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思索の森と空の群青

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2018年 05月 27日

うまく言えないけど、文化祭の準備、楽しいな、って思ってさ。普段話さない人と話すし、よく知らない人が実は凄かった、って分かったり——似鳥鶏『いわゆる天使の文化祭』

 似鳥鶏『いわゆる天使の文化祭』東京創元社(創元推理文庫)、2011年。79(1146)

 文庫オリジナル

うまく言えないけど、文化祭の準備、楽しいな、って思ってさ。普段話さない人と話すし、よく知らない人が実は凄かった、って分かったり——似鳥鶏『いわゆる天使の文化祭』_c0131823_22310482.jpg

 舞台は高校。時間差攻撃ミステリ。英語タイトルは KILROY WAS HERE

82)委員長の目元には、どことなく自嘲的な色が浮かんでいた。「だけどこういうの、くだらない、って言って参加したがらない人がいるのも仕方ないって思ってたの。考え方は人それぞれだから、押しつけたくなかったし。ただ、衣装は……〔中略〕衣装が足りないって困ってたらさ、横で黙って見てた井口さんがいきなり、『私が作る』って言ってくれたの。あたしあの人と接点ないし、普段、ほとんど喋ったことないから……おとなしい人、ぐらいにしか思ってなかったけどさ
 頷く。僕もそうだ。
あの人、すごい頼れる感じで言ってくれたの。『絶対間に合うから任せて』って。なんか、完璧に自信あります、って感じだった〔中略〕なんか、それ見たらさ、あたしが知らなかっただけで、この人実はけっこう凄い人だったんじゃないか、って思ったんだよね。クラスじゃ目立たないけど、手芸部じゃエースなのかもね
 僕は笑った。「そうかも。一週間で六着を『絶対できる』って言いきれるのって、凄いよね」
「凄いよね」委員長も笑顔になった。「……だからさ、なんかうまく言えないけど、文化祭の準備、楽しいな、って思ってさ。普段話さない人と話すし、よく知らない人が実は凄かった、って分かったり

166)確かに伊神さんがいれば心強い。事件好きのあの人なら、喜んで捜査してくれるかもしれない。だが、それでどうなるのだろう。いくら伊神さんでも、五日で犯人を当て、しかも動かぬ証拠を突きつけることができるとは思えない。それだけではない。もし捜査が失敗して、事故が起こったらどうなるか。僕一人が責任を負うならいいが、解けなかった伊神さんにも責任の一端を負わせることになってしまう。僕が勝手に頼って呼びつけた伊神さんに、だ。

171)「一つ、断っておきますが」先生は言った。「中止するというのは、あくまで私の判断です。君はたぶん、そこまでになるとは思っていなかったでしょうが、教師というのは、君が思っている以上にトラブルを怖がるものだと思ってください
 先生は僕の目を見たまま言った。どうやら、気を遣ってくれているらしい。ありがたさに、自然と頭が下がった。「ありがとうございます。……大丈夫です。そのつもりで来ましたから」
 僕の言葉を聞いた先生は、なぜかすっくと立ち上がった。それから僕の方に手を置いた。
君が教えてくれなければ事故になっていたかもしれない。そうすれば、我が校の文化祭は来年からの開催も怪しくなっていたでしょう。君は我が校の文化祭を護ってくれたんです。……そう考えてください
 肩に置かれた手に力がこもった。いつも無表情で、熱意どころか感情すらあるのかないのか分からない、という評判の長谷川先生は、意外なほど力強い手をしていた。


@S模原


by no828 | 2018-05-27 22:35 | 人+本=体


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