2014年 12月 06日
松永正訓『運命の子 トリソミー——短命という定めの男の子を授かった家族の物語』小学館、2013年。39(862) 版元 → ● 著者の名前の読みは「まつなが・ただし」 (電車のなかで立ちながら、線を引きながら読んだ記憶があります。) 生命倫理の勉強用にいろいろと調べていたときに見つけました。本書には13トリソミーの朝陽〔あさひ〕君が登場します。本書副題にあるとおり、「短命という定め」を負った子です。あとがきに、あの朝陽君はどうなったのか、という問い合わせには一切答えない、といった記述があります。胸に強く押し寄せてくるものがありました。 しかし、そうであるなら、なぜ本書を書いたのか、なぜ本書を世に出したのか、という思いがないでもありません。わたしもこの本をここに掲げることにためらいがなかったわけではありません。 とはいえ、本書が広く深く読まれることを願ってもいます。看護学校の講義でも紹介しました。良書です。下掲引用さまざまありますが、朝陽君のお父さんの「愛情を迎えにいくんです」という言葉はなかでも印象的でした。 本書の内容とは直接関係しませんが、生まれてこない命、ということを考えたとき、途絶(中絶)された命、というものが思い浮かびますが、はじめから産まないようにする、避妊するという決意のもとに生まれてこない命(避妊しなければ生まれてきていたかもしれない命)もあり、この違いは一体何なのか、と考えたりもしました。文字どおり、途中で絶たれた命か、はじめから絶たれていた命か、……。絶たれたことには変わりはない……のか。 ちなみに、本書の内容は、先日のスパラコ『誰も知らないわたしたちのこと』とも関連します。 だが私には、その十九年の中で一度だけ赤ちゃんの命を見放した経験がある。いや、もう少し正確に言うと、治療をやめるどころか赤ちゃんの死に加担するようなことをこの手でやったことがあった。 だが短い命を少しだけ長くすることの意味を私は測りかねていた。(18) 私には疑問だった。「短命」と定まっている赤ちゃんを育てることで、家族はどのような形の幸せを手にすることができるのであろうかと。 13トリソミーや18トリソミーの治療はしないという内容をわざわざ論文に書いて発表する医者はいない。だから日本全体の現況がどうなっているのか正確にはわからないというのが、実際のところだった。(27) 「可愛いのは同じですけれど、ちょっと質が違いますね。愛情を迎えにいくんです。朝陽は喋らない。だけど長男が小さかった時と同じように、朝陽が何かを伝えようとしているのは根本としては変わらないんです。ただ、その表現しようとする力が乏しい訳です。だからこっちからすごく観察します」(50.傍点省略) 「その気持ちというのは、器械によってまで生かされたくないということですか?」 「言いにくいというか、うまく言えないのですが、短命だからほっとした部分もあるんです。この状態がずうっと続くのは、この子にも辛いし、私も辛い。でも、いなくなるのも辛いんです。こういう状態で産まれて、これだけ打ちのめされているのに、さらにこの子がいなくなって追い打ちをかけられるのは、本当に悲しい。私はどこまで追い詰められるんだろうと思いました」(72) 「私〔=仁科孝子医師〕が研修医の頃、上司の先生から教えられたことは、13トリソミーや18トリソミーの子どもに手術をしてはいけないということでした。そもそも小児外科医がなぜ赤ちゃんに手術をするかというと、それは命を救うことによって子どもが成長していくからです。だけど、重症染色体異常の赤ちゃんは短命です。ですから、成長できないならば、目の前に病気があるからといって手術をするのは医者として正しくない、単に子どもの体に傷を付けているだけだと教育されたのです」(77) 「普通の赤ちゃんと変わりがないんです。染色体異常の赤ちゃんには特有な顔つきがありますけれど、それでも一人ひとりに個性があって、普通に息をして、普通に生きているんです。私〔=仁科孝子医師〕、そういった赤ちゃんを見て……なぜ助けてはいけないのだろうと疑問が少しずつ涌いてきました」(78) 「大本にあった考え方は、手術してはいけない、助けてはいけないというものでしたが、薫君を見て、同じ13トリソミーでも一人ひとり違うし、やはり生きているという事実は重いと感じました。13トリソミー・18トリソミーという概念ですべて一緒くたにしてはいけないと思います」(85) 命の選択を巡って誰にも正答を出せない時がある。仁科医師は、決めるのは親であり、責任を負うのは医者であるべきだと考える。 「食道閉鎖の手術というのはかなり大がかりな手術です。生存期間が延びなかったと言いますが、逆に言えば短縮もしなかったということです。つまり命を縮めるような手術ではなかったという考えも成り立ちます」(86) 「そのお母さんは、お医者さんから、『こういう難病の子は親を選んで産まれてくる』って言われたそうです。私、それを読んで、違うなって思ったんです」 自分にとって最善の病院を見付けることができたということは、自分が親として赤ちゃんに最善のことをしてあげられたということだ。そのことに公美さんは安堵し、幸福感を取り戻した。(196) 「私は〔新型出生前診断を〕望みませんね。自分はそういう検査を受けませんが、その検査を受けたい母親の気持ちはとてもよくわかるんです。障害を持った子を授かるのは辛いと感じる人がいるのは当たり前だと思います。 障害新生児の家族は孤立して生きていくことはできない。また決して孤立してはいけない。医療・福祉・教育の関係者たち、あるいは友人や親族・近隣の人たちと共に生きていくと決めることが、家族の新たな出発となる。その手助けを医療の面で実践していくことが、医者にとっての生命倫理であろう。倫理は思弁ではない、行動である。私はそういうことを学んだ。(218-9) @研究室
by no828
| 2014-12-06 19:24
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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