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思索の森と空の群青

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2014年 12月 12日

もし徳田が政界入りなどを目指さず、病院経営に専心しながら日本の医療改革を訴え——青木理 『トラオ』

もし徳田が政界入りなどを目指さず、病院経営に専心しながら日本の医療改革を訴え——青木理 『トラオ』_c0131823_19163065.jpg青木理 『トラオ——徳田虎雄 不随の病院王』小学館(小学館文庫)、2013年。42(865)


版元 
単行本は2011年に同学館


 徳洲会グループのあれこれに関心はそれほどありません。わたしが本書を手に取ったのは、ジャーナリスト青木理の仕事に関心があったから、というのもあるのですが、主は徳田虎雄が、原因不明で不治の難病ALS(Amyotrophic Lateral Sclerosis)、筋萎縮性側索硬化症になっていたからでした。本書でもその点に触れられているのです。ALSとなった母を介護し、それを『逝かない身体』にまとめた川口有美子との会話も本書には挿入されています。無論、ALS以外の事柄——医師ではなく政治家としての徳田虎雄とか沖縄基地移転問題とか——も、興味深く読みました。


徳洲会グループは2006年12月、東欧ブルガリアの首都・ソフィアに計1016床という大規模な「ソフィア徳田病院」を開設し、その経営を軌道に乗せている。現在もアフリカやアジア諸国へ人工透析の機器や技術を提供する傍ら、さらなる海外での病院建設計画も進行中だという。(16-7)

ALSは〕1年間に日本国内で新たに罹患するのは人口10万人あたり約1人。現在の国内患者総数は合計で約8500人といわれる。(20)

「私〔=亀井徹正医師〕もALSの患者さんを抱えるお宅を何軒も訪ねてお世話をうかがってみたことがあるのですが、中には家庭崩壊してしまうケースすら珍しくないんですね。〔略〕
 たとえばの話ですが、まだ小さなお子さんのおられる家庭で旦那さんが発病した場合、まずは収入面での問題が生じるでしょうし、幼子を抱えた奥さんだって一人で(夫の介護の)面倒をみられません。逆に奥さんがALSになって人工呼吸器をつけた場合、旦那さんが介護役になれば、仕事などとても続けられないでしょう。こうなると、本当に大問題なんです。だから一般の患者さんの場合、人工呼吸器をつけるか否かが極めて大きな決断になるんです。(患者)本人だけでは、とても判断できないんです」〔略〕
 人工呼吸器の装着によって分かれる「生」と「死」。本来なら、迷う余地などない。しかし、全身の筋肉を奪い去られたALS患者が人工呼吸器を装着した場合、その後の患者の介護には、途方もない根気と壮絶な努力を余儀なくされる。
(24)

「興味深いアンケートがありましてね、医療従事者と一般の方の双方に(ALSを発病した際に人工呼吸器をつけるか否か)質問をすると、一般の方々はよく分からないから人工呼吸器を『つける』と『つけない』の答えが半々くらいになるんですが、医療従事者は9割以上が『つけない』という反応なんですね。現実を知れば知るほど、その壮絶さがわかっていますから……」(24-5)

少し冷ややかに眺めてみるなら、ALS患者としての徳田は、一般のALS患者と比すれば、随分と恵まれた環境にある。「恵まれた」などと書けば語弊はあるが、一面でそれは事実だろう。何しろ徳田は自らが築き上げた巨大医療グループ・徳洲会の現職理事長であり、徳洲会グループが擁する選りすぐりの医師団と看護団に支えられ、24時間態勢で最善の医療と介護を受けられるのだから。(43-4)

ほとんどの患者さんは、やっぱり『生きて』って言って欲しいと思っているんです。患者本人が何て言って欲しいかを見抜くと、大抵の人は『(呼吸器を)つけて生きていてください』って言って欲しいのが伝わってくるんです。命を肯定して欲しいっていうのが、ビンビンと伝わってくるんです。
 だから私〔=川口有美子〕は、これはもうチャレンジだけど、(ALSの患者に会うと)『生きられるだけ生きてみたら』っていうんですよ。そうしたら、ニコッてするから、ああ、この人は絶対生きたいんだなって。それに私は、呼吸機能の不全っていうのは、(足腰が)弱ったら歩けないとか、目が不自由というような障害と同じように捉えているんです」〔略〕
 足腰が弱れば車椅子に乗るし、視力が弱れば眼鏡を使う。ならば人工呼吸器だって、それと違わないではないか——。
(51-2)

少なくとも、人工呼吸器の装着によって生を繋ぐことのできる患者が、介護にあたる家族の負担を慮って装着をためらい、結果として死を選び取ってしまうような社会環境は、断じて望ましいものではない
何かね、試されているような気がするんですよ。(ALSという病によって)人間とか人間性というものを。『お前たちはこれをどうするんだ』って、神様に試されているような……。これを生きられないようにしてしまったら、人類は滅びてしまうんじゃないかとすら思うんです」
(52)

