2013年 11月 07日
奥泉光『バナールな現象』集英社(集英社文庫)、2002年。78(733) 単行本は1994年に同社。 版元 → ● 虚構と現実との交錯。1991年湾岸戦争。「一面の砂漠である」ではじまり、「一面の砂漠である」でおわる小説です。 「バナール」は banal で、“平凡な、陳腐な”といった意味。ハンナ・アーレントの『イェルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告』(版元 → ●)の原題は Eichmann in Jerusalem: A Report on the Banality of Evil です。ちなみに先日、映画「ハンナ・アーレント」(→ ●)を観ました。タイトルが「ハンナ・アーレント」だけなので内容が予想できなかったのですが(よく調べませんでした)、もう少し具体的には「『イェルサレムのアイヒマン』のハンナ・アーレント」でした。映画のことはまた別建てにすることになると思います(たぶん)。 108-9ページに大学の単位、大学教員の役割について論及されています。『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活』(→ ●)にもありました。単位か、知識/技術か。 哲学書の棚の前に木苺は立った。大学学部時代から哲学を専攻し、三十四歳になる現在に至ってなお大学に残り「哲学研究」を続ける木苺のこれは習慣である。カントヘーゲルハイデッガー、ニーチェデカルトフッサール。馴染みの面々の勢ぞろい。ずらり並んだ背表紙を眺めていると木苺は勇気を与えられる。ここにはたしかに哲学があった。黄昏にあってなお燦然と輝く王者の栄光があった。木苺にとって哲学とは主に哲学者の名前のことであったから、それらが一堂に会した書棚を眺めるこの時間は、彼が最も哲学的な営みをなす時間でもあった。哲学に限らず日本の大学の学問の多くは、当の学問領域の存続をこそ第一義的な目標にしているのだから、大書店の一隅を哲学書が堂々占拠している様子を眺めて、王家の家臣団の末席に連なる木苺が嬉しく思うのは正当である。(12) 薄く笑った友人の評言は正しかった。子供を養育する責任は当然引き受けるつもりが木苺にはある。けれども子供がこの世に生まれ出ること自体の責任は避けたかった。逆に子のない夫婦の生活が将来かりに空虚であったとして、その空虚には耐えていかざるをえないし、また耐える自信はある。だが自分の判断が空虚をもたらしたのだと、あとになってから呵責に捉えられたのでは困る。だから木苺にとっての理想は妻が強く主張をなすことである。欲しいなら欲しい、いらないならいらない、そうはっきり判断してくれるのが一番有り難い。ところが妻の側も夫と同じように考えている節があって、夫婦互いが下駄を預けあい、腹を探りあう状況が結婚当初から続いていた。 ――そんなことないさ。捕虜虐待の禁止というのは国家間の取り決めだからね。戦場で個人と個人が出会う場面ではそれだけじゃ事は済まない。個人の自己の責任において状況に応じたルールをその都度確立しなければならないわけさ。それをするのが倫理的ということでね。カントが示したのは道徳の普遍妥当性の可能性の原理にすぎない。彼もちゃんといってるよ。結局道徳は決疑論的に考察するしかないってね。何が倫理的なのかは具体的な場のなかで個人が判断するほかない。カントの道徳論はマニュアルじゃなくて参考資料にすぎない。(99-100) ――しかし、実際に助けてみなければ分からないじゃないですか。 ニーチェはアンチ・テーゼである。だからテーゼがないところでは意味がない。神の死の宣告が衝撃なのは神がいたからである。彼が「世界史的怪獣」であるのは、世界史のある場所だけでの話である。これと示しうるテーゼもなく、神もおらず、歴史もないところでニーチェは無意味である。(222) ところで、文中「任して」(101)「任せて」(273)なので、「まかせて」(106)も「任せて」だと思いました。論文や本の校正などを実際にしてみると、こういうことが気になるようになります。 @研究室
by no828
| 2013-11-07 16:53
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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