思索の森と空の群青

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2008年 09月 25日 ( 1 )


2008年 09月 25日

雨の降らない夜は読み終わった本を振り返るのだ

くもり のち 晴れ


52(102) 宇江佐真理『涙堂 ―琴女癸酉日記―』講談社(講談社文庫)、2005年。(読了日:2008年9月?日) * 題名は「なみだどう ―ことじょきゆうにっき―」と読む。

時代小説。

「『先生はその時、戯作のことをおっしゃっておられました』
『どんな?』
 琴は思わず膝を進めた。
『手前ェ一人がおもしろい、おもしろいではいけないのだそうです。人が感じるおもしろさは、それぞれに違いますからね』
『なるほど』
『戯作のコツは俗が七分で雅が三分という割合で進めるべきだそうです。わたしも深く納得がいったものです。そうしたことを心掛けておられる馬琴先生ですから、あれだけの評判を取る読本をお書きになれるのですよ』
 だけど、と琴は思う。自分は馬琴のように読本作者を目指す訳ではないのだ。琴の内心を悟った様子の賀太郎は『たとい、公に人に読ませるものでなくとも、文章というものは心して書くべきだと、わたしはおっ母様に申し上げたいのです』と、言った」(p. 37)。


53(103) 大竹伸朗『カスバの男 ―モロッコ旅日記―』集英社(集英社文庫)、2004年。(読了日:2008年9月13日)

旅したい。


54(104) 宇江佐真理『斬られ権佐』集英社(集英社文庫)、2005年。(読了日:2008年9月17日)

時代小説。

「呉服町の家は当然のように誰もいない……はずだったが、仕事場から何やら人の気配がする。おかしいなあと思いつつ仕事場に足を踏み入れると、祖父が仕事机に前屈みになって仕事をしていたのだ。祖父は胸の痛みを訴えて倒れたが、さほど寝つくこともなく逝った。倒れるまで仕立ての仕事をしていたのだ。
 権佐は祖父が途中で放り出した仕事が気に掛かっていたのだと思った。その時は不思議に恐怖を感じなかった。
 『爺っちゃん、その仕事はおれが仕上げるから安心して向こうに行きな』
 権佐は祖父の背中にそう言った。『しゅー』と、吐息なのか、祖父の幽霊の気配なのか、そんな音が聞こえ、祖父の身体は白く朧に霞み、ついに見えなくなった」(p. 76)。

「子供を見ると、やたら怒鳴り散らしたり、小言を言う大人が近所には多かっただけに、おしげに優しくされるのは心地よかった。自分の母親もおしげのように優しくしてくれないものかと思っていたほどだ。だが、曲がりなりにも父親になった権佐は子供に優しいことばかりも言っていられないとわかった。いいよ、いいよと甘い顔を見せていては、子供はどこまでも我儘になる。きちんと駄目なことは駄目と躾をしなければならないのだ。そう考えると、近所で怒鳴っていた馬喰のおっさんも、あれあれこの子は、そんなことをしていたらおっ母さんに言いつけるよ、と小言を言っていた指物師のおかみさんも、あながち権佐を憎くてそうしていたとも思えない。
 あれはおまさや次郎左衛門が目の届かない時に代わりになってくれたのだ。今ならそう思う。大人になった権佐も、按摩に笊を被せたり、馬の尻尾の毛を抜いている子供を見掛けたら『こらッ』と一喝する。子供達は昔の自分である。蜘蛛の子を散らすように逃げて行く子供達を見ながら権佐はそう思った」(p. 210)。


雨が降らない。今夜は雨ではなかったか。


@自室
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by no828 | 2008-09-25 23:23 | 人+本=体