思索の森と空の群青

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2007年 11月 30日

12月に呼びかけられる22時

今日も雲が空を覆った。

気分までもが雲に覆われたかのような感覚に陥りながら、14時頃までアルチュセールの読書会用レジュメを作る。前回に引き続きわたしが発表者である。

読書会は18時30分から21時30分まで。つまり、さっきまで。
アルチュセールの「イデオロギー」の一般理論について理解が深まった。

人間の生とは、主体化=社会的承認の過程なのだ。
<わたし>がいくら拒もうと、<わたし>は主体化させられる。

<わたし>の主体化は、<わたし>が呼びかけられたときに起こる。
呼びかけられた<わたし>は、関係(権力関係)のなかに埋め込まれる。関係性が規定される。

しかし、<わたし>は「呼びかけ」を聴かなかったことにすることはできない。
「それ」を「呼びかけ」であると判断できた時点で、<わたし>は主体として立ち上がってしまうのだ。

というようなことを整理する。


「教育」とは、まさに他者に呼びかける=他者を主体化する作用である。
つまり、イデオロギーである。

その「教育」を基底(哲学的基礎)からどのように構築していくか、研究者が思考せねばならないところである。

ということを確認する。

バトラー、ジジェクなど、勉強せねばならないことがたくさんあることも確認する。


さて、明日から12月である。毎年のことながら、来るのが早い。

新たな年を気持ちよく迎えられるように、ひとつひとつのことを確認しながら前に進む月にしよう。

忘れるべきことは忘れ、忘れるべきでないことは忘れないように。
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# by no828 | 2007-11-30 22:18 | 日日 | Comments(0)
2007年 11月 29日

気づいたら1129(本当だって)

昨日に引き続き、くもり。

今日は「連帯」について、そしてアルチュセールの「イデオロギー」について勉強する。

前者からは、フランスの「連帯」がどのように生まれてきたのか、という思想史を学ぶ。
が、まだ消化不良である。ノートを取って史実を整理しながら読み直す必要がある。

後者からは、イデオロギーと主体の関係を学ぶ。
それにしても、アルチュセールの文章を整理しながら読むのは一苦労である。
そこからわかったのは、イデオロギーにとって主体は必要十分条件であるということである(ノートを取りながら2度読み、ようやくわかった)。キーワードは「呼びかけ」。
ただ、これを言うために「あんなに」いろいろ言う必要があったのかどうかはわからない。

そういえば、某卒論生から連絡がない。
送られてきた論文に赤入れをしてメールで送り返したのであるが、応答がない。

だ、大丈夫か。

もしかしたら、「あのー、ちょっと言いにく(1129)いんですけど、このままだとまずいですよ、それもかなり」という雰囲気を言外にふんだんに忍ばせておいたのであるが、それに気づいたのかもしれない。

そして、自分が結構窮地に立たされているということを自覚して焦り出したのかもしれない。


論文は早めに見てもらおうね。

自戒を込めて。
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# by no828 | 2007-11-29 20:48 | 日日 | Comments(2)
2007年 11月 28日

<わたし>と<あなた>の<あいだ>の何か

朝から某先生から頼まれた英訳の仕事をする。
日本語の人名を英語表記するのが面倒であることに改めて気づく。

日本語では漢字で表記されていれば問題ないが、英語ではそれが何と読まれのかが問題となるからである。

この名前は何と読むのだ、この読み方はどっちだ。

それが明らかにならなければ、英語では表記できない。

このことから、漢字の世界はある意味で無音の世界であり、英語の世界は逆に有音の世界であると言えるのかもしれない。

無音から有音への変換はなかなかに困難である。


今日はそれから某卒論生の卒業論文の指導をしたのであった。
「論文」とはそもそもこれこれこういうもので、だからこういうことを書かねばならないのだよ、など、「わたしも偉くなったものだな」と思いながら。

そういえば、今日はくもり。

空に横たわる雲の向こうには、いつもと変わらぬ太陽があるはずである。
明るさが足りないと感じるのは、太陽の光が弱くなっているからではない。
この空気の暗さは、太陽のまなざしを、そして太陽へのまなざしを雲が遮断しているからである。

<わたし>から<あなた>が見えなくなったのは、<あなた>がいなくなったからではないかもしれない。
<わたし>と<あなた>の<あいだ>に何かが介在するようになったからかもしれない。

逆に<わたし>から<あなた>が見えるようになったのは、その<あいだ>に何かが介在するようになったからかもしれない。

こうして書き残す営みは、後者の意味での「何か」でありたい。

と、思った。
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# by no828 | 2007-11-28 20:16 | 日日 | Comments(0)