2016年 01月 21日
ジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』市川恵里訳、河出書房新社、2010年。38(960) 原著:Jeremy Mercer, 2005, Time was Soft there: A Paris Sojourn at Shakespeare & Co. 版元 2015年に残してきた本 フランスはパリ、セーヌ川左岸にある本屋。経済的に貧しい作家にただで寝床を提供する本屋。筆者はこの本屋に住みつくことになったカナダの元新聞記者。 シェイクスピア・アンド・カンパニー書店をはじめたのはシルヴィア・ビーチ。1919年のデュピュイトラン通り。1922年にオデオン通りに移転。ジェイムス・ジョイスの『ユリシーズ』。1941年ナチスによるパリ占領で閉店。1944年アーネスト・ヘミングウェイを含む米軍部隊がこの書店を解放。しかしビーチは引退を選択。1951年、アメリカ人のジョージ・ホイットマンが2代目シェイクスピア・アンド・カンパニー書店を開店。本書の舞台はこの2代目のほう。 当時、著者は20代後半、ジョージは86歳。 ドアの枠の上に「見知らぬ人に冷たくするな 変装した天使かもしれないから」と書いてある。(23) 「本を出したことがあるの?」 「何より悲しいのは、ほとんどの万引き犯は盗んだ本を読まないことだ」とジョージはこぼす。「すぐ金に換えるために、別の店に行って売るだけだ」 「みんな自分は働きすぎだ、でも、もっと稼がなきゃと言う」ジョージは僕に言った。「そんなことして何になる。できるだけ少ない金で暮らして、家族といっしょに過ごしたり、トルストイを読んだり、本屋をやったりすればいいじゃないか。ばかな話だ」(133) 結局、驚くにはあたらないだろうが、カール〔・ホイットマン。ジョージの弟〕は中道を選んだ。学者兼活動家になったのである。修士号を取得したとき、彼はナッシュヴィルのフィスク大学で最初の白人学生だった。ここは一八六六年に奴隷解放の教育のために創設された大学である。まずフィスク大学の教授となり、その後フロリダA&M大学に移ると、学内の組合に関わるようになり、中米からの避難民のために働いた。ラテンアメリカの抑圧、貧困と闘うキリスト教団体「平和のための証人」でボランティア活動を始めたのも、この時期である。この団体の活動には特に熱心に取り組み、ついには幹部まで務めた。(145) フェルナンダは短編を一本買うと言ってきかず、僕はタイプライターの前で書く態勢をとった。何を書いたか記録するためにあらかじめ買っておいたカーボン紙を機械に挟もうとして指が青く汚れた。何も出てこなかったらどうしようという恐怖にとらわれたが、ふとノートルダムに目をやると、フェルナンダが僕のために祈ってくれたことを思い出した。僕は、目の手術のあと、ノートルダムの中で待つ男の話を書いた。その日は医者から包帯を取ってもいいと言われていた日で、男はまず一番にノートルダムの美しさを目にしたかったのだ。フェルナンダはその話を読むと、長いあいだ僕を抱きしめた。 シェイクスピア・アンド・カンパニーで過ごした日々は、僕にとってこの上なくソフトな、優しい日々だった。(199) 若き社会学者は次のような一文で始まる自伝を提出した。「僕の父が十二歳のとき、祖父は聖書を贈ったが、僕が十二歳のとき、父からもらったのは『共産党宣言』だった」(199) 記者として警察とつきあうなかで、酒は警察の人間がもっとも嫌う興奮剤であること、警官は例外なく、わめきたてる酔っぱらいよりも気まぐれなマリファナ常用者を相手にするのを好むことを知った。(213) ジョージが初めて共産主義に接近したのは、大恐慌がもたらした惨状をまのあたりにしてからだった。もっといい方法があるはずだと彼は思った。世界の富が一握りの人間の手に集中しないような仕組み、人々が経済システムの単なる歯車として働いて物を買い、物を買って働かされるのではない仕組みがあってしかるべきだと考えた。(247) 「貧しい人々を見ろ、シングルマザーを、囚人たちを見ろ。文明を測る基準はそこにある」(247) 彼はまず、真の共産主義がこの世で実現したことは一度もないということを説明した。スターリンは凶暴なペテン師だったし、かつては美しかったカストロの理想主義も、彼の権力欲によって堕落してしまった。必要なのは、より多くの政府がマルクス主義と社会主義を試してみること、金と資源が新しい複数刃の電気カミソリの設計だの、さらに強力な大量破壊兵器の製造だのに注ぎこまれるのではなく、教育と家族のために使われるシステムを試すことだ。だが現代の指導者でそれだけの勇気をもった人間はほとんどいない。グローバルな経済共同体がその国の国家債務の金利を引き上げ、経済に大打撃を与えて国を崩壊させてしまうからだ。(248) 僕らは三週間にわらってだらだらとスペインを一周した。バレンシアを抜けグラナダを通ってマドリードに行き、そこからまた海岸に戻った。最後の日に静かな洞窟を見つけ、泳ぎに行った。僕は水面すれすれに飛んでいた一匹の蜂が海に呑みこまれるのを見た。そこまで泳いでいき、水から救い出そうとしたが、刺されるのが怖かった。二回、空中にはじき飛ばしてみたが、また水中に戻ってしまった。それでもまだ手のひらですくう気になれず、黄色と黒の蜂の体が目の前で波間に沈んでいくのを見つめていた。いつもこうだ、岸に戻りながらそう思った。いつだって善意はあるのに、充分なことができたためしがない。(277) ある日の午後、ジョージは僕にトルストイがたったひとりで死んだ話をした。列車の車両に閉じこもり、プラットフォームで泣く妻が別れを告げに入るのも許さなかった。それからジョージはマルクスの葬式の話を持ち出した。 「ずっとそういう場所にしたかったんだよ。ノートルダムを見るとね、この店はあの教会の別館なんだって気が時々するんだ。あちら側にうまく適応できない人間のための場所なんだよ」(295) @研究室
by no828
| 2016-01-21 17:45
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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