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思索の森と空の群青

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2018年 02月 23日

どうせ駄目になる予感に苛まれ続ける日常なんて、我慢出来る訳がない。幸せというのは希望のある日常のことなんじゃないのだろうか——京極夏彦『冥談』

 京極夏彦『冥談』メディアファクトリー、2010年。32(1099)


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 なぜないものがあるのかについての短篇集。各ページの番号や章タイトルの組み方にもこだわりが見られる。

136)「西欧の影響なのか、心霊学などと云うものもぼちぼち出て来ているようだが、要するに霊魂、実体のない遺恨のようなものが人の形をとって現れるのだね。まあ、創り話としては面白いけれども、実際に居るの居ないのと云う話になると戴けないね。その点に関してのみ云うならば井上〔円了〕博士のように否定したくなる〔中略〕霊魂だのを持ち出してしまうと、肝心要の、怖がっている者の精神活動が摑み難くなってしまうように思うのだよ。怖がらせるための怪談噺は大いに好むところだが、何故畏れるかを探る時に幽霊なんて薄っぺらなものは要りませんよ」 ※「遠野物語より」

184-5)決着なんか付く訳がないんだ。そもそも理由がない。こんな大騒ぎになったのだから何か喧嘩の契機〔きっかけ〕があったことは間違いないのだけれど、それは契機であって原因ではない。原因はもっと根深くてどろどろしていて、多分私の人としての奥深い処に沈んでいる悪念みたいなものと絡まり合っていて、アイツの上ッ面のその下の、何だかメソメソしたゲル状の根性なんかにも根付いていると思うから、五分や十分でスッキリ解決する訳がないのだ。私は間違いなく、その堂堂巡りの出口ナシに嫌気が差して、と、いうより解答のない無駄な押し問答に疲弊してしまって、放り出して逃げたんだろう。ぐじぐじぐじぐじするのは厭だ。ハイ別れましょう——それ以外に効果的かつ完璧な結論はない。そんなことはもう考えるまでもないことで、それはお互いに百年も前から判っていることなのだし。それなのに、アイツはその唯一の解決策だけを回避する。こっちが引っ張り出しても無視したり逸らしたり捩じ曲げたりする。いつだって有耶無耶にしてまあいいかという感じで終わらせようとする。そのうちこっちも、疲れてしまう。疲れて、まあいいかと思ってしまう。そんなのはもう厭だ。いつもいつもいつもいつだってそうなんだ。どろどろの泥濘にブルーシートを被せて、その上でお弁当を食べてるような、そんな暮らしはもう厭なんだ。うじうじうじうじ、好きだとかアイしてるとか、そうなら何でも赦されるというのか。それは、私にだって未練とか想い出とか色色あるから、そうスキッと割り切れないのは確かだし、どろどろは目にしなければ気にならない、触らなければ害もないという言い分も解らないではないけれど、見えなくたって触らなくたって、そこにあるんだということが知れてしまったら、もう駄目だと思う。予感がする。どうせ駄目になる予感に苛まれ続ける日常なんて、我慢出来る訳がない。幸せというのは希望のある日常のことなんじゃないのだろうか。そんな腐った毎日は所詮まやかしじゃないか。考えているとまた肚が立ってくる。 ※「空き地のおんな」

267)実話というのは、ほんとうのことじゃないんです。ほんとうのことの話なんです。ほんとうのことなんて、みんな過ぎてしまえば消えてなくなりますよ。今は、次次に、みるみる死んで行くんですよ。だから、お話は、ほんとうのことの幽霊です。お話になることで、僕らは過ぎた昔、死んだ時間の幽霊に会えるんです。僕は、おじさんに会いましたよ。たった今。背の高い、立派な、先輩の大好きなおじさんに。 ※「先輩の話」


@S模原


by no828 | 2018-02-23 23:03 | 人+本=体


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