2014年 01月 10日
島崎藤村『破戒』岩波書店(岩波文庫)、1957年。100(755) 版元 → ● 『破戒』は藤村34歳の1906(明治39)年に自費出版 破戒は破壊ではなく破戒です。何かを破り壊すのではありません。文字どおり“戒めを破る”のです。しかし、戒めを破ったことで破られ壊されることもあるでしょう。 舞台は長野。主人公は小学校の教員、瀬川丑松。この本の軸に、この瀬川が「部落」出身であることが据えられています。破戒、つまり戒めを破るというときの戒めとは、父から厳命された“「部落」出身であることを隠しとおすこと”です。本書には「穢多」という表現も出てきます。もちろんその点への関心も低くないのですが、それよりも教育について考えられるのではないかと思って読みました。が、むしろわたしが右足を突っ込んでいる教育よりも、左足を突っ込んでいる開発の点で考えるところがありました。 智識は一種の饑渇〔ひもじさ〕である。(12) 「たとえいかなる目を見ようと、いかなる人に邂逅〔めぐりあ〕おうと決してそれとは自白〔うちあ〕けるな、一旦の憤怒悲哀〔いかりかなしみ〕にこの戒を忘れたら、その時こそ社会〔よのなか〕から捨てられたものと思え。」こう父は教えたのである。 「だって、君、あまり感化を受けるのはよくないからサ。」 「ホラ、君の読んで下すったという『現代の思潮と下層社会』——あれを書く頃なぞは、健康〔たっしゃ〕だという日は一日〔いちんち〕もない位だった。まあ、後日新平民のなかに面白い人物でも生れて来て、ああ猪子という男はこんなものを書いたかと、見てくれるような時があったら、それでもう僕なぞは満足するんだねえ。むむ、その踏台さ——それが僕の生涯でもあり、また希望〔のぞみ〕でもあるのだから。」(165) その時になって、丑松は後悔した。何故、自分は学問して、正しいこと自由なことを慕うような、そんな思想〔かんがえ〕を持ったのだろう。同じ人間だということを知らなかったなら、甘んじて世の軽蔑を受けてもいられたろうものを。何故、自分は人らしいものにこの世の中へ生れて来たのだろう。野山を駆け歩く獣の仲間ででもあったなら、一生何の苦痛〔くるしみ〕も知らずに過されたろうものを。(351) 「実に、人の一生はさまざまですなあ。」と銀之助はお志保の境涯を思いやって、可傷〔いた〕ましいような気になった。「温い家庭の内〔なか〕に育って、それほど生活の方の苦痛〔くるしみ〕も知らずに済む人もあれば、また、貴方のように、若い時から艱難して、その風波〔なみかぜ、ママ〕に搓〔も〕まれているなかで、自然と性質を鍛える人もある。まあ、貴方なぞは、苦んで、闘って、それで女になるように生れて来たんですなあ。そういう人はそういう人で、他の知らない悲しい日もあるかわりに、また他の知らない楽しい日もあるだろうと思うんです。」 ああ、教育者は教育者を忌む。同僚としての嫉妬、人種としての軽蔑——(415) 『破戒』の弱点とは何だろうか。それは『破戒』が部落民の問題をとりあげ、人間が同じ人間から差別されるわけはないというところから、問題を考えようとしながら、どうして人間は互いに対等なのかという理由を根拠づけることができないのである。それでは部落民の問題という日本の一つの具体的な問題を、人間の問題としてもっとも普遍的なところから解いていくということができない。〔略〕藤村は「進化論」に打ち込み、その理論を自分のものにしようとしたが、ついに人間平等の思想的な、普遍的な根拠を、この『破戒』のなかで見いだすことができなかったのである。(野間宏「「破戒」について」429) @研究室
by no828
| 2014-01-10 19:36
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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