2016年 03月 24日
高橋源一郎『「悪」と戦う』河出書房新社、2010年。50(972) 版元 2015年に残してきた本 絵本のような本だと思いました。 もちろんフィクション、ややファンタジー。掴みどころがない、という感覚の由来はおそらく、「悪」——そして「他者」——というそれそのものを取り出して見せることのできないもの、掴みどころがないものを主題としているというところにあるのだと思います。何かに具象させるとそれそのものからはずれてしまう「悪」——そして「他者」——をできるだけそのまま取り上げようとすることは難しい。それそのものをできるだけそのまま掬いとろうとすると、こういう小説になるのかもしれません。 絵本とはつまり、そういうことをしようとしているものなのかもしれません。 子どもたちの笑い声が聞こえて来ます。「ミアちゃん」の、ランちゃんの、キイちゃんの。子どもの笑う声は素晴らしい、と思いました。それ以上に素晴らしいものがあるだろうか、と思いました。 「ねえ」 「ユーは正しい一歩を踏み出した。世界が、そう認めたんだよ。どこかへ行こうと思ったら、まず、正しい方向へ歩き出さなきゃなんない。そして、どれが正しい方向なのかは、その当人にしか見つけることができないのよ」 「おいおい、おれは、全部聞いたんだぜ。実験動物の話なんかは最高にグロかったけど。聞けば聞くほど、やつらの言い分はもっともだと思えてくる」 きみは世界なんかなくなればいいと思わないの? きみは生まれて来なかった。世界からなにももらわなかった。世界はきみになにもしてくれなかった 不意に、わたしは、世界は一つだけではなく、たくさん、いや、無数にあるのではないかと思いました。そして、どの「世界」にも、わたしに似た「わたし」や、ランちゃんに似た「ランちゃん」やキイちゃんに似た「キイちゃん」、さらにはミアちゃんに似た「ミアちゃん」がいて、他の「世界」のことを知らずに生きているのだと。それだけじゃない。それぞれの「世界」で、なにかと戦っているのだ。なぜなら、そうしなければ、その「世界」の誰かが戦いをやめれば、すべての「世界」が、いや世界そのものが滅び去ってしまうから。ああ、わたしは自分の思いつきに興奮していました。それぞれの「世界」の住人は、他の「世界」の住人のことを知らない。けれども、一つの「世界」は、他の「世界」に支えられているのだ。お互いの「世界」によって、支え合っているのだ。けれど、そのことは絶対に証明できないのです。わかっています。それは、夢想です。〔略〕けれど、絶対に証明できないけれど、あるんだ。あるような気がする。あったっていいじゃないか。みんながみんな、ないといっても、わたしだけは、あるといいたい。……いえるかな。わたし、気が弱いし。興奮は……すぐに終わりました。(287. 傍点省略) @研究室
by no828
| 2016-03-24 20:58
| 人+本=体
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自省のために。他者の言葉に出会うから自分の言葉を生み出せる。他者の言葉に浸かりすぎて自分の言葉が絞り出せなくなることもある。自分の言葉と向き合うからその言葉は磨かれる。よろしくお願いします。 by no828 カレンダー
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