2014年 08月 22日
東直己『バーにかかってきた電話』早川書房(ハヤカワ文庫JA)、1996年。8(831) 版元 → ● 単行本は1993年に同書房 『探偵はバーにいる』(→ ●)に続く、シリーズ第2弾。第2弾も、基本、探偵はバーにいて、仕事の電話もバーにかかってくるようにしています。今回は「コンドウキョウコ」からの電話で物語が起動します。舞台は北海道、とくに札幌です。 それにまた、組織的な暴力に対する恐怖は、独特なものがある。〔略〕ある組織が〔略〕何かの目的のために、誰かの抹殺を決定して、それを遂行するというのはとても不気味だ。こういう言い方は好きではないが、人間の存在がいかに脆いものであるかがシミジミと身にしみる。 俺はウォルター・B・キャノン(という文化人類学者がアメリカにいたのだ)の受け売りを話してやった。とにかく、ヴドゥーに限らず、呪いで人間が死んでしまう、肉体的暴力や毒を使わなくても人間を殺す、と言うか、死なせる黒魔術は、主に「プリミティヴ」と呼ばれる文化の中には現実に存在している。そして、その効果は、少なくとも白魔術師によって対抗魔術を発動してもらわない限り、死亡率は百パーセントに近いと言われている。ただし、そういう「恐怖やショック、あるいは慣習による死」はそれほど珍しいことではない。昔のイギリスでは、男に捨てられた女はいとも簡単に「メランコリー」で死ぬことになっていた。要約すればそれだけのことを話してやったが、途中相田がわりと真剣に質問を挟んだりするので結構な時間がかかった。で、結局、呪われる人間がその呪いの存在を呪いの文脈の中で信じていて、その上に自分が呪われたことを認識することが必要なのだと教えた。 なんとなく湿っぽい気分で〈アン〉に入った。すでに松尾が窓際のブースに座っていた。コーヒー・カップを前にぼんやりしている。一目で、疲労の極限にいるのがわかった。珍しくくたびれた服に身を包み、目が血走っている。頭はクシャクシャだ。俺に気づいてニヤリと疲れた笑顔を見せた。 学生運動の「闘士」が、「卒業」してあっさりと転身しちまうのは珍しいことではない。成金趣味の背広でベンツに乗って、「これで私も若い頃は火炎瓶投げたりしたこともあるんだよ、わはは」と自慢するおじさんはザラにいる。他人を支配し、権力を持とうとする人種は、最新テクノロジーを導入する工場のように、トレンディな思想やイデオロギーを利用するものだ。自分を正当化するために。(319) そいつは、これからの小樽は観光に賭ける、と熱心に喚いた。市役所の自治振興室観光企画の誰それだ、と得意そうに名乗った。俺はこの街の観光には全然興味がないので彼の名前は知らなかった。だから、はぁ、というと、なんだかイヤな顔をした。でもすぐに元気を取り直して、あと五年すれば小樽は道央観光の中心になる、と赤い頰を膨らませて胸を張って言った。俺自身は観光地は好きではないので、つまり、観光地というのは他人の懐をアテにして、他人に媚びて金を貰うコジキの巣だと思っているので、別にどうとも思わなかったが、小樽にはほとんど売春施設がないのに観光客がたくさん来たらどうなるのだろう、と心配になった。それでその点を尋ねたら、小樽は若い女性と新婚旅行をターゲットにする、と得意そうに言った。俺は、心の底から感心した。(378) @研究室
by no828
| 2014-08-22 19:30
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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