2011年 02月 19日
17(339)森博嗣『まどろみ消去 Missing under the Mistletoe』講談社(講談社文庫)、2000年。 版元 短編集。最後に収められている「キシマ先生の静かな生活」は、『喜嶋先生の静かな世界』(→○)のベースになったものと思われる。『喜嶋先生の静かな世界』は、講談社の「書き下ろし100冊」のうちの1冊で、だから当然「書き下ろし」だと思っていたのだが、それの基本形はすでに短編のかたちで用意されていたということになる。それを「書き下ろし」と呼ぶのかどうか、わたしにはわからない。 □ 夫は、アメリカで何をしているのだろう。 彼に限って浮気の心配はまったくない。そんなことに興味のある人ではないのだ。本当に、少しくらい、そういった心配がしてみたいものだ、と彼女は思った。 いつからだろう、ぼんやりとした不安が彼女の心の奥で生まれた。それは、少しずつ、本当にゆっくりと、大きくなっていた。 しかし、彼女には自分の感情がよく理解できない。 なんとなく寂しい、というだけかもしれない。 何故、そう思うのかも、よくわからない。 ときどき、サキは、夫にそのことを言おうと思った。でも、どう表現したら良いのか、言葉に詰まってしまう。たとえ、話したところで、どうせ、また心理学か、精神医学の理屈を持ち出されて、難しい話になるのに決まっている。 夫は、そういうタイプなのだ。世の中のすべてが、数学の公式みたいに割り切れると彼は信じて疑わない。 □(106-7) 夫の浮気の心配をしてみたい、とあって、そういうものなのかなぁと、そう思った次第。 あと、将来(できれば、そう遠くない将来)結婚できたとして、妻からの異議申し立てに学説で応えるのはよそうと、そう思った次第。 □ プロっていうのはね、一万円なら一万円の商品を、十万円なら十万円の商品を出せるってことなんだ。つまりさ、自分から出ていくものをセーブできる人間じゃないといけないわけ。描きたいものを、好き勝手に描いていたら、すぐに干上がってしまうからね。 □(197) この“干上がる”という感覚は、少しわかる。ひとつの論文にすべてを注ぎ込むと、そのあとどうするの? ってことになりかねない。だから、この論文にはここまで、そこからあとは別の論文に、という“指導”が入る。そのほうが計画的だし、無理もない(消費者金融みたいだ)。しかし、わたしはそういう指導を受けてこなかったし(そもそも指導らしい指導を……)、ひとつの論文の中で出し惜しみなどしてこなかった。だから「ああいうの書いちゃうと、次に何を書くか困るでしょ」と言われたこともあったが、しかし書くべきことが尽きたことはない。「尽きたことはない」というと余裕が見えるかもしれないが、実際は書くべきことを「見つけてきた」というか「作ってきた」というのに近い。これは「苦しい」とか「辛い」という気持ちと不可分だ(気持ちだけではなく、実際には胃も痛くなった)。 わかればわかるほどわからないことのたくさんあることに気づく。そのわからないことが何であるのかをわかるようにする。そして、そのわかったわからないことについて考える。終わりは、だから、たぶん、ない。 @研究室
by no828
| 2011-02-19 15:31
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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