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思索の森と空の群青

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2011年 11月 10日

真実に、それだけの価値はありません——森博嗣『女王の百年密室』

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117(439)森博嗣『女王の百年密室 God Save the Queen』幻冬舎(幻冬舎文庫)、2003年。

※ 単行本は同舎から2000年に、また、幻冬舎ノベルスとして2001年に、それぞれ刊行。

版元 → 




 近未来。「日本人」ミチルが“招かれた”閉鎖国家の秘密。


 少なくとも、戦争は、それをしたい人たちがするもので、基本的に、みんながしたくなければ、決して起きないものだってことを、人類は既に学んでいるはずだ。
□(18)


あの道は奥へ進んでも無駄だよ。引き返した方が良い」そう言って、ジュク老人は、僕を見上げて悪戯っぽい表情で微笑んだ。「もっとも、道というもののほとんどは、その程度の存在だ
□(31)


「でも、なんていうのか、出てみたくなるものじゃありませんか?」
「どうしてですか?」ナナヤクがきき返す。
「うーん、人間ってそういうものじゃありません?」
「いえ、そうは思いませんが」
「ずっと同じところに閉じ籠もっていたら、だんだん、いらいらしてきませんか?」
「狭くはない。充分な広さがあります」
「ええ、でも、外の世界に興味がわきませんか?」
「ここにいれば、安全で快適なのです。興味は、もちろんいろいろな方向へ向かいますが、それは、別の方法で解決するでしょう」

□(61-2)

「王家に対する反発はありませんか?」
「反発、というと、たとえば、どのような?」ナナヤクは不思議そうな顔で尋ねた。「王家に歯向かう、という意味でしょうか?」
「ええ、そうです。人間の歴史には、いつだってそれがありました。ご存じですよね?」
「もちろん知っています。しかし、それはこの街には当てはまらない」
「何故ですか?」
貧富の差がないからです」ナナヤクはそう言うと、余裕の表情でカップを口へ運んだ。
「貧富の差か……」僕は考える。
「ここでは、王家が特に豊かなわけではありません」ナナヤクが説明した。「実質的には、女王は単なる役目であって、特権を振りかざすわけではないのです。街の住民は皆、自由で不足のない生活をしている。それが保障されている。したがって、不満はありません。反発が生じる機構が、そもそもないのです」

□(115-6)

「神の声を聞くのは、女王の役目です」ナナヤクは僕を見据えて答えた。マイカ・ジュクも同じことを言った。「私たちは、女王様から、それを聞く。予言は必ず当たります。そして、それは、ルナティック・シティに新しい価値をもたらします」
新しい価値? マノがここへ来て、何がもたらされましたか?
「わかりません」ナナヤクは微笑んだ。「それは、神だけがご存じです」

□(171)


「環境にもよりますけど、普通のところであれば、腐って、風化して、ええ、早い時期に骨だけになります」
「もとには戻せないのね?」
「もちろん」
「恐ろしい」〔略〕
しかし、人間の尊厳は、躰の形にあるのではありません」僕は言う。
人間の尊厳?
そうです。個の存在、つまり意志です。それが、人間そのもの。人間だ、といっても同じです
「それは、具体的にはどんなもの?」
「ものではない。集積したメモリィと、そこを行き交う信号、その処理のシステムです」
「それはどこにあるの?」
「主として、ここです」僕は頭の横で指を立てる。

□(204)


「僕の質問、そんなに驚くようなこと?」
「びっくりした」ようやく、彼女は瞬いた。「なんだか……」
「なんだか?」
「恐い」
「何が恐い?」
あなたの質問が恐い

□(263)


「人が人を殺すことを許すの?」
「個々のケースによって違う、という意味です。すべてに共通のルールはない

□(284)

「誰が王子を殺したの?」
「誰かだろう」カイ・ルシナは即答した。「特定されていない。特定することに、何か意味があるのか?
「特定すれば……、その殺人者に……」
「どうする?」
「何故、そんなことをしたのか、きくことができる」僕は答える。
「誰がきく?」カイ・ルシナは前屈みになり、僕は顔を近づいた。
「誰でも良い。誰もきかないのなら、僕が……」
きいて、どうする?

□(329-30)

「動物をご覧なさい」女王は言った。「虎が羊を襲う。羊は虎に復讐しますか?」
「それは、話が違う」
「いいえ、違いません。襲われた者は、ただ怯えるだけ。それが自然の摂理です。人間は、雷に襲われ、雷に怯える。嵐に襲われ、嵐に怯える。神に襲われ、神に怯える。さて、私たちは、雷に復讐しましたか? 嵐に復讐しましたか? 神に復讐しましたか? いいえ、私たちが選んだ道とは、怯え、隷属し、崇め奉ることなのです。ものを供え、拝み、祈りを捧げる。違いますか?」
「相手が人の場合は別だ」
どうして? 人は人にだけ、何故、復讐をするの? どこで間違えたのですか?

□(364)


人は神のしもべ。目的は神にあって、しもべにはありません。神を問うことはできない。知ることもできない
□(363)


「この川は造られたものでは?」僕は尋ねた。
「そうかもしれない」ナナヤクは僕を見る。「でも、最初が問題なのではない。人間だってどこで生まれたかは、人の価値とは無関係だ。違いますか?
「違わない」僕は頷く。彼の言うとおりだと思った。

□(410)


 関係ないと思えば、すべてが関係ない。
 関係があると思えば、世界中のことが僕と結びつく。
 結局のところ、自分で線を引く以外にない。
 そのときどきで、これは自分、これは他人、と選り分ける。
 意地と惰性だけで、区別する。
 その選り分けこそ、
 人のプライドだ。

 最も尊いもの。
 それをなくすことは、死に等しい。
 僕はそう思っている。

□(426-7)


「どちらも、考えていない。話しかけても、答えてくれない」
人が考えているか、考えていないか、どうしてわかるの? それに、遠く離れてしまえば、話はできないし、近くにいても、答えてくれない人もいます。コミュニケーションが可能なことが、生きている証拠かしら?
「少なくとも、生きていると感じる理由の一つじゃないかな」僕は言った。
「いいえ。他人とコミュニケーションがうまく取れない障害だってあるわ。そういう人たちだって立派に生きていると思う」

□(435)


死ぬことなんて恐れていない。僕は、ただ、真実が知りたいだけです
真実に、それだけの価値はありません

□(471)


@研究室

by no828 | 2011-11-10 14:43 | 人+本=体


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