「〔金沢公明——〕人工呼吸器をつけるのは、患者の3割強ぐらいです
——あとは装着しないで……。
「亡くなります」
——それは患者さん本人の意思で?
「表向きはそうですが、やっぱり家族に負担をかけたくないとか……〔略〕呼吸器をつけないで亡くなって、あれで良かったんだろうかっておっしゃるご遺族もいます」
——難しいですね……。
「難しいです。本当に難しい。だけど私たちからすれば、(人工呼吸器装着に関する)ハードルだけは低くしてあげたい」
——最終的には患者さん本人の選択だけれど、人工呼吸器を装着して生きたいと考える人が、ストレスなくその選択をできる体制をつくっていかねばならないということですね。
(60-1)

 鹿児島の人々に少し突っ込んで尋ねてみれば、奄美出身者への差別的な感情が残っていることに気づかされる。沖縄の人々にしても、奄美を一つ下に見る風潮がみてとれる。「内地」にあって南西諸島への侵略者でもあった鹿児島と、かつては琉球王朝を築き上げた沖縄。その狭間に落ち窪んだ奄美の島々は、双方から蔑みの眼で見られる存在でもあった。その構造は、今も微かな残滓として残されている。(106)

「〔徳田虎雄の妻 秀子——〕でもね、『生命だけは平等だ』って訴えて、田舎だろうと過疎地だろうと病院をつくって医療を提供できる社会をつくりあげるんだっていう主人の目標は、医師会と政治が一緒になって阻まれることが多かったんです。だから自分の目的を達成するために政治を動かす必要があるって。政治に手を出して頑張らないと自分の思いが完成できないって。そう言いましてね」(113)

 ただ、徳田に関する取材を続けていると、何度も思ってしまうのである。もし徳田が政界入りなどを目指さず、病院経営に専心しながら日本の医療改革を訴え、行動を続けたなら、果たしてどうなっていただろうか、と。〔略〕
 しかしこれは、やはり無意味な仮定というしかない。自らが理想と掲げる「医療改革」のためには、何としても政治を変える必要がある——そう思い込んでしまった徳田が、赤信号で止まれるはずがない。
(160-1)

ペシャワール会」を立ち上げてパキスタンやアフガニスタンで医療活動を続けていることで知られる医師・中村哲もかつて徳洲会病院に勤務しており、徳洲会はいまも中村の活動を支援している。(185-6)

——徳田虎雄さんの政治的立ち位置をどう思われていますか。
「〔川内博史——〕リベラルだと思います」
——リベラル、ですか。
リベラルです。ただ、少し特殊なリベラルなんです。自分がどこまでも強くなるんだと。強くなった結果として、弱い人たちを救う力を得るんだというのが彼(徳田)の発想だったと思います。〔略〕」
——だとするならば、「石原新党」なんて、どう考えたらいいんですかね。
「リベラルを実現するためには、真反対の人たちとも手を握っていくんだということでしょう。だって彼は、総理大臣になりたかったんですから」
(189-90)

 ただ、島〔=徳之島〕に絶対的な影響力を持つ徳田に対し、鳩山政権が早い段階から周到な根回しをし、もう少し長期的な視野に立って粘り強く交渉に臨む姿勢を取っていれば、局面は変わり得たのではないか。少なくとも、徳之島で「条件付き」ながら「移設受け入れ容認」を訴えた有力者たちは、そういって口を揃えた。(263)

 あらかじめ断っておかねばならないが、米軍普天間飛行場の徳之島移設案に対する私個人の意見を問われれば、これは明確に「ノー」というしかない。米軍基地の70%超を沖縄に押し付けている現状は異常に過ぎるにせよ、その一部を徳之島に移すのは、弱き辺境からさらに弱き辺境へと迷惑施設を押し付ける行為にほかならない。
 しかし、政権として「最低では県外」と吠え上げてしまった着地場所をどこかに求めるとするならば、行政区的には鹿児島県に属する徳之島は、一つの妥協点ではあったろう。そして、綱渡りの可能性ではあったかもしれないが、徳之島案はまったく可能性のない案ではなかった。
 だが、鳩山政権にはそうした周到さも、したたかさもなかった。
(265)

 徳之島の一町議——それも共産党の町議から寄せられた手紙に目を通し、抗議の意味を込めて送られたランプシェードに執務室で灯をともし、「心が安らぎます」などと返信の手紙を送ってくる宰相。これを一人の人間として見るならば、とても礼儀正しく、ひどく善良で、鳩山自身が言うところの「友愛の精神」に満ち満ちている。
 しかし、一国の宰相としてこれを捉えるなら、まったく違う姿が浮かび上がってはこないだろうか。鳩山は、米軍普天間飛行場問題に関し、自らの政治生命を賭して「最低でも県外」とぶち上げ、沖縄の負担軽減に全力を挙げると豪語した。
 にもかかわらず、腹を決めて臨むべき打開策を側近議員に丸投げし、ひょっとすれば展望が開けるかもしれぬ状況下でも最低限の根回しすらろくに行わぬまま、それを「腹案」「命綱」などと位置付けた。結果として無惨に破綻したのは至極当然だったが、破綻した直後、地元で反対運動を展開した共産党町議に「心が安らぎます」などという手紙を送るという、あまりの甘さ——。

 それは恐らく、鳩山の育ちの良さに由来するものなのだろうが、為政者としての資質が決定的に欠けていたのは明白と思える。
 再び私個人の見解を記すなら、普天間飛行場は日本国内での移設先など模索せずとも米国に引き揚げさせればいいと思う
(270-1)


@研究室

by no828 | 2014-12-12 19:32 | 人+本=体


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