2011年 09月 22日
91(413)中村安希『インパラの朝——ユーラシア・アフリカ大陸684日』集英社、2009年。 版元(→ ●) ずっと読みたいと思っていた。たぶん、身体性を伴ったことばを探すために。 タイトルがいい。第7回開高健ノンフィクション受賞作。 □ 私は二〇〇八年に、会おうと思えばモモに会える。二〇〇九年でも一〇年でも、その可能性に変わりはない。けれどその逆はない。モモはどれだけ望んでも、私に会いには来られない。私は日本に生まれ、モモはミャンマーに生まれた。私たちのどちらもが、それなりに楽しく、またそれぞれの問題を抱え、異なる国で生きてきた。つまりそういうことだった。 私はほとんど一睡もせず、出発の日の朝を迎えた。 □(53.ミャンマー〔ビルマ〕) □ 彼女は宿のベッドに座り、援助やさまざまな経験について、いつも親切に教えてくれた。 「国際協力の旅を始めて、『支援したい』と考えている人のあまりの多さに驚くと同時に、支援を妨害する組織、つまり障害の多さにはただ唖然とするばかりだわ。例えば、一つの村を助ける。すると格差や嫉みが生じて周りの村が不満を言いだす。それが紛争の火種となって、状況がますます悪化することもあるの。他にも、キリスト教の寄付と名前でいい学校を建てたりすると、裕福な家の子が殺到して地域の教育が混乱する。改宗騒ぎに発展したり、宗教や民族の間だけでなく、地域間対立にだって拡大するのよ。だから学校を建てるなら、公立の学校より悪い設備で、現状よりさらに低い水準に教育の質も落とさなくてはいけないわ。ちょっと矛盾しているけれど……。宗教や地域や集落には、外部の人には理解できないルールや秩序やシステムがある。原理主義者や過激派もいるし、そこには権力やプライドもある。私たちが信じる改善や、提供してきたせっかくの善意が、時に彼らを挑発し、バランスや社会の構造を壊してしまうこともあるのよね。何かをしようとすればするほど、援助って本当に難しい」 □(56.インド) □ あっという間に日は過ぎて、お別れの時がやってきた。ママはうっすらと涙を浮かべ、私の頰にキスをした。路地に出ていた弟たちがバイクの手配を整えた。私は、彼らが提供し続けてきた親密で誠実な態度に対し、それから数限りない思いやりに満ちた行為に対して、何をしたいと考えた。 「皆さんがくれた親切に対し、私は何を皆さんにお返しすればよいのでしょうか」 彼らは飾らずにこう言った。 「私たちが出会ったことを忘れないでいてください。私たちもあなたのことを一生忘れはしないでしょう。ただ、それでよいのだと思います」 □(74.パキスタン) □ 「イラクで暮らしている限り、食べることには困らなかったし、教育は無償で受けられた。高い教育水準を誇り、PhDを持つ学識者だってイラクは多数輩出してきた。アラビア文学の発展や文化遺跡の発掘といった国家プロジェクトも推進されて、都市開発や技術の進歩も確実に進められてきた。すべてが良かったわけではないけど、平穏無事で希望があった」 □(125.イエメン) □ 到着してから数日経って、夫人は私が寄付した物資を子供に分配することにした。サンダルはサイズが小さすぎたし、持っていったジーパンは農村地帯のファッションとしては地域に馴染んでいなかった。加えて田舎の女の子たちはみんなスカートをはいていて、ズボンばかりを買って揃えた私の的はすっかりはずれた。贈った物資の実用性や適性の低さは否めない。それでも夫人はこう言った。 「今回の寄付に感謝しますし、意義あるものだと感じています。これまでに受けた寄付の中では、食糧やお金や薬品といった実生活に不可欠な援助の品がありました。とても有り難いことでした。そして今度のあなたの寄付は、子供たちを励ます意味で効果があったと思います。子供たちは今日、一人一人が、それぞれ自分の手の中に贈り物を受け取りました。