、さらに友情の能力さえも奪ってしまった。なぜなら、愛は幾らかの未来を要求するものであり、しかもわれわれにとってはもはや刻々の瞬間しか存在しなかったからである。 ■(216-7) 現在への封じ込め。先が見えないのは人間にとって最大級の苦痛だと思う。 □ 「それは僕にはないものです、たしかに。しかし、僕はそんなことをあなたと議論したいとは思いません。われわれはいっしょに働いているんです、冒瀆や祈祷を越えてわれわれを結びつける何ものかのために。それだけが重要な点です」 パヌルーはリウーのそばへ腰を下ろした。彼は感動した様子であった。 「そうです」と、彼はいった。「たしかに、あなたもまた人類の救済のために働いていられるのです」 リウーはしいてほほえもうとした。 「人類の救済なんて、大袈裟すぎる言葉ですよ、僕には。僕はそんな大それたことは考えていません。人間の健康ということが、僕の関心の対象なんです。まず第一に人間の健康です」 ■(260) □ 神父は第一回のときよりももっと穏やかな考え深い調子で話し、そして幾度も、会衆はその話しぶりにある種のためらいが見られることに気がついた。さらに興味深いことには、彼はもう「あなたがたは」とはいわず、「私どもは」というのであった。 ■(264) “わたしたち”を結びつけるもの。 □ 「皆さん」と、いよいよ結論にはいったことを知らせる調子で、最後にパヌルーはいった。「神への愛は困難な愛であります。それは自我の全面的な放棄と、わが身の蔑視を前提としております。しかし、この愛のみが、〔ペストによる〕子供の苦しみと死を消し去ることができるのであり、この愛のみがともかくそれを必要なもの――理解することが不可能なるがゆえに、そしてただそれを望む以外にはなしえないがゆえに必要なもの――となしうるのであります。これこそ、私が皆さんとともに分かちたいと願った困難な教訓であります。〔略〕」 ■(272) わからないものを望む態度。それが産み出す帰結とは? □ しかしながら、時とともに増大する食糧補給の困難の結果として、その他にも種々不安の的となる問題がありえた。投機がその間に介入してきて、通常の市場には欠乏している第一級の必需品などがまるで作り話みたいな値で売られていた。貧しい家庭はそこできわめて苦しい事情に陥っていたが、一方富裕な家庭は、ほとんど何ひとつ不自由することはなかった。ペストがその仕事ぶりに示した、実効ある公平さによって、市民の間に平等性が強化されそうなものであったのに、エゴイズムの正常な作用によって、逆に、人々の心には不公平の感情がますます尖鋭化されたのであった。もちろん、完全無欠な死の平等だけは残されていたが、しかしこの平等は誰も望む者はなかった。 ■(282) トクヴィル! □ 「まったく、こいつが地震だったらね! がっと一揺れ来りゃ、もう話は済んじまう……。死んだ者と生き残った者を勘定して、それで勝負はついちまうんでさ。ところが、この病気の畜生のやり口ときたら、そいつにかかってない者でも、胸のなかにそいつをかかえてるんだからね」 ■(134) □ 「〔略〕りっぱな人間、つまりほとんど誰にも病毒を感染させない人間とは、できるだけ気をゆるめないようにしていなければならんのだ。実際、リウー、ずいぶん疲れることだよ、ペスト患者であるということは。しかし、ペスト患者になるまいとすることは、まだもっと疲れることだ。つまりそのためなんだ、誰も彼も疲れた様子をしているのは。なにしろ、こんにちでは誰も彼も多少ペスト患者になっているのだから。しかしまたそのために、ペスト患者でなくなろうと欲する若干の人々は、死以外にはもう何ものも解放してくれないような極度の疲労を味わうのだ。〔略〕」 ■(303) 「ペスト」に「イデオロギー」とか「思想」とかを代入してみる。 @研究室
by no828
| 2010-04-20 20:31
| 人+本=体
|
アバウト
自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
カテゴリ
以前の記事
2018年 07月 2018年 06月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 10月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 06月 2017年 05月 2017年 04月 2017年 03月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 お気に入りブログ
新しい世界へ
タグ
森博嗣
村上春樹
橋本治
伊坂幸太郎
京極夏彦
筒井康隆
奥泉光
川上未映子
奥田英朗
三島由紀夫
法月綸太郎
宮部みゆき
北村薫
カート・ヴォネガット・ジュニア
舞城王太郎
三浦綾子
佐藤優
養老孟司
大江健三郎
村上龍
検索
最新のトラックバック
ブログパーツ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
|
ファン申請 |
||