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思索の森と空の群青

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2011年 11月 15日

「どこを直したい?」「細かいところは何百カ所も……結論も変えたいわ」——ダニング『幻の特装本』

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119(441)ダニング、ジョン『幻の特装本』宮脇孝雄訳、早川書房(ハヤカワHM文庫)、1997年。

※ 原著の刊行は、1995年。原題は The Bookman's Wake 。訳者あとがきにあるように、Bookman には、物書き、読書人、学者、本屋、製本業者など、本の世界に関わる人一般を示す意味があり、Wake には通夜と航跡(足跡)との意味が含まれる。

版元 → 




 昨日ご紹介した『死の蔵書』(→ )の続編であります。このシリーズは、以下のように翻訳・刊行がされています(自分用メモも兼ねて……)。

 『死の蔵書』(1996年)
 『幻の特装本』(1997年)
 〔このあいだが少し空くのはなぜか〕
 『失われし書庫』(2004年)
 『災いの古書』(2007年)
 『愛書家の死』(2010年)

 私は『失われし書庫』は古本屋で購入済のはず(……のはず)。

 以下、毎度のことでありますが、物語の本筋との関係に関係なく(← やや、ややこしい)、わたしの“おっ”と感じたところを引用します。


 私は、ビールをちびちび呑みながら待った。彼女の前には水飲み場がある。彼女はカモシカで、ライオンが近づいていることをまだ知らない。いつのまにか左側の席が空いていた。そちらに移ろうかと思ったが、人喰い鮫のような男に先を越された。これが私の人生だ。じっとすわって宇宙の神秘に思いを馳せているあいだに、手の早い男がやってきて、宝物をさらってしまう。
□(59)

 まるでわた〔以下省略〕。


「ジェーンウェイさん」さっきよりも大きな声で、ムーンは改めて尋ねた。「お仕事は何を?
今は無職です
伝統ある立派な立場ですな。私も、これまでに二度か三度、無職になったことがある。場合によっては、なかなかいいもんだ」
「微笑みを忘れなければ、ですがね」

□(94)

 ユーモア溢れるやりとり。


「聞いたところによると、あなたには、しっかりとした行動の規範があるそうね。その上で、物事を白と黒に分けて考える。しかも、あなたの言葉は銀行に持っていけるくらい信用できる。問題は、他人にも自分と同じ行動を期待することね。誰かが規範からはずれた行動をとると、気分を害して、なかなか許そうとしない。レンガの壁が目の前に立ちはだかったときには、それを突き破って進もうとする傾向がある。職務上の駆け引きは下手。政治には我慢ができない」
政治ほど汚らしいものはないね。政治に首を突っ込むと、どんな善人でも悪人になる

□(141)

 逆に言えば、政治において悪を引き受けないことには世界が回らない現実がある、ということかもしれない。しかし、どちらかと言えば、というよりも、どちらかと言わなくても、わたしはそうした現実があるとしたらそれをそのままにしておけばよいとも思わず、だから“理論的に”何が言えるのか、言うべきなのか、というところを模索している、という側面がある。


「あら、そう。でも、書いてあることを鵜呑みにしちゃ駄目よ」
 新聞記者がそんなことをいうのは不思議だった。肩をすくめ、彼女は続けた。「悪い本じゃないから、言い訳をする気はないわ。もう一度書き直しても、内容はそんなに変わらないでしょうね。ほんの少しよくなるかもしれないけど。これが物書きの辛いところね。いったん書いたものは読み直したくない。忸怩たらざるを得ないっていうのかしら。今ならもっとうまく書けるのに、出来上がったものは直しようがない
どこを直したい?
細かいところは何百カ所も……もちろん、結論も変えたいわ
「もちろん、というのは?」

□(232-3)

 わかる、よくわかる、非常によくわかる。仮にわたしが本を出版できたとしたら、以後その本に手を加え、その本の増補(あるいは減補)改訂版というものを出し続けたいという思いに駆られるのではないかという予想的な思いに現在駆られている。このように言うのは、すでに書い(てしまっ)たものとどう付き合うか、という点において、わたしは態度決定ができていないからである。


@研究室

by no828 | 2011-11-15 15:22 | 人+本=体


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