実際に目で見て手に触れて所有できる贈り物です。ここで学ぶ孤児たちにとっては、あなたから何かを貰ったことがとても嬉しく、また励みになります。自分たちの存在を誰かが見ていてくれること、気にかけているということを、あなたは子供に分かるかたちで表現してくれました」 夫人の言葉は温かかった。〔略〕 『何が一番必要なのか?』 〔略〕夫人は私に語り始めた。 「一般的に『貧困』は、農村地帯にあるものではなく、都市に存在するものです。都市では貧しい人が集まり、そこにスラムを形成し、路上で生活している子供や物乞いになる人がいて、彼らは『貧しく』暮らしています。農村地帯にいる限り、贅沢なものは食べられないし、便利な暮らしは望めませんが、食べるものにも困らない。節度を保っている限り、飢えることはありませんから」 同感だった。〔略〕 『何が一番必要なのか?』 提供可能な支援や物資の必要性や効果については、考え方は一つではない。答えが出るには時間がかかり、事情の変化に伴って試行錯誤が求められる。けれどその一方で、誰にも動かすことのできない絶対的な『必要』が、たった一つだけ見つかった。 それは夫人の存在だった。 □(159-63.ウガンダ) □ 楽しそうに話し始めた二人の横をすり抜けて、私は部屋を抜け出した。自分の置かれた状況を暗に強調するような、気持ちの沈む出来事だった。ピザとビールのパーティーも、バナナボートの若者も、ビキニ姿のNGOも、夜通し騒ぐカラオケやそこへ集まる協力隊も、すべてが面倒になっていた。私はどこにも属することなく隅でイジケて萎縮した。私の言葉もジェスチャーも、いつものノリや笑顔さえ通用しなくなっていた。みんなとても清潔で、可愛い〔ママ〕く、お洒落でセクシーだった。彼らはインターナショナルで、ボランティア精神に満ち溢〔※〕れ、『不幸な人』を助けるためにアフリカへ来た人たちだった。ビーチやビキニや国際支援をファッショナブルに身に着けて、彼らはビール数本と正義と善意に酔いしれた。けれどその一方で、同じ言語を共有できるたくさんの人が射る場所で、私は疎外感に頭をぶつけ、相対的に孤立を深めた。そして、自信を失って自分勝手にひがんでいった。 □(182-3.マラウイ)※ つくりは、八 一 八 皿 の縦列。 □ そして、私は強く思った。 「私は自分の人生を、楽しく生きる権利がある。ある程度快適な生活と、食べたい食事ややりたいことを、私自身の基準の中で可能な範囲で追求しながら、好転していく未来の姿を想像する権利がある。悲観的に落ち込みほど、無意味なものはこの世にない。そして、あの男性やコックだって、同じように楽しむべきだ。もちろん、彼らが回転寿司やプレゼントを追う必要はない。けれど彼らの基準の中で、彼らにとって大切なものを彼らなりの方法で、プライドを持って追求し、獲得し、夢を持って生きる権利が彼らにだって等しくある。楽しく生きるということを、絶対に、誰一人として、妥協してはいけない」と。 □(223.ブルキナファソ) □ 戦うことをやめたとき、すべての事物が流れ始めた。勝ち取ることをやめたとき、すべてはおのずとやってきた。 □(トーゴ—ベナン.226) □ 青年海外協力隊の隊員の女性と親しくなった。〔略〕彼女は二年の任期を終えて、もうすぐ帰国すると言い、取り組んできた支援の成果を、こんなふうに私に話した。 「〔略〕できる限りのことをして、彼らの暮らしが少しでも楽になればいいと思った。だけど、変化は少なかった。今はね、彼らは彼らなりのやり方で、やっていけばいいと思う。ここにいる人たちが、みんな不幸で暗いかと言えば、全然そんなふうじゃないし、みんなどうにか生きている。私の目には非効率で貧乏そうに映ることでも、彼らはずっとそのやり方でずっとこの地で生きてきたんだし、自分たちのペースを守って納得しながらやってきた。そのやり方を否定して無理に変える必要なんてないんじゃないかと思うのよ」 共感できる話だった。