2013年 06月 22日
奥泉光『シューマンの指』講談社、2010年。55(710) 版元 → ● 奥泉 光(おくいずみ ひかる)を最初に知ったのは、柄谷行人ら近畿大学の教員とともに出版された『必読書150』(版元 → ●)であったと記憶しています。奥泉は現在も近畿大学で教えています。 物語の多層構造。 題名にある「シューマン」とはもちろん、「ロマン派音楽」の作曲家ロベルト・シューマンのことです。 音楽は、とりわけ西洋のいわゆる古典音楽〔クラシック〕は、一つの建築物であり、それ自身小宇宙をなすものであるけれど、不可逆性を有するところに建物との違いがある。音楽は全体を一遍に受け取ることはできず、時間のなかで順番に聴かれるしかない。物語もきっと同じだろう。順々に、根気よく語っていかなければならないのだろう。(42) グレン・グールドが前期ロマン派の音楽に否定的だったことはよく知られている。〔略〕 「そう。だから、弾けなくていいんだよ。というか、シューマンは限界を超えることを求めてるんだ。あの曲、というか、ソナタはどれもそうだけど、曲そのものが限界を超えている」(125) □■□■□ 「音楽を台無しにしない演奏なんてないさ。どんな天才が弾いたって音楽は台無しになる。僕が目指したのは、いってみれば零の演奏、というか空虚の演奏さ。何も弾かないのと同じくらいに何もない演奏。絶対の零。あるいは虚数の演奏。そう、虚数っていうのが一番ぴったりかもしれない。かけ算するとマイナスになる。そういう演奏」(216) 「イデアだか何だか知らないが、ようするに音楽性がないっていうだけの話さ。演奏しないのが一番いいなんてのは、ただの屁理屈だ。屁理屈以下の戯れ言だ。演奏しなくて、どこに音楽があるっていうんだ。演奏しないのが一番なんていうのは、恐いからだ。弾いて失敗するのが恐いからだ。そんなのはただの甘えだ。甘えているだけの話だ。あんな凄い演奏ができるのに、なんでちゃんと弾かないんだ!」(220) 「かりに本当の音楽なんてものがあったとしても、誰かが懸命に演奏して、それをなんとか実現しようとするからこそ、ありえるんだ。完璧がありえないのはたしかだけど、それへ一歩でも近づこうとしなかったら、それは消えてしまう。しかし、君は、近づくんじゃなくて、どんどん遠ざかろうとしている」(221-2) この3つの引用に見られるような、イデア論とそれに対する批判は——史的にはおそらく逆にヘラクレイトスが先でプラトンが後のはずですが——人間の思考構造を繰り返し象ってきたと思います。そして、これを——たとえば人間はなぜイデアのようなものを想定したがるのか、のようなかたちで——メタ・ポジションへ上がることによって間接的に解決しようとしてきたとも思います。わたしはメタ・ポジションへ上がらずにこの思考構造を問題化したいと思っています。メタへ行くことがおもしろいと感じていたこともありますが、博論以降は顕著におもしろいとは思わなくなりました。ここから、あえてベタを語る方向へ進むこともできますが、わたしはこの“あえて”というのもあまり好きではありません。もちろんこの思考構造の問題がわたしの研究の主題ではありませんが、研究には思考が不可避的に伴うわけですから、その思考自体に関心が向かうのは当然だ——むしろ向けるべきだ——というのがわたしの考えですが、わたしの研究の主題が部分的に属する領域ではほとんど問題にされていないように見受けられます。 @研究室
by no828
| 2013-06-22 12:40
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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