2010年 08月 19日
ふぅ、休憩。 版元 58(291)川上未映子『そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります』講談社(講談社文庫)、2009年。 * 初出は「未映子の純粋悲性批判」http://www.mieko.jp/ ** 単行本は2006年にヒヨコ舎より刊行。 初・川上未映子。エッセイ集。言葉の使い方、というか、言葉と言葉の繋げ方。 □ せめて日記ぐらいはバシっとこうなんか無機質でなんかドライな、そういう「今日の天候は曇り。九時起床。昼食を済ませ仕事へ。そのあとにタイ古式マッサージへ行った。電子辞書を手にとって見たが買わずに帰る。夕方遠方の友より電話。夜、九時に就寝」みたいな、こういう記述にこそ感情が匂い立つ、それがいいんじゃないか。優れた日記というのは無機質が交錯するそのすき間からそれをやってのけるのであった。武田百合子は交錯する視線からそれを。 □(「かろうじて夏の夜の幻想」 21) 日常の具体のたくましさ。 □ けれども、私の理想としては、なんかこう、もっと、ガチンコ謙虚にいきたい。なんかこうもっと、奥ゆかしさとゆうか、なんかもっと謙虚によ。こう、なんてゆうの、人生を生きることはすんごい特殊なことではあるけれども、一方、実は、この人生、そんな大したことでもなんでもないのかも知れないとゆう姿勢をね、「かも知れない」、とゆうこの姿勢をね、ちゃんと持っておきたいのだなあ。 信じるんであれば、まったく違う真逆の二つの可能性を、同時に信じていたいものだ。 □(「退屈凌ぎ自慢 in 人生」 76-7) 最後の文章になぜかガーンとね。 □ 正義とは人が怒ってるときに座ってるかっこええと思ってる椅子。ちからは、こっちのもんをあっちに動かすガッツ。 □(「録音が続いてゆく」 90) ブッシュの椅子。 □ 私の知り合いの、男の職業絵描きの人とな、随分前にあんたの話になってな、私はあんたの生き様、芸術って言葉も使わんとくわな、もう、それをするしかなかったっていうものと死ぬまで向き合ってな、そういう生き方を思うと、それ以上に、なんていうの、ほんまなもんってないやろって思うわ、私は信頼するわって話をしたん、そうしたらその絵描きな、未映ちゃんがそう思うのは全然いいけど、あんな誰にも認められんで苦しくて貧しくて独りぼっちでゴッホが幸せやっと思うかってゆわれてん、俺は絶対に要らんわってゆわれてん、ほんでそっからしばらくあんたの幸せについて考えてみてん、幸せじゃなかったやろうなあ、お金なかったらお腹もすくし、惨めな気持ちに、なるもんなあ、お腹減るのは辛いもんなあ、ずっとずっと人から誰にも相手にされんかったら、死んでしまいたくなるやろうな、いくら絵があっても、いくらあんたが強くても、しんどいことばっかりやったろうなあ、 そやけど、多分、あんたがすっごい好きな、すっごいこれやっていう絵を描けたときは、どんな金持ちよりも、どんな愛されてる人よりも、比べるんも変な話やけど、あんたは多分世界中で、一番幸せやったんやと、私は思いたい、 今はみんながあんたの絵を好きやで、世界中からあんたが生きてた家にまで行って、あんたを求めてるねんで、もうあんたはおらんけど、今頃になって、みんながあんたを、今頃になって、な、それでも、あんたの絵を、知ってんねんで。知ってるねんで、 あんたは自分の仕事をして、やりとおして、ほいで死んでいったなあ、私は誰よりも、あんたがかわいそうで、かわいそうで、それで世界中の誰も敵わんと思うわ、あんたのこと思ったらな、こんな全然関係ないこんなとこに今生きてる関係のない私の気持ちがな、揺れて揺れて涙でて、ほんでそんな人がおったこと、絵をみれたこと、私はあんたに、もうしゃあないけど、やっぱりありがとうっていいたいわ、 だからあんたの絵は、ずっと残っていくで、すごいことやな、すごいなあ、よかったなあ、そやから自分は何も残せんかったとか、そんな風には、そんな風には思わんといてな、どんな気持ちで死んでいったか考えたら、私までほんまに苦しい、でも今はみんなあんたの絵をすきやよ、 私はどうにかして、これを、それを、あんたにな、めっちゃ笑ってな、ゆうたりたいねん。 □(「私はゴッホにゆうたりたい」 98-100) 自身への追悼の言葉に背中を押してもらった男が出現するなどとはゴッホも思ってみなかったはずだ。 □ さて、大阪という土地、その土地が私へ与える何やかや、っていうのはやっぱ、最近になって懐かしさであるのではないかしら。と思うようになった。懐かしいという言葉の意味や用法のあれこれを吟味する間もなく、このような生活において、懐かしいね、という語がつんと口をつくのであって、そうすればもうそれは意識的に問える意味として私の中に存在しているというよりも、経験上それを直截に知っているということにしておけば躍る胸も心地よく心酔出来るのであって愉快愉快。 □(「母校で頭の中と世界の結婚」 128) 色付けしたところが哲学的。 □ 表現する人はすごいなどと、なんでかいつの間にかそういう馬鹿げた話になっているわけだけど、表現というのは実はほんとうは滑稽で恥ずかしいものだ。表現者というのは大きな声を出したり、反抗してみたり、ここに居ますと叫ばなければ、そこに黙って座っていられないどうしようもない種類の人間であって、いわば一番判りやすく欠落した人間であるともいえる。 ただ居るだけでは生きていけない鬱陶しい人種なのだ。だからほんとの命懸けで、なんとか生きるために「美しさ」を作り出そうとする。明日も生きてゆけるように、世界を一瞬でも変革するように、一瞬を命懸けで狙うのだ。後ろにはなんもない。新しいことをしたいだの、こんなことが出来ますだの、他の気持ちなんてなんもない。引け目や負い目や苦しみや悲しみや負け続けることや汚いもの、つらいものしんどいもの、そういうところからおのずと立ち現れるものでなければ、ここまで美しくはならんやろう、なる必要がないやろうと、私は思ったわけだ。 □(「美しい、美しい坂本弘道」 196-7) 研究だって表現だ。 □ それとは別のところで、決して人には知られることのない懸命さが確かにあるわけで、それは決して労われることなく、人の陰になり、噂の搾取、などをされ続け、存在しないも同然の生活や苦労なわけで、けれどもその一生懸命さは間違いなくひっそりと存在していて、そして、それが世を支える懸命さの殆どだというわけで。自覚する表現者の懸命さではなく、私は、ライトに照らされて、興奮気味に拍手を受ける役者の顔を見ながら、そっちのことを考えてましたわけで。「それが嘘であってもいいのだ。何故なら、誰かの懸命さは必ず他の誰かに見られているものだということは、物語が伝えるべき正しい真実だからだ」。舞城王太郎氏の物語についてのこんな一文を思い出し、私も思う、間違いなく、そうやと思うわけで。 □(「物語のガッツ」 206) 世界に係留する理由はそこに。 @研究室
by no828
| 2010-08-19 15:24
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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