〔略〕 先進国は、アフリカや途上国へとどんどん踏み込みインフラ整備を手伝って、資源の獲得競争と未来市場の開拓に汗を流して取り組んでいく。そしてテレビを設置して、欧米の暮らしを宣伝し、物があるということがどれだけ豊かなことなのか、物を持たないアフリカ人が、どれだけ惨めで貧しいのかを熱を込めて教育していく。みんな、物が欲しくなる。みんなカネが欲しくなる。先進国が開拓し、援助をしてきた道を歩けば、地元の人が大挙してきて、私に右手を差し出した。 「物をよこせ。カネをよこせ。それがお前の『義務』だ」と。 発展途上の多くの国が物質欲に傾けば、あるいは援助に頼るあまりに自発性(自発的な開発力、生産力)を失えば、先進国は諸手を挙げて援助額を増大し、建設事業を拡大し、貿易輸出を増やせばいい。投機マネーを流し込み、急成長を後押しし、面倒になれば引き揚げればいい。アフリカはどんどん舞い上がり、真の成長を忘れるだろう。アフリカはどんどん欲しくなり、もっと貧しくなるかもしれない。 〔略〕 「何が本当に必要なのか、適切な支援が何なのかを、見極めることは難しい。現地に暮らす人人〔ママ〕が『何もいらない』と言うこともある。それでも何かを探し出し、与えなくては予算も落ちない。彼らの食べない野菜を作り、関係のない言語を教え、村民に嫌われることもある」 たとえ不要なことであっても、ちょっと有害なことであっても、やらなくてはいけないこともある——役人もコンサルタントも井戸掘りに来た技術者も、みんなが食べていくために。 アフリカで出会った旅人は、ある日、私にこう言った。 「アフリカは世界のごみ箱だ。途上国は言ってみれば、先進国のごみ箱だ」 〔略〕 貧困? それはまさに私自身が一番言おうとしていたことだ。私はアフリカへ行くにあたって、一つの構想を立てていた。アフリカへ行って貧困と向き合い、現地の惨状を確認し、世界に現状を知らしめて共感を得ようと計画していた。アフリカの貧困を見極めて、貧困の撲滅を訴えて、慈愛に溢〔※〕れる発想を誰かに示すはずだった。先進国の豊かな知恵を貧しい人に紹介し、不幸そうな人を探して幸福を与える夢を描いた。けれど、あてがはずれてしまった。なぜなら、予想していた貧困が思うように見つからなかったからだ。想像していたほど人々〔ママ〕は不幸な顔をしていなかった。 私はしばらく混乱し、テーマも話題も失った。そしてある時、愕然とした。私がやろうとしていたことは、旅の意義に逆行していた。既成概念を設定し、そこから逆算しようとしていた。既に出ている結論に正当性を与えるための根拠集めに奔走していた——まるで退屈な数学の証明問題を解くように。 □(ニジェール.236-47) わたしのこれまでの問題意識をできるだけ反映させようとしている博士論文(中途なう)とも関連することが書かれていた。ここに記されたようなことを個人の体験談として済ませるのではなく、個人のプライベートな思いとしてやり過ごすのでもなく、論理——を伴った静かな倫理——へと何とか結び付け、相互に議論を行ないうるためのパブリックな土台を整えたい。「開発」とは、「支援」とは、「必要」とは、という問いはプライベートでしかありえない、それらはパブリックな、あるいは学術的な議論の俎上には上がらない——という主張にわたしは抗いたい。ことばがパブリックになった途端に身体性が削がれるとは思わない。パブリックはプライベートをその不可欠な構成要素とする。 博士論文では以上のことを、その一端でもよいから示したいと思う。 @うつくしまふくしま
by no828
| 2011-09-22 16:48
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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