思索の森と空の群青

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2013年 02月 09日

不完全さにも長所はあるにちがいない。人間は神の創造物であるから——ヴォネガット『プレイヤー・ピアノ』

c0131823_15571820.jpgカート・ヴォネガット・ジュニア『プレイヤー・ピアノ』浅倉久志訳、早川書房(ハヤカワSF文庫)、1975年。3(658)

原著は Player Piano 、1952年。

版元 → 


 ピアノ・プレイヤーではなくプレイヤー・ピアノ(自動ピアノ)。機械が主、人間が従の世界。

「きみはどうしても技術者と管理者を悪役に仕立てたいらしいが」とポール。「科学者はどうなんだね? ぼくの見たところ——」
「それは問題がちがう」ラッシャーはじれったそうにいった。「科学者は知識を加えるだけだ。トラブルを起こすのは知識じゃなく、その利用のしかただよ
(135)

進歩は悪か? ははん——いい質問だ(190)

「とにかく、ソローは、メキシコ戦争につぎこまれる税金を払わなかったかどで投獄された。彼は戦争に反対だったんだ。エマソンが獄中の彼を見舞にきて、こうきいた。『ヘンリー、なぜきみはこんなところへ入れられた?』すると、ソローがいった。『ラルフ、きみこそ、なぜここへはいらないんだ?』」
〔略〕
「刑務所こわさに、自分の信ずるところを行なわずにすますべきじゃない、ということだ」
(205-6.傍点省略)

「この世はなにごとも宣伝でさあ。お客さん、そう思いませんか? 人間が考えることってのは、なんによらず、だれかが宣伝したからそれを考えるんですな。教育——あれだって、つまるところ宣伝でさあ(287)

「いったい機械のどこが気に入らないんです?」とバック。
「機械は奴隷だからだ」
「いいじゃないですか、そんなこと」とバック。「だって、人間じゃないんだから。苦しむわけじゃなし。働くのをいやがるわけでもなし」
「そう。しかし、機械は人間と張り合うからね」
「けっこうなことじゃないですか——そうでしょう、たいていの人間がどれだけぞんざいな仕事をしてるかを考えたら?」
奴隷と張り合うものは、自分も奴隷になるんだよ」まわりきらぬ舌でそういいのこして、ハリスンは出ていった。
(394)

「なんでもおんなじさ。長いあいだ練習してると、自分でもびっくりするぐらいの腕になる。どうやってといわれたって、説明はできねえ——細かくはね。第六感みたいなのが働くんだ——なんとなく感じるんだな」(143)

「ただの仕事と思っちゃだめだ!」アルフィーはいった。「だれだって、なにかの仕事はしてる。ベッドから起きるのも仕事だ! 食い物を皿からすくって口へ入れるのも仕事だ! しかしな、ジョー、仕事には二通りある。ただの仕事とめんどうな仕事とだ。もしおまえが大物になりたい、なにかで売り出したいと思うんなら、めんどうな仕事をやらなくちゃだめだ。なにか不可能なことを見つけてそいつをやれ。でないと、一生うだつはあがらねえぞ。いいか、ジョージ・ワシントンの時代には、だれもが働いた。だけど、ワシントンは人一倍努力した。シェクスピアの時代だってだれもが働いてたが、シェクスピアだけは人一倍努力した。おれがここまでになったのも、人一倍努力したからだ」(377-8.傍点省略)

「わたしはここに提案する。人間を機械の制御者として仕事にもどらせ、機械による人間の制御を縮小させよう。わたしはさらに提案する。テクノロジーと組織に起こる変化が生活様式に与える影響を慎重に考慮し、その考慮にもとづいた上で変化を阻止し、あるいは導入しよう、
〔略〕
 人間は、その天性から、自分が役に立っていると感じられるような仕事にたずさわらないかぎり、幸福になりえないように思われる。したがって、人びとを、もう一度そうした仕事に帰らせなくてはならない。
〔略〕
 不完全さにも長所はあるにちがいない。なぜなら人間は不完全であり、かつ、人間は神の創造物であるから
(423)


@研究室
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by no828 | 2013-02-09 16:53 | 人+本=体 | Comments(0)


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