2011年 04月 29日
26(348)森博嗣『月は幽咽のデバイス The Sound Walks When the Moon Talks』講談社(講談社文庫)、2003年。 版元 Vシリーズ第3弾。タイトルにある「幽咽」は「ゆうえつ」。 □ 「ああ、ええ、ええ」紅子は頷いてくすくすと笑った。「それそれ、もちろん、知っていますとも。月夜のバンパイアでしょう?」 やっぱり知っている。篠塚邸のことになると、もうその話しかない、といって良いくらい有名なのだ。何が根拠でそんな馬鹿げた噂話が広まっているのか不明だが、そもそも噂話というものは、荒唐無稽なほど伝播が速い。広まるほど、ますます荒唐無稽に磨きがかかる。 「どなたから聞かれたんですか?」 「莉英さん本人からよ」 「え? そうなんですか……」美紗も調子を合わせて微笑んだ。そうか、本人の耳にも入っているのか、と彼女は思う。当然かもしれない。「どうしてあんな話が広がったのか知りませんけど、でも、皆さんご存じなんですよね。いったい何が原因なんでしょう?」 「さあ……」紅子は首を傾げた。 「火のないところに煙は立たないって言いますけど……」美紗は思い切って言ってみた。少し失礼だったか、と思いつつ。 「完全燃焼すれば、煙は立ちませんけれどね」紅子は言った。 □(28) □ 「偶然ですって?」紅子は片目を細くして保呂草を睨む。「まあ、素敵な偶然だわ」 「偶然のうちの半分は、人の努力の結晶です」保呂草は素っ気なく言う。 「素敵な努力だわ」 「わりと、努力するのが好きなんです。ええ、どういうわけか。子供の頃から、お前は努力家だってよくお袋に言われました」 「素敵なお母様だわ」 「紅子さん、やめて下さいよ」 □(59-60) □ 「そう」七夏〔ななか〕は頷く。「つまり、そうなると、鍵がかかっていたとは、とても信じられない、という結論に行き着く。いえ、これはあくまで個人的な意見ですけど」 「意見というのは、すべて個人的なものです」紅子はまたシートにもたれかかったようだ。声が遠くなった。 □(208) そのとおり。私見だが、「私見ですが」や「個人的には」ということばをわざわざエクスキューズのように発言に付属させる必要はない、と個人的には思う。自分でも使ってしまうことがあるが、他人が使っているとすごく気になる。「あなたが発言している以上、それは「個人的な意見ですが」とか言わなくてもあなたのものなんですよ」と思う。その人が発言している以上、それはその人の発言なのであって、他の誰のものでもない。それは明らかである。もちろん、その人が別の誰かの意見を紹介することもある。しかし、その意見をそこで紹介することにしたのはその人であり、別の誰かではない。その意味において、そこでの発言・意見はその人のものである。 ま、組織が関わると面倒くさいことになるのだが。組織としてはこういう見解だが、しかしそこに所属するわたしはそういう見解ではない、とか。 @研究室
by no828
| 2011-04-29 13:11
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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