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思索の森と空の群青

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2016年 05月 12日

楽な舟に身を委ねないで、惨めでも、何もできなくても、自分でいることが、将来の——星野智幸『呪文』

楽な舟に身を委ねないで、惨めでも、何もできなくても、自分でいることが、将来の——星野智幸『呪文』_c0131823_195712.jpg星野智幸『呪文』河出書房新社、2015年。71(993)


 版元

 2015年に残してきた本(あと4冊)


 小説。現代日本で衰退していく小さな商店街を若者が中心となって再活性化させる、という舞台設定ですが、その内容からは、学生運動、革命、連合赤軍、といったことを連想させます。本当にそんなふうに展開するのかと、自決に染まるところでは思いましたが、強いリーダーに従属することで得られる承認と安心に浸りきってしまうことの問題性というものは引き取ることができました。リーダー個人の問題、というより、その個人をリーダーにしてしまうフォロワーの問題、という印象です。説得、脅迫、いずれにしても人心掌握とはどういうことかが示されています。

 小さな商店街の物語は、実は大きな政治体の物語でもあります。派手な解決策はたぶんない。他者に、ではなく、自分に誠実に生きることは地味に大変なことですが、それを続けることが大事なのだと思わされました。いま・ここで変化は起きないかもしれないが、将来それを引き継いでくれる者が現れるかもしれない。

 しかし、この問題を将来に先送りすることに深く共感したわけでもありません。先送り以外に解決策のない状況もあると思います。が、それは未来世代への責任転嫁ではないかとの思いもあります。教育もまたそのような性格を持っているような気がします。


「ここで大事なのは、口先だけじゃないってところだよ。俺はこういう考え方を言葉だけで言ってるわけじゃなくて、このように行動したんだよ。行動した結果、自分のしたことの意味を発見して、自分でも驚いたってわけだ(64)

「嘘で嘘を塗り固めるんだよ。そして、一生嘘をつき続ける。嘘の破綻ってのは、ほころびが出るかどうかじゃなくて、嘘ついているほうがどこまで押し切れるかにかかってるんだよね。そうじゃなきゃ、詐欺に引っかかる人がこんなに大量に出てきっこないだろ?」(165)

自分が死にたいってまったく思ってない人は、他人に、死ね、なんて絶対に言わない。あんたは、心の奥底の、自分でも見えないぐらい深いところで、ものすごく死にたがってる。私にはわかる」(169)

「洪水が起こる前、世の中は言ってみれば腐っていたわけだ。ちょっとやそっとで変えられるような状態をはるかに超えて、もうどうしようもなくなっていた。いったん世界をご破算にする以外に、この世を救う道はもはやなかった」〔略〕〔/〕「それでノアとその一族を方舟に乗せて、残りの全人類を滅ぼした。動物はとばっちりだけどね。で、ノアは選ばれた人間ということになっているが、本当にそうなのか、というのがここで考えたいことだ。何しろ、世が新しくなるために本当に必要だったのは、ノアが生き残る以上に、他の人間たちが死ぬことだったんだから。選ばれたのはノアじゃなくて、ノア以外の、死んだ者たちじゃないだろうか? ノアはむしろ、選ばれなかった、選に漏れた役立たずとも言えるんじゃなかろうか」〔略〕〔/〕「大切なのは、滅びるほうだろ? 滅びるべき者たちがその使命を悟って死んでいくから、世の中を新しく変えることができるわけだ。つまり、世を変えているのは、死んでいく側なんだよ(172-3)

単発で死に急いでたら、それは使命を果たしたことにはならなくて、てめえの欲望のために自分勝手に意味なく死んだだけで、なんにも変わらない。俺らをコケにしまくってる世の中はでかいツラしたままだ。なんも変えられないでただ身勝手に死ぬんなら、それは単なる敗北だろ」(184)

「さっきも言ったでしょう、これから松保でトルタ作りを続けることの意味。あらゆる逆風に逆らって歩き続ける、もしくはとどまり続けるんであって、風になびいていってしまわないことが生きることになるんだよ。それのどこが雇われ人生?(231)

自分を殺すのは人殺しだよ? 殺す相手が、他人じゃなくて自分になっただけ。死ね、っていう言葉を誰にも迷惑かけないで実行できるんだから、願ったりじゃないの。しかも、腹切りっていうのは高潔な印象を与えるからね、英雄的な感じがする。私からしたら、ただの内臓露出狂だけどね。死んでやるって言って、本当はそれでは死ねない行為をするんだから、そこにはごまかしが入ってる。そのごまかしが、ただの露出狂を神にしちゃう」(235)

「これからは、自決しようとしない人は圧迫されるでしょうね。少なくとも、自決を崇める心を持たない人は、自決させられるほうへと追い込まれてくね。そうなったらもう、自決じゃなくて他決だけど(234-5)

「そうやって逆風浴びながら何とかとどまったとして、その後どうするんです」
そのまま生きるんでしょうが。それこそが本当の生き残りなんだよ。選ばれたもクソもない、単に生き延びた人が、その後の再建を担うんだ
「わかるんですけど、何か自分だけ生き残るって、卑怯で惨めな感じがしちゃいます。一人だけ逃げてるような」〔略〕
「その感覚はいったんすり込まれたら、なかなか消えないでしょうね。その気分を否定しろとは言わないよ。でも、霧生はトルタ作りに誠実に向き合ってれば、乗り越えられる。私は、呪いにかからずに生き延びられた人が、呪われる前の時代の記憶を、後の世に持ち込めるんだと思ってる。そういう人たちが、いち早く再建を始められると思ってる。だから、ビバークでもするような気分で、待つつもり。どんなに時間がかかっても、たとえ私の寿命が来ても」
「寿命が来ちゃったら、どうするんですか? お終いじゃないですか」
「例えば、霧生がいるじゃない」
 湯北さんは霧生を見て微笑んだ。
「誰かが少しずつ受け継いでいけばいい。全員が呪われたら、こういう生き方があったことさえ忘れられて消えてしまう。だから、私や霧生みたいなのが一人でも多く松保にい続けることが大事。そうすれば、私たちの代で反転が起こらなくても、可能性は残り続けるでしょ。私たちの知らない誰かが、どこかで私たちのあり方に触れて、このような生き方をこっそり選択してくれるかもしれない。楽な舟に身を委ねないで、惨めでも、何もできなくても、自分でいることが、将来の松保を救うんだから
(238-9)


@研究室

by no828 | 2016-05-12 19:22 | 人+本=体


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