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思索の森と空の群青

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2012年 10月 08日

場合によっては、世間の評価とは合致しないかもしれない——村上春樹『意味がなければスイングはない』

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148(608)村上春樹『意味がなければスイングはない』文藝春秋(文春文庫)、2008年。

版元 → 

単行本は2005年に文藝春秋より刊行。


 村上春樹の音楽論。「ゼルキンとルービンシュタイン」がおもしろかったです、というか、ゼルキンの音楽に対する姿勢に学びたいと思ったのでした。わたしはおそらくルービンシュタイン型ではない。

 ちなみに「スイングがなければ意味はない」はデューク・エリントン。

 組織のそういう存在意義も、存在意義がまったくないよりはましなのか、について。
 ブライアン〔・ウィルソン〕はドラッグの深い霧の中で自らを緩慢に破壊し続け、その一方でビーチ・ボーイズは懐メロ・ツアーバンドとして高収益をあげていた。今では伝説の維持だけがバンドの存在意義になっていた。(「ブライアン・ウィルソン」61)

 自分なりの、について。
 思うのだけれど、クラシック音楽を聴く喜びのひとつは、自分なりのいくつかの名曲を持ち、自分なりの何人かの名演奏家を持つことにあるのではないだろうか。それは場合によっては、世間の評価とは合致しないかもしれない。でもそのような「自分だけの引き出し」を持つことによって、その人の音楽世界は独自の広がりを持ち、深みを持つようになっていくはずだ。(「シューベルト「ピアノソナタ第十七番ニ長調」D850」90)

 若者について。
そして〔レイモンド・〕カーヴァーもあるインタビューの中で、〔ブルース・〕スプリングスティーンが述べたのと同じようなことを語っている。自分の知っていることを書け、と。「若い作家が、自分の知っていることについて書かないとしたら、彼はいったい何について書けばいいんだ?」と。(「ブルース・スプリングスティーン」146-7)

 出来事になる、それは出来事にする、ではない、について。
 それがルドルフ・ゼルキンの音楽なのだ。決して容易な道は選ばない。もしひとつの作品を演奏するために、簡単なルートと困難なルートがあったとしたら、たとえ聴き手にその違いがわからなかったとしても、彼は間違いなく困難なルートの方を選ぶ。「どうしてこの人は、中世の苦行僧のように意図的に自分を痛めつけるのだろう? どうしてもっと自由に、もっと自然に演奏することができないのだろう? そうしようと思えばできるはずなのに」とまわりの人々は首をひねる。僕もレコードに残された彼の演奏を聴きながらしばしばそう思う。しかし繰り返すようだが、それがルドルフ・ゼルキンの音楽なのだ。彼の選択した困難なルートの探求が達成されたとき(もちろん達成されないよりは、達成されることの方が遥かに多い)、それはただの音楽ではなく、ひとつの「出来事」になる。(「ゼルキンとルービンシュタイン」168-9)

 音楽に対する、あるいは自分の一所懸命(懸命一所)に対する姿勢について。
「私はナチュラルな(生まれながらの)ピアニストじゃないし、ナチュラルなピアニストであったこともない。私にとってこれは、苦労の末にやっとできることなんだ。真剣に練習しなければ、まともに演奏もできない。たいていの音楽家はそうだと思うんだけど、楽しんで舞台に出たことなんて私には一度としてない。でも人前に出るからには、それなりの準備だけはしておきたいと考えるし、だからこそこうして一定の水準を保つことができているわけだ。インスピレーションを頼りにすることはできない。それは神からの賜り物なんだ。しかしもしインスピレーションが私にもたらされるようなことがあったら、それを受け取れる準備だけはしっかりしておきたいと思う(「ゼルキンとルービンシュタイン」170-1)

 相対化が普遍化をもたらす、について。
 というわけで、ないものねだりと言えばそれまでなんだけど、せっかく20世紀の「古典」としてプーランクの音楽が生き残ったのだから、プロパー外部の、そしてもう少し野心的な——できれば重量級の——ピアニストによって、彼の音楽が真っ正面から意欲的に取り上げられてもいいのではないか、と僕としては考えてしまうことになる。プーランクにとっては先輩格にあたるモーリス・ラヴェルの音楽が、フランス系以外の演奏家にも積極的に取り上げられ、それによってどんどん相対化され、より立体的で普遍的な音楽像を獲得していったみたいに。(「フランシス・プーランク」269)


@研究室

by no828 | 2012-10-08 16:12 | 人+本=体


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