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思索の森と空の群青

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2014年 07月 20日

中学生が自分で方針なんか決められるわけ、ないじゃないか——筒井康隆『エンガッツィオ司令塔』

(前置き。ここ数日の本ブログへのアクセスの大半は「借りぐらしのアリエッティ」と「切ない」の語句検索によるものです。前者はテレビで放送されたのでしょうか。後者は前者と関係あるのでしょうか。関係ないとすると……推測不能です。「切ない」の検索によってどのエントリがアクセスされたのかまではわかりません。「切ない」ブログへようこそ。)

中学生が自分で方針なんか決められるわけ、ないじゃないか——筒井康隆『エンガッツィオ司令塔』_c0131823_19292555.jpg筒井康隆『エンガッツィオ司令塔』文藝春秋(文春文庫)、2003年。168(823)


版元 → 
単行本は2000年に同春秋


 断筆解除後の短篇集が文庫化されたもの。「附・断筆解禁宣言」も収録。本書には断筆中に書かれたものも含まれているようです。

 エログロの印象が強烈です。が、以下の文章が収められた「夢」の最後は切ないものでした。引用の理由はしかし、教育についての思考を刺激するものだったからです。子どもに関わって、芥川龍之介『河童』(→ )のある場面を想起させる内容でもあります。


「今となってはもうどうしようもないよ。どこの大学へも行けなくなっちまった」彼は投げやりに言う。
「早くから方針を決めないからだ」おれは食卓に向かい、平静を装いながら茶を飲んでいる。
 息子は苦笑した。「子供だったんだ。何をしていいかわからなかったし、どんな才能があるかもわからなかった。希望はミュージシャンだったけど、そんなものになれっこないことは中学生になってからわかったんだ。中学生が自分で方針なんか決められるわけ、ないじゃないか
お前は自由だったんだ。だからお前が未来を選択すべきだったんだ。親のせいにしてはいかんな。子供だったかどうかは関係ないだろう。お前を生む前に、生まれたいかどうかお前に聞くべきだったよ」
「無茶ばかり言って」いつの間にか息子と並んで立っている、まだその頃は若かった妻が悲しげに言う。「あなたは、子供に希望を持たなかったんですか」
「おれは他人に希望を持ったりしない」
「他人かあ」息子は笑って言う。「じゃ、おれに希望を持ってくれる勤め先をどこか、捜すことにするよ」
「自由からの逃走か」厭味たっぷりに言うおれを睨みつけてから、息子は出ていった。
「わたしがさんざん、いい大学に入れないから何か方針を決めてやってって、あなたに言い続けてきたのに。自由放任主義もいいとこでしたわね」次第に老けていきながら、夫婦だけの日本間で炬燵に入った妻が背を丸くして言った。
「おれが息子の未来を決めたりしたら、おれ自身の自由が奪われてしまう。それなら子供なんか、いない方がましだ」
(「夢」127-9)


 ちなみに解説は小谷野敦。本書の「下品さ」に辟易した人には『腹立半分日記』(版元 → )を勧めています。「誠実であるがゆえに下品な作品を書くのだということが分かるだろう」(292)とあります。

 というわけで、昨年読了分の本の記録がようやく完了しました。次回から今年分に移行します。番号は「1(824)」からはじめます。その前に、N古屋での学会大会参加についてもアップロードしたいところです。

@研究室

by no828 | 2014-07-20 19:38 | 人+本=体


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