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思索の森と空の群青

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2012年 04月 30日

環境によらず、自分を高めることが可能でしょう——森博嗣『数奇にして有限の良い終末を』

環境によらず、自分を高めることが可能でしょう——森博嗣『数奇にして有限の良い終末を』_c0131823_14243972.jpg68(528)森博嗣『数奇にして有限の良い終末を I Say Essay Everyday』幻冬舎、2004年。

版元 →  文庫版の情報のみ。表紙デザインは同じです。画は萩尾望都、森博嗣が「天才」と呼ぶ人です。


 ウェブ日記の単行本化。2001年の日記です。この I Say Essay Everyday シリーズ(幻冬舎的には「天才・森助教授の行動と思考シリーズ」)は、これまでに『すべてがEになる』(→ )と『毎日は笑わない工学博士たち』(→ )を読みました。本書がシリーズ最後の作品です。これら2冊と本書とのあいだには、『封印サイトは詩的私的手記』と『ウェブ日記レプリカの使途』の2冊があるようですが、まだ入手していませんし、見掛けてもいません。探してみましょう。あいだを飛ばしますが、まぁよいでしょう。

「思ったことの半分も言えない」よりも「言ってることの半分も思ってない」の方が圧倒的多数。(31)

 研究室はこつこつ研究を重ねて、そのノウハウが世界をリードしていれば自ずと価値や力を持ってきます。こういう場合は、たとえ大学が独立法人化しても大丈夫でしょう(売るものがありますから)。これに対して、ただ文部省(もうありませんけれど)に予算を申請し、人(ポスト)を増やし、建物を増やす要求ばかりしているところは、結局のところ将来の自分の首を絞めることになる(組織や建物が新しくても、売るものがない)。〔略〕とにかく要求して増やすことばかり。それが勝ちだと考えている。そのために、無理な組織換えに頭を絞っている。仕事が増えて研究ができないので、売りものはどんどん減ります。(42)

 わたしの組織にあてはまりまくりです。少なくとも組織としては、研究は縮小再生産でしょう(個々の研究者に例外はいます)。もちろん、人文学・社会科学は即物的な「売るもの」「売りもの」はありません。論文を書く、本を出版するなど、きちんと研究実績を作っていくことが一層必要でしょう。ただ、この組織は出版社との関係をうまく形成しているとは言えません。院生・ポスドクに書く機会を与えるということもほとんどありません(この意味で、T京大学はうまいと思う)。では研究指導をしっかりしているかと言えば、そうでもありません。仕事を持っている人の仕事は仕事を持っていない人に仕事を作ることだと仕事を持っていない人の立場から思いますが、そういうことにはなっていません。当たり前ですが、自分で切り開くしかありません(再々々々〔略〕々々々確認)。ちなみに、「仕事を作る」とは「研究していない人をコネで就職させる」ということではありません。

〔略〕森は、思いついたアイデアを書き留めないことにしています。つまり、一度忘れた方が良い、という考えなのです。まあ、その方が成熟して本当に必要なときに出てくる、というわけで、創作ノートなどを一切使わないのも同じ理由。(83)

〔略〕M島君の博士論文の公聴会でした。この研究を既に20年ほど続けていますが、ちょっとエポックになる1編だったので、とても嬉しかったです。というのは、研究を築き上げるとき、自分はとにかく前進を望むもので、だいたい指導する学生たちも、その前進を共にする仲間なのです。ところが、M島君の研究は、森が築き上げた構造物の基礎を固めるような内容で、「どうも、この足許が弱いから、これ以上高く積めないのだな」と限界を感じていたところだったのです。そういう意味で非常に嬉しかったわけですが、しかし既に研究の最前線は若い彼らのものだ、と認識しました。清々しいです。(102)

 いろいろな人間とつき合わないと視野が狭くなる、といいますが、それは、いろいろな人間とつき合うこと(たいていは酒を飲むだけですが)でしか視野が広げられない人間だからです。〔略〕「井の中の蛙」といいますけど、それは「蛙」だからですよね。人間は、たとえ井戸の中にいても、いつでも大海を想像し、客観的な視野を持つことができます。環境によらず、自分を高めることが可能でしょう。(137)

 人は見たいように見る。聞きたいように聞く。しかし、言いたいようには言えない。(158)

ところが、研究という行為は、謎を追いかける仕事の最先端かと思いますが、問題などどこにも明確に提示されていない、そして答もありません。問題かどうかがわからず、まして、答があるかどうかもわかりません。そういう謎に慣れているせいか、人から問題を突きつけられ、しかも解答が待っているような状況には、どうも今ひとつ興奮できない、という人々が森の周囲には多い。(246)

本当のところ、ハードカバーの価値というのは、装丁にあると思います。つまりは、その本づくりに対する意気込みとかセンスの結晶を買うわけですね。これだけは自分のものにしたい、と思わせるブックデザインをしなくては、存在意義は非常に危ういと思うしだい。(259)

所得というのは、売上げから必要経費を引いたもので、何でも必要経費にしてしまえる人は所得を減らすことが可能。こういった真似ができないサラリーマンや労働者には消費税の方が有利。どうして共産党は消費税に反対なのだろうか。もともとは共産党を支持していたのですが、消費税の導入の頃から、わからなくなりました。(335)

〔略〕小説の持つ元来の曖昧な価値を論じる困難さを感じさせてくれることこそ、書評の価値でしょう。それは、学びたい者を手元へ導くことではなく、より学びたい姿、すなわち遠くを見る目を見せつけることこそが、教師の存在価値であることと類似しています。(361)

 自動車の需要を増やしたいのなら、自動車保険の制度をもう少し見直してほしいです。あれって、どうして自動車にかかるのでしょう? 運転手にかけてほしいですよね。つまり、自動車運転手保険も作ってほしいです。1人で一度に複数の車には乗れませんので、事故の確率は上がらないはずです。車両保険は別ですけれどね。(394)

〔911を受けて〕〔略〕無条件・無差別の行為であっても、つまり動機や原因を抜きにしても、起こりうる最大級の被害を最小限に食い止める安全技術を模索する必要があるし、悲しいけれど、それがエンジニアにできる唯一の反撃だろう。(424)

研究でもそうだけど、一番初めに、何をどう始めるのか、という最初の一歩が、実は一番大きな仕事なのです。あとはひたすら歩くだけ。二番目に大事なのは、どこで止まるか、です。(498)

 他人を信用しない人間ほど、何故か他人に期待する傾向が強い。(526)

「どうもうまくいかない」という仕事の95%は、「最初からやらなければ良かった」ものである。(575)

「やる気」の有無は重要ではない。問題は「やる」か「やらないか」〔ママ〕の違いである。(587)

つまり、言葉というのは、他人がいるからこそ、全部は出てこないものではないでしょうか。聞かれては困るから、飲み込んでしまうのです。(612)


@研究室

by no828 | 2012-04-30 15:58 | 人+本=体


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