2010年 10月 13日
版元 72(305)中島らも『今夜、すべてのバーで』講談社(講談社文庫)、1994年。 ※ 単行本は同社より1991年に刊行。 おそらく本人の経験を十分に踏まえて書かれた、アルコール中毒患者の話。それをアル中にかかる学術的な先行研究などを踏まえ(文末に参考文献一覧がある)、まじめに、しかしおかしく描写されている。その描写は、たしかに物事の現象を追ってはいるのだが、同時にその現象のさらに奥にある物事の本質もきちんと掴まえているように思われる。良書。わたしの部屋の本棚、と言っても黒のカラー・ボックスを並べて積み重ねただけのそれだが、そこには“読んでよかった本 → 自分の子どもにも読ませたい本”のコーナーがあるのだが、『今夜、すべてのバーで』はそこに収められることになる。 ちなみに、中島らもはたぶん2冊目。『僕に踏まれた町と僕が踏まれた町』が最初の出会い。 □ 〔略〕唯一の解決策は、ドラッグを政府が専売することである。おれは何も冗談を言っているのではない。 アメリカはいざしらず、日本の政府にはその「資格」がある。ガンの元凶である煙草を専売し、公営ギャンブルでテラ銭をかせぎ、酒税で肥え太ってきた立派な「前科」があるからだ。ギャングにドラッグの利権を渡すくらいなら、国が汚名をかぶって管理すればいい。そしてその利益の何十分の一かを、中毒者たちの療養に還元すべきだ。日本の政府には、ドラッグ常用者を逮捕する資格はない。アル中を量産している形而下的主犯は政府なのだ。犯罪者に犯罪者を逮捕する資格はない。 日本におけるアルコールの状況は気狂い沙汰だ。十一時以降は使えないが、街中にあらゆる自動販売機が設置されている。テレビ局にとって、ウィスキー、ビール、焼酎、清酒の広告宣言費は巨大な収入源だし、酒税は年間二兆円にものぼる税金収入だ。つまり、公も民も情報も、一丸となって「飲めや飲めや」と暗示をかけているのだ。日本のアル中が二二〇万人程度ですんでいるのは奇跡だといってもいい。 □(128-9) 現在の世界にドラッグを政府専売にしている国家はあるのかな。オランダとかってどうなっているのかしら。 ところで、そもそもなぜドラッグを政府が取り締まるのか。ドラッグは個人の自由だ、ということにならないのはなぜか。中毒者が増えると秩序が乱れるから? □ 「教養」のない人間には酒を飲むことくらいしか残されていない。「教養」とは学歴のことではなく、「一人で時間をつぶせる技術」のことでもある。 □(132) なるほど。 □ 「高慢? 死人がかい」 〔略〕 「立ち去っていく側は格好はいいわよ。〔略〕思い出になっちゃえば、もう傷つくことも、人から笑われるような失敗をすることもない。思い出になって、人を支配しようとしているんだわ」 「それが死人のやり口ってわけだな」 「死者は卑怯なのよ。だからあたしは死んだ人をがっかりさせてやるの。思い出したりしてあげない。心の中から追い出して、きれいに忘れ去ってやるの」 「意地の悪い奴だ」 「どっちが意地が悪いのよ。死んでしまう人のほうがよっぽど底意地が悪いわ」 〔略〕 「あたしは、自分とおんなじ人たち、生きようとしてても運悪く死んでしまう人たちの中で生きたいの。生きる意志を杖にして歩いていく人たちの流れの中にいて、そんな人たちのためだけに泣いたり笑ったりしたいの。だから、思い出になってまで生き続けるために、死をたぐり寄せる人たちと関わりたくないわ。そんな時間はないんですもの」 □(145-6) 死んだ者と残された者、ここに相互関係はない。死んだ者は残された者の中にしかいない。だからすべては残された者の内部の問答でしかない。たしかに“死んだ……であればどう考えたか”という思考様式は成立する。だがそれはあくまで“残された者にとっての死んだ……”であって、“死んだ……その人”ではない。 □ 「西浦さん、いま、九十四?」 