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思索の森と空の群青

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2013年 02月 22日

見たくないって思うかもしれないけど、でも——角田光代『八日目の蟬』

見たくないって思うかもしれないけど、でも——角田光代『八日目の蟬』_c0131823_14544497.jpg角田光代『八日目の蟬』中央公論新社(中公文庫)、2011年。12(667)

単行本は2007年に同社より刊行。

版元 →  ウェブ上の表記は「蟬」ではなく「蝉」になっています。


 少し前に、短大の講義で『狼に育てられた子』(→ )を、というよりも、それを論じた西平直『教育人間学のために』(→ )を取り上げました。『狼に育てられた子』の内容詳細は省きますが、論点のひとつに“カマラとアマラを人間の生活に「戻す」べきか、そのまま狼との暮らしを続けさせるべきか、それはなぜか”が考えられます。それを学生に問いました。意見は半々くらいに分かれました。

 人間に「戻す」べき、という意見の理由には、“もともと人間だから”がありました。わたしはそれに対し、“産みの母と育ての母が違う人間の子どもがいたとする、そのときも産みの母に「戻す」べきか”という疑問を発しました(発問ではない。発問は嫌い)。このことを別の文脈で“こういう授業をした”と話したとき、本書が言及されました。であれば、授業の前に読んでおけばよかったなあと思った次第です。次年度の講義で関連づけたいと思います。

学校なんかいくのは取り柄のない人だよ、ハナちゃんはこんなに絵がうまいんだからなりたいものになんだってなれるよ」(188)

 知らないことを知りたかった、忘れていたことを思い出したかったと、千草と名乗る女は言った。私はそんなふうに思ったことはない。知らないことを知って、忘れていることを思い出して、いいことなんかひとつもないと思っていたし、今でも思っている。しかし今、目を閉じて眠りを待つ自分の内に、彼女の言葉がちいさく、しかし執拗に響いている。なんで? なんで私だったの?(230)

 聡美ちゃんちの薄暗い部屋でビデオを見ながら、数え切れない「もし」があふれかえった。もしあの女がいなかったら私たちはふつうの家族だったはずだ。もしあの女がいなかったら父も母も私をふつうに愛しただろう。もしあの女がいなかったら友だちが見えない壁を造ることもなかっただろう。もしあの女が、もし、もし、もし。(274)

「でもね、大人になってからこう思うようになった。ほかのどの蟬も七日で死んじゃうんだったら、べつにかなしくないかって。だってみんな同じだもん。なんでこんなに早く死ななきゃいけないんだって疑うこともないじゃない。でも、もし、七日で死ぬって決まってるのに死ななかった蟬がいたとしたら、仲間はみんな死んじゃったのに自分だけ生き残っちゃったとしたら」〔略〕「そのほうがかなしいよね(282-3)

「前に、死ねなかった蟬の話をしたの、あんた覚えてる? 七日で死ぬよりも、八日目に生き残った蟬のほうがかなしいって、あんたは言ったよね。私もずっとそう思ってたけど」〔略〕「それは違うかもね。八日目の蟬は、ほかの蟬には見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりでもないと、私は思うよ(343)

慣れればいろんなことがどうでもよくなった。ていうか、どうでもよくならなきゃ暮らしていけないんだよ(331)

 手放したくなかったのだ、あの女とのあり得ない暮らしを。ひとりで家を出てさがしまわるほどに、私はあそこに戻りたかった。でも、それを認めてしまうことができなかった。あの女のもとに戻りたいなんて、たとえ八つ裂きにされても考えてはいけないことだと思った。私は世界一悪い女にさらわれたのだ。私が家を好きになれないのは、父と母が私に背を向けるのは、すべてあの女のせいだと思えば、少しだけ気持ちが楽になった。楽でいるために私はあの女を憎んだ。あの女の存在を私たち家族のなかにひっぱりこんだ、父と母をも憎んだ。憎むことで私は救われ、安らかになれた。
 憎みたくなんか、なかったんだ。私は今はじめてそう思う。本当に、私は、何をも憎みたくなんかなかったんだ。あの女も、父も母も、自分自身の過去も。憎むことは私を楽にはしたが、狭く窮屈な場所に閉じこめた。憎めば憎むほど、その場所はどんどん私を圧迫した。
(352-3)


@研究室

by no828 | 2013-02-22 15:57 | 人+本=体


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