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思索の森と空の群青

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2018年 05月 05日

いびつでも何でもいいんだよ。受け止めるという行為は偉大だ。それだけ——森下くるみ『すべては「裸になる」から始まって』

 森下くるみ『すべては「裸になる」から始まって』講談社(講談社文庫)、2008年。70(1137)

 http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062760300

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 永沢光雄『AV女優』以来、本人たちの思いや考えが気になっている。質問されたことに応答する、というインタビューではなく、単著であれば本人の書きたいことがより書かれやすくなっているのではないか。編集者からのアドバイスはあったのかもしれないが。

 AV女優がなぜAV女優になったのか、その遠因を——幸福な家庭などそもそもあるのか、という問いを花村萬月と共有しつつ——幼い頃の家庭の“不幸な事情に求める物語には安易に与したくないが、そのような説明が繰り返し表明されているのも事実である——ということに触れることによって、このような説明様式が言説として強固になる——というのもどうなのか、と思っている。

12)セックスが好きになる、というのは重要です。セックスにおいて何が大事と思うか、というのも。心というのは、また人の心に向かっていくべきで、そんなセックスが出来たら良いのではないでしょうか。……と思えるのに何年もかかりましたが。あたしは、AVの世界の人々の人間味と並々ならぬ情熱に救われました。

49)子どもの頃は、何に期待していただろう。何を望みに生きてただろう。一応、人並みに産まれて、人並みに成長したつもりだった。物心ついてからの思い出といったら、両親のケンカ風景ばかり。酔っ払って家に帰って来た父に背中を蹴っ飛ばされて、布団の上でうずくまったところからあたしの記憶が始まっている。3歳くらい?

55)幼少の頃、「父殺しの計画」を、弟と密かに立てていた。

57-8)「給料、どこに使ったのよ!」「そんなモンねぇ!」と父。聞くと、父は給料日からたった3日のうちに、給料を全部飲み代に使ってしまったのだそうな。30万円前後は稼いでいたはずなんだが。あたしが小学校低学年の頃から、父はたまに東京に出稼ぎに出るようになっていて、長いときは数カ月単位で家を空けることもあった。でも、肝心の仕送りが家に来ない。専業主婦の母に収入などない。そうなるとお金がなく、ご飯もなく、の状態が数日間続く。米すらないときは何も考えずに寝た。寝ればとりあえずお腹がすいているのを忘れるから。起きて学校に行けば、給食がある。そんな日々のなかで、何をどうやって生活していたのかよく思い出せない。

59)今までで一番うれしかったことは? と聞かれたら、迷わずこう答える。「高校2年生のとき、両親が離婚して、父親が家から出て行ったこと」

95-6)「何だか寂しいなぁ」
 どうせ求めているものは愛情という不確定なものだ。その限度を知らない。結局はあたしとて“求めるだけ求めまくる人”であった。
「自分を愛せない人は、人のことも愛せないんだよ」〔中略〕
あたしは順番が逆だと思うなあ。人を愛してから自分を愛すことを知るんじゃない
 すると彼女は「ああ、そうかも」と深く頷き、そのときばかりは真剣な表情を見せた。
くるみちゃん、愛って何だろ
「さあ。そんな大袈裟なことわかんないよ」
 愛だなんて、頼りなげで曖昧な言葉だ。
 でも、難しく考えないでも、あとは人から与えられる愛情を享受できさえすればいいのじゃないかと思う。
 間違いなく、彼女は人から愛されているのだから。

121-2)ああそうさ。あたしの裸の姿を、みんなが共有するよ。けれど、それっていうのはまったく別の世界での出来事だからさ、勝手だけど、折り合いつけて欲しいんだよね。
「辞めてくれないか」って言われたとしても、誰かのために辞める気はないんだ。
「彼氏に反対されて……」
 そう言って辞めていき、彼氏と別れたあとに復帰する女の子は実際多い。

 もちろん仕事がすべてではないし、仕事が中心の生活はしたくないよ。
 AV女優でもあるけど、一人の女性としてのあたしもいて、そこを大事にしないと崩れる。それでもやっぱり受け入れられない部分ってものが、あたしに付着してるのかな。
「仕事なんてイヤイヤやってるよ。早く辞めたい」
 こう返答してたらあなたは安堵したんだろうか。
 一緒に仕事している、監督や、スタッフや、あたしにかかわるすべての人たち、同じくAV女優として働く女の子たちに、心から敬意を払い、尊敬の念を持って仕事をしているからこそ、「仕事が好き」と正直に言ったんだけど。
 考えてみたら確かにね、そこら辺のごくごく普通の女の子、ではないかもしれない。
 いつだか、一緒に飲んでいるときに、酔っ払って甘えるくらいになるとかわいいんだけどね、と言われた。
 じゃあ酔っ払って肩辺りに頭のっけて「えへへ、飲みすぎちゃったあ」なんて素直に言えて、その上明るくかわいく笑えたりもして、そしてあたしがAV女優でなくて、短大生だとか、デパートの店員とかだったなら……。
 あなたと1日でも永く一緒に居られたんだろうか。

161)いびつでも何でもいいんだよ。受け止めるという行為は偉大だ。それだけ。あたしは、自分の感覚と見たものをどこまで信じよう、と思った。歪んでてもいい、というのが許される世界に、たくさん美しいものがあるのだということを。

210)罵声か鉄拳しか食らったことがない。その父に「気をつけて」と言われたのだ。あの父が、子どもにそんな言葉を使うなんて。初めて見た、その父の素直さが信じられないくらいうれしかった。「何だ何だ、あたしちょっと前まで死ぬほど父さんのこと嫌いだったんじゃないのか」なのにこのひと言でどうでもよくなった。「何かもういいや。昔何があったかなんて意味はないんだな。人は変わっていくし、あたしも当全変わっていかなきゃいけない。先のほうにもっと大事なものがある。いつでも断ち切る力は自分にあるし、その意思も自ら掘り起こさなきゃ……」ふいに、そんなことに気づいたのだった。父を許せる日を、あたしは本当は最初から望んでいたのだと思う。

227)最後に『すべては「裸になる」から始まって』に描かれた子供のころの情景、酒飲みの父親とのこと、胸が詰まりました。まったく幸福な家庭なんてナントカハウスといったハウスメーカーのテレビコマーシャルのなかにしか存在しない。なぜ、家庭というものは基本的に不幸を大量に孕んでいるのでしょうか。私は、この作品を読んで、そのことばかりを考えているのです。 ※解説 花村萬月「そろそろ裸にならなくていいよ」


@S模原


by no828 | 2018-05-05 22:53 | 人+本=体


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