「満で九十四。数えで九十五ですわ」 「百までいきますよね」 おあいそを言った。 「さあ、どうやろお。神〔かん〕さんも、こんだけわしをしわぶって楽しんだんやから、もうあんまりむごいこともせんかもしれん。けんど、百まで生きとうない。すうっと死にたいが、それはまたそれで、そんなこと思うたらいかんのや」 「どうしてですか」 西浦老は眉をひそめておれに秘密を打ち明けた。 「神さんはな、意地が悪いんや。生きたいもんは死なすし、死にたいもんは生かしよるし。そやから、長生きしよ思たら、長生きしたい思わんこっちゃ。わたしら、何回戦争行っても、いっつもそうやった」 「ふうん。そんなもんですか」 「生きたい生きたい言うてる奴が、よう死によるから、余計そう思うんかもしれんけどな」 「西浦さんは、じゃあ、今、そういうことは考えないようにしてるんですね」 「そうやなあ。朝のまんま食べたら、昼のまんま待って。わたしら、水菓子が好きやから、はよう秋になって梨が出てくれんか、とかな。ご飯とご飯のあいだを、うまいこと縫うて次までいきよるさかい、長生きなんやろうなあ」 □(215-6) この境地には(まだ)至れない。 □ 「ただね、おれはアル中だからね、わかるんですがね。学者はどんなにアプローチを変えてもアル中の本態にまでは近づけないですよ。それを幼児体験だの、わかったような分析をされるとおれは頭にくるんですよ。アル中のことがわかるときってのは、ほかの中毒〔アディクト〕のすべてがわかるときですよ。薬物中毒はもちろんのこと、ワーカホリックまで含めて、人間の“依存”ってことの本質がわからないと、アル中はわからない。わかるのは付随的なことばかりでしょう。“依存”ってのはね、つまりは人間そのもののことでもあるんだ。何かに依存していない人間がいるとしたら、それは死者だけですよ。いや、幽霊が出るとこを見たら、死者だって何かに依存しているのかもしれない。この世にあるものはすべて人間の依存の対象でしょう。アルコールに依存している人間なんてかわいいもんだ。血と金と権力の中毒になった人間が、国家に依存して人殺しをやってるじゃないですか。連中も依存症なんですよ。たちのわるいね。依存のことを考えるのなら、根っこは“人間がこの世に生まれてくる”、そのことにまでかかっているんだ。心理学者だけの手におえるようなもんじゃないでしょう」 □(237-8) 非常に納得。 □ 「私は、なんとか助けてやりたいと思った。ことに子供の患者はな。そうだろ? 子供なんてのは、人生の中で一番つまらないことをさせられてるんだからな。私だって十七までに面白いことなんか何ひとつなかった。面白いのは大人になってからだ。ほんとに怒るのも、ほんとに笑うのも、大人にしかできないことだ。なぜなら、大人にならないと、ものごとは見えないからだ。小学生には、壁の棚の上に何がのっかってるかなんて見えないじゃないか。そうだろ?」 「そうですね」 「一センチのびていくごとにものが見えだして、風景のほんとの意味がわかってくるんだ。そうだろ?」 「そうです」 「なのに、なんで子供のうちに死ななくちゃならんのだ。つまらない勉強ばっかりさせられて、嘘っぱちの行儀や礼儀を教えられて。大人にならずに死ぬなんて、つまらんじゃないか。せめて恋人を抱いて、もうこのまま死んでもかまわないっていうような夜があって。天の一番高い所からこの世を見おろすような一夜があって。死ぬならそれからでいいじゃないか。そうだろ。ちがうかい?」 □(259) そのとおりです。 @研究室
by no828
| 2010-10-13 14:14
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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