人気ブログランキング | 話題のタグを見る

思索の森と空の群青

onmymind.exblog.jp
ブログトップ
2012年 02月 10日

題名の決まらない漠然とした塊の時にこそ、ぼく、一番、作品を愛せるんですもん——山田詠美『A2Z』

題名の決まらない漠然とした塊の時にこそ、ぼく、一番、作品を愛せるんですもん——山田詠美『A2Z』_c0131823_14162450.png
20(490)山田詠美『A2Z』講談社(講談社文庫)、2003年。

※ 単行本は2000年に同社より刊行。

版元 → 




 学類の一時期(このブログをはじめる前です)、山田詠美を集中的に読んでいたことがあります。だからかなり久しぶりの山田詠美です。

 ものすごく単純に簡単にまとめますと、この本は編集者夫婦がお互いに「不倫」をするというお話です(簡潔だ……)。“不倫は文化だ”という言い方がされたことがありますが、それにも引用・言及がありました。そこを読み、特定の時期——「時代」と呼ぶにはあまりにも短い時期——に流行した言説を小説に使用するという方法は、その小説が次代にも残ることに鑑みると、あまりしないほうがよいのかなと、少なくともそれを採用するかしないかはきちんと考える必要があるぞと、そう感じました。もちろんそれは「次代」のことですから推定しきることはできないのですが。

 ↓「会いたい」と「失いたくない」とを分けたことにわたしは理論的な感動を覚えました。


「二人の女の生活の空気、同時に味わうの、はっきり言って、しんどかった。冬子の方を取ったのは、新鮮だったから、それに尽きると思う。それなのに、ナツの様子が気になって、何度も戻って来ちゃった。なんでだろな。あの時、会いたい優先順位は彼女が一番だったけど、失いたくない優先順位は、いつもナツだった
□(222)

 とは言うものの、わたしがこれを読んでもっとも自分に飛び込んできたのは、物を書く、それを(しようと)する人がいて、それとは別の仕方で書くことに関わる編集者がいる、書くということがあり、書くことに携わるということがあるという、そこの次元のぎゅっと詰まった感覚、凝縮性でした。

 ↓ 共感するポイントはたしかにあります。


「床で食べるとピクニックみたいだね」
 私は、そう言いながら、料理に舌鼓を打った。考えてみると、私は、机を必要としない人種をあまり知らない。私自身も机がなかったら生きて行けない。自分の周囲を文字化する必要のない人生って不思議だ。ワープロだって、パソコンだって、やはり、机は必要だろう。成生〔なるお〕は、話す言葉を沢山持っているけれども、それを形にすることなど考えもしないのだ。贅沢って、もしかしたら、そういうことかもしれない。何だか、彼の方が文学的に思えて来る。言葉で悪戦苦闘している作家や私たちよりも。

□(155)

 ↓「私」は出版社勤務の森下夏美、主人公。「物を書く顔」がどういう顔かわたしにはわかりませんが、憧れを感じました。ちなみに、「永山翔平」は新人作家という設定。


 二人の話を笑って聞き流しながら、私は、数日前に永山翔平に会った時のことを思い出していた。指定された吉祥寺のカフェに行くと、彼は既に片隅のテーブルに着き、ぼんやりと窓の外を見ていた。私は、そこに近付く前に、足を止めて彼に見とれた。いいじゃないか。そう思った。物を書く顔をしている。
□(70)

 ↓ その永山との会話。


「ぼくの才能に惚れた、なんて言わないでね」
 言わないよ。そんな陳腐なこと。才能なんて、そこにあるだけじゃ、ちっとも役に立たない。私は、それを駆使したものにしか興味ないのだ。
「才能に惚れたなんて言う人、いるんだ」
「いるよ。ちょろいよね。あ、でも、あなたのだんなさんは言わない。書かなきゃそれで終わりだぞって、いつも、ぼくを脅してる」

□(162-3)

 ⇩ その永山の以下の言葉にわたしは共感します。


題名の決まらない漠然とした塊の時にこそ、ぼく、一番、作品を愛せるんですもん。憧れていられる。書き出そうとしているものが、すごい傑作なんじゃないかと錯覚出来る
 この若者と来たら、長年作家稼業を続けて来たような言い方をする。題名のない untitled 混沌。そこから具体性が姿を表わして来た時、それと引き替えに、どれ程の自信を喪失し、そして、その回復のために、どれ程の労を要するかを、彼は既に知っているに違いない。もの〔ママ〕を書き始める前から、はからずもそうなるべくトレーニングを積んでしまった作家は、少なからずいるが、彼も、そのひとりなのかもしれない。もっとも、そこから、さらに選ばれた人になるには、書き続けて行くことで証明して行く他ない。

□(193)

 抽象と具体ということをよく考えます。


@研究室

by no828 | 2012-02-10 15:15 | 人+本=体


<< 土曜日の背徳は視点を失うことへ...      多摩の恵 ミュンヒナーダーク >>